12-3 生きて帰るまでが遠足です。
残りわずかな夕陽が、馬二匹と蛇と竜と巨人とガイコツが抱き合う光景を輝かせていた。
「なんだか今は、あのブサイクな石像たちがみんなかわいく見える」
わたしの声もようやく落ち着いてきた。
「来た時にあんなオブジェを見ていたらドン引きしてそうだけどね」
今日子ちゃんは見上げながら苦笑いして、さっちゃんは笑顔のまま小声を出す。
「ずーっと乗っていたから、もう見るだけでいいかな」
男子は誰ともなく魚とりをはじめていた。
いつからか、アヤメさんはわたしたちのすぐうしろにいた。
「お疲れ様でした。皆様が無事でなによりです。舞島様は今、管理塔でマスターとして復帰する手続きをしています。温泉に入ったあとで」
舞島さんは青ファントムと午後のお茶会中にカワンチャからミサイル爆撃されて、そのあとはフヨウさんがかつぎ運んで管理塔へ放りこんでいた。
ツバキさんとドラセナさんも神殿に来ていて、夕飯とキャンプの準備をしてくれている。
ドキドキのお泊り会もこれで終わりか。
六日目の夜で、みんなはじめて家や学校のことを話しあった。
わたしの学校での話も、オバケのせいで怖くなりすぎていたから、説明を追加しておいた。
お母さんはわたしを信じてくれていて、がまんしなくていいと言ってくれている。
前の学校のともだちに話したら、前の学校の先生まで動いてくれているみたい。
わたしもくだらないことなら無視しているけど、大事な時にはきっぱり言い返している。
……でも遭難事故の生還者になると、どんなあつかいになるんだろ?
翌日。タコさんたちが修復してくれた石像にみんなで乗って、森を歩きまわっていると、最後の赤ファントムもあっさり日なたへ追いこめた。
ギザギザ赤オバケは昨夜からツバキさんとフヨウさんに追跡されていたせいか、しょんぼりと疲れて見える。
「紫ファントムが医者ってのもおどろきだけど、赤ファントムが警備員ていうのもなあ? オレに協力させたかったなら、もう少し穏便な方法にしてほしかったけど……でもまあ警備員なら、舞島みたいな不審者に不安を持つのもしかたねえか?」
カワンチャのユッキーは怒ってないどころか、撃ちにくそうだった。
「じゃ、わたしのドラゴンで撃つよ? えーと、失礼して撃ちますけど……案内人さんやタコさんたちにはお世話になったし、なにかあったら手伝いに来ますので、もうしばらくは舞島さんを支えてあげてほしいです……」
えいっ。
ペチャンコになった元ファントムのタコさんを正人のタイタンがつまみあげて、さっちゃんユニコーンの背にいるツバキさんへ渡す。
いっしょに包囲していたキョンちゃんワイバーンと強くんペガサスが羽根をのばした。
「うーし、一件落着。じゃ、アタシらもぼちぼち帰る準備をしますかあ……どうすればいいんだろ?」
「おう、アヤメさんじゃ……ちょうど終わったところじゃ。最後の一匹、また仲良うしてやってくれ」
アヤメさんが森の枝から飛び出し、ユニコーンの背に着地する。
「ありがとうございます。舞島様からの伝言があります。そのままお伝えしますと『人数かなんかの都合で、今日の十四時をのがすと、次の便は九百時間くらい先になりそうだって』とのことです」
「きゅうひゃくじかん……?」
「三十七日後になります。それと十四時まで、現在地から管理塔までの移動時間にほとんど猶予がありません」
予定にはなかった石像マラソン大会をみんなでがんばり、観光見学も温泉タイムもないまま、管理塔の大階段を駆け上がって最上階に突入する。
天井はガラスみたいに透明な一枚板……なのかな?
