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1-2 朝なのに追いかけてくるオバケがいます。


 近づく赤オバケが両腕を倍以上ものばして広げはじめたのに、メガネの子は怖がって動けないみたいだった。


「アヤメさん、あの子を助けてあげて!?」


 わたしが言い終わらない内にアヤメさんはわたしたちを下ろす。


「来た道をそのまま引き返してください」


 そう言いながら助走もなしに何メートルも跳び、メガネの子をひったくる。

 赤オバケの両腕はほんの一瞬だけ遅れて地面を大きくえぐった。


「正人、走れる!?」


「女の子のためなら喜んで」



 道は倒れた木が多くて、石畳もでこぼこしていて、思った以上に走りづらい。

 体育だけは得意だけど、転んだり足をひねったりしそうで、思うようには走れない。

 赤オバケは積もった雪の上みたいに足を大げさに上げてズカズカと歩き、あまり速くはなかったけど、なかなか距離はひらかない。

 アヤメさんはメガネの子を小脇に走り続け、汗ひとつかいてない。


「広いひなたのある砂浜まで出れば安全です」


 アヤメさんに言われて後ろを見ると、オバケは日ざしを避けるように動いていた。

 こもれびが当たると少し嫌そうにしていたけど、それくらいで消滅してくれるわけではないらしい。

 しかも体をぐにゃぐにゃ変形させて、倒れた木の間なども簡単にすりぬけてしまうので、障害物があるたびに距離をちぢめられてしまう。

 アヤメさんは笑顔のまま、息ひとつみださないで唐突に宣言する。


「疲れました」


 ぜんぜんそんな風には見えませんけど!?


「友恵さんと正人さんだけでそのまま、しばらく追いつかれないように走り続けていただけますか?」


 よくわからないまま、アヤメさんの言うことなのでうなずく。

 メガネの子はかなり疲れている様子だし。

 正人もけっこう息が苦しそうだけど、親指を立ててニコッと笑顔を見せる。

 わりといいやつみたいだ。


 アヤメさんはメガネの子を肩にかつぎなおして、動物みたいに低い姿勢で走りはじめる。


「わ!? たわ!? あの……!?」


 なにかをうめくメガネの子がどんどん遠ざかっていく。

 アヤメさんの本気の走りを後ろから見ると、車を追いかけている気分だ。

 すぐに足音も聞こえなくなる。



 自分と正人の苦しい呼吸ばかりになってしまうと、心細くなってくる。

 アヤメさんに抱えられて運んでもらった道は、自分の足で引き返すと思ったよりも長くて険しかった。

 水飲み場の卵石までもどるころには、歩く速さにまでばててしまう。

 赤オバケは少しずつ、距離をつめている。


「もしぼくが、追いつかれても、姫だけは、お逃げください」


 ゼエハア言い続ける正人がしつこくキザぶりをアピール。


「今のギャグは笑えない。姫におんぶされたくなければがんばって」


 正人は少し意外そうな顔をして、うれしそうに笑った。


「姫、めっちゃ男前だね」


「よく言われる」



 行く先から、地ひびきが聞こえてきた。


「……な、なに?」


 太い枝がまとめて折れるような音まで。

 このまま進んでいいのですか案内人さん?

 やたら速く近づいてくる物音もしたので見上げると、アヤメさんが木の上から降ってくる。


「おたがいに体力が限界のようですね。もう少しだけがんばって、首につかまっていただけますか?」


 そんなふうに言いながらも、やっぱりアヤメさんは汗ひとつない笑顔。

 地ひびきはどんどん大きくなっている。

 後ろからは赤オバケがザカザカ迫っている。

 言われたとおりに、ふたりでしがみつく……正人が喜びすぎでウザい。


「そのまま十秒お待ちください」


 アヤメさんは手近な太い幹をミシミシと手足ではさみ、エスカレーターのような安定感で登りだす。

 地ひびきはさらに大きく、話しづらいほどになって……枝をたくさん折り飛ばしながら、大きすぎる巨体が姿を現す。

 見おぼえがある姿だったけど、砂浜で寝そべっていたはずが、なぜ今ここに……ガイコツの巨大石像が、すごい小股歩きで近づいてくる!?

