7-3 トラブルに巻きこまれてくれる人を仲間と呼びます。
研究書庫に入ると、トモちゃんの声がした。
「ジロちゃん、ゴロちゃん、おすわり! ハウス!」
トモちゃんの黒ガイコツとユッキーのペガサスが巨大なカメ型の石像を抑えて、その背後にマミー二体までせまっている。
さっちゃんめ、マミーに入れたタコ二体まで操っているか!
「今日子、足元に気をつけろ!」
ユッキーに言われて下を見ると、生身の正人がツバキさんに飛びかかる……じゃなくてしがみつくところだった。
「マサポン、石像にも乗らないでなにやってんの!? 早く逃げて!」
「さっちゃんを説得していたんだよ! でももう逃げる! キョンちゃんはユッキーといっしょに『ザラタン』……あのカメの前進を止めて! トモちゃんはマミー!」
アタシと交代にトモちゃんの黒ガイコツが背後へ駆け、タコプリンの乗るマミーへ飛び蹴りをかます。
巨大なカメ石像『ザラタン』はやたら大きい。丸めたタイタンを四つ合わせたくらい。馬二匹じゃ、ちょっと止められそうにないけど?
「幸代さんは正面に誰かがいれば、方向を変えようとします」
アタシのユニコーンの背中に乗っているアヤメさんが補足してくれた。
そういうことなら……ザラタンがペガサスを避けようとする方向へまわりこんで、いっしょに動きを止める。
カツカツとひづめで甲羅をノックしてみた。
「ハロー? さっちゃん? 元気? 正気? さっき生身のマサポンが近くにいるのに暴れていたから、砕けた床石がぶっ飛んで、マーくんの墓石になるところだったよー?」
「え……え!? ……だから、石像なんかがあるから……早く壊さないと、みんながあぶない……」
おびえた声。さっちゃんザラタンの動きはゾンビなみに重い。
でもその場でグルグル回られると、馬二匹で飛びまわり続けないと、前進を止めきれない。
「ねえユキピョン。アタシじゃ正直、これがファントムの影響かどうかわからないのだけど?」
「ぜったいファントムだって! 幸代はこんなことしねえよ!」
「え? わたしはファントムさんといっしょじゃないよ?」
「……え? あれ? じゃあオマエ、なにやってんの?」
ぜったいじゃないのかよユッキー。
「だって石像を壊さないと。石像がなくなれば……」
「タコとヘンタイの言いなりにされて帰れなくなるでしょうが」
ツッコミは入れてみたけど、それよりはとにかくザラタンをぶっこわして、さっちゃんにミサイルぶち当ててから考えるか。
トモちゃんはマミー二体が相手でだいじょうぶかな? ……だいじょうぶだな。
マミーはのろいし、トモちゃんは石像を使ったどつき合いが一番うまい。
重くて硬い黒ガイコツなら、時間はかかっても勝てそう……いや待て、なんだか壊すのを避けてないか?
「ジローくん、それまた治すの大変なんだってばー」
「こらトモチン! 余裕あるならさっさと壊す! どうせタコは命令の優先順を固定されているから……あだ!?」
巨大カメが、いきなりアタシが乗るユニコーンの後頭部をたたきやがった。
「ご、ごめんなさい。でも早くしないと、みんな助からないから……」
「いってーなー。いや別に痛くはないんだけど、せっかく治したのに!」
怒ったふりはしたけど、まずいな~。
この巨体に本気で突撃されたら、さすがに止められない。
ファントムの影響かどうかはわからないけど、いまいち話が通じてないようだし……
「戦わなくても死ぬわけじゃないなら、帰る方法はゆっくり探せば……」
「その『ゆっくり』が数年か数百年かもわからないから、舞島ぶっとばす必要があるんだってば……もーう! さっちょん、どこまで本気!? むしろオバケつきじゃないと困るよ!?」
「だからやっぱ、ぜったいファントムだって! ……たぶん」
どっちだよ。
「おわったよー」
ふり返ると、すでにマミー二体の惨殺死体が転がっていた。黒ガイコツは無傷……トモちゃん恐ろしい子。
「トモちゃん、とにかくいったん、このカメを壊すしかない!」
「わ、わかった!」
アタシはザラタンの蹴りをかわして、その足へ角をつきたてる。
「……なんじゃこりゃ?」
スケルトンの剣と同じ硬さがある角の直撃が、ほんの小さなひびしかつけられない。
カメのわき腹を蹴りとばしたペガサスもおどろいている。
「だめだこれ!? 直撃なのに……全身が武器に近い硬さかよ!?」
「ユニコーンだと、どんだけ刺し続けなくちゃいけないんだか」
「およそ残り二十回で活動を停止する。『カワンチャ』の剣であれば十回」
首元で声がしたので振り向くと、背にはアヤメさんとならんでドラさんも乗っていた。
「ドラさん、あぶないよ!?」
「心配ありません。ドラセナは思考に集中していなければ、運動能力もわたくしより上です」
アヤメちゃんもしかして、アタシがあなたを乗せていることを忘れて暴れまくったことを怒っている?
