10-3 命が惜しければ団体行動を心がけましょう。
早い晩飯のあとは、おしゃべりが盛り上がった。
「トモちゃ~ん、今は残りのオバケ三匹とヘンタイ一匹を退治する作戦会議でしょうが? さっきから話がそれまくって進まないでねえの~」
「ごめんキョンちゃん。でもオバケ退治が終わったら、次の遭難者さんのために石像を修復して、掃除して……あとほかにも、なにかあったら案を出しておかない?」
「そのようなことは、わたくしたち案内人でも可能ですから、お気づかいなく」
アヤメさんもこう言うてくれとるのに、友恵ちゃんはずいぶん……
「そうだ! ドラセナさんの足って、わたしたちが手伝って早く治す方法とかない? 石像みたいに!」
「だから、まずは舞島……さんを縛りあげてからじゃねえと、なにも落ちついてできねえって何度言えば……女ツヨシかテメエは!?」
ユッキー、その言いぐさはあんまりじゃ。
「念のためだけど、できれば墓地に置いてきたサイクロプスたちの残骸もいじってみたいな……けっこうすごいのができそうなんだ」
「いやおい正人、さすがにそこまでは、もういらねえだろ? 舞島さんの修復じゃ、増えてもせいぜい日に一体らしいし」
ユッキーの言うとおりじゃ。
「のう、舞島さんさえ助けだせたら、もう石像同士でのケンカはないんじゃろ? オバケ退治だけになったら、ワシみたいに手伝いたいやつだけが残ればええと思うがのう?」
「ええ!? みんなでやろうよー! お世話になったのはみんないっしょなんだから、人まかせとか気持ち悪いじゃん!」
友恵ちゃん、ええ子じゃのう。
「そんでオバケ退治もぜんぶ終わったら、海で打ち上げ会とか開こう!」
ん?
「お料理ずっと案内人さんまかせだから、わたしたちで作るとかどう?」
「トモチン、どこまで話を持っていく気だ。もうアンタは眠りなさい。話がふやけすぎる」
「キョンちゃん、ひどーい。みんなのやる気が出るようにって思ったのに~。さっちゃんは? オバケがいなくなったら、やりたいことない? わたし、海が見えるのに泳いでないのが、ずっとくやしくて……正人は?」
「ぼくとしては、案内人さんの作りかたを知りたい気持ちで常に破裂寸前だよ」
うーむ? ちと待て……おかしいじゃろ? なんで誰も……
「石像で運動会とかしてみよっか!?」
「ぼくたちでなにか建てるとか?」
「まあアタシとしては、もう少しまともなトイレもあったほうがいいとは思うけど」
「それならまず看板だろ。来た時にマジであせったぞ。なにもなくて」
誰も抑えんのか? なにをそんな楽しそうに……?
「それって地味に大変な作業じゃない?」
「オバケがいなくて案内人さんもいれば、何日もかかんないよ」
「じゃあそれ、運動会のバツゲームにするとか……」
「ええかげんにせんかい!?」
……うん? おどろいとるが……きょとんとしとるだけか友恵ちゃん?
正人もまだヘラヘラ……あれ? なんじゃ?
こいつら、こんなやつらじゃったか?
「もう五日じゃぞ!? ワシらが消えて五日じゃ! 親がどんだけ心配しとると……いや、そんなこと、わかっとるよなあ?」
クソ、なんか無性にくやしい。腹立たしい。
「ワシはやっぱり……なるたけ早く、誰かひとりでも帰して、六人の無事を伝えにゃいかんと思う。案内人さんや舞島さんへの義理立てというならわからんでもなかったが、あんまりの軽さに見ておれんかったわ」
いかん……怒る気も失せてきた。
なんじゃこの底無しのさびしさは?
「五日も遭難生活しながら笑っとるから、珍しく根性のあるやつらが集まっとると感心しとったが……壊れとるだけか?」
さすがにみんなしょげとるが、まだわからんような顔もしとるか……?
「どなってすまん……でも変じゃおまえら。どうかしとる。やっぱ慣れん生活で疲れとるのかもしれん。頭ひやして、家のこともよく思い出してくれや」
「ご、ごめん。わたしふざけすぎちゃった。キョンちゃんの言うとおり、早く寝ておくね。早起き苦手だし」
うう、友恵ちゃんを半ベソにさせてしもうた。
ワシがなんかおかしいんか? まだワシ、どこかオバケに操られとるのか?
それならなんか言ってくれいユッキー。
正人もなにを黙っとるんじゃ。ひねたくわせもんじゃが、オマエは愛も度胸もあったじゃろうが。
どこまでも空気が重いまま、夜はふけていく。
友恵ちゃんと幸代ちゃんは先に眠った。
ワシも眼をつぶっておれば眠れるじゃろ……考えてもしかたあるまい。もはや眠るのみじゃ。
なんだかやたらとフヨウさんに会いたいのう……
『ドウシタイ?』
はようみんなを帰してやらんとなあ。
『ドウシタイ?』
嫌われたかもしれんが、ワシはやつらに借りがあるんじゃ。
『ドウシタイ?』
「なんじゃ……マリボウ、まだおったんか?」
『ドウシタイ?』
「いらん世話じゃ言うたろが!?」
目の前を紫の光がよぎる。
ワシは飛び起きていた。
夢かいや? じゃが今、起きてから目の前で光っていたような?
