5-3 ヒーローは選ばなくても決まっているものです。
「野獣を意味する『ビースト』は、マンティコアやキマイラの基礎となったデザインの大型石像です。サソリの尾やミサイルは持ちませんが、耐久性や運動性は同等です」
アヤメさんの説明からまもなく、地響きをたてて獣型の石像が裏口へ乗りつける。
「おう! 今、降りっから、まだ近づくなや!」
威勢のいい声がして、ビーストの背から飛び降りてきたのは小柄でガッシリした男子だった。
そでなしシャツにそでなしジャケット。
背は今日子よりさらに低そうだが、腕は太くて、アゴも目も声もでかい。
「日賀強じゃ。同じ五年じゃろ? なまり、いろいろ混じっとるで、みょうちくじゃが気にせんでなあ」
フヨウさんはおもむろに強へ近づき、その背後に隠れる。
そいつのことは警戒してないのか……でも体格差がありすぎて、ぜんぜん隠れていない。
「フヨウさんにはえらい世話んなっとるが、心細い様子じゃったで、仕事仲間さんも無事でなによりじゃあ」
「強くん、わたしのことわかる?」
「おお! いっしょに流れ着いたカワイコちゃんかい!」
正人のほかにも『カワイコちゃん』なんて言葉を使うやつがいるのか。つくづく仲間に恵まれねえなオレ。
強の話によると、友恵にケガはないことを確かめたあとで森へ入り、ファントムに出くわしたらしい。
「赤? いや、緑のでっぷりしたやつじゃ。浜の子がまだ寝ぼけておったら巻きこんじゃいかんと思って、奥へ逃げた。あんバケモン、脚は遅いが休まんし、木までもぎ倒すとか無茶しよる。生きた心地せんかったのう」
「知らないうちにお世話になっていましたようで」
友恵は『カワイコちゃん』なんて呼ばれかたでも機嫌をよくしたらしく、ヘラヘラと似合わないバカていねいな頭の下げかたでムカつく。
「船でのことはおぼえとらんか? 手洗い場の近くでも寝ぼけたみたいにしとったろ?」
友恵の笑顔がすっと消えて、強を不思議そうに見た。
「船がゆれて放り出され、ワシも助けようとはしたんじゃが、いっしょに海へひきずりこまれてりゃ世話ないが……あ、すまん。怖くて思い出したくないか?」
「あ……ううん。怖くはない……けど……」
友恵の表情がかたい。なんか話題を変えておくか……というか。
「それより今日子退治の準備を急がねえと」
遭難者は六人。あとは今日子だけでそろう。
ほかには舞島も助けないとまずそうだけど……今はどんなことになっているのかわかんねえ。
でもアヤメさんたちの案内だけでも帰れるなら、とりあえずは帰ってから大人と相談したほうがいいよな?
女子だけでも先に返して……幸代は特にしんどそうだし。
友恵のやつも、変なときに弱気になるし……そのくせ正人によれば、すぐに管理塔へ行けば帰れたかもしれない時に、友恵ひとりのゴリ押しでほかの遭難者も助ける方針になったらしい。
よくわかんねえやつだけど、借りは返しておかなきゃ、かっこつかねえし。
しかし船の事故といえば、オレは……救難ボートに乗ろうとしたら、誰かバカが押しやがったせいで海に落ちて、死んだかと思って……その後はよくおぼえてねえな?
いつのまにか森を歩いていて、赤ファントムといっしょにほこらをめざして……起きる前からとりつかれていたのか?
というか、まだ影響とか少し残っているのか?
なぜか今まで事故のこととか、考えていなかった。
ボケぞろいの友恵たちに悪い影響を受けただけか?
