3-2 ともだちと石像と事件が豊富です。
巨大鳥のルフはもう動けなかった。
まずはツバキさんが、修復名人のさっちゃんを抱えて連れ去る。
「じゃあタイタンはトモちゃんで、スケルトンはユッキーが乗って」
正人は意外というか、はいずるしかできないリザードマンに乗り続けて、まだ少しは戦えそうなスケルトンをユッキーにゆずった。
アヤメさんはわたしが入ったタイタンの肩に乗って、にっこりほほえむ。
「この配置は、雪彦さんを安心させるためのようです」
そんなこと考えていたのか……正人はエロバカのようで、ときどき大人っぽいかもしれない。そこだけは少しかっこいい。
森をぬけると丘の近くに新手のガイコツが二体と、同じくらいに大きな犬の石像が見えた。
「スケルトン二体と、もう一体は『ヘルハウンド』です。タイタンほどの威力はありませんが、ミサイルを二発まで撃てます」
「犬がミサイル?」
わたしが首をひねると、追ってきた正人のリザードマンが顔を上げる。
「『ヘルハウンド』は『地獄の猟犬』という意味で、ヨーロッパでは有名な火を吐く魔物だよ……ゲームの知識だけど。ちなみに『タイタン』はギリシャ神話にでてくる巨人で、ゼウスと敵対した古い神の一族だね」
「ミサイルは人体への影響は少ないですが、石像に近い構造のファントムや案内人の体は破壊されます」
アヤメさんは笑顔で解説するけど、視線の先はさっちゃんを抱えて丘を駆け上がるツバキさん……
「じゃあもし、ツバキさんが撃たれたら……!?」
わたしは駆け出して注意を向けさせ、リザードマンも全力ではいずって叫ぶ。
「ヘルハウンドくん、こっち来~い!」
アヤメさんはわたしの肩から飛び降りて、隠れやすい岩をめざして駆ける。
「わたくしも避難させていただきますが、近くにおりますので、なるべく意識して声を聞いてください……ミサイルが来ます」
ブゥウウウウン……聞きおぼえのある震動音。
ゴフッと音がして、ヘルハウンドの口から煙のかたまりが飛ぶ。
ミサイルは飛び出すとすぐ、目に見えて遅くなる。
ビーチボールにも近い動きで、離れていればよけやすい。
地面でバフッと気のぬけた爆音をだして草や花びらを飛び散らせたけど、地面を削るようなあとは残らなかった。
でもともかくも言わせてほしい。
「いきなり撃ってくるなんて、あなたもオバケにとりつかれてんの!?」
ブサイク犬の石像が、もう一度のどを鳴らした。
かわせるつもりだったけど、タイタンの足は長くて重くて、いつもの自分の足でやるドッジボールの感覚だと、少しだけ遅かった……すねにかすって、ドリルをあてたような振動を感じる。
タイタンよりは弾が小さくて、残ったひびもそれほどひどくない。
とりあえず二発とも撃たせたから、これでもうツバキさんはだいじょうぶ。
わたしもよける心配はなくなった……相手は三体でせまってくるけど、タイタンの目から見たスケルトンは小柄のひょろひょろで、弱そうに見える。
太い腕をぶんまわすと、ガイコツの細腕を派手に砕いて胸までぶちあたり、一発で地面へたたきつけた。
ビスケットの山をなぐったみたいに、相手が軽くてもろい……タイタン強い!
体の重さになれてくると、長い脚をうまく使えば動きも悪くない気がしてきた。
二匹目のガイコツが斬りかかってきた剣もかわせて、そのまま軽く蹴りかえすだけで、相手は両脚をまとめて宙に浮かせてすっころぶ。
とどめをさしておきたいけど、まだヘルハウンドも迫っている……タイタンから見ると大型犬くらいだけど、もしスケルトンから見ていたら、クマみたいな迫力があったかも?
動きはけっこう速いけど、バカ正直にまっすぐ来たから顔面へ拳を打ちこめた……でも少しずれてしまったみたいで、意外と早く起き上がってしまい、足をかみ砕かれた感触が伝わってくる。
「いた……!?」
いたくはないのだけど、おどろいてつい。
横からとびこんできた剣が、犬の頭をぶったたいて止める。
「あ……ユッキーか。ありがと!」
「案内人を壊されたらまずいから、しかたなくだけどな」
わたしが転ばせたスケルトンにもとどめを刺してくれていた。
アヤメさんのことが気になって耳を澄ます。
「ミサイルが狙っています」
アヤメさんの声が聞こえた直後、ゴッ、ゴッ、と発射音も聞こえた。
とっさにしゃがんだけど、肩をかすって震動が走る。
ぜんぶで六機いたんだっけ……もしかして、こっちの三機はおとり?
