1話 最弱の剣士
まずはどうであれ仲間を探さなければいけない。
俺は強化魔法にかなりのリソースが割かれているらしく、他のスキルはもうほぼ覚えられないに等しいんだとか。俺自身の攻撃手段は申し訳程度のダガーのみ。どうやっても一人で魔王を倒すのは無理だろう。
「ったく…そろそろ宿屋の宿泊費も払えなくなるし、早く仲間を探さないとな…2人は欲しいな」
こんな俺だが、採集関係のクエストで最低限の生活費を稼ぐことは一応可能であるし、パーティを選ばなければ雑用だとか剥ぎ取りなんかで金を貰えたりもする。しかし、願わくば早めに魔王討伐の旅に戻りたい。早めに戻らなきゃ手遅れになる。
急がなくては…
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相変わらず昼間からガヤガヤとうるさい場所だ。こんな時間から酒飲んでいるやつもいるし、特に何かあるわけでもないのに宴会をやってるパーティもいる。つい最近まで最前線にいた俺から言わせてもらえば随分平和ボケしてると思う。
だが、それが良い。あの魔王城付近の殺伐とした空気に比べれば100倍マシだ。些細なミスからパーティ解散とか何度見たことか。
「よぉ、にいちゃん。よく来るねぇ」
「いやぁ、少し前にパーティ解散しちゃったから困っていまして…」
俺が始まりの街ルーファスまで戻ってきた理由は三つある。
まず一つ目は最前線の噂があまり流れてこないこと。俺がかつて勇者一行といた時は最前線で戦っていた。そこで俺が追放された後、勇者一行は訳あって壊滅した。タンクとウィザードの男二人はまるで生気を吸い取られたかのように酷く衰弱した状態で発見され、しばらく再起不能なんだとか。そして肝心な勇者は現在行方不明。
こんな状態で戻ってくれば仲間を見捨てて逃げ帰ってきたと確実に石を投げられるだろう。いや、それ以上もあり得るな。
ただでさえ俺に関しては「勇者一行に擦り寄る羽虫」だとか「報酬泥棒」、「勇者一行のお荷物」…と、いった感じであんまり良い噂を聞かないからな。
即戦力かどうかよりも信頼できる仲間が欲しい。
二つ目は宿屋が安いことだ。仲間を探す上で長丁場を想定するとなると宿屋は少しでも安い方が得だと判断したからだ。
ただでさえバッファーは需要が少ないので短期間で仲間が見つかるとは考えにくいしな。
そして肝心な三つ目…強い敵が現れにくいことだ。
後半の街で採取の依頼を受けると稀に強い魔物に遭遇するからなぁ。気配を消すのは割と得意だが、万が一を考えるとルーファスが一番安全だと判断した。
「あんたも懲りないねぇ。軽い面接だけでもうどれだけのパーティから断られたんだい?」
「まだ14パーティだ」
そう、俺がバッファーであり、他は何も出来ないと言うだけで面接は終了。不合格だ。大半が最初の街の戦力が出来上がっていない状態であるにも関わらずだ。
いや、戦力が出来上がってないからバッファーはお呼びではないのではないか?しかし、既に完成されたパーティにバッファーを入れようなんて考える人がいるのだろうか…あれ、俺詰んだか?