「こちらにはお気づかいなく。危険なようでしたら自分たちで退避できますので」
アヤメちゃんのほほえみは、ときどきアタシの頭を見透かしているようで怖い。
黒い剣がザラタンに当たると、ようやくダメージらしい大きさのひびが入る。
黒ガイコツには正人が『カワンチャ』という名前をつけていて、病気を払ったり病気にさせたりするガイコツ姿の神様らしい。
「キョンちゃん、十回で足りるって、直撃で? 時間あればできそうだけど……」
マミー二体をあっさり始末したトモちゃんの弱音も当然で、ザラタンの攻撃を避けてこちらの攻撃を当て続けることはできても、突進を止めることは難しい。
十回も待っている間に、あちこちで寝そべっている修復待ちの石像をすべて破壊されてしまう。
馬二匹での妨害にも限界があった。
トモちゃんは後ろへ後ろへまわりこんでダメージを与え、寝ている石像から気をそらせようとしている。
まだ壊された石像は作りかけのゾンビ一体だけ。
みんなで誘導してタイタンからは遠ざけていたけど、あと二体のゾンビを壊した先にはサラマンダー、そしてヘルハウンド……あのあたりはなんとか守りたい。
「さっちゃーん! 目をさましてー! わたし、オバケの言いなりはいやだし、舞島さんの言いなりはもっとやだー!」
トモちゃんが呼びかけるけど、さっちゃんの返事はおかしい。
「舞島さんは大人だし、この島の救助隊を作った人だから……ファントムさんだって、案内人さんと同じタコさんだから、わたしたちの補助のために動いているなら、危険はそんなに……」
二体目のゾンビにザラタンの足がかかった時、奥の三体目が起き上がる。
というか盛り上がるというか…………なんだあれ?
たしかゾンビを作っていた砂プールのはずなんだけど?
ゾンビと同じくグチャグチャの表面だけど、手足も首も見分けがつかない、本当にただのかたまり。
ゾンビが四つんばいになったような高さと速さで、ボリュームだけは倍以上あって、ザラタンにズルズルとせまっている。
でもあんなのに乗っても、よけるどころかなぐることもできないじゃねえの……?
「な、なに!? どいて!?」
ザラタンの硬くて大きな前足がぶつかると、ゾンビ同様にあっさりと壊れていく。
でもゾンビ以上にぶあつくてしぶとい……よけもなぐりもしない前提の設計か。
正人が時間稼ぎのため、ゾンビに耐久力だけつけまくる改造をしたらしい。
マミーの倍はある太りかたで動きが極端に遅いかわり、耐久力だけは倍近い……障害物に特化した機体だ。
「こ……れ、名前……『スライム』……で、どう……かな?」
それ以外に名づけようがない。
この間にトモちゃんは黒剣の直撃を二回は追加していた……あと何回だ?
