6-2 旅行先では礼儀正しくしましょう。相手が人でなくても。
「ぶははっ、やっぱオバケぶっとばしても性格は変わらないね!」
友恵の言うとおり、今日子の生意気そうな顔は変わらないどころかひどくなっている。
「ユッキー、どこかケガした?」
少しも心配そうじゃない。
「別に」
「そ。ありがと」
もう少し心をこめろよ。
「ゴロー! 離脱!」
今日子が命令すると、まだ正人とやり合っていたサラマンダーが動きを止めて、中からのびきったタコプリンがはい出てくる。
今日子は意外にあっさりとあきらめたらしい。
「みょうにいさぎいいな?」
「黙って。ちょっと考えたいの」
こいつ、負けたくせに……腕を組んで眉間にシワをよせ、地面をにらんでいる?
オレたちを警戒していないのか? いやそれは、はじめて会った時からか。
こっちを勝手に敵とみなしてケンカを売ってくるわりに、本気で憎んでいる様子はなかった。態度は最悪だが。
友恵も降りて来る。
「今日子ちゃん、あの黄色オバケだけど……」
「だから待ってってば。ファントムのことなら案内人に教えてもらっているから…………」
正人たちやアヤメさんが近寄っても、今日子はにらむようにちらちら見るだけで、またなにかブツブツ言いながら考えこんだあと、変な表情になる。
「……あ~あ。ドラちゃんがみょうにしつこく言ってたの、これかあ?」
「おそらくそれです」
「なにがどうわかるのよアヤメちゃん?」
初対面のアヤメさんにちゃんづけしやがった。
「ドラセナは可能な範囲で、今日子さんの保護に役立つ情報を伝えていたものと思われます。今日子さんの分析力であれば、時間をかけて思考することで、わたくしたちへの正確な理解をしていただけると思われます」
「そう……ね。でもちょっとかかりそうだから、なにかやっててどうぞ。というか少しひとりにして。逃げないから」
そう言われても友恵は今日子のそばを離れないで、こりずにたびたび話しかけて、今日子も少しは返事をして、しまいには幸代やアヤメさんまで加わる。
ときどき笑いあう様子も見えてきたし、もうだいじょうぶなのか?
オレと正人はその間、石像や中身のタコプリンを回収していた。
とりあえず、これでもう遭難者はそろったから……あれ?
「強はどこいった?」
フヨウさんも、いつからかまったく見てない。
「石像、補給」
ツバキさんがなぜか正人マミーの肩にいた。
「たしかに石像が人数分には少し足りなくなっていたか。だからって、なにか言ってから行けよな……わりい正人、あと任せていいか?」
今日子の様子が少し気になった。
「やっておく。ファントムにとりつかれていた同士のほうが、話しやすいかもしれないし」
……コイツなんで、オレの考えていることがわかった?
今日子はまだなにか考えていて、それを友恵と幸代が雑談で邪魔している様子だった。
「待って。なにかすごく大事なことを忘れている気がするから。好きな男子のタイプとか探るのは後まわしで…………あ……」
「舞島様のことでしょうか?」
今日子は『正解』みたいにすばやくアヤメさんを指すけど、黙ったまま地面をにらんで真剣な顔をしている。
舞島は……そういえば今日子が捕まえたんだよな?
「舞島さんになにかひどいことしちゃった? オバケのせいなんだし、わたしがいっしょにあやまるよ?」
「待ってトモちゃんそうじゃなくて。アレは少し痛い目に合ったほうがいいと思うけど、それでもなくて……思い出せないっていうか……舞島ちゃんをとっつかまえて、タコプリンの居場所をはかせて……」
「つかまえてどうしたか、記憶にないのか? オレもまだ赤いオバケとどう会って、なんで石像に乗っていたのか、ぼんやりしか思い出せねえんだけど……」
今日子がしかめっつらで口の前に指をたてて『黙れ』のジェスチャー。
「一番の危険人物だと思っていたのに、しばってどこかに閉じこめたような記憶がない……アヤメさん、どう思う?」
「ファントムには不都合な内容として、意識からはずれるように誘導されていたかもしれません。それと、舞島様にも別のファントムがとりついて利用している可能性が高くなりました。その場合、友恵さんたちと今日子さんが戦っていた三日間、なにをしていたかが問題になります」
さっきまで今日子と話しながら笑っていた幸代がみるみる青ざめる。
「あの、それは最悪の場合、どんな……?」
「待ってさっちゃん、その質問はあとで。アヤメちゃん、アタシたちは今すぐ石像を集めて修復したほうがいいと思う?」
「わたくしもそれをお薦めしようと判断したところです」
アヤメさんの笑顔は、ときどき舞島の悪趣味で作られている気がする。
いつもの表情と口調のまま、グリフォンの上にへばりついた平べったいアメーバ状のものを引っぱり上げていた。
「それまさか……黄色ファントムかよ? タコプリンにもどるのか?」
