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3-3 小学五年生ですから、早すぎでもありません。


 ヘルハウンドはさらに距離をとってから、立ちどまってふり返る。


「ちょっといーい? もう日が暮れるから退散するけどさ。ユッキーの本名は?」


「あ? ……宮村雪彦みやむらゆきひこだけど? ていうかおまえら『ユッキー』とか呼ぶのやめろよ。あとこいつらの名前は……」


「あとは知ってる。大場友恵おおばともえ鈴木正人すずきまさと篠原幸代しのはらさちよ、でしょ? アタシが先に帰れたら、生存者を伝えるくらいはしないとまずいだろうし……じゃ、またね。ユッ、キ~!」


 あの子は本当にオバケにあやつられているのかな?

 会ったときのユッキーとちがって、怖い感じはしない。


「あなたの名前はー!?」


亀戸東小かめいどひがししょう、5-3、川森今日子かわもりきょうこ。キョンキョン以外ならなんとでも呼んで」



 今日子ちゃんがいなくなって、わたしたちは倒れている石像の回収をはじめる。

 わたしの脚にしがみついていたスケルトンが、まだ少しだけうごめいていた。


「友恵さんから直接に呼びかけていただけますか? 先に指示を出した今日子さんが遠ざかって時間もたつほど、指示の優先順は下がります」


 わたしはアヤメさんに教えられたとおりに呼びかける。


「タコさん、戦闘を停止して出てきて、わたしたちに従ってください……ませんか?」


 つい『ませんか?』をつけ足す。

 同じ遭難者の命令で戦わされていたタコさんにもうしわけない気がした。

 アヤメさんはにっこりと笑ってくれる。

 照れくさかったけど、少しだけいいことをした気がする。

 スケルトンの背から出てきたタコくんは……


「のびてる!?」


 元はバスケットボールみたいな形だったのに、やたらと平たく細長く、なんとなく人に近い形で、ズルズルとはいずっていた。


「操縦用の調整によるものです。数分で元にもどります」


 ゼリー状の物体はアヤメさんにかつがれて背中へだらりとたれ下がり、ゆっくりと肩の上へ集まる。神殿へもどるころにはボール型にまとまりかけていた。


「再調整すればふたたび別の石像へ入れることもできますが、現状では操縦者よりも石像が不足していますので、必要なさそうですね」



 神殿のさっちゃんは修復しながらタコさんに囲まれ、すっかり仲良しに見える。


「操縦もできちゃうんですか。タコさん、なんでもできるんですね」


 ともだちみたいに修理道具を渡し合っている。


「タコプリンの操縦や修復は、人間より効率が劣ります。ただし恐れたり飽きたりすることがありません」


「それはすごい」


 さっちゃんとわたしの声が重なった。



 タイタンが思ったよりも重傷だったみたいで、まずは乗れる石像の数だけでも増やそうと、手分けして修理をはじめる。

 ユッキーにやりかたを教えたら、正人やさっちゃんほどではないけど、わたしよりはうまくて気まずい。


「修復や操縦は日暮れまでになります」


「電気とかないから、夜は真っ暗なんだ?」


「それもありますが、石像やタコプリンは昼の間でなければ、人とつながりにくくなります」


「今日子ちゃんも『日が暮れるから退散』とか言ってたっけ」


「今日子さんは別の案内人から情報を得ているようです。位置からすると『研究書庫』に常駐する案内人『ドラセナ』と思われます。ツバキが今朝がた管理塔へ向かう途中で情報交換をしていたようです」