巨大スライムが進路をふさいで、飛びまわる馬二匹がおとりになって、その間にカワンチャが斬りつけを重ねる。
スライムがだんだんと動けなくなって、ザラタンは強引に押しのけて前進をはじめた。
「おい友恵、もうミサイル使えって!」
ユッキーのペガサスも、ガツガツと蹴りを当て続けていた。
「だ・め! わたしはさっちゃんを信じてるから、さっちゃんにぶちあてるの!」
サラマンダーに手がかかるまであと少しという所で、ようやくザラタンが動きを止めた。
カワンチャの剣と、ついでにアタシのチマチマした串刺しも受けながら、腹をつけて寝そべる。
「さっちゃん、とりあえず出てきて、ミサイルをくらって!」
「たぶん、変わらないと思うけど……」
意外とあっさり、幸代ちゃんはザラタンの背から出てくるけど、オバケらしき姿はどこにも見えない。
「おい友恵、ファントムが関係ないなら、無駄撃ちになるんじゃ……」
「そんなわけ、ない!」
黒ガイコツが爆音を発して、しゃがんで身がまえるさっちゃんへ煙をたたきつける。
「どう!? さっちゃん!?」
「どうって、なにが……?」
「え……えっと、その……オバケとか……」
トモちゃんの声が急に不安でくもる。
「だから、オバケは別に見てないし…………ええと……あれ?」
急に調子のちがう声が混じった。
「でも……んん? オバケの言いなりになっていいとか、少し変……かな? それに舞島さんは、いくら救助隊を作ってくれた人でも、あの人はちょっと……」
さっぴょん、まともになった。
「ほ、ほら、やっぱり!」
「え……こういう感じなの? オバケって……さっきまで考えていたこと、感じていたこと、ぜんぶそのままなんだけど……?」
「それだ」
ユッキーのペガサスといっしょにアタシのユニコーンもうなずく。
「むしろアタシたちより、回復がわかりやすいかも」
「さっ……ちゃん、お帰り……ぼくの愛……が通じた……みたい……だねっ」
マサポン、そのセリフはスライムに乗ったまま言わないほうがいい。
「でも雪彦くんや今日子ちゃんは、とりつかれている時にオバケを見ていたんだよね? わたし、ぜんぜん見てないよ?」
さっちゃんが演技をしているようには見えない。
最初に話した感じとか、トモちゃんたちから聞いた印象では、今のほうが自然に感じる。
こんな感じの、どんくさいこわりがりだけど、優しいおひとよしだ。
アヤメちゃんはドラさんと手を合わせ、なにか情報交換していた。
「回復の速さから推測しますと、ファントムは微弱で単純な意識誘導を継続させていただけで、はじめから石像には入っていなかった可能性も高そうです」
スライムから出てきた正人は首をひねる。
「そんなことができるなら、どうして今まで使わなかったんだろ? なにか条件とか制限でもあるのかな?」
「すぐれた着眼です。その点から手段などもしぼれるかもしれません」
一件落着……なのか? さっちゃんが一番、納得できない顔をしていた。
「とりあえず、修理をはじめるね? わたしのせいでたくさん壊れちゃったし……」
ドラさんはアタシのユニコーンの背でクッタリ横たわっていた。
となりでツバキちゃんが手をにぎって座っている。
「ビースト二体、ワイバーン四体、リザードマン二体、ヘルハウンド二体……」
ドラさんが昼時の食堂カウンターみたいな勢いで不穏な寝言をつぶやきはじめた。
アヤメさんは目が合ったアタシに笑顔でうなずく。
「ツバキの集めた足跡や歩行音の情報を分析して、石像の配備をわりだしているようです」
「舞島は今日中にここへ到達する。それまでにここを出発すれば、石像戦を制する可能性が残る」
ドラさんの口調をアタシが平たく言いなおす。
「早く出発しないと手遅れだってさ」
「よしみんな、楽しい修復大会を再開しようか~」
マサポンが苦笑いでうながし、トモちゃんとユッキーもしぶしぶうなずく。
「うぐ~、がんばるか~」
「しょうがねーな……」
「……ふ、……ぐっ」
先にタコプリンをかぶって修復をはじめていたさっちゃんが、泣き声をこらえていた。
トモちゃんがあわててとなりへ座って肩を抱く。
「さ、さっちゃんだいじょうぶ? まだ休んでいたほうが……」
「だいじょおぶ、わだし……だひじょぶ……」
鼻声でふるえながら、口だけ笑っている形。
「気にしなくていいんだって。ぜんぶオバケのせいなんだし。修復はわたし……とみんなでやっておくから!」
「うん……ユキぐんや今日子ぢゃんが治るのも見ていたし……」
ファントムの意識操作は記憶がぜんぶ残っているから、自分のせいにしか思えない。
誘導されたことを理屈では理解できても、本人にとってはぜんぶ自分の意志で行動した感覚になっている。
それも警戒心とか不信感とか、元からある気持ちをネタにいじりやがる……さっちゃんは恐怖や不安を利用されたらしい。
それは元からさっちゃんの中にあった気持ちだから、区別はつけにくい。
「さっぴょん? 落ち着いてからのほうが、能率も上がるんでない?」
さっちゃんはタコをひっこぬいて顔をぬぐう。
「もうだいじょうぶ」
涙だけ止めて、泣きはらした顔で笑いかけてきた。
「わたしにできることは修理だから、やりたい」
しっかりと言いきって、タコプリンをかぶり直す。
……これがユッキーたちの言っていた『いつものさっちゃん』か。