8-2 墓地ではやすらかに眠りましょう。
「トモちゃんが正人を助けたかったのはわかるけど……」
あとから救助できたと思うし、そのほうが安全だった。
なにより、ドラさんの両脚を壊しておいて、その半端に困ったような笑顔に腹が立つ。ただの人形だとでも思ってんのか?
……いや、トモちゃんが一番、案内人と人間を区別していない感じだったのに……
「まあまあ。トモちゃんは優しすぎるから……ペガサスはぼくが乗るから、トモちゃんはタイタンをお願い」
正人は応急手当をした指で、アタシを少し強く引っぱる。
「さっちゃんはユニコーンで。キョンちゃんはサラマンダーに……」
配置を指示したあとで、アタシにだけ小声でつけ足す。
「……さっきトモちゃん、泣きかけていた」
ぐ。それは気づかなかった。
さっちゃんユニコーンの背にツバキさんとドラさんと、タコプリン御一行様が満載される。
もう予備の機体はヘルハウンドだけで、先に墓地へ向かったユッキーカワンチャが引きずっている。
アタシもサラマンダーに乗り換えて出発すると、追ってくるサイクロプスたちの姿がすでに見えていた。
「これじゃほんとに、着くのは同時かな? トモちゃんとキョンちゃんは先に行って、ユッキーと墓地の制圧をお願い。ぼくは舞島さんの前をうろついて足どめする」
最速のペガサスが少し速度をゆるめて後退する。
「正人だけ置いてくなんてダメだよ!」
「トモちゃん!? もどって!」
トモちゃんタイタンが引き返して、正人ペガサスとならんでしまった。
あのバカ、また……なに考えてやがる?
……いや、みんなを守ろうとする心意気は大場友恵のいいところだけど、そこまで感情的になったらまずいでしょうが。
「わたしもいっしょに戦う!」
「じゃ、じゃあ、時間稼ぎはトモちゃんに任せるから、ぼくらで先に……」
「わたしひとりだけ置いて行くの!?」
いいかげんにしろ。なにがしたいんだアンタ~。
たいして脚の速くないタイタンが、三匹のサイクロプスとなぐり合いをはじめてしまって、囲まれそうになっている。
疲れで頭がにぶっているのか?
「こらトモちん! もっと状況を見て……というか、状況判断できないバカでもいいから、マーくんの指示は信じてやれっての! ここでまともにやりあったら、ツヨポン助ける時間も戦力も残らないでしょうが!?」
「ええ!? じゃあどうすれば……」
しぶといサイクロプスたちはなぐり倒されてもすぐに立ち上がって、タイタンは袋だたきを防ぎきれないでひびを増やしていく。
「トモちゃんはもう逃げて! ……キョンちゃんもミサイルは使いきっていいから、援護をおねがい!」
正人の指示どおりに、アタシはしかたなくサラマンダーのミサイルを二発とも撃って、サイクロプスたちをひるませる。
それでようやくタイタンは後退できるようになったけど、一体がしつこく追いすがってきて、お互いに拳で頭部を壊し合う。
「ご、ごめん。タイタンもうダメぽい……」
倒れたタイタンからトモちゃんが出てくる……って、まだ出てきちゃ破片が危ないってば!?
「待って、置いてかないで!」
変におびえている……いや、小学生女子なら普通なんだけど、まっさきに突撃しまくる豪快さのわりに……長い外泊で心細くなっているのか?
