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6-3 小学生だからこそ正しい男女交際を教えてください。


 舞島が動かせる戦力の多さからすると、オレたちは研究書庫まで無事に着けただけでも運がよかったらしい。


「管理塔へ近づくには戦力不足だね。様子を探るにしても、偵察役のツバキさんを守っていっしょに逃げきれる石像は欲しいから……どうやらまた、修復を急ぐしかないみたい」


 正人の言うとおり、今度はこの研究書庫にこもるしかないらしい。

 みんな疲れ顔で、会話も少なかった。

 幸代は特に無口で、友恵は心配して小まめに話しかけていた。

 みんなだってウンザリしているし不安なんだから、ひとりだけ勝手に落ちこむなよ……と言いたいけど、むしろ幸代は性格のわりに無理していたかも。それだけ疲れがひどいのか?

 正人によれば外泊生活にも向き不向きがあって、強みたいに小学生でもひとりでキャンプできる異常にタフなやつもいるし、舞島みたいにぶっこわれて平気なやつもいる。

 幸代も別に弱いほうではなくて、あれだけ人に気をつかいまくって三日間なんの文句も言わなかったのだから、むしろ強いほうかもしれない。

 でも今は、なにを話しかけても反応が薄かった。

 友恵や正人の心配顔もオレには心配になってくる。


「正人はだいじょうぶなのかよ?」


「え……? あ……ぼくならだいじょうぶ。うん、少し暗かったかもね。景気づけに白状するなら、今日はちょっと、失恋のようなものを……」


 友恵がすばやくはいよって来る。


「ん? 今日のマーくんはツバキさんといろいろ話せて絶好調じゃないの?」


「ん~、ようやくふたりきりで話せる時間ができたら、あらためて人としてつきあうことの難しさを思い知ったというか……」


 正人の本命がツバキさんであることはみんなにバレバレだ。

 近づきたがるわりに、近づくといつもの調子でふざけた言葉がでない。

 ふられたわけじゃないにしても、うまくいかないのが確実だったら落ちこむのも無理ねえか……いや、正体がタコプリンと知ってもあきらめない時点ですげえけど。


「このやり場のないうっぷんは、わざわざ敵になってくれた舞島さんへ全身全霊でぶつけるつもりだよ。うふふふふふ……」


 正人は心配なさそうだ。


「マーくん、よーしよし」


 友恵がタコをかぶったまま正人を抱き寄せて頭をなでくる。

 からかうにしてもくっつきすぎだろ。恥ずかしいとか思えよ。


「……ちなみにマーくん、どんな話をしたの?」


 友恵はなにか耳打ちされて、正人を蹴りたおす。

 正人はなにかいいわけしながら逃げまわり、友恵は顔をまっ赤にしながら蹴りまわしているので、よほどろくでもないことを言ったらしい。


「仲いいわねー、夫婦ゲンカー? アタシの集中をみださないように音量は小さめでお願いねー」


 今日子はなにくわぬ顔で修復作業をしていた。

 友恵のことをすっかり友だちみたいにからかうけど……


「今日子はどうなんだよ?」


「なに?」


「その……オレはファントムをはずされても、自分の意識をいじられていたとか、今でもよくわからねえんだよ。なんとなく記憶がところどころあいまいとか、オバケといたことが不自然とはわかった後も、友恵たちや案内人のことはずっと警戒していた」


 今日子は無愛想な顔になって作業を続ける。


「……それで?」


「いや、今日子はひとりでオレら全員と三日も戦えるくらいだから、かなりがんじょうな精神をしてそうだけど、なんつーか、こんな急に仲良くするのは無理しすぎというか……まだオレらを疑っているなら、それでいいと思うんだよ」


「よくないでしょ? 実感をともなわなくても、事実なら認めたほうがいい」


 声が冷たい。オレはなるべく、誤解されないように気をつける。


「まあ、そうだけど。オレもあいつらと合流して、わりと悪いやつらじゃないとは思ったけど、つぶしあいとか独り占めが起きるんじゃねえかって不安は、今でも少し残っていて……」


 今日子はいらついているのか、作業の手をとめて人形をぞんざいにいじりはじめた。


「別にそんなの、考えるだけなら悪いことじゃないでしょ? ありえない話でもないし」


「でも、その……いっしょにいるのに仲間になれていない感じは、けっこう気まずいというか……いや、オレが勝手に思っているだけなんだけど。それで少し言いすぎたりしていたような……」


 いつのまにか友恵と幸代がこっちを心配そうに見ていて、それを正人がさりげなく抑えている。

 とにかくオレは続ける。


「……特に、迷惑かけていた上に助けてもらったり気をつかわれたりすると、いっしょに居るのがかえってキツくなる時もあるから……」


 今日子は無愛想な顔で口をひんまげたまま、涙をボロボロと落としはじめた。


「だいたいわかった……というかキツくなる時って、今だ」


 今日子は顔を腕でぬぐいながら、立ち上がりかけた友恵へ手のひらを突きだして『だいじょうぶ、そのまま』のジェスチャー。

 歯をくいしばって、ひたすら涙をぬぐう。

 やっぱ三日間もひとりで戦って、それがぜんぶまちがいだったなんて、きつくないわけねえよな……

 オレはこのまま今日子のとなりに座っていていいのかとまどったけど、正人も小さく『そのまま』と手で抑えるしぐさをしていたのでがまんする。

『ハグしろ』のジェスチャーは無視した。



 今日子はやはり今日子らしいというか、何分かするだけで、せきばらいをして立ち上がる。


「ふん、不覚ね。まあ、心細かったこともあるけど。で、トモちゃんたちのことは普通にわりといい子そうとは思っていたけど……正直なところまだ、舞島さんだけでなく案内人さんも含めて、なにか裏がある可能性は疑っているし、それがまちがっているとも思ってないから」