 ひょろ長の体は電柱くらいの高さで、簡単すぎるデザインのドクロ頭が、足元を探すように首をふっている。

 そしてスピーカーを通したような声をだした。


「大場さん、鈴木くん、どこですか~?」


 泣きそうにおびえた女の子の声。なぜその顔で……


「わたし、です。さっき助けてもらった、メガネをかけている……篠原しのはらです」


 オバケに追われていた子? 中に入って動かしているの?


「ここ、ここ! ……もっと近くないと聞こえないかな?」


「聞こえました! 大場さん、その木の上ですね!?」


 無表情な巨大ドクロが小さい動作で手をふってきた。

 右手にはサーフボードを少し長くしたような剣……というか、剣ぽい形をした石版を握っている。


「篠原さん、しばらく見ない間に大きくなったね!」


「鈴木くんも、無事でよかったです」


 声が涙ぐんでいて、正人のギャグは伝わってないみたい。



「これ、すごく怖いんです。誰か踏みそうだし、転んで人を巻きこんだりしたら、わたし……」


 巨大ガイコツが口をおさえてふるえる。

 ちょっとしたしぐさでも周囲の木がきしんで、枝がへし折れて飛び散る。

 刺さったらやばそうな重くて速い音が、あちこちではじけていた。


「手に乗ってください。握らないように気をつけますけど、なにかあったら……ごめんなさい」


 あやまって済むような事故では済まなそうだよ篠原さん。

 幹から体をはなすのも、ふるえる手のひらに乗るのも、かなりの覚悟が必要だった。

 ガイコツの手のひらは学校机くらいしかなくて、三人が乗るにはぎりぎり。

 地面までは二階くらいの高さがあるのに、歩き出すと思ったよりも大きくゆれて、ガイコツの指もつかみにくくて、かなり怖い。やばい。おしりも痛い。

 今まで逃げていた道幅がずいぶん小さく見えて、赤オバケは立ちつくして見上げていた。


「関節はじゃりになってるのか……見かけの半分でも重量があるなら、動力はまったく未知の技術かも……」


 正人がなにか難しそうなことを言っているけど、地ひびきが続いているので聞き取りにくい。

 置き去りにされた赤オバケはみるみる遠ざかる……アイツはなにをするつもりだったんだろ?



 砂浜に着いて、広い日なたへ下ろされるなり、正人はぐったりと寝ころがって笑う。


「やあみんな、無事だったかい?」


 ひざをついた巨大ガイコツは頭をかかえておろおろしていた。


「アヤメさ~ん、出してくださ~い。ここからどう出るんですか~あ?」


「まずは十秒ほど息をゆっくり出しておちついてください。次は入った時のように、背中から脱皮する様子を思い描いて、首のつけ根を引き……」


 しゃがんだガイコツの背から、篠原さんの上半身が生えてくる。

 硬いはずの石像の表面が、そこだけ泥みたいにゆがんでいる……?

