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2-3 怖いくらい便利なタコさんがいます。たくさん。


 やっぱりすごい不安が増えてしまった。

 でもほかにもいろいろ聞いたところ、舞島まいしまさんが管理をはじめるまで、遭難した人は大変だったらしい。

 案内人さんもいなくて、どこになにがあるのか、歩き回って探すしかなくて、帰れるまでに何日も何十日もかかる人がほとんどだったとか。


「舞島様の前にも管理方法を研究するかたはいましたが、長いかたでも半年以内には帰国されています」


 舞島さんだけは、独りで長く滞在してもストレスをほとんど感じないで島の研究を続けられた。

 案内人さんを作って、いろんなことを教えて、島をパトロールさせて、遭難者がすぐに帰れるようにしてくれた。

 ひきこもりの変人も、この『ゴーレムランド島』には必要だったらしい。



「舞島様が不在でも『管理塔』の設備を使えば帰国できます。今すぐ向かえば潜入しやすいかもしれまん。しかしこの場にいる三名の救助を優先しますと、残る三名の帰国はさらに難しくなります」


 誰かを見捨てるのはやだな。どんな理由があっても。


「この場の三名の救助と、六名全員の救助、どちらを優先するかはわたくしたちでは判断しかねます。案内人は補助しかできませんので、判断をお願いします」


「やっぱり、みんなで助かったほうがいいよね?」


 わたしが聞くと、さっちゃんはひかえめにうなずくけど、正人は首をひねる。


「事故や遭難の時には、自分の身の安全を第一に考えるのが鉄則だって聞いたよ? 無理に助けようとして、助かるはずの人まで助からなくなるより、救助を呼んで……」


 そこで正人も言葉がつまる。

 ここにはアヤメさんたちしか、救助する人がいない。

 相手がオバケ一匹、とりつかれた男子ひとりでもこんなに大変なのに、オバケはほかに四匹もいるらしい。

 これでわたしたちだけ先に帰ったら……

 わたしが頭をかかえると、さっちゃんがつぶやく。


「あの、でも、ほかの子たちを助けたら、協力できる人も増えて、より安全に帰りやすくなりませんか?」


「なるほど! それなら悩まなくていいじゃん!」


 めんどうでも、気まずいよりはずっといいし。


「かしこまりました。しかしなれない場所で緊張状態が続きますと、必要な期間の疲労にみなさまが耐えられるか、予測は難しくなります」


「ストレスでトラブルも起きやすくなるか……つまりぼくたちの『愛』が試されるわけだね!」


 正人がキメ顔で言い放ち、わたしとさっちゃんは目をそらす。


「もう少し別の言いかたはないのかな?」


「協調性とか……ですよね」


 いつのまにかアヤメさんがまた、にっこりとわかりやすい笑顔になっていた。

 人間ではないらしいけど、機械にも思えない。



 わたしはアヤメさんの指示どおりに、ぶにょぶにょしたタコプリンを両手で持ち上げ、自分の頭へのせる……だいじょうぶなの?