研究書庫の一階広間は静まり返っておって、枕元からは幸代ちゃんのかわいい寝息が聞こえる。
あの正人がこの状態で何日も、ようトチくるわんでおるもんじゃ。
もうひとり起きた……今日子ちゃんか?
ワシの寝言で起こしてしもうたか?
そばに寝そべっておったドラセナさんと、小声でなにか話しとる。
ん? こっちくる? 便所か? タヌキ寝入りがマナーか?
「強くん、ちょっといい?」
ちょ、ちょっと!? ワシはどこまで覚悟すればええんじゃ!?
『川森今日子 ツンデレ』か!?
……なんじゃ、アヤメさんもいっしょか。
いやまだなんとも……こんな用具室みたいなところに三人きりでなにを?
「夢のこと、話してくれる?」
「ええっ? ワシはその……大それたことは考えとらんが、親みたいに世界中をまわって、とりあえず七大陸の最高峰を……」
今日子ちゃんは突然に手を合わせてワシを拝んだ。
「途中だけどごめん。聞きたいのは、さっきうなされていたほうの夢」
「あ、ああ、そっちかい…………んん?」
「うなされて、いた、よね?」
「いや、そんなすごまれても。夢は起きたら忘れるもんじゃろが? いやまた、なんかゴチャゴチャとマリボウに言われとったような……起こしてしもうたなら、すまん」
「けっこうおぼえているじゃないの。あと七大陸の最高峰はじゅうぶん大それていると思うけど……ええと、言いたいのはそこじゃなくて……うう~、眠くて頭が……」
「やっぱりワシ、オバケの影響が残っとるかのう?」
「いや怪しいのはむしろ、ツヨポン以外で……みんなして家族の意識が薄かったことは、不自然だと思うの。もしかするとアタシやユッキーからファントムに関する記憶がいろいろ抜けているみたいに、なにか操作を……でもなんで家族……そうか。目的が『管理人の確保』なら、島から出る意識をそらしたくて……」
今日子嬢は頭も舌もようまわりよるが、ひどく眠そうじゃ。
「えらいふらふらしとるぞ? ひとまずは寝とかんと」
今日子ちゃんが家族のど忘れを変じゃと思ってくれとるなら、ワシにはそれだけで十分じゃ。
「うん……なんかもう限界……じゃあアヤメちゃんは明日の朝、ここまでの会話がアタシの記憶から抜け落ちていないか、確認してくだせいまし~」
「かしこまりました」
自分の頭もようしゃなくうたがっとるのか。たいしたもんじゃの~。
そのあとはボンヤリと浅く短い眠りをくり返す内に、夜が明けてきてしもうた。
ひさしぶりに毛布なんぞを使ったせいか、かわいい女子たちが近くにいるせいか。
「アヤメさん、もう石像は動くかのう?」
「はい。しかしフヨウを迎えに行くのでしたら、どなたかに伝えてからのほうが……」
「アヤメさんから伝えてもらえんですか」
ペガサスには乗ってみたかったんじゃ。
おもしろいほど軽いのう……まだ気持ちはすっきりせんが、朝日の中で駆けとると、少しは落ち着いてきた。
もう勝負はついとるんじゃし、あせることもないんじゃろか?
この無茶苦茶な生えかたをしとる森を見ていると、やっぱり少し不安になるが……いかん、今さら眠くなってきた。
フヨウさんは岬の神殿の隅で、出会った時と同じようにヒザを抱えておった。
「だいじょうぶじゃ。あらかた石像は片づいた。舞島さんとオバケ三匹が残っとるが……ああ、マリボウはつぶれた。心配かけてすまんかったのう」
「強さん、五体目のファントムの情報はありませんか?」
「特に無いのう? 今日子ちゃんはみんながおかしな夢を見ているとか言って、ドラセナさんに見張らせておったようじゃが。あとみんなの家族に対する意識の薄さは、幸代ちゃんも感づいておったとか」
「そうなると五体目の特性は……外部から忍びこむ『潜入型』ではなく、体内に入りこんでいる『潜伏型』の可能性も高くなりました。ドラセナは昨夜の観察と、おかしな夢を見た時刻、位置関係、反応の検証をどこまで進めていますか?」
「そこまでは聞いとらんが……ドラセナさんは調子が悪くて休みがちじゃったし……すまん、なんだか急に眠く……」
「強さん、ただちに研究書庫へもどることをおすすめします。わたくしに命令していただければ……」
「だいじょうぶじゃ……フヨウさんにそこまでしてもらわんでも……ちょっくら寝なおせば、ペガサスですぐ……」