8-3 消灯時間は守ったふりをしてください。
ユッキーのカワンチャがリザードマンへ踏みこむなり、トモちゃんペガサスは横へまわりこんでいる……どういう反射神経だ。
ペガサスに気をとられたトカゲ男の頭を黒い剣がたたき割って、ガラ空きの腹へアタシのユニコーンが角をめりこませる。
「うしろ、ミサイル!」
トモちゃんの声でアタシは飛びのいて、煙はユッキーの隠れた柱に着弾して霧散した。
トモちゃんとユッキーはすぐさま薄暗がりのサラマンダーへ駆け出す。
アタシはリザードマンにとどめの蹴りを入れてから追う。
奥の暗闇から不意に、大きな影が突進してきた。
「奥からツヨポン来てる!」
ペガサスが大きく跳ねてかわし、カワンチャは階段へ飛び上がる。
巨人に近い体格が空振りしたオノを階段へ打ちつけ、火花と破片が飛び散り、地下空間に轟音が反響する。
薄ぼんやりした照明に映し出されて、牛みたいな頭が見えた。
「牛頭の怪人……ギリシャ神話に出てくる地下迷宮の『ミノタウロス』だね」
カワンチャより上の階段入口で、ヘルハウンドが解説する……マー坊も到着してくれたか。
「おう、これで二対四かい! まあそれくらいのほうが燃えるがのう!?」
ミノタウロスは体格のわりにすばやく向き直って突進してくる。
アタシがかわすと、そのまま壁ぎわの闇へ消えた。
追いかけた黒ガイコツの剣はかわされ、今度はトモちゃんへ突進が向けられる。
「ちょっと、邪魔!」
ペガサスは背後からも襲いかかっていたサラマンダーへ後ろ蹴りをあざやかに入れてから、ミノタウロスも飛びかわす。
アタシは馬型の石像を人間が四つんばいになっている感じで動かしているけど、トモちゃんのペガサスは中で馬が操縦しているみたいに身軽だ。
さらにペガサスは飛びもどって、柱へオノを打ちつけたミノタウロスを蹴って逃げる。
「おら逃げんな強! 女子を追いかけて楽しいかよ!?」
ユッキーのどなり声は大まじめで、少し怖いくらいだ。
「ぬかせ! 上等じゃあユッキー!」
ミノタウロスが向き直り、その後ろの階段ではヘルハウンドが片方の前足をちょこんと上げ、指して見せる。
うん。マサポンに指示されなくても同じこと考えていた。
ユッキーのカワンチャへ突撃をしかけるミノタウロス……のわき腹へ突きかかるアタシ!
「おあ!?」
ツヨポンはアタシに気がついてふり向くけど、背後からもヘルハウンドに足へかみつかれ、後頭部にもペガサスの飛び蹴りをくらう。
「の!? な!?」
「マーくんの合図って、袋だたきだよね?」
蹴ってから聞くあたりがトモちゃんのすばらしい本能。
アタシも手早く腹をもう一度ぶっ刺して逃げる……もうひと突きいっとくか?
「お……ん!? いかん……のか? ちと待てやあ!?」
ツヨポンがまたおかしい……オバケに操作されている?
「タマベー! ……階段じゃ! かわ……る!」
ユッキーのカワンチャと戦っていたサラマンダーがミサイルを撃ちながら距離をとって、階段まで逃げて来る。
ミノタウロスもヘルハウンドを引きずりながら強引に階段を上がる……けど、追ってきたカワンチャに斬られ、動きがにぶってくる。
「ツヨポンが出てくる! ミサイルをよくねらってユッキー!」
ミノタウロスの胸あたりから緑の光が見えてきて、カワンチャの口がすぐに震動音を鳴らしはじめる。
「強、とっとと目覚ませよ……」
「フヨウさんおるかあ!? 運んでくれ!」
「な!?」
柱の影から、長身女性が飛び出してくる。
「ユッキー、止めて!」
アタシと正人が同時に叫んでいた。
「……クソ!?」
カワンチャはとっさに天井へ発射して、震動がビリビリと地下全体に響いた。
フヨウさんは強にしがみつかれてしまい、ファントムはその背後にいる。
緑色の体は相撲とりみたいに大きくて、ドラム缶に首のない頭と短く太い腕だけくっつけたような形。
「ムブォ、ブムォ」
「すまんのー、こんなみっともな……おう? フヨウさんまずい。ミサイルが危ないから、出てきちゃいかんと言っ……う……移動? どこじゃ?」
「ブォ、ドゥボ、ドムォボ、ゴムォ、ボドゥゴブォボ」
フヨウさんを人質に使われてしまい、ユッキーはミサイルを撃てない。
「フヨウさん、離れてくれよ!? じゃないと強が……」
「フヨウちゃんがツヨポンを『最優先で案内』している状態だと、ツヨポンしか指示を変えられないかも」
オバケつきに石像を使われるとやっかいだけど、案内人さんまでこんな最悪の使いかたをされるなんて……
ツヨポンを抱えて逃げるフヨウさんを追いかけて地上に出ると、空は赤々とした夕焼けで、石像はだんだんと重たくなってくる。
「クソッ、あんな近くにいるのに! なんとかできねえのかよ!?」
地上にはさっちゃんとアヤメさんたちが待っていた。
「日が沈めばファントムが有利になります。これ以上の追跡は危険と思われます」
アタシたちはユッキーをなだめて、石像が動けなくなる前に、キャンプの風よけになるように座らせておく。