「こ、これ、かじりついたりしない?」


「その状態のタコプリンが人間に危害を加えることはありません」


 伝言を再生していたアヤメさんみたいに、目元までかぶる。ぶにょりと。

 ああ。うわ。なんか動いています。うにうに。


「あの……これで『修復』って、どうやれば……?」


 閉じたままの目に、複雑な線のからまりが浮かんできた。

 血管みたいに、全体では横たわる大きな人型になっている。

 位置からしても、かぶる前に目の前にいたスケルトンらしい。

 その上へ光る丸がふたつ、飛び乗った。

 丸の片方は長い光の尾を下にのばしている。

 長い光はスケルトンから光のかたまりをとりだして飛び降りてくる。

 尾のついた光はアヤメさんで、尾のない光はタコプリンらしい。

 差し出された光のかたまりは細い光の糸が無数にからみあって、人型になっている……手ざわりからしても、テーブルとかに置いてあったミニチュア石像人形だ。

 いろんな色と太さの流れは、見ているとだんだん仕組みを理解できてくる。

 すごい複雑なのに、見た部分から順に『わかってくる』らしい。


「タコプリンが理解を補助しています。壊れている部分に意識を集中してください。気分が悪くなった場合は、無理をしないでタコプリンをはずしてください」


 人形は肩と頭から全身に広がるような糸の途切れがあった。

 それを見ていると、どこをどうもどせばつながるかも、なんとなくわかってくる。


「これ……なおしてみていい?」


 置いてあった文房具を使って、糸をいじる。

 はしっこを少し動かすだけでも、つながっているあちこちに影響が出る。

 その関係も理解できてきて、ほんの少しずつ、たくさんあるほころびから何ヶ所かをつなぐと、どっと疲れてしまう。


「ま、正人パス。計算問題みたいに、頭が疲れる」


 ちらっと見た正人の姿は光の糸がとても細かく集まっていて、ほとんどそのままの姿をしていた。

 アヤメさんはすぐにタコプリンをひっこぬいてくれる。


「修復は正確に進んでいます。今の作業をあと何回か行えば、完全に治ります」


「それはきつい……交代でも二~三時間はかかるかなあ?」



 正人は「なるほど」とか「おおー」とか言いながら楽しそうに治していた。


「トモちゃんと同じくらいやってみたけど……これで合ってます?」


 わたしの半分くらいの時間しか経ってない。

 そんな気はしていたけど、頭のよさが影響している?


「たしかにこれ、けっこう集中力がいるね。パズルゲームを次々と解くみたいな……ところで……」


 正人はタコプリンをかぶったまま、アヤメさんとタコプリンをまじまじと見比べる。


「もうお気づきかもしれませんが、わたくしとタコプリンは同じ種族の生命体……らしきものです。ファントムも同じです」


 たて続けにおどろきの告白が続いて、タコプリンに理解を補助してもらいたくなる。



「タコプリンはすべて、人間を補助して、人間から学び続ける性質を持ちます。わたくしたち案内人は、タコプリンへ人間に似せた外観と会話機能を加えたものです。案内人の体は石像と同じく、舞島様が『ゴーレム構造』と呼ぶ技術で作られています」


 目の前のむちむち美女と、いかつい巨大石像は、どう見比べても近い体とは思えない。


「ファントムもタコプリンの一種ですが、マスターの意図にも反して発生する、原因不明の異常個体です。人間の補助に極端な手段を用い、結果として遭難者の害になってしまいます」


「補助……そうか。敵意や悪意はないから、直接には傷つけないけど、補助として意識を極端に誘導しすぎて、洗脳したような状態になるのか……?」


 正人は頭からはずしたタコプリンをさっちゃんに渡して、かぶる様子をじろじろと観察する。


「舞島様も同様の推測をしていました。仮に修復作業などでも、補助の加減を誤れば神経への負担が重くなり、極端な場合は神経障害の原因にもなります。サーペントに乗っていたかたは、警戒心が増幅されている様子でした」


 アヤメさんの口調と笑顔は変わらない……けど、その説明はわたしへタコをかぶせる前にしてください。



 難しそうな話が続いてわたしの頭は疲れてしまい、わからないところは正人を頼ることにした。


「舞島様の言葉をそのままお伝えしますと『タコプリンは人間の言うことならなんでも従うし、時間さえあれば万能に近い。でも指示の解釈はどこまで正確か怪しいし、限度もわからないから危険だ。大昔に島とか石像を作って壮絶な無駄づかいをしたようだけど、残ったわずかな余力でも人類滅亡くらいならちょろい。この事実を知ったなら慎重に考えて、なるべく秘密にしておくのが賢明だけど……まあ、このメッセージを聞くってことは、ぼくが死んでいるかもしれない時だから、好きにやってもらってもいいのかな?』……とのことです」


 舞島さんに会えたらツッコミたいことがまたひとつ増えた。

 でも人類滅亡とか言われてしまうと、あまり実感はわかない。


「目的は人間のためなのに、ほとんど真逆の行動もとっちゃうのか……なんだか政治や宗教でもありがちな事故みたいだな」


 正人の言うことはよくわからないけど、とりあえずアヤメさんの親戚でもかんちがいはするらしい。


「ファントムが補助をしているだけなら『ヘビくん』がぼくらに警戒心をまったく持たなくなれば、増幅もできないかも……でも、今の状況でそれは難しいか」


「わ、わたしがケンカを売ったせい?」


「あれはしかたないよ。石像から出て降参していたら、もっとひどいことになったかも。むしろ女横綱トモちゃんがスケルトンに乗っていたのはラッキーだったと思う」


「……今度、女横綱って言ったら泣くから」


「ご、ごめん。ええっと……さっちゃん、そろそろ代わらない?」


「うん……そうしようかな……でも、もう少し……」


 さっちゃんはわたしたちが話している間、かなり長くタコプリン漬けになっていた。

 ただでさえほんわかしているさっちゃんの頭はだいじょうぶなのかな?