「それならぼくと同じだ」


 正人の返答には今日子より友恵のほうがおどろいていた。


「じゃあマーくん、わたしやさっちゃんのことも、ずっとそういう目で見ていたの?」


「うん。だってこの島、いろいろできすぎていて、なんの意図もないってほうが不自然だったし、遭難者の質もよすぎると思っていたから……ちなみにトモちゃんは『不思議で便利な廃墟の島へ、たまたま偶然が重なっていい子が集まって、偶然が重なって大変な事故になっている』と思っていた?」


「いた」


「まあ、ぼくも理屈の上ではそっちが真相に近いと思いはじめているけど……疑惑はぬぐえないというか、ひとひねりはないと深読みしていた自分が報われないというか……」


 正人はなにかとがんばる場所がおかしい。

 今日子も白い目を向ける。


「アタシは遭難者の中じゃ鈴木正人を一番うたがっていたけどね」


「あー、たしかに」


 オレと友恵の声がそろった。


「みんなひどいや」


 ……でも今日子はもう、正人のことを『うたがっている』じゃなくて『うたがっていた』になっているのか。



 夕日のオレンジ色が、半透明の石で囲まれた広間全体も染める。

 今日子は修復作業もけっこう速くて、時々わめいてゴロゴロ転がるけど、正人に近いペースでこなしていた。


「くあ~、疲れた。暗くなる前に、みんなのぶんの寝泊り用品でも下ろしておくか~」


「キョンちゃん、わたしも布団の用意、手伝う!」


 友恵はすぐに頭を使う作業から逃げようとする。


「ツバキさんいるし、ユッキーだけでいいや。トモちゃんは頭が限界なら、さっちょんにひっついていてあげて」


「ひっつくー!」


 友恵はまだ修復中の幸代に抱きつく。幸代はタコプリンつきの頭をなでられ、弱々しく苦笑する。


「トモちゃん、図面がゆれちゃう」


 ……って、なんでオレが手伝いに指名されてんだ?



 広間の中央塔にはエレベーターがない。

 十階建て以上の高さがあるのに、ひたすら階段を足で昇る。

 中央塔の内部は黒ガイコツに似た青みがかった黒ブロックで作られていて、天井は人間用の高さしかない。

 一階ごとに教室くらいの広い踊り場があって、陶器や枯れた植物や縄とかがごちゃごちゃ置かれているけど、四階は床板が敷かれて棚も多くて、衣類や毛布らしきものが入っていた。


「アタシはドラちゃんの部屋に毛布を持ちこんで寝ていたけど、今夜からは一階の広間かね。すぐ石像に乗れるように……おっと、石床の上だと何枚か重ねないと体が痛くなりそうか? これ、ツバキさん運んでくれる? 枕がわりもいるかな……」


 今日子は話しまくりながら、毛布をあちこちから引っぱり出し続ける。

 ツバキさんは二十枚くらいの毛布をかつぎあげ、ほとんど音もなく階段を駆け下りていった。


「あ、疲れた。ユッキーも少しは働けよ」


 今日子がふらふらと毛布の山を降りてくる。


「いや、手伝うことあるんだったら、なにか言えよ」


 そのまま体をぶつけてきて、なにをされるのかと思ったら……


「じゃ、頭なでて」


 胸に押しつけられて顔は見えない……か、からかっているのか? 本気か!? いや絶対ウソだろ!?

 ……いやいや、もし本当に不安になっているとしたら、ここで突き飛ばして『ふざけんなアホ』とか言ったら、明日からずっと気まずくなるよな?

 こ、ここはだまされて笑われるのは覚悟で……ツインテールって、どこなでりゃいいんだよ? 下手になでると引っぱられて痛そうだし……

 前髪のあたりをそっとなでる、というか、やわやわとさわる。かすかにリンゴのようなシャンプーの香りがした。


「こ……こう、か?」


 くっついてる体温がけっこう高くて、自分の耳や顔も熱くなっている気がする。

 黙って離れた今日子は、少し赤くなった顔に皮肉っぽい笑いを浮かべていた。


「ユッキー、いっぱいいっぱいだね」


「……てめ……! この……!」


 毛布でも投げつけてやろうと床へ手をのばし……すべてなくなっていることに気がついた。

 ツバキさんが音もなしに、異常な速さで残りも持っていったらしい。


 一階に降りると正人たちがツバキさんをとり囲んでなにかを聞きだしていたけど、一斉にふり向く。

 オレらを見る目が、それぞれにおかしい。

 特に正人がにらむ顔は、はじめて見る。


「雪彦くん、ちょっと職員室にきたまえ」


 誤解だ。たぶん。




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