墓地の中はほこりがひどいため、体によくないらしい。
墓地の隅にも用具棚はあったけど、キャンプの役に立ちそうなのはランプと、防虫の香草といっしょに包んであった毛布が八枚だけ。
みんなで魚をとるような気力もなくて、ツバキさんがとってきてくれた木イチゴの山をかみしめた。
アタシたちが食べている間にもアヤメさんとツバキさんはファントム対策のたき火を広げ、毛布もかざして、かいがいしく働いてくれている。
「舞島さんは普段、あの四人を独占なのか……」
マサポンは潔いほどダンゴより花。
ユッキーは不機嫌そうに黙って食べていた。
「フヨウ。危険」
ツバキさんが急に立ち止まり、アヤメさんも笑顔が消え、両手に燃えさしをかまえる。
「みなさんもフヨウに警戒してください」
周囲は暗闇でなんの気配もなかったけど、不意にアヤメさんがはじきとばされ、次の瞬間にはツバキさんとフヨウさんがものすごい勢いで跳びまわっていた。
早送りしたように手足を打ち合い、キャンプファイヤーを壊してまき散らしていく。
男子ふたりが前に立ってくれたけど、飛んできた燃えさしを手刀ではじきとばしたのは、ずっと寝ていたドラさんだった。
「案内人は人間を攻撃できない。距離をとっていれば危険は低い」
「じゃあむしろ、ぼくが間に入れば……」
正人がとびだしそうになるけど、立てないドラさんがひっつかまえて止めた。
「ツバキもフヨウも余裕がない。停止が間に合わないで死ぬ危険が高い」
その言葉の直後にツバキさんがたき火へたたきつけられ、追って飛びこむフヨウさんをアヤメさんが蹴り飛ばす。
「くらあ!? なにしとんじゃあ!?」
暗闇の中に、光る緑色が見えた。
「案内人さん同士で本気のケンカなんぞ、ただですまんやろが!? フヨウさん、なにごとじゃあ!?」
ツヨポン……?
フヨウさんの動きが止まり、ボソボソと話しだす。
「わたくしは強さんの指示により、強さんの命令下にない案内人の排除を実行中です」
「ちょ!? 待ていや!? いくらなんでも、ワシがそんな…………ワシの……指示どおりに……じゃかあし!」
ツヨポンが緑の光をふりはらうように暴れる。
黄色や赤のオバケは体の半分以上をとりついた人の中へ隠せたみたいだけど、でかい緑はほとんど入らないみたい……今、ミサイルをぶっぱなせたらいいのに!
「ゴブォ、ブォモゥ、ブグォンブムォ」
「じゃから、はよケリつけ……」
ツヨポンの言葉で、フヨウさんがふたたびみがまえてしまう。
「やめい! なにやっとんじゃあ! ……うん? おかしいのう? ……いや、わからんけど、いったん頭ひやし……うっさいのお、マリボウ……フヨウさん、帰ろうや。なにかおかしい……」
『帰ろうや』の言葉と同時に、フヨウさんは凄まじい勢いでツヨポンを抱えて駆け去る。
「もしかして、フヨウちゃんは……ツヨポンに指示された範囲で、オバケに抵抗している?」
ドラさんは小さくうなずきつつ、ユッキーの腕にそっと手をそえた。
「緑のファントムとの戦闘は、ツバキとアヤメが同時でも危険。日賀強がいることでファントムを攻撃できない点でも不利」
アヤメさんとツバキさんも追うことはできない様子で、ユッキーは歯をくいしばってがまんする。
「ツバキさん、だいじょうぶ!? アヤメさんは!?」
マサポンはツバキさんの肌を念入りに確認する……はた目にはヘンタイくさい。
さいわい人間のようなやけどはしてないようだけど、表面ではわからない損傷があったりする?
「軽傷。アヤメも」
それはなにより。
「さっきの緑ファントムは、ツヨポンを誘導してフヨウちゃんをけしかけたけど、うまくいかなくてあきらめた……って感じ?」
アタシが聞くと、アヤメさんが笑顔でうなずく。
「強さんはくり返し操作されても、案内人同士が争う光景だけで反射的に止めに入ろうとしました。緑のファントムも強さんへの負担が大きすぎると判断したのでしょう」
「ツヨポンの男くささが、悪霊すら困らせたか」
「すごいね強くん……あ。毛布……」
さっちゃんの細い声でみんなも気がつく。
毛布の多くがフカフカに暖まるどころか、ブスブスに焦げていた。
男子二名で一枚、女子三名で一枚の毛布を共用してくるまり、食事の続きをした。
「今夜に限って、やけに冷えるね~。川のそばにいるせいだか、墓の上にいるせいだか。ねえユキピョン、女子がかなりせまいんですけど?」
「きれはしは多めにやっただろ?」
焦げて半分とかになっているきれはしで間を埋めていた。
「つうか、これでどうやって寝るんだ? このまま正人とくっついて座ったままか? ……っておい正人、どこ行くんだよ?」
「冷えるから、食事の間くらいはいいでしょ? 話したいこともあるし」
マサポンがおもむろに女子団子へひっついてきて、毛布をかけなおす。
「ほらこれなら女子も足りる」
「んー、そっか。ほらキョンちゃんも……」
トモちゃんがご親切にアタシとユッキーの境目をなくす。
そっか、じゃねえだろ……アタシが意識しすぎ?