「それウチのほぼ全パーティだが…」
「仲間探しかい?だったら良いやつ紹介してやろうか?」
ん、何だよ、おっさん。急に話しかけやがって…と返したくなったが、ここは耐えて話を聞くべきだろう。
「そうですか?教えていただけると助かります」
「…酒を一杯奢りな。話してやろう」
俺は相談する相手を間違えたかもしれない。
いや、現状が何かしら好転する可能性があるなら賭けてみるか。
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酒代だけふんだくられるかもと警戒していたが、情報はちゃんと教えてくれた。
あそこにいる金髪ショートの女か。同じく一人で仲間を探しているんだとか。
「あのー、すみません。仲間を探しているのですが…」
「君、仲間を探しているの!?」
「ひゃっ!?は、はい…」
いきなり手を握られ、変な声が出てしまったが何とか立て直そう。ここは冷静に…
「いいよ!仲間になってくれるなら大歓迎!」
「あの…お互いのことよく知りませんし、面接とかは…」
「いいの!早速クエストに行こうよ!!」
あ、こいつカイトと同じ人の話を聞かないタイプの人間だ…
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今回の依頼は…ダイアウルフだと…?おまけに群れか…
「この時点でダイアウルフって見かけた覚えがないんだが…生態系に影響が出ているのだろうか。お前何か知っているか?」
「ねぇ、ダイアウルフって何?強いの?」
「お前契約書読まないでサインするタイプだろ」
せめて酒場にいるクエスト受注を管理してる職員にちゃんと話を聞いてから依頼を受けてくれ。
「えへへ…ごめんね。でもね!農家のおばあちゃんがすっごく困っていたの。せっかく一生懸命作った作物を荒らされちゃうんだって…だから駆除だけでもしてあげようよ」
善意だけで動いているって感じだな。お人好しにも程があるよ。全く…
「…あぁ、任せておけ。倒した方は心得ている」
けど、どうせ振り回されるならこっちの方が断然良い。
「あっ!あそこにいるのがダ—むぐぅっ!」
いきなり大声を出そうとしていたので申し訳ないが、口を塞がせてもらった。そして今は岩陰に隠れて見つからないようにしないと。
ダイアウルフの数は見た限り8匹…割といるな。
「しっ、あいつらは音に敏感だ。それに集団の狩りに関しちゃゴブリン以上に厄介。まずはあいつらがある程度離れるを待つ。そうしたら順番に1体ずつ狩る」
「ねぇ、そんなに悠長に構えていたらせっかくの作物が…」
「落ち着いて考えてくれ…あの数に囲まれたら終わりだぞ。特に俺はな。自分を強化出来ない底辺バッファーだし。でも安心しろ、多少はやられるかもしれない。だけど作物を全滅はさせたりはしないよ」
やむを得ないが、一部作物には犠牲になってもらう方が狩るには安心だ。作物に夢中になっているなら倒しやすいだろうし。
「なら私を強化して。貴方のことは私が必ず守る。そして作物も全部守ってみせる」
「…いけるんだな?」
「任せて!」
ダイアウルフに関しては特に凝った強化は必要ないだろう。ここはシンプルなやつが良い。
「身体強化!」
「狼さん達、覚悟!」
さて、ここからはやつのお手並み拝見…
「あいた!」
…そいつは何もないところで転んだ。あまりに急すぎて防御力強化が間に合わなかった。
いや、あれだ。たまーにいるんだ。身体強化で身体能力が急に上がるから自分が思っている動きと実際の動きが噛み合わなくなって、ミスするやつ。
「…気にするな、1匹ずつ迎え撃つことにしよう」
「うん、そうしよう!どこからでもかかってきなさい!」
…どこからでもかかってきたらヤバいんだけどね。
「防御力強化!」
「まずは1匹!」
よし、剣を振り下ろし、ダイアウルフに重い一撃が—入らない。そいつの剣は思い切り空を裂いた。
「…やべぇ!」
振り下ろして隙だらけの所を集団で狙われたら流石に危険だ。そうなる前にやつの喉元を掻っ切る!
「助けてくれてありがとう!」
「お礼は後で!右から3匹も来てるぞ!」
鎧もちゃんと着ているし、俺のかけた防御力強化もあるから恐らく噛まれたり、引っ掻かれてもさしたるダメージにはならないはず。だが、女の身体に傷を付けてしまうのは後味が良くない。なんとかこいつにダイアウルフを倒させなくては…
「腕力強化!薙ぎ払え!!」
身体能力のピンポイント強化。対象を限定的にする代わりにその効果は一点に集中する。
「とりゃあ!」
案の定当たりはしなかったものの、風圧だけで全員を吹っ飛ばすとは…ステータス自体は良いものを持っているのにテクニックの低さが泣けてくる。
「残りもこの調子でやっていこう!」
ん?ダイアウルフが逃げていく…
「やった!クエスト達成だよ!…どうしたの?浮かない顔して…」
いきなり暗雲が辺りを覆い始めた。そしてさっきから嫌な気配がする。
『緊急事態発生!緊急事態発生です!かつて勇者カイトが討伐したはずの邪龍ファフニールが接近中!近隣住民は直ちに避難してください。冒険者の方は無理をせず、4パーティ以上で向かってください』
「邪龍ファフニールだと!?」
「ファフニール?」
「かつて勇者カイトが最初に討伐した魔王軍の幹部だ」
「あぁ…あの時は俺も少し油断をしていた」
「相変わらず流暢に人の言葉話すんだな」
「貴様は勇者カイトとかいうやつをサポートしていた小賢しい人間だな。俺の爪は防御力強化で無力化し、毒や闇の炎も属性耐性強化とやらで完全に防ぎおって…」
それはカイトのチートスペックもあっての無双だったがな。そんじゃそこらの鎧とステータスじゃお前の攻撃は防ぎきれまい。
「すごいね!魔王軍の幹部を圧倒するなんて!」
圧倒ねぇ…確かに圧倒していたが…
「だが、貴様は自身を強化出来ないだろう。死ぬい!!」
何!?前よりも動きが素早く…
俺の全身に血が飛び散った。あいつの血で。防御力強化も虚しく、あいつは俺を庇ってファフニールの爪に切り裂かれた。
「バカ!何やってんだよ、お前は!!」
この出血量はまずい!早くなんとかしないと!