 その時点だとツバキさんはユッキーのことを知らなかったから、今日子ちゃんも名前を聞いてきたらしい。


「でも今日子ちゃんにはオバケがとりついているのに、ドラセナさんていう案内人さんは協力しちゃうの?」


「管理者がいない現在は、案内人はあらゆる人間に従います。ファントムによる意識操作の影響下であっても、人間の命令であれば、拒否は困難です」


「それは……ものすごく危険なのでは?」


 アヤメさんは笑顔でうなずく。いやそこは笑顔だとかえって怖いのですが。


「あくまで管理者がいない状況での非常措置です。舞島様もできる限り避けたかった状況と思われます」



 日が暮れて薄暗くなってくると、タコプリンをかぶってもミニチュア人形の光る糸が見えにくくなって、石像の操縦もほとんどいうことをきかなくなる。

 外に出ると、ツバキさんたちが枯れ木の山をいくつも盛り上げていた。


「ファントムは火も苦手としています」


 今夜は神殿の前でキャンプすることになった。

 神殿には毛布、シーツ、土鍋、食器とかも少しはあって、いざ寝床を作って食事の用意をするとなったら、それだけの準備でもずいぶん助かった。


 布団がわりに草を厚く重ねて、その周りを囲んでたくさんのキャンプファイアーが燃えさかる。

 味つけのために海水を煮こんで塩をとったり、網で追いこんで魚をとったり、予定外に野生的な遠足も楽しい。

 神殿裏の海に沈む夕日もきれいで、夕飯には長芋と大きなエンドウ豆を焼いて、焼きたては少しの塩だけでたまらなくおいしかった。


「ここに今日子ちゃんもいればなあ」


「あんな口が悪くてうるせえのがいたらたまんねえよ」


 なんでユッキーは人の悪いところばかり言うのか。


「派手にやりあったけど、悪い子には思えなくて。オバケつきでもユッキーみたいに怒りっぽくないし、わりとまともに話せたし」


「ようしゃなく撃ってきたけどな」


 ユッキーの目の前を正人がわざとらしく通過して豆のオカワリをくれる。


「トモちゃんやたら強いけど、なにか格闘とか習っていた?」


「別に……男子にまじってサッカーとかドッジボールやっていたおかげかな?」


「友恵だけ人型に乗っていたのもあるだろ? 鳥型のルフでもけっこう動きづらいし、手足のないサーペントなんか最悪だぞ?」


 わたしにぶったおされたユッキーがすねたように口をはさんでくる。

 さっちゃんは苦笑いで小声を出す。


「あの、わたし……サーペントさん、もうかなり治しちゃいました」


「楽しみ。スケルトン二体のほかはサーペントしか間に合わないみたいだし、わたしが乗りこなしに挑戦してみる」


 正人はたびたび星の位置を測って、アヤメさんと話して、頭を抱えていた。

 太陽の動きかたと合わせると、地球のどこにいるのか、だいたいでわかるらしい。


「わかるのにわからない。生態系はまだしも、環境汚染の影響まで中途半端なんていったい……?」



 わたしにとってそれ以上の大問題は、トイレとお風呂だった。

 なんでこれほど便利な島に設置されてないの?

 アヤメさんに見張ってもらい、野外ですませるしかない。

 神殿の裏側には石像の残骸がない海岸が広がっていて、近くには卵型の岩から真水が湧いて、小川になっている。

 そこでようやく、べとついていた服と体を洗えた。

 お湯は出ないけど、ぜいたくは言えない。

 ……むしろ星空と海を見ながらはだかで水浴びなんて、ぜいたくな体験かも。


 手ぬぐいをしぼって体をふいて、寝巻きがわりにシーツだけ巻いて出てきたわたしとさっちゃんに、正人がさわがしく興奮している。

 でもアヤメさんとツバキさんがいつでも見せびらかしている胸や太ももに比べたら、あまりありがたみのない姿に思えた。



 夜中に目がさめると、シーツが体からとれかかっている。

 まずい。わたしは寝相が悪いから、朝にはまっぱだかになりそう。

 たき火にあてていた服が乾きかけていたので、とりこんで神殿へ向かう。

 アヤメさんたちを呼ぼうかと思ったけど、なにやらものすごい勢いで飛びまわってキャンプファイヤーを広げていたので、着替えくらいで呼ぶのは気がひけた。

 まあわたしは、のぞかれたら自分で蹴っとばせるし。

 燃えている枝の束を持って神殿に入ると、輝く月は天井の石版にも透けていた。

 火の置き場所がなくて、きれいな床石を焦がしたくないので、結局そのまま裏口から出る。


 小川の卵石の近くに、別のたいまつが置いてあった。

 下流の一段深いくぼみはトイレ用の溝があるから、誰かトイレに起きていたのかな?