いや、背中合わせのユッキーもガチガチに硬直している。
やはり友恵がおかしい。
マサポンと背中合わせのさっちゃんも赤くなるだけでなく、少しは嫌そうな顔をしなさい。
「そういえばドラさんは、もしアタシを最優先の案内対象にしているなら、遭難者六人の優先順を同じにしておいて」
「自分は川森今日子ではない遭難者も対等に扱うことにした」
ドラさんはかすかにほほえんでうなずき、マサポンは察しよく続いて指示を出す。
「オバケに案内人さんを使わせないためか……じゃあアヤメさんとツバキさんも同じように。トモちゃんとさっちゃんもいいよね? ……これで強くんだけが専属の案内人さん持ちか。あんにゃろ……」
ツッコミを入れようかと思ったけど、マサポンの逆恨みは妙なひらめきに結びつく。
「……次にフヨウさんを呼ばれそうになったら、強くんをひきょう者あつかいしまくるのはどうかな?」
「マー坊らしいひどい手段だけど、効くかもねー。ツヨポンならゼロ秒でぶちきれそう。『フヨウさんはさがっとれやああ!』みたいに」
「うん。そこまでいかなくても、ファントムの誘導しなおしで動きを止める効果くらいはあるかも」
「でもよ、石像のほうは足りるのかよ? 相手のサイクロプス軍団とかは、明日またミサイルを二発ずつ回復してんだろ?」
しまった。ユキポンにはまだ、タイタンを壊してしまった事情を話してなかった。
「ご、ごめん。わたしが正人の言うこと聞かなかったから、タイタンが……あとドラセナさんの脚も……」
「トモちゃん、優しいから」
今度はさっちゃんが、トモちゃんの頭をなでていた。
「う……ごめん。わたしも疲れがたまっているのかな?」
トモちゃんが涙をためていた。
正人はもちろんすぐにキザな言葉を流しだす。
「トモちゃんはみんなのためにがんばりすぎだよ。もっとぼくら男子にもカッコつけさせて」
「今までの友恵が異常に元気すぎた感じはあるな」
ユッキーまでボソリとつぶやく……アタシより先に合流していたみんなが少しうらやましい。
少し待つとトモちゃんの涙は止まったけど、まだ笑顔はもどらない。
「船で置きざりにされたの」
ぽつりとつぶやきがもれて、みんなは次の言葉を待つ。
「あちこちで大騒ぎして救命ボートに乗りこんでいたけど、わたしの学校の先生やクラスの子はもうどこにもいなくて……わたし、みんなに嫌われていたから……」
「おい、いくらなんでも事故の時にそれは……?」
ユッキーが思っているような『たまたま』なら、トモちゃんはここまで気にするかな?
「……うん。わたしが少し離れた場所にいたから、気づかなかっただけかも」
顔はまだうつむいたまま。
トモちゃんらしくない、暗くおびえる女の子がいた。
正人も慎重に言葉を選ぶ。
「それで誰かを置きざりにすることを気にしていたのか……でも、ここには誰かを置きざりにして平気な人はいないよ。それにぼくが残る時は、しっかり助かる計算もしているから」
「うん。次からはちゃんと正人の言うことを聞く」
ようやく少し、顔がゆるんだ。
こんな時になんだけど、トモちゃんは目が大きくて肌もきれいで、おとなしくしているとけっこう美人だ。
「泣いたらスッキリして眠くなってきた。もう今日はこのままでよくない?」
「全面賛成だよトモちゃん」
マサポン即答……って、ちょっと待て。
「マジかよ」
よし、なにかツッコミいれろユッキー。
「別に変なことしないでしょ?」
「アホ。誰がオマエらなんか……」
それきりみんな、黙ってしまった。
今なにか言ったら、アタシだけ変に意識していると思われるか?
ここはさっちゃんを巻きこんで……幸代すでに寝てやがる!?
どういう神経して……いや、今日は夜明け前からザラタンを作って、その後もいろいろありすぎたか。
えーと、おい……まあ、いいか。これはこれで楽しんでしまうか。
少し待ってから眠ったふりで、ユッキーに頭をもたれさせる。
ユッキーはなにも反応していないつもりだろうけど、背中がこわばっているのがわかった。
からかいやすいやつだな。クククッ。
だけど手をそっと、トモちゃんにつつかれる……やば……『わたしは気づいているよ』ってことか?
かといって今さらどうすることもできないので、そのままタヌキ寝入りを通すしかなかった。
川の音がやけに大きくて、風が涼しい。