森から残りの三機が出てきて近づいてくる。
またガイコツと、ヘルハウンドと……それよりひとまわり大きなライオン。
「大型の一体は『キマイラ』です。やはり二発きりで威力の低いミサイルを持ちます」
犬とライオンは発射後の薄い煙を口からゆらめかせていた。
あれ? もう一発は……
はいずっていたリザードマンがとどめを刺され、正人が胸からはい出ていた。
「キマイラ、あるいはキメラといえば、ギリシャ神話にでてくるライオンとドラゴンとヤギの合わさった合成獣だね……トモちゃん、倒した三機はなにかしゃべった?」
「ぜんぜん。みんな動きがバカ正直で、タコくんぽいかも」
「無口で照れ屋さんなだけの女子かも。でもとりあえず、ぼくはアヤメさんに抱きつい……運んでもらって神殿へ行くね。トモちゃんたちも、不利になったら神殿へ逃げられるように動いて」
「わかった。でもあれくらいならなんとかなるかも?」
「こっちはもうミサイルが残っていないから、オバケつきの子を捕まえるのは難しいよ。代わりの戦力もないから、無理してタイタンまで壊れるほうがまずいかも」
「なるほど……慎重にしておく」
とりあえず相手にミサイルがあるとアヤメさんがあぶないから、残りも早く撃ってもらわないと。
目をそらしてもらおうと、まわりこむように近づくと、なぜか相手の三匹は足を止めたまま、わたしの動きを顔で追うだけだった。
「そのタイタン、もうミサイルはなかったのか」
角つきのライオン石像『キマイラ』から、女の子の声が聞こえた。
こっちのミサイルを警戒して距離をとっていたみたい。
「船で遭難した子だよね? なんでいきなり撃ってきたの?」
「はーいはい。あんたらこそ戦車よりやばい兵器に乗ってゴンゴン島中にひびくバカでかい騒音を出し続けていたこと、わかってもらえる~? それでアタシには黙って巻きこまれるまで待てって言う気?」
ひねくれた口調の冷めた早口。
『無口で照れ屋さん』女子は正人の妄想で終わった。
「……というかあれは誘拐?」
女子声のライオンは前足を上げて、アヤメさんが正人をお姫様だっこして走る姿を指す。
「よく見て。あの幸せそうな顔を」
あまり見てほしくない情けない姿だけど、しかたない。
「もしかして『意識の操作』とかいうの、本当にあるわけ? じゃあアンタたちは? 操られているの? それとも自分の意志で手先になってんの?」
あれ? けっこういろいろ知っているみたい。
でもなにか誤解されているというか……
「ちょ、ちょっと待って。あなたがオバケに操られているんでしょ?」
横からユッキーのスケルトンがわりこんでくる。
「友恵ちょっとだまれ。ファントムのしわざなら、本人にはわからねえんだろ?」
言いかたは頭にくるけど、たしかにわたしだと話がこじれそうだ。
こういうことは正人やアヤメさんが得意そうなんだけど……。
「えーと、オマエ、オバケといっしょにいるんだろ? ぼやっと赤く光るやつ」
ユッキーはアヤメさんに言われた質問を試しているらしい。
「なに言ってんの? あんたアホ? それがこのいかれた状況の原因とか言いたいわけ?」
あれれ? わたしはなにか早とちりして、オバケにとりつかれていない子とケンカしちゃったのかな?