ツバキさんがさっちゃんの荷運びユニコーンから飛び降りて、走りこんでいた。トモちゃんの声を救助の指示と考えたらしい。
あとで回収するほうが安全なのに……しかたない。
「トモちゃん、いったん石像の中に入って!」
アタシは動かしにくいヘビの体ではいよって、追ってくるサイクロプスへ飛びかかって頭突きではねとばす。
「今のうち! 早く!」
アタシはサラマンダーで立ちはだかるけど、サイクロプスを相手に戦えるような機体や運動神経じゃないってば。
出てきたトモちゃんをツバキさんがかっさらうまではなんとかねばったあと、派手にぶっとばされてしまう。
地面にたたきつけられて起き上がろうとすると、やたら体が重い。
「ありゃ。サラマンダーもやられちまったか……?」
正人のペガサスがサイクロプスたちを引きつけてくれていたので、急いでサラマンダーを脱出すると、すでにツバキさんが迎えに来てくれていた。
さっちゃんユニコーンの背まで無事に運んでもらうと、苦笑いするトモちゃんと目が合う。
背後ではまだペガサスがうろちょろ跳ねまわって、サイクロプスたちの足を遅らせていた……ほらやっぱり、ペガサスの速さならマサポンひとりでもけっこうだいじょうぶじゃねえか。
「さっちゃんは先に行って! ぼくもすぐ行く!」
「トモちゃ~ん? もうなにか言わないでしょうね~?」
「ええと……なんかわたし、あやまったほうがいい……かな?」
かな、じゃねえだろ……と怒る気も失せて、むしろ心配になってくる。
トモちゃんはものすごく世話好きなおせっかいで、おかげでアタシやユッキーも助けてもらった。
たぶんそれは、気が強いだけでなく優しいから……のはずなんだけど、さっきの感じだと、それだけでもないのか?
もやもやする。もっと時間をかけて話し合いたい。
正人は言葉どおり、すぐにアタシたちを追ってきた。
タイタンとサラマンダーを失ってしまったけど、皮肉なことに馬二匹になったことで追手は一気にふりきれた。
山道をひたすら進むと、手をふるアヤメさんが見えた。
ヘルハウンドが置き去りにされている。
「雪彦さんは先にカワンチャで出発しました。ペガサスとユニコーンなら、ほぼ同時に戦場墓地へ到着できます」
「助かります……じゃあトモちゃんとキョンちゃんは、アヤメさんと先に墓地へ行ってくれる?」
正人と交代にトモちゃんがペガサスへ乗り、さっちゃんと交代にアタシがユニコーンへ……乗る前に、マサポンに小声で話しかけられた。
「トモちゃんは『仲間はずれアレルギー』があるのかも。するほうでもされるほうでも、ちょっと気にしすぎるみたいだから、気をつけてあげて」
黙ってうなずく。たしかに、そんな感じはする。
いい子だとは思うけど、どこかもろいところもあるらしい……そういえばさっちゃんも言っていたけど、船の事故について聞かれた時のトモちゃんは、心配になるほど固くなっていたとか。
ヘルハウンドには正人が入って、その背中にドラさんとツバキちゃんと、タコプリンに囲まれたさっちゃんを乗せて運んでもらう。
アタシとトモちゃんはアヤメさんを乗せて、先にユッキーを追いかける。
四足歩行の石像で長い移動は、両腕と両脚をずっと動かしている感覚なのに疲れるわけでもなく、変な感じだ。
……古代の人は、なんでこんな石像まで戦争用に改造しちまったんだか。
ひたすら駆けると山がひらけて、大きな川と対岸の広い草原が見えてくる。
あちこちに壊れた石像が散らばっていた。
ドラさんから聞いた話では、古代戦場の跡がずっと遠くまで続いているらしい。
これほどなんでもありの楽園でも、人間同士で争いまくった時代があって、そのころの記憶は今でもタコプリンには残っているらしい。
深い憎しみから『人のためにならない』願いも使われまくって……そんな怨念じみた意志の集まりがタコプリンの異常を引きこす原因に思えたから、悪霊を意味する『ファントム』と名づけたらしい。