 アヤメさんは篠原さんをひっぱりあげると、抱えてすべり降りてくる。


「少々失礼して、数分ほど休ませていただきます」


 アヤメさんは篠原さんから手を放すと、立った姿勢のままパタリと真横に倒れた。

 そしてまだ静かにほほえんでいた。

 やっぱり人間ではなさそう……でも体はきれいで柔らかくて、いいにおいがする。

 アヤメさんもオバケも巨大ガイコツも、いろいろわからないことだらけで、どう考えればいいのやら……


「ええと……結果オーライ?」



 篠原さんは涙で顔をぐしゃぐしゃにして、あやまりまくった。


「大場さんのその傷、石像の手でぶつけたんですか? ごめんなさい。わたしはゆれとか、そんなに感じなかったんです」


「そうなんだ? すごいゆれるから、よく中に入っていられるなーと思ったけど」


「中に入ると、まわりが小さくなったように感じて、でもよく見るとちゃんと動いていて……怖いんです」


上松江小かみまつえしょう 5-2 篠原幸代しのはらさちよ 本気はすごい』


 正人は篠原さんから聞いた学校と名前を勝手に砂浜へ書きこむ。


「さっちゃん、これで合ってる!?」


 正人がテンション高く親指をつきだす。


「あの……すごいってなにが……?」


 恥ずかしそうに困るさっちゃんは、お姫様みたいでかわいかった。


「あいつ変だから。てきとうに流せばいいと思うよ」


 背はわたしより低くて、クラスにいたら真ん中あたり。正人とも同じくらい。

 優しそうな顔、おっとりした表情。

 女子のわたしでも王子様になりたくなる、こてこての女の子らしさがうらやましい。

 わたしはクラスの女子でも二番目に背が高い。

 しかもでしゃばりとかうるさいとか言われることが多くて、前の学校の先生には荒武者とか呼ばれた。



 正人の学校もさっちゃんの学校も、聞きおぼえのある地名だった。

 近い学区の小学校で同じ船に乗り合わせていたらしい。


「大場さんも鈴木くんも、海に落ちてからの記憶がないんですか? わたしもですけど……怖がりなんで、すぐに気絶してそうな自信あります」


 さっちゃんに今までの状況を説明すると、きょとんとされてしまう。


「だいじょうぶ。わたしもぜんぜんわからないから。オバケとか歩く巨大ガイコツとか出てきたあたりからは特に」


 ……とか初対面のわたしに笑顔で言われても不安か。うん。さっちゃんの顔にわかりやすく出ている。


「そうですか……でもとにかく、帰れそうならそれで別に。オバケとかは、あとでテレビの人とかが調べて、番組で教えてもらえれば別に」


 そういう段階の不思議現象ではない気もするけど、わたしもそういうことはくわしくない。

 正人は空と森と石像と寝そべる金髪美人さんを熱心に観察してぶつぶつ言い続けているので、聞いてしまうとめんどくさそうだった。


「謎の方向がばらばらに広すぎるよ。雲の動きも木の生えかたも虫の少なさも石像もオバケも、そしてなんといっても……」



 アヤメさんは予告どおり、数分でひょっこり起き上がった。


「今までにも『ファントム』は何度か発生していますが、いずれも数日以内に排除できています。遭難者のかたと重なる状況は珍しいですが、少し遠回りになるだけで、安全性はさほど変わらないでしょう」


 アヤメさんが笑顔でそう言った直後、わたしたちの背後からボソりと声が聞こえた。


「ファントム、複数」


 見知らぬ褐色肌の女性が立っていておどろいた。

 背が高くて、ものすごい美人……アヤメさんの知りあい?

 でも短めの黒髪はぼさぼさで、水着みたいな黒皮の服もぼろぼろ。

 アヤメさんよりも体つきにボリュームがあって、すごい迫力。


「そちらはツバキという名前の案内人です」


 アヤメさんに紹介されたツバキさんはかすかにほほえんで、小さくうなずく。


「ほかの案内人、連絡とれない」


 声は少し低めで、くちびるは少し厚めで、まつ毛は濃くて長くて、目は大きくてたれ気味で、瞳はエメラルドグリーン……わたしと正人は見とれて口を開けていた。

 アヤメさんは静かな笑顔のまま無言だった。


「あの~、もしかして、少しまずい状況でしょうか?」


 さっちゃんだけが不安そうな小声をだす。

 そんな残念そうな目でわたしを見ないで。わたしは前向きなだけ。そこの男子だけが命よりエロが大事そうな変人。


「帰国時間を予測しにくくなりました」


 アヤメさんはツバキさんと手を合わせ、しばらく見つめ合う。


「もうひとりの遭難者のかたも、別の案内人が発見して同行しているかもしれません。わたくしたちと合流できるように、ツバキに連絡させます」


 アヤメさんがそう言うと、ツバキさんはあいさつもなしに背を向けて、ほんの数歩で車のような速さになって、砂浜のかなたへ消える。

 正人はもう見えないツバキさんのムチムチボディへしつこく手をふった。



「遭難者のみなさまに、石像の操縦練習をおすすめします」


「乗っていいの!?」


 わたしと正人は身を乗り出し、さっちゃんはあとずさる。

 こんな時ではあるけど、すごくおもしろそう。


「ファントムの数と位置がわかりません。遭難者の全員が、石像で移動することが対策としては確実です」


 正人が先をゆずってくれたので、わたしはいそいそと巨大ガイコツによじ登る。


「ただし、石像の操縦にも危険がありますので、十分に注意してください」


 アヤメさんの笑顔と口調は変わらないけど、わたしは巨大ガイコツの手にしがみついていた時のこわさを思い出す。

 

「マスターの言葉をそのままお伝えしますと『遭難者くんに石像を使わせていいのは、人命に関わる緊急時だけだよ。戦車というよりは、恐竜を操るくらいに危険だからね。かなりお手軽に死人をだせる。もしなにかあっても、責任は乗った本人にとってもらうよ。ぼくはとぼける』とのことです」




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