修復を再開しながら聞いた話では、強は木々の少ない山の上まで登ったことで、緑ファントムから逃げきれたらしい。
その後は今日子らしき『つんけん女子』の石像に追われて、森に身を隠していたところでフヨウさんに会ったとか。
強もビーストに乗ってからは今日子にやり返していたらしい。
「しかしケンカは一対二までじゃな。自分の体とちがって無理もきかんし、治すんは頭を使うから苦手じゃあ」
そう言いつつ、強の修復はオレや友恵よりは速いし長続きした。
「しっかし友恵ちゃん元気じゃのう。こんなようしゃべる子とは思わんかったわ」
友恵はすぐにいつもの調子にもどって、オレらとかアヤメさんたちと会ったいきさつを話して手が止まりがちだった。
「あれがバカ友恵の普段どおりだっての。うるせーし乱暴だし、マジで荒武者。女横綱」
「明るく元気ならいい女じゃろがあ。男のくせに、ぐちぐち女子をなじんなや」
強が自信ありげに笑う。おいなんだよそれ、オレをガキみたいに……
「強くんてステキー」
友恵が皮肉たっぷりにオレを見ながらほざく。
「からかうなや。弱いんじゃそういうの」
強は赤くなって、首をぶんぶんふりまわす。
そのあとでまた大人ぶった顔になる。
「ワシは大人の男でいたいからのう」
口に出して言いやがった。
「のう? 雪彦?」
うぜえ。こいつ正人よりうぜえ。恥ずかしい上に暑苦しい。マジ勘弁しろバカヤロウ。
「ねえユッキー?」
ふりむくと正人がオレの背後にまわりこんでいた。ツバキさんのまねをしたつもりか?
「もし『うぜえ、マジうぜえ、二秒待つから爆発しろ』とか思っても、口に出しちゃダメだよ?」
小声でささやきながら、アヤメさんみたいにほほえんでいた。
いやおい、お前もそこまで強が嫌いなら、あまり無理しないで少しはツッコミ入れとけ。
修復に区切りがついたところで神殿裏に出て、昼食のキウイと焼きホタテにかじりつく。
正人が新型作成のためにひと足早く神殿にもどったあと、砂浜に追記があった。
『西一色小 5-1 日賀強 大勇者』
正人の遠まわしな皮肉と悪意がにじんでいた。
強はなんとなくほめられた程度に思ったらしい。
「ほーお、雪彦は『男の子』かい。なるほどのお?」
急に『男の子』の意味がわかってきた気がして、正人と強の両方に腹が立つ。
今日子の野郎、早く来やがれ。同士討ちがはじまりそうだろ。主にオレから。
「幸代ちゃんの『本気はスゴい』かい。静かで優しい子は怒らせたら怖いし、ほれたら情が深そうだからのう?」
強に笑いかけられた幸代は顔をまっ赤にしてうつむく。
今日子たのむ早く来てくれ。
「みんなけっこう近い学校じゃのう……この『いちおう女』ってなんじゃ? 友恵ちゃんのかわいさをわからんとは、正人らしくないのお?」
「それ、わたしが自分で書いたやつを写しただけだから」
「ふーん? 正人は……『こどもずき』……豪儀じゃの……」
今日子が来たのは昼食がすっかり終わってからだった。
「そんじゃワシらで行くかい、ユッキーよう?」
「おい待て強、正人の指示は聞いてなかったのか?」
「ん? 女子を前にだすんかあ?」
なんだよその、しかりつけるようなツラ……でも正人なら、こういう時に怒らないでうまくやるはずだ。落ち着けオレ。
「かっこつけて負けたら、その女子をもっと深刻な危険にさらすだろうが。つっこむだけが度胸とか思ってんじゃねえぞ」
どなるのはがまんしたけどムカつく。
強はまばたきもしないでにらんでいやがる。
「友恵が男より弱いとか思ってんのか? 正人が操縦しないのだって、腰抜けだからじゃねえし……あのエロバカが女子に戦いを任せるのだって、アイツなりの度胸なんだよ」
強の背はオレよりずっと低いくせに、やけに大きく感じる。
でもいきなり頭を下げてきた。
「すまんっ、ワシがアホじゃったあ!」
しかも歯を見せて笑う。
「この島、男もいい男ばかりかい」
やっぱ、やりづれえよコイツ。