その向こうに十階分もの高さがありそうな吹き抜けの外壁が見える。
「ドラさんに聞いたけど、この天井は十階分の厚さがある透明な石なんだって。どういう製造技術なんだか」
部屋の奥には細長い石の台座があって、紙がわりの木の皮が山のように積まれている。
ドラセナさんはそれをとっかえひっかえ抜き出し、やせた長身のおじさん……舞島さんに渡していた。
舞島さんは台座をあわただしく操作しながら木の皮を読んでは放り投げ、次のページ受け取る。
「やあ、間に合ったか君たち。時間がないから準備は済ませておいた」
スーツから上着とネクタイをとった姿だけど、ひげは剃っているし髪もきれいに手入れされているので、あまり遭難者ぽくないし、変人ぽくもない。
案内人さんたちと並んでもそれほど違和感のない外見だから、普通に人間の女性とも仲良くなれそうなのに……口さえ閉じていれば。
「くわしい説明をしたってどうせわからんだろう? そのまま中央の『泡』へ閉じこめられてくれたら、島から追い出せるから……」
部屋の中央には透明な半球型のドームがあって、厚いガラスに見えたのに、石像みたいにぐにょぐにょと中に入りこめた。
「……おっと失礼。正直なところ子供は苦手なんだが、こんな大事故の時に足手まといにならないどころか、勝手に自分でいろいろ解決してくれる便利な連中で助かった。ぼく自身も助けられたことだし……まあ、感謝はしておくか」
まるでありがたみのないお礼を言われた。いくら子供が相手でも、本人たちを前に『便利な連中』とか呼ぶのはどうかと思います。
正人がかろうじて、笑顔と声をしぼりだした。
「こちらこそ……救助の準備をしてもらっていたので……とても助かりました……」
正人は大人だ。大人だ正人。こわばった事務口調だけど、いろいろとこらえて礼儀正しいあいさつをできている。
「ファントムくんは、人間を攻撃できない弱点をつかれたようだね。敵対ではなく、協力目的で囲んだことも排除に誘導しにくかったらしい。うん、なかなかうまい手口だ」
「もう少し感動的にしめくくってください! 愛とか友情とか!」
今からマスターの座をのっとりそうな勢いの正人をよそに、アヤメさんたちがおじぎをする。
「みなさま、大変お世話になりました……マスター、もう時間がありません」
「んん? 残り時間はどれくらいなんだい?」
「六秒。五、四、三……」
ツバキさんの『二』を聞いたかどうかのあたりで、わたしたちは意識を失う。
遭難地点から少し離れた無人島の砂浜で、わたしたちはめざめた。
たき火をしていたところへ漁船が通りかかって、見つけてもらえた。
あらかじめ打ち合わせていたとおりに『ゴーレムランド島』については内緒にして、正人が作ったウソの『無人島サバイバル話』で口裏を合わせる。
「なるべく『つらい生活だったから、できれば思い出したくないんです』みたいに、口を重くしてねー?」
わたしたち自身の強いおねがいということで、取材はぜんぶ断ってもらって……そのうち別の大きいニュースが続くと、取材の依頼もこなくなった。
その後も、わたしたちはときどき集まっている。
「最後に舞島さんなんかと話したせいで、別れぎわにツバキさんと熱いハグをする時間が……甘ずっぱい思い出を作りそこねた~あ……」
「マー坊、それは何度いえば気がすむの? ……トモチンのほうは、本当に学校はもうだいじょうぶ?」
「キョンちゃんがなぐりこまないでも、だいじょうぶだってば。もうそんなにぶつからなくなったし。ぜんぶうまくいっているわけじゃないけど、ともだちは増えたから。わたしとちゃんと仲良くしたいと思っていた子も、けっこういたみたい」
キョンちゃんといっしょに、さっちゃんも笑顔でうなずく。
「トモちゃんといるほうが楽しそうだもんね……雪彦くん、ケータイ鳴ってる?」
「ん? ああ……強からメールだ。今なんか、親と会いに飛行機へ乗るから、また今度……だってよ。トイレに行くとか立ってそのまま海外とか、あいかわらずわけわかんねえな……」
はじめは口裏合わせの相談とか、オバケに意識操作された影響を互いに様子見するためだった。
「ゲーム大会による診断はもうだいじょうぶそうだし、たまには遊園地とか映画館を利用しての診断もいいね」
「おい正人、もうだまされねえぞ。それもう、どう考えてもただの遊びだろ」
「細かいこと気にすんなよユキピョン。暗い映画館で男女が交互に座るとマーくん的にはなにか確認できるんでしょ」
今日子ちゃんがネットで調べても『ゴーレムランド島』に関わりそうな記述はほとんどないらしい。
「結局もどって来ちゃうと、行く方法はわからないんだよな~。もっとツバキさんといちゃつきたかったな~あ」
正人はたぶん本気で言っているけど、実は石像とか管理塔にも興味が残ってそう。
「いちゃつくかはともかく、アタシはドラさんに、もっとちゃんとあいさつしたかったな」
キョンちゃんもそっけなく言うけど、いろいろもやもやしてそう。
「おいおいじょうだんじゃねえぞ。ていうか友恵が赤オバケに『なにかあったら手伝いに行く』とか勝手に言ってたけど、マジでまた呼ばれちまったらどうすんだよ?」
ユッキーも怒ったふりはするけど、なんだかなにかを思い出してそう。
「それはちょっと……わたしは呼ばれるにしても、ちゃんと日帰りできる電車が通ってからにしてほしいなあ」
苦笑いするさっちゃんには悪いけど、わたしは石像だらけの『ゴーレムランド島』に呼ばれる可能性を残してきたことに、少しわくわくしている。
(『漂流遠足ゴーレムランド』 おわり)
あとがき
完読ありがとうございました。