 正人も心配そうにのぞきこんで、目をぱちくりさせた。


「さっちゃん、これ……もうほとんど、終わりかけている?」


 ……え?


「うん。正人くんみたいに速くはできないけど、ゆっくりならそんなに疲れないから」


「いやいや、ぼくがこんな一気にやったら頭が燃えつきるよ」


 わたしなら半分もいかないで爆発する。

 照れ笑いするさっちゃんが急にまぶしく見えて、おそるおそる聞いてみる。


「さっちょん様、実はすごく頭いい?」


「ふつう、ふつう。でも図工とか技術家庭とか、時間かければできるものだけは、先生もけっこうほめてくれるかも」


「幸代さんは修復の適性が高いようですね。予定より早く済みますと、ファントムの処理も楽になります」



 まもなくガイコツ一体の修復が終わり、アヤメさんは人形を石像の胸へ沈めなおす。

 プール底の砂が巨大石像にゆっくり吸い上げられて、ひびが少しずつ埋まりはじめて、数分もながめていると、すっかり跡もわからなくなった。


 でもひびの少ない石像でこれだけ修復に時間がかかるなら、何倍もひびが広いほかの石像を治す作業は気が遠くなる。

 ひびが多いほど、動かした時に影響し合う部分も多くなる。

 ひびが数倍なら、全体では何十倍、あるいは何百倍もの手間になりそう。

 何日も、あるいは何十日もかかるかも。


 大柄な『タイタン』の中身は、タコプリンごしに見るだけでも頭がいたくなりそうだった。

 見た目は単純ブロックのくせに、光る糸のつながりはガイコツよりも複雑になっている。

 タイタンの修復はさっちゃんにお頼みして、わたしと正人は交代でトカゲ男の修復にあたった。


「わたくしたち案内人は、人に似せた動きと会話の機能に特化されています。タコプリンの状態であれば修復や操縦を手伝えたのですが」


「その美しい姿がなによりのはげみになります!」


 正人が即答する。



 トカゲ男の修復もどうにか終わると、いつのまにか消えていたツバキさんが外から駆けこんでくる。


「石像『ルフ』、数分の距離」


「タイタンでなければ『ルフ』の対処は難しいかもしれません。幸代さんはあとどのくらいで修復できそうでしょうか?」


「歩くだけならもうできると思います。でも残り半分は簡単だから、あと二十分もあればぜんぶそろうのに……」


 わたしは頭より体を動かすほうが好きなので、なおっているガイコツへ走る。


「時間かせぎしてくる!」



 神殿を出ると、森が大きくゆれていた。

 まだ頭も見えないけど、サーペントよりもかなり大きそう。

 正人もリザードマンで出てきて、その肩にはアヤメさんがいた。


「もしかして『ルフ』は、アラビアンナイトにでてくる巨大怪物のロック鳥ですか?」


「はい。飛ぶことはできませんが、羽根があるため体格よりも動きが速いです」


「……はね?」


 巨大な鳥の石像がだんだんと見えてくる。

 やっぱりデザインはおおざっぱで、低学年の子の絵をそのまま立体にしたような……それが大きいと、かえって怖い迫力がある。


「あの大きさだと森は動きにくそうだ……広いところに出さないほうがいいかも!」


 正人のリザードマンが駆け出し、わたしもスケルトンで追いかけて丘を駆け下り、森へ急ぐ。



「こんにちは! 話し合いませんかー!?」


 正人は棍棒をふりまわしながら叫ぶ……悪いやつではないはずだけど。

 ひきょうなあいさつは無視されて、ルフの蹴り足でトカゲ男はふっとばされた。

 そのすきにまわりこんで飛び蹴りをぶちかますわたしも少し悪者ぽい。ガイコツだし。

 ルフの巨体がよたついて転んで、ちょっとした地震が起きる。


「すばらしい運動能力です。しかし剣部分のほうが、より硬いため打撃としては効果的です」


 アヤメさんの声が背後の木の上から聞こえた。


「つい、いつものクセで」


 ルフはザバッと起き上がり、リザードマンへ向かってバタバタと突進する……たしかに意外と速い。

 それに大きいぶん、かなりしぶとくて打撃も重そう……さっちゃん様が早く来てくれないとまずいかも。




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