川の先に海が見えはじると、空は薄暗くなりはじめていた。
背後では太陽が山に近い低さになっている。
「日没まで残り一時間をきりました。日没の数分前から操縦に違和感がではじめ、だんだんと動作はにぶくなり、ミサイルの発射も難しくなります」
遠くにマラソン中の黒ガイコツを発見した。
ユッキーのカワンチャはふり返って手をふってくる。
その先の川岸には神殿みたいな建物が見えた。
岬の神殿よりも小さくて細長いけど、周囲の石畳はやたらと広い。
柱と屋根しかなくて、内部のほとんどは地下へ通じる巨大階段になっていた。
入口の少し前でユッキーに追いつく。
「タイタンなしかよ……それなら友恵がカワンチャに代わるか? オレ、馬とかあまりうまく使えないけど……」
「じゃあ時間ないし、このままでいいよ。ペガサスは身軽だから、これはこれでわたしは使いやすいし」
トモちゃんペガサスは肩身せまそうにしているので、アタシもタイタンを失った原因はいちいち伝えない。
「相手にミサイルあるみたいだから、アヤメちゃんは地上に待機で……マサポンたちが追いついたら状況を伝えてもらえる?」
ゆるやかな大階段はアタシたち三体の石像が横並びでも入れて、大型石像でも普通に歩ける『石像用』のサイズになっている。
「建物の周りにあった白い石畳は、半透明の岩が使われていたみたいね。あの石畳がそのまま地下の広さだと、こりゃ岬の神殿の倍くらいあるかあ?」
中は天井がぼんやり光っているけど、薄暗くて見通しが悪い。
壁は光らない黒い岩で、壁際に多く並んでいる石柱のあたりは暗闇になっている。
それに対してアタシたちのいる大階段は外光で明るいから、相手からは見やすそう。
これほど待ち伏せに都合のいい場所もない。
「クッソ! 時間ねえのに……おい強! どこにいやがんだよ!?」
これでユッキーに返事をするバカなら苦労しないけど、今は危険でもこっちから行くしか……
「おう、ユッキーかあ!?」
返事がきてしまった。かなり奥のほうから。
「ちと待て! あと少しで完成なんじゃ!」
「強くん、オバケは?」
「あん? オバケなら…………お……」
トモちゃんに返事を言いかけた時、奥の柱の影で、緑色の光がゆらめいた。
「グォボブ、ムブォ」
なにかモゴモゴいう声も聞こえる。
「……あっと? とりあえずマルベー! マルオ! 相手してやれや!」
階段の左右から、石像の動く音がした。
「おい強! なんで戦うんだよ!?」
「つまらんこと言うなやあ! それでも男かあ!? 勝負じゃ勝負う!」
「そんな休み時間の遊びみたいなノリで……キョンちゃん、あんなでもオバケに影響されてんの?」
トモちゃんに聞かれても、アタシだってわからないてば。
「友恵ちゃんは女の子じゃあ、別に…………が……? いや、もう、できる!」
「ボモグボゴムォ、ブブォゴブォ、ボォマガブォグォ」
また、話している途中で緑の光がゆらめいた。
「すぐできる! すぐ行くから、油断すんなや!」
「あのオバケ……ツヨポンに都合の悪い考えをされると無理矢理に止めて、戦いになるような誘導をしていやがるみたいね?」
アタシやユッキーのオバケとちがって、単純で強引な誘導みたいだけど、それはそれで怖いというか、いやな気分になる。
「そんなことしてだいじょうぶなの? 強くんの頭?」
トモちゃんペガサスはとまどっていたけど、ユッキーのカワンチャは柱の影の緑色をじっとにらんでいた。
「いくら強のアホ頭でも、目の前でいじくられるのは……ムナクソ悪いな」
左からはリザードマン、右からはサラマンダーが近づいてくる。
「相手から出てきてくれた上に、先にタコ二匹をつぶせる……ツヨポンの明るい性格がくれたチャンスかもね?」
「オレからいく。援護をたのむ」
いつも戦闘中はあわて気味なユッキーの声が、やけに落ち着いていた。
本気で怒っている……あんがいツヨポンのこと好きだった?