2-2 管理までお気楽な楽園はどうかと思います。
巨大石像で生身の男の子を追いかけるのは怖いので、しかたない。
わたしも石像から降りて、自分の足で追いかける。
競走なら地区大会でも入賞しているから、男子が相手でもたいてい楽勝……でも追いついたらどうすればいいんだろ?
走って逃げるヘビ男子の足元に、赤いもやがからみついていた。
背中にはい登って広がり、首のあたりに光る丸い目も現れる。
「君の背中! オバケ!」
男の子はふり返ってにらみつけてきた。
長い顔にきれ長のつり目。
「はあ? なにバカ言ってんだ?」
「え……見えてないの?」
立ち上がった赤オバケだけ残って、男の子は逃げてしまう。
追いかけたいけど……赤い腕と爪が、何倍にものびてわたしに迫っていた。
「失礼いたします」
背後からアヤメさんに抱えられて、何メートルも後ろ向きに跳ねとぶ。
正人のトカゲ男も足をひきずって助けに来てくれて、赤オバケは逃げていった。
「う~。ガイコツでオバケだけ踏めばよかったのかな? でも男の子も巻きこみそうで怖い」
「今のうちに、神殿でファントムの対策を準備しましょう」
丘の上にある『岬の神殿』も岩ブロックの建物だけど、白い壁面は整っていて、柱や屋根には簡単な装飾もあった。
でも全体に丸みはなくて直線だらけで、特に四角形が好きみたい。
大きな石扉はたくさんの花が彫刻されていて、アヤメさんが手を触れるとシャリシャリと音をたててゆっくり壁に吸いこまれる……自動ドア?
中はサッカー場くらいに広くて、数十本の大きな柱がならんでいた。
天井は白い石版が使われていて、日の光を薄く通している。
遠くに見える向かいの壁にも、花を彫刻された石扉が見えた。
床にはプールのようなくぼみがたくさん並んでいて、中に敷きつめられた砂の上に、いろんな種類の石像が横たわっていた。
どれもひびが入っているけど『浜のほこら』にあった石像と同じように、入るだけならできそう……歩けそうなガイコツもある。
わたしたちも乗ってきた石像を空いている砂プールへ寝かせた。
マスターさんはガイコツを『スケルトン』、トカゲ男を『リザードマン』と呼んでいるらしい。そのままの意味。
石像を降りて、アヤメさんに神殿の中を案内してもらう。
物は少ないけど、石の棚や長いすとかはちらほら置いてある。
作業台みたいなテーブルの上には石像たちのミニチュア人形とか、文房具のようなものが散らばっていて、その真ん中ではスイカ大のクラゲみたいな置物がわたしに手をふって……動いている!?
「タコオバケ!?」
「ファントムのような危険はありません。マスターは『タコくん』と呼んでいますが、食用のタコとまぎらわしい場合には『タコプリン』と呼んでいます」
巨大な水まんじゅうは中央部分に球体があって、体の下から何本か生えている腕らしきなにかをのばして、人形をいじりをしている。
その頭へアヤメさんがぺたりと手をおいた。
「石像の修復作業をしていますが……『タイタン』の修復は間に合うかわかりませんね……ほかにすぐ使える石像は……」
ツバキさんとも手を合わせていたけど、あれで話せているのかな?
アヤメさんといっしょに砂のプールへ降りると、そこでもタコプリンがバナナのような腕をわきわき動かして、ミニチュア人形をいじり続けていた。
砂地の真ん中では特に大きな人型の石像が寝転んでいる。
手にはなにも持ってないけど、手足が太くて強そう。
でもやっぱりおおざっぱなデザインで、真四角の顔もシンプルすぎて、横につぶれた目がふたつと、ティッシュ箱みたいな鼻があるだけ。
「ごつくていかつい……ガイコツのほうがまだかわいいかも」
「マスターはこの石像を『タイタン』と呼んでいます。サーペントに対しても互角以上に戦えますし、二回発射できるミサイルはファントムへの対処にも効果的です」
「ミ、ミサイル?」
石像同士の戦いで使うミサイルなんて、戦車みたいな威力の……それを子供に撃たせる気ですか?
「マスターの言葉をそのままお伝えしますと『ミサイルの発射回数がアホみたいに少ないのは、人体への影響を強引に抑えて作っているせいだろうね。人間なら一発や二発くらったところでたいした害はないだろうけど、自分で試すのはちょっと……てごろな遭難者くんとか来ないかな?』とのことです」
そのままお伝えしたらまずい言葉だと思います。
でもオバケを倒せて人には害がないミサイルって? 塩でもばらまくの?