 さっちゃんはとなりにいたし、正人も見たような気がするから、ユッキーか。

 さっさと追い払って着替えたかったけど、トイレ中なら、さすがにデリカシーをうたがわれるから、ここで待っているかな……。

 変な足音がしてふり向くと、ギザギザの赤オバケがすぐ近くまでせまっていた。

 左肩が欠けていて、昼に見たよりも濃くて毒々しい赤色で、顔の真ん中の白い玉はギラギラとにらむように輝く。


「ギゥイッ、グゥイッ、グゥルゥギウゥ……」


 わたしは体がこわばって燃えている枝を落としてしまい、生乾きの服を抱きしめたまま、どうしていいかわからなくなる。

 不意に、ファントムの横顔めがけて火のついた枝が投げつけられて、ギザギザの体がひるむ。


「早く逃げろ!」


 ユッキーが駆けてきて、わたしはようやく少しあとずさる。

 足がふるえて、うまく動かない……?


「なにやってんだよ!?」


 腕をひっぱられて、せっかく洗った服を落として、少し我にかえる。

 服が砂だらけ……ユッキーめ、なんてことをしてくれるのだ。


「友恵はオレの後ろにいろ!」


「はい」


 ユッキーはわたしが落とした枝の束をひろってふりまわす。

 赤オバケは神殿の裏口をふさぐようにまわりこんでいた。


「クソッ、火に弱いって、あれくらいじゃダメなのかよ!? 友恵、ほかになんか知らねえのか? おい!?」


 ユッキーの声がふるえている。わたしもなかなか声がでない。


「し、知らない。でも、近づきにくそうにしているよ?」


 赤オバケが急に、真横へ駆け出す。

 神殿の端から現れた炎の束がそれを追って何倍もの速さで近づいてきて、追いつくなり悪霊の周囲をとびまわる。

 火の玉をふりまわす人影は、真顔のツバキさんだった。

 赤オバケは逃げながら片腕をのばして、扇風機みたいにふりまわすけど、褐色肌の美人はそれをかわし、とびこみ、火を押しつけては離れる。

 すぐにアヤメさんも来て、ふたりがかりのようしゃない火あぶりからオバケは必死に逃げていく。


「たき火の中へもどってください。神殿の中を通過すれば安全です」


 悪霊との激戦中でもアヤメさんの口調は変わらない。



「火に弱いって……あんな使いかたが人間にできるわけねえだろ」


「だよねえ」


 わたしは大きなため息をもらした。

 ユッキーはまだまわりを気にしながら神殿へ入る。


「早くもどろうぜ。……着替えか? 毛布の中でやればいいだろ?」


「う、うん。そうする……」


 まずい。少しかっこよく見える……こいつ、口は悪いけど……



 正門前では正人たちが待っていた。


「トモちゃんだいじょうぶ? ついでにユッキーも無事? 赤いファントムは森へ逃げて行ったのが見えたけど……」


「ごめんごめん。えへへ」


 わたしはうっかりニヤニヤしてしまい、さっちゃんに不思議がられる。


「なにかあったの?」


「ユッキーがかっこよかったの。助けてもらっちゃった」


「ばっ……ちがっ……な、おまっ……」


 ユッキーが照れて、なにか憎まれ口を言おうとしている。

 そのわき腹を正人が無言で小突き続ける。真顔で。



 たき火に囲まれた中へもどると、まもなくアヤメさんとツバキさんも帰ってくる。


「夜間の外出は、必ず案内人をつきそわせてください」


 ていねいな口調と静かな笑顔は、こういう時にもかえって怖い。

 赤オバケは結局、焼きつくされる前に逃げきって、ほかに緑のオバケも見かけたとかで、まだかなりあぶない状況らしい。


「でも明日のこともあるし、早く寝ておかないとね」


 わたしはそう言っておきながら、さっちゃんにヒソヒソと話しかける。


「ね、さっちゃんは正人とユッキーのこと、どう思う?」


「ええ~、ん~、わたしいつも、男の子とはほとんど話さないから……そのわりには話しやすいのかな?」


 困ったように照れているけど、どっちも悪くはないらしい。

 わたしはまともな恋愛話なんてはじめてだったけど、意外に楽しい。

 こんな話をできる女の子も、話題にできる男の子たちもはじめてだった。

 この島には、いつまで居られるのかな。


 ……でもなんだか、さっちゃんが心配そうな顔をしている?




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