1-3 小学生が戦車で遊んではいけません。
マスターさんの説明を聞いてしまうと、不安になってくる。
それでもオバケ対策には乗らないとまずいみたいだし……乗ってみたいし。
さっちゃんが乗っていた巨大ガイコツは砂浜の石像たちとちがって、ひび割れがほとんどなかった。
背中まで登って、さっちゃんが出てきたあたりに腰かけると、わたしの足がずぶずぶと岩にめりこんでいく。だ、だいじょうぶかこれ?
「幸代さんが出てくる様子を見ていた影響で、意識の抵抗が少ないようですね。そのまま全身をすべりこませて、入ったら三十秒は動かないで目をならしてください」
アヤメさんはそう言うけど、海で足が砂へ沈むみたいに胸まで埋まると、つい鼻と口を手でふさいで、目を閉じてからもぐりこむ。
……頭がぼんやりしていた。
いつのまにか手を下にだらりとたらしていた。全身が重くてだるくて、ぎしぎしとぎこちない。
『三十秒は目をならす』……だっけ。
白い砂浜が見える。
でも逆さまにのぞいた望遠鏡みたいに遠い……というか小さい。
自分が今、体育座りでうつむいて、乗りこむ前のガイコツと同じポーズをしていることに気がつく。
「どんな動作も、できる限りゆっくりしてください。最初は首だけ……」
声のした足元を見ると、あのスラリとした長身のアヤメさんが、猫か人形のようにちょこんと立っている。
さっちゃんと正人はさらに後ろの岩の上で手をふっていた。
「わずかな動作でも岩が弾丸のような勢いで飛ばされることがありますので、気をつけてください」
「わ、わかりました……」
指、腕、と曲げのばしを試して、ゆっくりと立ち上がる。
そっと足ぶみして、何歩か歩いて、それがおどろくほど簡単なことがわかった。
ゲームのように操作する感覚もなくて、風を全身で感じる。
自分の手足や胴が長くなって、ガイコツ像と同じ大人の体型になったような……右手にくっついている剣も、親指がのびたものだった。
自分の大きさも変だけど、まわりの小ささも変で、すごくこわれやすそうに見える。
うっかり人を蹴ったら、それこそ人形みたいにふっとびそう。
「さっちゃん、これはたしかに怖いね……」
「……大場さん、こっちを見て!」
さっちゃんの声が急にはっきりと聞こえた。
「人の声は優先して集めるようになっていますが、意識していないと聞き落としやすくなります。乗っている間は小まめに周囲を確認してください」
アヤメさんを見ると、その声が急に聞き取りやすくなる。
そういえばこの巨体は、歩くだけで目の前の人とも話しにくくなる騒音を出しているはずだった。
「なるほど。かなり気をつけないと……動きもごわごわしているし……」
でも準備体操くらいに動いているうち、阿波踊りもなめらかにできるようになった。
交代して乗りこんだ正人もすぐに歩けるようになったけど、わたしよりぎこちない。
「もしかしてわたしが一番、操縦うまい?」
「正人さんは危険性をよく理解していて、慎重です。人を石像の手で運ぶ時には正人さんが最適なようです」
ちょっと得意になりかけていたわたしは、一気に落ちこむ。
アヤメさんがいつでも上品な笑顔と口調だからなおさら。
「やっぱりわたし、ガサツみたい……」
「でも大場さんもすごいです。あんな自由自在に動かせて。わたし、運動とかぜんぜんダメだから、転ばないで歩くだけでも精一杯だったし」
さっちゃんは顔のとおりに優しい子みたい。
「……ん? でもさっちょんは練習する時間なんてなかったよね?」
「わたしを助けにきてくれた大場さんたちがオバケに追われているから、早く行かなきゃと思って……なにか考える余裕もなかっただけで」
さっちゃんは困ったように照れていたけど、こんなおとなしいのに、練習もなしに巨大石像で森へ突っこんできたのか。
正人の書いた『本気はすごい』も意外と当たっている?