「タイタンの修復が間に合えば、さきほどの遭難者のかたも保護しやすくなります。仮に失敗した場合にも、この神殿にたてこもって修復を続けていれば、時間はかかっても安全に解決できる見込みです」
笑顔で説明するアヤメさんの背後で、いつのまにか入って来ていたツバキさんがしゃがみこんでいた。
「非常事態」
それだけつぶやいて、抱えていたタコプリンをアヤメさんに渡すと、ツバキさんはコテンと真横に倒れこむ。
「……ツバキなら心配ありません。疲れて休憩しているだけです」
ケガはしてないみたいだけど、あのグラマーボディが寝転ぶと服からいろいろはみだしそうな心配があります。
「マスターからの伝言があります」
アヤメさんはタコプリンを頭にのせて、目が隠れるあたりまで深くかぶる。
せっかくの美人がだいなし。しかも急に口調が変わる。
「やあ遭難者くん。ちょっとまずいことになったよ。ぼくはもうすぐ捕まる。管理を続けられそうにない。自分で考えてくれ」
聞きおぼえのある『マスター』さんらしい話しかただ。
捕まるって? 管理できないって? いきなり今から他人……というか子供に丸投げですか?
「案内人と相談するのが一番いい。管理塔で探知できたことを伝えておくと、遭難者は六人、ファントムは五体だ。タコくんはほとんど持っていかれそうだし、動いている案内人は四体だけ。しかも『フヨウ』は連絡がない。まるきり人手が足りないね……あれ、もう来ちゃったか…………なんてこった。あまりぼくの趣味じゃない子だ……」
アヤメさんがタコプリンをひっこぬく。
「伝言は以上です」
「最後のはいったい……?」
「マスターの性格から、女性と推測されます」
「え? さっきのヘビの子とか……わたしが最初に会ったのも男の子なのに?」
「男性であれば、趣味と照らし合わせることすらないと思われます」
正人が大きくうなずく。
「するとその『まだぼくと会ってない女子』がマスターさんを捕まえたのか……やっぱりファントムつきと考えたほうが自然かな?」
「マスターの会った女性、サーペントに乗っていた男性、友恵さんが最初に会った男性、ここにいる三名。以上で六名すべての遭難者になるようです」
「あの、もしかして……すごく悪いお知らせでしょうか?」
さっちゃんが不安そうな声を出すと、アヤメさんは笑顔を見せた。
「心の準備ができているようでなによりです」
ツバキさんがむっくり起き上がり、神殿にいるタコプリンたちの頭をなでてまわる……あれはたぶん、なにかの連絡をしている。たぶん。
「伝言の内容から、遭難者のかたたちにも一部の管理資格が認められました」
アヤメさんはいつも笑顔なので、いいことか悪いことかわかりにくい。
「この『ゴーレムランド島』は、現在のマスターである『舞島』様がひとりで管理していましたが、舞島様がなんらかの理由で管理を継続できない場合、島を管理する資格はほかのかたへ移されます」
いや待って。そんなの小学生にぶん投げられても困ります。
「アヤメさんやツバキさんは?」
「わたくしたちは人間ではありません。舞島様の言葉をそのままお伝えしますと『てっとりばやいからロボットだと言っておけ。厳密にはちがうけどね。帰国さえできれば、うやむやになる程度の誤解だ』とのことです」
ひどい説明だけど、少しだけ納得もできた。
アヤメさんたちの運動能力は人間ばなれしているし、話しかたも変な時があるけど、機械と言いきられてもひっかかる。
「管理資格を持ったかたには、一部の情報制限が解除されます……この『ゴーレムランド島』は、飛行機や船による行き来ができません。舞島様の言葉をそのままお伝えしますと『最初にタコくんと出会った古代人は「支配者から逃げ隠れできる楽園」を願って島や神殿を作らせたみたいだけど、ここ百年で人類の科学技術が進みすぎたもんなー。かなり無理をして隠しているせいで、管理システムもまちがいが多くなっているらしい……ぼくはいい時に来れたな』とのことです」
一番おどろいていたのは正人で、なにか難しそうに考えこんでいる。
「作らせたって……神殿はともかく、島も? それに隠すと言っても、レーダーや衛星カメラはどうやって……あ。雲の変な動きはそういうことか……?」
さっちゃんもぽかんとしていた。
「船も飛行機も……じゃあ地下鉄……もダメかな?」
なさそうですよ篠原さん。あったらうれしいけど。
でもわたしは別のツッコミどころが気になってしかたない。
「あの、マスターの舞島さんて、どんな人なんですか? 助けてもらえるのはうれしいですけど、なんというか、その……」
「舞島様に関する情報は『管理塔』で正式にマスターとして登録していただくまでは、多くが制限されています。舞島様の言葉をそのままお伝えしますと『ぼくのことはあまり言わないでほしいんだよなー。いろいろめんどうそうだから』とのことです」
知るほど不安になりそうだし、聞かなくてもいいのかな……
「制限のない情報としましては……『三十代の男性で、遭難者の帰国を重要視しているかた』です」
さっちゃんもわたしも安心してひといきつく。
「『なによりもゴーレムランド島の研究が好きなかた』です。『人づきあいを好まないかた』です」
邪魔に思われているだけのような気もしてきた。
「変人と呼ばれることが多いかたです」
それは制限しないとまずい情報だと思います。
「案内人の姿は舞島様の趣味によるものです」
「いい人だ!」
正人の意見は無視しておく。
「以上のような情報は、知られてもかまわないと思っているかたです」