「それにアタシといるファントムは黄色だから。赤とかひっかけ?」
やっぱり、とりつかれているじゃないか。
「よくやったユッキー。オバケはまちがいない……で、どうしたらいいと思う? 経験者としては」
「いや、そんなこと言われたって……オレまだオマエらのことだって半信半疑だし」
「え……ユッキー、今からあの子の側についたりしないよね?」
急に心細くなる。
「四対一とか無理だし、三対一だってやだし……」
「バカ! 知るか!」
ユッキーのスケルトンが、ライオン女子のほうへ走っていってしまう。
どう声をかけていいか、急にわからなくなる。
わたしは『仲間はずれ』が、すごく苦手みたいだ。
というか……引越しのあとでいつのまにか、苦手になっていたらしい。
前の学校でも先生には怒られていたし、男子とはよくぶつかっていたし、女子の性格が悪い子とも言い合いになった。
でも新しい学校の先生は、わたしの話も聞かないで怒って、ほかの子が悪いことをしても、さわぎさえ起こさなければ注意もしない。
言い合いになった女子たちは、その場ではバカていねいにあやまってきたけど、あとで隠れて悪口を言いふらして仲間はずれにする、最低のやつらだった。
男子まで顔を見て文句を言えないやつが多くて、女子といっしょにコソコソ嫌がらせをしてきた。
わたしは同じような嫌がらせをされていた子たちがいたから言い合いになったのに、遠足の前にわたしの教科書にあった悪口の落書きは、そういう子たちの字だった。
そして遠足では……急に沈みかけた船の中では……
そんなことを急に思い出してしまって、頭がこんがらがって、考えることも動くこともできなくなる。
ブゥウウウウン。いやな音がしていた。
「おい友恵! ミサイル!」
言われて気がつくとキマイラが煙の弾丸を発射して、わたしはなんとかよける。
でも前にいたユッキーはしゃがむのが遅れて、肩を少しはじかれて、胸あたりまでひびが広がっていた。
「ボケっとしてんな! オレが先に行くから、ちゃんとしとめろよ!?」
ユッキーはすぐにまた走りはじめる……?
「え? え?」
「ばか! 『え?』じゃねえよ! ミサイル使えるほうを壊しちゃまずいんだろ!? 無傷で勝てよ!?」
もっと優しく言ってくれればいいのに。
「わかった!」
でもユッキーをうたがってしまった気まずさと、頼れるうれしさで少し泣きそうだから、腹立ちまぎれでちょうどいいかも。
ヘルハウンドが撃った次の弾は近すぎて、ユッキーのガイコツは直撃して倒れてしまう。
でもこれで相手にはもうミサイルがない。
たたき合いだけの勝負なら、わたしの乗るタイタンがそうそう負ける気はしない。
オバケ女子の『キマイラ』がふりあげた前足の爪をかわし……げんこつをたたきこむ!
直後、自分も背後からスケルトンに斬られていた。
そいつもなぐりたおした向こうでは、ユッキーのガイコツがヘルハウンドにかじられてもがいていた……わたしは頭が熱くなりかけたけどがまんして、まだ飛びかかってきたキマイラへ肩から体当たりして倒し、思いきり蹴とばす。
キマイラは全身にひびを広げて転がりながら、みょうな号令をかけた。
「イチロー、集合して離脱! ゴロー、タイタンをおさえて!」
足元にいた壊れかけのガイコツが、いきなり脚にしがみついてくる。
「こ、こら!?」
ヘルハウンドが駆けよって、キマイラのとなりへ寝そべる。
その背から背へ、ツインテールの小柄な女の子が跳び渡っていた。
パーカーにキュロットスカートで、足元にはギザギザの黄色いもやが巻きついている……ああ今、ミサイルが残っていたら!
「てい!」
わたしが足のスケルトンをひきはがすと、オバケ女子が乗りこんだヘルハウンドはすでに遠くへ逃げていた。
ユッキーのスケルトンはひびだらけで、ほとんど動けないみたい。
「あの犬の速さだと、タイタンじゃ追いつけないかな……追いついてもミサイルないし」
でもヘルハウンドはなぜか、わたしたちが最初に倒した三機のところで立ち止まって、なにかをあさっている。
「タコプリンの回収だけでも阻止できたらよかったのですが」
アヤメさんがいつのまにか、近くの岩の上に立っていた。
ヘルハウンドが頭を洗うようなしぐさは、よく見れば頭になにか小さいものをのせていた。
「もしかして、タコプリンを再利用されちゃう?」
アヤメさんは笑顔でうなずく。
「ほら、友恵がすぐ追わねえから……」
「ユッキーだってわかってなかったでしょ!? えらそうに言わないでよ!」
「深追いすればタイタンのダメージが増えていたかもしれません。慎重な判断とも言えます」
そう。アヤメさんの言うとおり。
ユッキーも『無傷で』とか言ったから、わたしは壊さないように気をつけていたのに。
……ごめんなさいとか、ありがとうとか、ユッキーに言いそびれた。