10-1 友だちとは仲よくケンカしましょう。
ワシは……なんで走っとんのじゃ? というかワシは……
『組ミ立テル』
……沈没しかけた船で、見知らぬ女子を救助しに飛びこんで……まあ、そのあとはうまくいかんが、その女子は無事な上にかわいくて、マリボウと出くわして逃げまわって……あれワシ、なんで逃げ……
『意識シナイ』
「……ん? マリボウ、どないなっとんじゃ? なんかおかしいのお?」
マリボウはいっしょに石像にめりこんどる緑のでっぷりしたバケモンで、たしか……
『意識シナイ』
ワシが動かすビーストの背に乗っとるフヨウさんは運動神経ばつぐんで頭も良くておしとやかという、女神のようなべっぴんさんじゃ。
っと、いかん。少しゆっくりせんと、フヨウさんがきつい。
『警戒スル』
いや、そうもいかんのか……なんでじゃ?
ああ、巨人三匹をぶったおすバカおとろしい竜の石像がおって、ワシはやりあうのを楽しみに……
『警戒スル』
いくらなんでも無理じゃ。逃げるのは性に合わんが、ちっとは勝負になるかっこうでぶち当たらんと、竜も不満じゃろう。
こっちのほうで石像を探すなら、舞島さんの管理塔でもぶっこ……
『意識シナイ』
研究書庫になにか……ないから戦場墓地へ行ったんじゃし、それなら舞島さんにちと相手をしてもら……
『意識シナイ』
どうしたもんかのお?
『……』
こんな時に委員長の小田岸なら突拍子もないアホ言って悪ノリさせてくれるんじゃが。
「強くーん!」
「おお! 正人かいやあ! ちょうど、きさんに似ておもろい小田岸ゆうやつのこと考えておったんじゃあ!」
「オダギシ何者!? それはともかく逃げるなひきょう者ー!」
おほっ、みえみえの挑発なんぞしおって。止まらんわけにはいかんのう。
どうせペガサスの足じゃ追いつかれる。そんならここで瞬殺しちゃるかあ。
『警戒スル』
「おっと、フヨウさんは危ないから離れとってください」
坂道の上なら見晴らしもいい。勝負にはもってこいじゃ。
『警戒スル』
「う……ん? なんじゃマリボウ、さっきからゴチャゴチャ……」
とはいえ、竜が追いつくまでに決着は難しいかのう?
くわせもんの正人を甘く見たら、痛い目に会う。
まあ、今さらじゃ。竜が来てもすぐには撃たれん岩かげでやり合うかい。
「よし、こっちで勝負じゃ! マルベー! 余計な邪魔が来たら相手してやってくれや!」
「マルベーとかマリボウとかって誰?」
「マルベーはそっちのビーストに入っとるタコじゃ! マリボウはマリモみたいな色のオバケにつけた!」
ペガサスはやや離れた間合いで動かん……正人は策士じゃ。
時間かせぎしか考えとらんなら、相手をしてもバカ見るだけじゃの。
「フヨウさんは?」
「きれいで気立てのいい案内人さんじゃ」
「えーと……フヨウさんをまた人質にとるの?」
「おお!? ふざけんな! ワシがいつ……」
そんな早う、ぶち壊されたいかコイツ!
『警戒スル』
「いつって、戦場墓地で。ミノタウロスが壊された時に」
うん? そういえばあの時は……
「勝負がつきそうになったらフヨウさんを人質にとって、ミサイルを撃てなくしていた」
「ワシはそんなつもりじゃ……」
『意識シナイ』
「いいわけまでするのかひきょうもーん」
「誰がひきょうもんじゃ!?」
ワシがとびかかると、ペガサスはひらりと逃げよる。
ふん、やる気がないならかまっとれんわ。さっさと失せい。
「ふ、不意打ちとかひきょうなのはなしね!? 仕切りなおし! 仕切りなおし!」
「先手必勝はケンカのいろはじゃろが! ちゅうか、逃げまわってばかりの腰抜けがぬかすなや! ワシがいいわけってなんじゃ!?」
「……そこからか……」
またわけわからんこと言いおって。これじゃから頭でっかちは。
さっさと行かんとな……どこへ?
……ああ、もっと強い石像を探さんと、竜とは勝負にならん。
「フヨウさんを人質にとられちゃ勝負できないよー。ぼくは正々堂々とやりたいのになー」
「ぬなぁ!? 誰が人質なんぞ!? だいたいその、ちょっとも心のこもらん棒読みはなんじゃい!? きさんがでたらめ言うとるじゃろがあ!」
ここまで性格ねじくれたやつとは思わんかったわ!