「補助作業に使えるのは明日以降になりそうですが、もう害はありません」
もう『岬の神殿』は石像の在庫をほぼ使いつくしていたので、今日子が基地にしていた『研究書庫』まで移動することになった。
マミー二体と黒ガイコツで、まだ治せそうなタイタン、サラマンダー、ヘルハウンドを一体ずつ引きずって、低い山が連なる島の奥へ向かう。
今日子は友恵といっしょにマミーで石像を運びながら、やたらと話しかけられて、あきれている様子だった。
でも引きずられているヘルハウンドの幸代はずいぶん元気がない。
オレが黒ガイコツで引きずっているタイタンの正人はツバキさんを胸に乗せて、ここぞとなにかを話しかけまくっていたけど、しばらくするとなぜか黙ってばかりになった。
山道を何度か上下した先に、ピラミッドみたいな建物が見えてくる。
四角い平箱を三段重ねにした形で、近づくと各段は岬の神殿に近い高さがあった。
外壁はぜんぶ、神殿の天井に使われていた半透明の石になっている。
一段目の内部に入ると、壁全体が日差しを透かしていた。
とはいえ、本を読むには向かない薄暗さだ。
神殿と同じく、天井はタイタンでも背筋をのばして歩ける高さがあって、床には石像が眠る砂のプールもたくさん並んでいて、中央の塔を囲んだ巨大な広間になっている。
今日子に案内されて入った中央塔の地下には人間用の狭い廊下が伸びていて、なぜか天井がぼんやりと光っていた。
カゴや木箱がごちゃごちゃと積み上げられている間を抜けて扉へ入ると、教室ほどの部屋がいくつか連なっていて、そこの天井も全体がぼんやり光っている。
壁はすべて石の棚になっていて、木製の棚と机もたくさん……でもその内のいくつかは、本来の用途からはおかしい位置と方向で配置されていた。
それらぜんぶの上に、紙がわりらしい木の皮の束が様々に積み上げられている。
「ドラさーん? 黄色ファントムをミサイルで撃ったよー?」
棚に隠れた位置で、立ったまま人形をいじっている長身の女がいた。
今日子に振り向きもしない横顔はアヤメさん以上に白すぎて幽霊みたいで、眠たそうな二重のつり目に、腰までのびたボサボサの銀髪。
着ている服はやたらとだぶついたローブで、胸元と太もものきれこみが深い。
「今日子の分析力は、案内人が伝える情報の正確さを確認した」
口調と同じく感情のこもらない声と表情だ。
「うん。まあドラちゃんが嘘をついてないとは思っていたけど、ほかのこともいろいろ……みんなを疑わなくなったというより、自分を疑う気持ちのほうが強くなったというか……」
ドラセナさんは人形を見つめたままかすかにほほえみ、またすぐ無表情になる。
「また……別のタイプの美人さんだね?」
友恵のつぶやきに幸代はともかく正人までが反応しないで疲れたような顔をしていた。
ドラセナさんはアヤメさんと手を合わせるけど、その間も空いた手で馬の人形をいじり続ける。修理をしている手つきには見えないけど……趣味?
「現在の舞島は十体から十二体の石像を動かせる。タイタンに匹敵する性能は半分ほど。修復は遅いが、最大で五十八体を十日で用意できる」
ドラセナさんは目を合わせないままつぶやく。待ておい。待ってくれ。
「え……今もう、タイタンみたいな石像が五、六体も来るかもしれないんですか? それに、ごじゅうはちって……」
幸代の顔に表情がない。オレだって十体という数だけでウンザリだ。
アヤメさんはもちろん笑顔だし……それって案内役のマナーとしてどうよ?
「ドラセナの分析力はわたくしより正確です。誤差は少ないでしょう。しかし十分な戦力がありながら、今もまだ接近していないので、ファントム側になんらかの障害が起きている可能性もあります」
「こっちの戦力が減りきった今はチャンスのはずなのに、なぜか回復の時間までくれているか……ファントムが舞島さんをどう誘導しているかが問題だけど、肝心の舞島さんという人がぼくらには謎だよね?」
正人は表情が暗いけど、頭はまともに働いているみたいだ。
「アタシやユッキーとちがって、ケンカには誘導しにくそうかな? 相手がオバケでも『そういうのは興味ないから、君たちでやっといて』とか言いそう」
直接に会ったことがある今日子の意見に、正人もすぐにうなずく。
「でも遠回しなら誘導できるかも。あのゆがんだ研究意欲から『実験資料の石像を収集だー』とか『研究の邪魔は排除だー』とかなら結びつくかな?」
「その場合、頭と土地勘だけはよさそうだからめんどうね~。誘導と関係なく人間らしい思いやりは薄そうだし……というか、あるふりすらしてないし」
いくらなんでも今日子と正人は案内人の前で舞島をボロクソに言いすぎている気もしたけど、ドラセナさんとツバキさんは無表情のままで、アヤメさんも笑顔のままだった。
「今日子さんと正人さんは、舞島様の分析に優れていると思われます」
いいのかよそれで。マスターとか様づけで呼んでいたことまで皮肉に思えてくるぞ?