「だれかを踏んだりしないように、アヤメさんが先に走って案内してくれたけど……アヤメさん、本当にすごいですよね。走るのすごく速くて、上品で頭も良さそうで……」
誰かをねたんだりしない性格なのかな。
「……美人の上にでるとこでていて、あんなスリムだなんて……」
さっちょんはそこではじめて、姫らしくない皮肉そうな苦笑いを見せる。
少し太めなことは気にしているらしい。
ペンギンみたいでかわいいのに……でも失礼かもしれないけど、見ていたら急にお腹が減りだした。
お日様はちょうど真上あたりで、今はお昼らしい。
「アヤメさん、あの……」
わたしが話しかけた時に、お腹がきゅるきゅると鳴ってしまった。
「昼食の用意をいたします」
アヤメさんは笑顔でそう言って駆け出し、数分もするとリンゴくらいの丸くて黄色い実をたくさん抱えて森からもどってきた。
丸かじりできて、けっこう甘い。
キュウリにも似ているけど、皮や種ごと食べられるメロンと言ったほうが近いかも。
正人によると、マクワウリという食べ物らしい。
「でもあんなほったらかしの森の中で、こんな店で売っているような甘くて大きい実ができるなんて……?」
「鈴木くんたちと会った近くに、ブドウやキイチゴみたいな実もたくさんあったよ。でも毒があるかもしれないから、口にできなくて……」
さっちゃんは幸せそうにマクワウリをほおばる。
よく晴れた青空、ゴミひとつない砂浜。
きれいなガイドさん、いいともだち。
「なんだか天国だなー。あのオバケさえいなければ」
わたしの言葉に、さっちゃんの手が止まる。
「わたし、あのまま捕まっていたら、どうなっていたんですか?」
「直接にケガを負わされる可能性は低いですが、精神的になんらかの障害を引き起こしていたかもしれません」
アヤメさんの変わらない口調と笑顔は、ときどき怖い気もする。
「また会ったら、わたしが追い払うよ。さっちょんが食べ終わるまで、石像の練習させてね!」
「ゆっくり食べてる……」
さっちゃんは苦笑いでうなずく。
わたしが乗りこんで三十秒……アヤメさんによると『中では眠っている状態』らしいけど、実感としては裸で巨大化して、声や息だけ少しこもった感じがするくらい。それも仮面とかよりずっと余裕がある。
まずは周囲を見渡して、耳を澄まし……ん? 地ひびきが近づいてくる?
森をかきわけて、巨大石像のヘビ頭が砂浜をのぞきこんできた。
手足もあって直立しているから、トカゲ男と呼びたい姿。
「お、おまえらっ、なにやってんだ!?」
トカゲ男の声も、マイクで話したような感じだ。
「遭難した子? わたしたち今、お昼のごはんをすませて……」
「なんでわざわざここで食べるんだよ!? その食い物、ひとりじめにする気か!?」
男の子の声だけど、方言なまりがない。『五人目』らしい。
それにしても言っていることがまとはずれで、あきれる……というか腹がたってくる。
「ひとりじめもなにも、森の中にたくさんあるでしょ? そっちこそいきなり来てなんなの!?」
「な……んだよ、おまえ、そんなのに乗っているからって、人のことをそんな風に、何様のつもりで……」
「わたしは南逆井小、5-2、大場友恵! で、あなたはどこのどなた様!? 怪しくないなら名前くらい言って!」
「四対一か……大人もいるしな。誰も見ていない場所だからって、なにやってもいいとか思ってんのかよ……?」
話がかみ合わない。
考えが勝手にどこかへ突っ走っている……正人もときどきそうだけど、このトカゲ男子は走る方向が怖い。
「鈴木正人でーす。よかったらいっしょに食べない? まだたくさんあまっているから」
正人がくずれた石像の上に登って、マクワウリをふりまわして笑っていた。
わたしはそれを見て、頭が冷えてくる。
……またやってしまった。
わたしの悪いクセで、頭に血がのぼりやすい。
相手はなんかおかしい男子だけど、石像に乗っている同士でケンカなんて、大変なことになりそう。
トカゲ男の巨大石像がゆっくりと全身を見せる。
ガイコツよりは全体に肉づきがいいけど、すねや腰だけ変に細かったりして、やっぱりあまりかっこよくない。
手には棍棒型の石が握られていて、長いシッポをひきずっている。
トカゲ男は黙って周囲を見回した。
わたしたちとちがって、今まで案内人さんに会えなかったなら、少し気が立っていてもしかたないかな?
なんて思ったら、石棍棒がふり上げられていた。
ぎりぎりにかわせたけど、足元の砂浜が大きくえぐられる。
「きゃっ……!?」
さっちゃんの悲鳴が聞こえて、あわててふりむく。
砂の波をかぶって倒れただけみたい。
トカゲ男がまた棍棒をふり上げたので、わたしはとっさに、正人たちを巻きこまないほうへ逃げる。
「あんた、なに考えて……!?」
「だまされねえからな!? そのガイコツから降りろよ!」
やばい。こいつ本当にあぶない。
「わかったから、食べものぜんぶ持っていっていいから、それふりまわすのやめなよ! 岩とか変な方向へはじいたら、人が死ぬんだよ!?」
「腐ったものや毒とか食わせるつもりだろ!?」
こいつなんで、ここまで悪いように考えるんだろ?
困ってアヤメさんを探すと、急に声が聞こえてくる。
「……のまま、わたくしの声を意識してください」
足元は砂煙でよく見えないけど、声からすると、かなり遠くへ避難してくれたみたい。
「相手の操縦者はファントムに意識を操作されている可能性があります」