もう石像から引きずり出してくらわさんと気がすまん!
「戦場墓地で、フヨウさんを人質に、ミサイルを防いだ」
「お……? ワシはそんなつもりじゃ……」
『意識シナイ』
「フヨウさんに、呼んでも聞こえないところまで行ってもらってよ」
「フヨウさんなら、あの岩場に隠れておる。これだけ離れとれば心配いらん。やるならゴチャゴチャ言わんで、さっさとこんかいマー坊!」
「フヨウさんを人質にする気がないなら『呼んでも聞こえないところまで行ってもらって』いいよね?」
あん!? なんちゅう言いがかりを……じゃが正人の案内人さん愛は本物じゃ。
心配しすぎて頭がわいとるのかもしれんな。
『警戒スル』
「フヨウさんをひとりにしたら危ないじゃろが。オバケのやつらが……」
『意識シナイ』
「ん……? ほれ、なにやっとんじゃ早く……やらんのなら……」
「『戦場墓地で、フヨウさんを人質に、ミサイルを防いだ』から『呼んでも聞こえないところまで、行ってもらって』いいよね?」
なにい!? なんちゅう、ワシがそんな…………っかしいのお? なんか、おかしい。
『警戒スル』
マリボウがさっきからブツクサ……む! 黒ガイコツ!
「おらあ! 逃げてんじゃねえぞ強!」
ユッキーかあ! 勝負しがいのありそうな気迫じゃのう!
『警戒スル』『警戒スル』
「『戦場墓地で、フヨウさんを人質に、ミサイルを防いだ』から『呼んでも聞こえないところまで、行ってもらって』いーよねー?」
「なに言ってんだ正人? ……ああ、それ本当に効果あんのか?」
「じゃかあしいわ! すまんがフヨウさんは、岬の神殿で待っといてくれや!」
『案内人ヲ呼ブ』『案内人ヲ呼ブ』
「お……? フヨウさん、ちと……」
「フヨウさんを人質にするなー! 岬の神殿に行かせないと危ないだろー!」
「急いで岬の神殿へ行ってくれや! うるさくてかなわん! マルベーはマー坊を黙らせえ! ワシはユッキーとじゃあ!」
『案内人ヲ呼ブ』『案内人ヲ呼ブ』『案内人ヲ呼ブ』
「じゃかあしマリボウ! フヨウさんなら心配なかろうが!」
フヨウさん、相変わらずみごとな走りっぷりじゃなあ。
サルでもかなわん枝渡りで、もう点みたいになりおった。
しかしあれでもさびしがり屋じゃ。はよう呼びに行ってやらんとな。
「マジかよ……正人グッジョブ。でもマリボウってなんだ?」
「緑オバケのことみたい。強くんに手を焼いているみたいだけど、ずいぶん無茶に頭をいじり続けているみたいだから、あとはなるべく正攻法でいきたいね」
『……意識シナイ』
正人はわけわからんことをごちゃごちゃ言いながら、マルベーに追いかけられて逃げまわっとる。
やっぱり頭でっかちの腰抜けかい……まあ、意外と馬の速さを活かしとるが。
「ほれユッキー、さっさとこいや。竜が来るまで待つか? ユッキーが黒ガイコツということは、竜に乗っとるんは友恵ちゃんじゃな。女子の助けを待つんか?」
「んだこら!?」
「ユッキーが強くんの挑発にのってどうすんの」
ユッキーのやつ、頭に血がのぼって突っこんできよる。
目の前でひとふりはずさせれば、手早く片づきそうじゃの……と!?
うろちょろしてた正人が、いつの間に横からつっこんどる!?
「先手必勝はケンカのいろはー!」
うおわ!? ちと肩をかすられたくらいじゃが、四つ足で真横の相手はきつい。友恵ちゃんじゃあるまいし。じゃが着地はのがさん!
「いいねらいじゃ正人お!」
「きゃあ~ん! いやあ~ん!」
うえ。変な声だすなや。力がぬけてはずしたじゃろが。
……って、おおう? 正人を追っていたマルベーが、ユッキーに横っ腹をぶった斬られとる!?
「やるのお!? ええ連携じゃ!」
『逃ゲル』
少し場所を変えるか? いや、友恵ちゃんに邪魔されん内に男同士で決着をつけてから……
『逃ゲル』『逃ゲル』
友恵ちゃんにまで追いつかれたら瞬殺じゃのお……いったんひくか?
