幼馴染
「おはようございます。」
にこり、という効果音が付きそうなほど完璧な笑顔の女性。一体その顔で何時間この場にいるのか…。俺には知りえないことだけれど、明らかに疲れているのは分かる。
「…おはようございます!本日はよろしくお願い致します!」
大きな声で、明るく、笑顔で。
完璧な返事だ。顔には出さず、1人得意げになる。
もう試験は始まっている。
家を出る前、祖母に言われた言葉を思い出す。
「今年は倍率が低いんだから、アンタには1度きりのチャンスかもね、なぁ…。」
確かにその通りだ。
試験会場へと到着した。受験者同士が話し合う様子や、まばらに居る試験官らしき人物が目に入る。
「…とは言っても、1番難易度の低いDランク試験なんだけどなぁ…。自分が情けない。」
辺にいる受験者は皆10歳に届かないらいの子供たちだ。
ここは「冒険者資格Dランク獲得試験会場」。
俺の住むラギール王国では、成人である16になると、冒険者資格を持つ者のみが国を離れ冒険者となることが許可される。
試験は3年に1度のみ行われるため、子供の頃から資格を取っておくものも大勢いる。(D、Cランクは未成人でも獲得することが出来るのだ)
冒険者資格にはDからSまでの難易度がある。D、Cランクは未成人や、一先ず冒険にさえ出られれば構わないという者がとるのが世間の印象だ。
あとは、それから……
「アンタみたいな落ちこぼれの成人、とかね。」
「……ユイ…。」
成人した女性にしては、少し高めな声が後ろから聞こえた。(本人は「子供みたいなこんな声大っ嫌い!」らしい)
振り向くと、やはりというか、そこには幼馴染であるユイがいた。
「勝手に"読む"なよなー…。」
態とぶすっとした顔で文句を言う。
「あら、読まれるアンタが悪いんじゃない?私のたったCランク読心術に読まれちゃうアンタがね。」
ユイは嫌味ったらしく言い返してくると上品な動作で俺の隣に座る。やはり、こういう所に親御さんが元貴族である事実が現れる。
「う、そんなこと言ったってなぁ…!近くの対読心塾は資格ランクDないと受付さえしてくれないし…。」
「ふぅん。大変なのね。ま、私は生まれつき対能力Bですから、塾のお世話になるなんて考えたこと無かったけどね?」
ニヤニヤとこちらを横目で見つつ嫌味を言うユイ。素人目でも顔は整っているユイだが、嫌味を言う時は悪人面だと思う。
「あら、それ試験内容の知らせ?」
俺の手元の洋紙を指さしながら問いかけてくる。
「ん、そうだよ…っておい。」
言い終わる前にユイひょいと俺の手元から洋紙を取り上げる。抗議の声はもちろん無視。
「へぇ…懐かしいなぁ。もう10年以上前に取ったのね…。えっと、対魔力試験に対能力試験…それから簡易魔術試験か。
アンタ、対魔力と対能力はランク幾つだっけ?」
「えっ、と。対魔力がギリギリCで…、対能力はDだな。」
近所の6歳の方がよっぽどマシなステータスだろう。生まれつきステータスが低いのもあるが、何分練習を繰り返してもまったく身につかないのだ。
「…それ、受かるワケ?」
「う、受かるさ!…多分…。前回落ちてから毎日練習してるし、簡易魔術には自信あるし!」
嘘だ、自信は全くない。だが、今回こそは受かりたい。毎回応援してくれている母と父に申し訳が立たないし、なにより俺も早く国外へと冒険がしたい。
「あったりまえでしょうが!簡易魔術なんて、単純に魔力をぶっ放せばいいだけだし。アンタ、魔力量だけは平均なんだから。」
「…ぐ、返す言葉もない…。」
完全に言い負かされた。正論だからしょうがないだろう。
「…って、もうこんな時間か。じゃ、私はBランク試験会場に戻るから。幸運を祈るわ、ロイくん?」
態とらしく、張り付いた笑顔でスタスタと会場から出ていってしまった。
「はぁ…、ま、でも…一応応援してもらったしな…。」
ふ、と口を緩ませる。いつの間にか緊張がほぐれたみたいだ。
「…もしかして、ユイ、そのためにDランク会場まで…?」
真相はわからないけど、なんだかんだユイは優しい。少し不器用で勘違いされやすいが、俺は知っている。
すると、会場の至る所にある水晶から声が響いた。
「ーーー…えー、まもなく試験が開始となりますー…受験者の皆さんは速やかに準備をお願いしますー…繰り返しますー…まもなくーーーー」
間延びした声だったが気持ちは引き締まる。
両頬をパチンと軽く叩いて気持ちを切り替える。
「…っし、絶対受かる…!」