「言ったでしょ…?貴方のことは私が必ず守るって…無事みたいで良かった…私のことはもういいよ。きっと手遅れだし…」
「何で…何で今日会ったばかりの互いに名前も知らない相手のために命張るんだよ!俺なんか見殺しにして忘れちまえば良かっただろ!!」
「私ね、貴方が誘ってくれた時、嬉しかったんだ。私、弱いし、不器用だから段々みんなから呆れられて…最弱の剣士って言われていたのはまだ良い方だったかな。それからいつの間にか荷物持ちぐらいしかさせてもらえない雑用係になってたの。」
そうか、こいつも…そんな辛い思いをしていたんだな。
「だからね、他の誰でもない貴方が…私を剣士にしてくれたことがすごく嬉しかったの」
「でも!俺が誘わなきゃこんなことにはならなかった!!」
「気にしないで…それより貴方は生きていて欲しい…貴方のこれからの冒険が素晴らしいものになるよう…天国で祈っているね。ありがとうね、私の…ただ一人の相棒」
…
ふざけやがって…ふざけんなふざけんなふざけんな!!俺の全てを捧げてでもお前は絶対に死なせない。死なせてたまるかよ!
「安心しろ。お前もこいつと同じ場所へ送ってやろう!」
再びファフニールの爪が俺に迫る。だが、もう回避する必要はない。
「…あらら。どうやらここは天国じゃないみたいだね」
「当たり前だ。お前が行くにはまだ早すぎる」
ありがとな、戻ってきてくれて。
「俺の一撃を受け…いや、それより何故生きている!?致命傷だったはずだ…!!」
「自己治癒力強化…こいつの自己治癒力をフルで強化して治したのさ」
最近は全然使わなくなっていたから俺も忘れかけていたが、まさか傷一つ残らずに治せるとは…実は俺も強くなっていたのかもな。
「さて、ファフニール。俺の相棒をあんな目に遭わせた報いは受けてもらう。行くぞ」
「身体能力強化!光属性付与!からの腕力強化!!」
「この一撃に全てを!!」
「ぐおおぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
よし、効いてる!理由は知らんが、どうやら俺の強化魔法今日はかなり調子が良いみたいだ。
「くっ…この場は一度お前達に預けるとしよう、次会う時がお前達の命日だ」
「あっ、待って!」
ワームホール…?今までそんなこと見たことも聞いたことも…いや、今はいいか。それより…
「ありがとう、俺と一緒にパーティを組んでくれて…もし良かったら…これからもお前と一緒にいれたら嬉しい」
「うん、いいよ。私達、ずっと一緒だよ。私の大切な…あっ、そう言えば名乗ってなかったね」
「私の名前はアリシア。私のことをアリーって呼ぶ人もいるよ。貴方の名前は?」
「あぁ、俺の名前は」
『ナナミユウ』
「ッ!?」
俺の名前を知っているそいつは黒のローブを深く被っており、ローブからでも見える長い銀髪と俺よりちょっと身長が低いことぐらいしか特徴は分からない。
「年齢17歳。身長170cm。バッファーをしており、かつて勇者カイトとパーティを組んでいたが、とある事情でパーティを追放され、今に至る…ですよね?」