とあ!? ペガサスが急に引き返して、蹴り逃げをねらってきおった!
「はは! 正人はつくづく、くえんやつじゃなあ!?」
『逃ゲル』『逃ゲル』『逃ゲル』
もういつ竜が来てもおかしくないんじゃ。急いで勝負を決めて逃げんと……んお!? いつの間にかマルベーがやられかけとる!? ワシは勝負中になに考えておったんじゃ!?
「え、そこで最後のミサイル使っちゃうんだ?」
正人はそう言いながら、マルベーにとどめの蹴りをかましおった……やっぱり一番えぐいやつじゃのう。
『逃ゲル』
早くこいつらを倒して逃げんとな。じゃが、こんくらいのハンデが燃えるんじゃ!
「もうミサイルはねえぞ! おら、かかってこい強!」
慎重に待たれると、ちとやっかいじゃな。
ユッキーはケンカなれしとらんが、腹をすえた時の気合はあなどれん。
『逃ゲル』『逃ゲル』
うっさいのうマリボウ。ワシは集中してユッキーの動きを見切らんと……なんじゃこのバカでかい足音……竜か!? いつの間に!?
『逃ゲル』『逃ゲル』『逃ゲル』
一撃で決めて逃げる!
「勝負じゃあ!」
ユッキーのふりはらった剣をかわし、肩へ牙をたてる!
そのまま剣も押さえてたたきまくり……おがあ!? ペガサス!? ……に蹴ったくられたんかあ!?
ワシなんで、正人のこと忘れていたんじゃ!?
教室一の忘れもん大王とはいえ、こんな勝負中に、あんなうさんくさいやつをなんで……なにかおかしい……
『逃ゲル』『逃ゲル』
はさみうちにされんよう動きまわらんと……じゃがユッキーめ、足にしがみついてはなさん!?
ろくに動けんまま馬に蹴りまわされる。たまらんのう。
「人の恋路を邪魔するやつはー!」
正人にまちがった気合が入っとる。
ちっとはなぐり返してやったが、ばかでかい竜まですぐそこで、こりゃ……やられたのう?
「うー、降参じゃ!」
『警戒スル』『警戒スル』
「もう出るから、踏むなや!?」
「わかった! トモちゃんのミサイルをぶちかますだけにする!」
なんじゃ正人、そのダメ押しは? まあ人間がくらおうが、たいしたこともない煙ミサイルじゃ。それくらいの腹いせはさせてやり……
『警戒スル』『警戒スル』『警戒スル』
「う……ん? 出るから踏むなや!?」
「わかった! トモちゃんのミサイルをぶちかますだけね!」
『警戒スル』『警戒スル』『警戒スル』
「またブツクサ……負けはいさぎよう認め……出んと……」
「おい強、だいじょうぶか? 無理なら落ち着いてからでもいい」
「変な気い使うなやユッキー、マリボウがごねとるだけじゃ」
『警戒スル』『警戒スル』『警戒スル』
「じゃかあし! マリボウ! ワシになにやらせたいか知らんが! そんなじゃお互いのためにならんわ!」
『……』
「ワシらの負けじゃ。心配せんでええ、ユッキーならきさんも悪いようにはせん……おう、外の空気は新鮮じゃのう。ちとこげくさいが」
『逃ゲル』『警戒スル』
竜かい……でかいのう。
マリボウは怖がっとるのか、ワシに抱きついとる。
「強くん、そのビーストはまだ使えそうだから、ミサイルが当たらないように少し位置をずれてくれる?」
「おう友恵ちゃん……こんなとこかのう? ぶほえっ!?」
たまげた……煙ミサイル、けっこうぶっとばされるのう!?
「だから友恵! てめ、いきなり撃つんじゃねーって言っただろうが!?」
ユッキー、きさんも女子への言葉は優しゅうせんかい。
「ご、ごめん! でも緑オバケが、強くんをにぎりつぶしそうに見えたから……強くん、だいじょうぶ!?」
「おう! あっつ!? た、たんこぶできただけじゃあ……いや、心配いらん!」
おうおう、あのマリボウがこんなペシャンコに…………こいつ、とりついて頭をいじくるんじゃよなあ?
ん? ワシはなにをいじられていたんじゃ?
……竜と骨と馬が心配そうに見下ろしとる。
「いや、じゃから、心配いらんて。ワシは別になんとも……それより勝負はなかなかの……」
いやワシ、なんでミサイルを撃たれて……いやいや、なんでユッキーと戦って…………勝負?
「勝負て、アホかいワシ!?」