2-1 巨大な石像でケンカなんてもっといけません。
「オバケのせい? でも、それなら……どうすれば?」
「マスターの言葉をそのままお伝えしますと『もしファントムにとりつかれた遭難者が石像に乗ったら最悪すぎるな。もちろんぼくは捕まえにいったりしないから、ほかの遭難者が出くわしたら、同じく石像に乗ってぶちのめすしかないかもなー』とのことです」
「石像は戦車とか恐竜くらいに危険なんですよね!?」
「マスターの言葉をそのままお伝えしますと『石像を石像でぶちのめすくらいなら、乗っている人間はほぼ無傷だよ。操縦席は意味不明なほどがんじょうだから』とのことです」
ぶちのめすしかないの?
先生にはいつも『ケンカはするな。ぜったいに人をたたくな』って怒られていたのに……でもトカゲ男子は石棍棒をふりまわしてわたしを追ってくる。
さっちゃんたちがねらわれたら大変だから、しかたない。
空ぶりしたすきに突きとばして、倒れたところへ馬乗りになる。
「う~、ごめん!」
とりあえず、棍棒を使えないくらいには壊しておきたい。
なぐってみたトカゲ男の腕にひびが広がって、砕けた岩が飛び散る。
「うわ!? おいてめえ、なにやって……!?」
ガイコツの体もびりびりとふるえた。
乗っている相手はケガをしないらしいけど、やっぱりなんだか怖い。
剣のほうではたたきたくない。
ひびは大きく広がったけど、砕けた岩は意外と薄くて……表面だけ?
あわててもう一回なぐっておく。ほとんど同時に、わたしも背中をたたかれて倒されてしまった。
「ふざけんな! なんでオレが……!?」
足で蹴られ……じゃなくてシッポでなぐられたみたい。
衝撃の大きさでびっくりしたけど、たしかに痛くはない。
背中にバキバキとひびが広がるような感じは少し怖いけど。
急いで起き上がると、直立トカゲは背を見せて逃げ出していた。
「えーと……アヤメさん、どうしよ?」
「案内人のわたくしは、遭難者のかた同士の問題に関しては判断いたしかねます」
「トモちゃん、逃げたなら追わないほうがいいよ。また引き返してこない内に、ここを離れたほうがいい」
正人の言うとおり……かな?
とりあえず、さっちゃんたちは守れたみたいだし……
「……でもやっぱり、追いかけてみる。もしオバケのせいじゃなかったら……わたしがきつく言いすぎた気もするし」
前の学校の先生に言われたことを思い出す。
『悪気はなくても、もめごとをおこす天才だな』
わたしはガイコツに乗ったまま、トカゲ男子の消えた森へ入る。
アヤメさんたちも距離をとって追いかけてくる。
「どこにいるのー!? あやまるから、ちゃんと話そうよー!」
本当はもう話したくないけど、アヤメさんや正人もいるなら、なんとかなりそうな気もする。
少し奥に入ると、寝そべるトカゲ男を見つけた。でもぜんぜん動かない。
アヤメさんは周囲の地面を見てまわる。
「足跡を見つけました。すでに石像から出て『くぼ地のほこら』へ向かったようです」
「ほこら?」
「使える状態の石像がいくつかあります……ファントムに操作されている可能性が高くなりました。引き返さないと危険なようです。石像を攻撃に使われた場合、こちらも全員が石像に乗っていなければ、死傷者のでる可能性が高くなります」
「やっぱりオバケにあやつられているなら、近づかないほうがいいか……」
でもそれなら悪いのはオバケで、トカゲ男子じゃない。
わたしはいろいろ悪く言いすぎた気がして、ちょっと気まずい。
正人は壊れかけのトカゲ石像に乗りこむ。
「なぐられたのは腕なのに、なんか歩きにくいな……?」
アヤメさんはさっちゃんを背負って、トカゲ男子とは逆方向へ森を駆ける。
ついていくと、ツタとコケにまみれた体育館くらいの小山が見えてきた。
近づくと、石像と同じような岩ブロックで作られた建物だった。
ガイコツに乗ったまま入れる大きな入り口が空いていて、地面には巨大な足跡もついている。
「友恵さんが乗っている石像は、ここにあったものです」
アヤメさんのあとに続いて中へ入ると、このガイコツにとっては小部屋みたいなせまさだった。
「マスターはここを『浜のほこら』と呼んでいます」
アヤメさんはそう言うけど、神社みたいな飾りはほとんどない。
人が住んでいた感じもなくて、床は倉庫みたいにきれいな平らになっている。
岩の巨大ベッドが四台ならんでいて、わたしが乗っているのと同じ外見のガイコツ石像が三体、あおむけに寝ていた。
どれも全身に大きなひびが入っていたけど、浜辺にあった石像よりはひびが少なくて、体が欠けている部分もない。
さっちゃんはその一体へよじのぼり、胸の上からもそもそともぐりこむ。
「あの、これ、立てませんよ?」
さっちゃんが入ったガイコツは、のたのたと身じろぎするだけだった。
「それに力が入らなくて、今にもバラバラになりそうな……」
「そういえばわたしのガイコツも、背中にひびが入ってからは、動きが少しにぶいかも?」
風邪の治りかけとか、体力が落ちているような重さを感じる。
「石像のダメージは周囲へ分散されます。バランスのとれた動きは続けやすいですが、一部のダメージが全体に影響しやすいとも言えます」
ほとんど動けないさっちゃんガイコツはわたしと正人がひきずっていくことになった。
「乗りこんでいればファントムから身を守れます。石像同士の戦闘による巻きこまれ事故も防げます」
「動けない戦車を避難シェルターの代わりにするような感じ?」
トカゲ男子からさらに離れる方向へ進んで、赤オバケから逃げていた一本道を通って、さっちゃんと会ったあたりも通りすぎると、だんだんゆるい上り坂になってくる。
森を抜けると小さな丘が見えた。
海岸を背にした丘の中央には『浜のほこら』の何倍も広い建物がぽつんと建っている。
「あの『岬の神殿』には、ファントムを処理できる石像があります」
先を走っていたアヤメさんが、不意に立ち止まってふり返る。
「このままでは追いつかれますね」
わたしも耳をすますと、遠くから地ひびきが追ってきていた。
でも足音じゃなくて、はいずるような音。
「ぼくとトモちゃんで戦うしかないかな? まあ、今はさっちゃんも石像の中で安全だけど」
正人がそう言ったから気がついたけど、なんでアヤメさんは石像に乗らないんだろ? ……乗らなくても逃げきれそうな運動力ではあるけど。
森の中から、トカゲ男と似た頭が見えてくる。
「マスターは大ヘビという意味の『サーペント』と呼ぶ石像です。ひとまわり大きいですが、相手が動きになれていなければ、勝てる可能性は十分にあります」
アヤメさんの解説どおりに、出てきた石像は手足のないヘビ型で、トカゲ男よりひとまわり大きい……近づいてくると、けっこう迫力がある。
正人のトカゲ男も困ったみたいに首をひねった。
「ぼくはケンカとかしたことないのだけど、トモちゃんは?」
「あまり言いたくないけど、去年の相撲大会は学年一位」
「男子も入れて?」
「男子も入れて」
「頼りにします女王さま」
姫のほうがよかった……でも『女横綱』とか『どすこい番長』よりはマシ。
大ヘビの胴が急にのびて、一気に飛びかかってくる。
かわそうとしたけど、かすった腕にひびが大きく広がって、よろめいて倒れそうになる。
サーペントは手足がない代わり、全身がばかでかいムチみたいで、すごい速さと威力……でもヘビ男子は使いこなせてないみたい。
「なんだよこれ!? なんでこんな動かしにくいもの作って……!?」
地面でもがくサーペントに急いでしがみついたけど、しっぽをふりまわして転がりまわる……押さえきれない!?
ドッン! と重い音がして、トカゲ正人の石棍棒が、大ヘビのしっぽをたたいていた。
「ありがと正人! 捕まえているからもう一度、よくねらって!」
トカゲ正人はまた石棍棒をふりあげたけど、大ヘビはしっぽを暴れさせて邪魔する。
「しょ、正気かよおまえら!? 人殺しか!?」
「あんたねー、さっきも今も、先に攻撃してきたのはそっちでしょ!?」
つい言い返して後悔する。
「そういえば、オバケに操られているんだっけ」
ちょっと油断して、突き飛ばされてしまう。
サーペントはそのままトカゲ正人へのしかかったけど、わたしがすかさず頭に剣をたたきこむ……自分がたたかれて痛くなかったので、もう手加減なし。
動きは止まったけど、意外とひびは広がらなくて、破片もあまり飛びちらない。
あせってもう一撃を当てたけど、しっぽで反撃されてしまう。また背中だ。
ばらばらに壊される感覚が体中へ広がって、あと一撃でもくらったら動けなくなりそう。
でもサーペントもだいぶへばっていて、動きにくそうにしていた。
のたのたはいずりまわって、森まで逃げこむ。わたしが追いつきそうになると動きを止めて、背中から男の子が出てきた。
背が高くてやせていて、薄いジャケットに長ズボン。
……というか、人が出てきちゃうと石像でたたくわけにもいかないし、どうしたらいいの?