1-1 漂流しました。美人とオバケと石像の島です。
波の音が近く、潮の甘い香りが漂っている。
砂浜に横たわっていたらしい。
日差しがまぶしくて、風は暖かいけど、靴も服も湿っていて気持ち悪い。
頭がぼやけている。
「おう、息はしとるな。ケガないかいやあ?」
元気そうな男の子の声。
「だいじょぶ……」
「ちと見てくる。歩くなら浜を離れんほうがいい」
この子、誰だろ?
男の子は遠ざかってから、なぜか叫んでいた。
「おお!? なんじゃあ、マジかいや~!?」
元気そうだ。
ふとんじゃないところで寝ていたせいか、体がだるい。
やっぱり家が一番おちつく。
「そういえば遠足……」
寝ぼけていた頭が急にはっきりしてくる。
南の島へ行く途中、船が沈んだのだった。
海へ落ちて……あとはおぼえてない。
起きて見回すと男の子はいなかった。
青空には朝日が昇ったばかりで、白い砂浜が長く長くのびていて、海は澄んだエメラルドグリーンで……ばかでかい石像の群れが突き刺さっている。
なんだありゃ? 失敗した観光スポット?
ケガはしていない。荷物はない。ケータイは元から持ってない。
生きてたのはいいけど、どこだここ?
大きな石像は人や動物の形をしていたけど、つながっているブロックのひとつずつはすごくおおざっぱで、腕なんかは冷蔵庫や自動販売機を二台くっつけたみたいに角ばって……低学年の子が空き箱とかで作ったロボットに似ている。
そんなものが海や砂浜のあちこちに沈みかけて、うつむいたり寝そべったりしていた。
どれもひび割れがひどくて、あちこち欠けている。
砂浜と同じ乳白色で、ざらざらした手ざわりも似ている。
よじのぼって見渡したけど、陸には森しか見えない。
「交番を探すのは大変そうだな~。せめて公衆電話が近ければいいけど」
ヤシの木、ヤシガニ、ばかでかいチョウチョ。
予定していた島よりも、かなり遠くへ流された気がする。
森にそって歩き続けてみたけど、お店や家どころか、看板や道すら見えない。
というか人が住んでそうな気配もまるでない……それっぽいゴミすらない。
「さっきの男の子の家はどこに……もしかして、あの子も船に乗っていた子? じゃあここ、人が住んでいない島? でも石像をあんなに置いてあるのに……?」
不安になって引き返すと、男の子らしき足跡は確認できたけど、砂浜から森に入ったあとは追えなくなってしまう。
船にいたほかのみんなは……まあたぶん、わたし以外はほとんど救助ボートに乗れたみたいだけど…………まずい。ここで暗いことを考えたらだめだ。
前の学校の先生にも『明るく元気なだけがとりえ』とか言われたし。
とにかく生きていられただけでもいいことだ。
歩き疲れたし、少し休んで、落ち着いて考えよう。
……とりあえず、さっきの男の子とか、警察の人も探しているかもしれないし……
『南逆井小 5-2 大場友恵 いちおう女子』
救助の飛行機や船が来たときのために、砂浜に大きく書いておいた。
色黒でがさつなせいか、髪をのばしているのに、よく男子とまちがわれる。
海へ飛びこんで、歩きつかれた体を冷やす。
ブラウスや靴を脱いでゆすいで、流されないように結んでおく。
靴下とスパッツも脱ぐと、最高に気持ちよかった。
まわりをもう一度みまわしてから、シャツと下着も洗う。
石像に靴やスパッツを干して、下着姿で日陰に腰かける。
巨大なガイコツ像が胸まで砂に沈んでいて、少しかしげたドクロ頭は寄りかかるのにちょうどいい角度だった。
「景色は最高だけど、このまま船も食べものも見つからないと、ここに小さなガイコツを追加になっちゃうな~」
ちょっと眠りかけていたら、遠くから男の子の声が聞こえた。
「友恵さーん! 大場友恵さーん! もしかしてそこの影にいますかー!?」
さっきの子より、少し高い声。
頭だけ出してのぞくと、同じ年くらいの、まじめそうな男の子が手をふりながら走って来ていた。
「そのままで! 服は干したままでだいじょうぶですから! ぜったい見ませんから~!」
あやしい。急いで服を着ないと!
「はじめ……まして。鈴木正人、です。着なくて、だいじょうぶだったのに……」
全力で走ってきたらしくて、すごい息ぎれしている。
「ぼくはただ『恥ずかしいからこっちは見ないでね』みたいな感じで話したかっただけなんです。せっかく女の子と浜辺でふたりきりなんで」
見た目はおとなしそうなのに。
「地元の子?」
「いえ、遭難したので、誰か助けを探そうと……」
「あまりそういう風には見えなかった」
同じ船に乗っていた別の学校の子だった。
「大場さんも気絶していたんだ? ぼくも急に船がゆれて放り出されたあと、いきなり波にひきずりこまれたまではおぼえているんだけど……?」
「ずっと浜ぞいに歩いてきたの?」
「うん。ひたすら森と石像しかなくて、もうへとへとだよ」
「でも最後に全力疾走したんだ」
「女の子もいないんじゃ、なんのために遭難したのかわからないでしょ? そこへ『いちおう女子』なんて、かわいい照れかくしをそえた自己紹介を見せられたら、期待しないわけには……」
正人はかなり変なやつらしい。
わたしもよくノーテンキと言われるけど。
「……健康的な魅力のステキな子がいて、本当に助かったよ」
恥ずかしいやつだけど、悪いやつではないかも。
正人もわたしの書きおきのとなりに書きこむ。
『下小松小 5-1 鈴木正人 こどもずき』
小学生で『こどもずき』ってなんなの?
ふたりの名前の間にハートマークまでわりこませてきた。
「じゃ、行こうか」
わたしは笑顔で言いながらハートを蹴り消す。
「つれないなあ。三割くらいはジョークなのに」
だめだこいつ……でもまあ、わたしひとりで迷子になっているよりはずっとよさそう。
めんどくさそうなやつだけど、仲よくしてくれるのは助かる。
人の気配がない砂浜はどこまでも続いた。どこも壊れた石像ばかり。
ときどき休憩して『砂浜ぞいに歩いています 大場 鈴木 →』と書き足したけど、日暮れまでに家へ帰れるのか、心配になってきた。
それでもとにかく、建物や道路や船や飛行機を探し続けるしかない。
「不安なら無理しないで、ぼくに抱きついてもいいからね……とか言ってみたいのに、トモちゃんやたら元気だね?」
「正人も遭難中とは思えない軽さだけど。でも暗い顔でぐちっているより、明るく笑っているほうが運も向くらしいし……でもそろそろ、救助の人とか降ってこないかなー」
冗談のつもりだったけど、森の高いところで木の葉をつっきる音が続けざまに鳴って近づいてきて、最後には三階くらいありそうな高さから人影がとびだして、砂浜を大きくえぐって着地する。
本当に人が降ってきた。でも日本の警察とかが送った救助隊には見えない。
南国らしい民族衣装を着た女の人で、背が高くて色白で、みごとな金髪にエメラルドグリーンの瞳。
「すごい……プロポーション……」
そうつぶやいた正人にツッコミをいれるべきだったけど、たしかに胸はでているし腰はくびれているし、おどろくほどきれいなおねえさんだ。
現地の人? 言葉は通じる?
「はじめまして。わたくしは案内人のアヤメという者です」
やさしい笑顔であいさつされると、もう映画の中へ入ったような、ぼんやりした気分になる。
ていねいなおじぎで輝く髪がサラサラと流れ、やわらかい花の香りがふうわりとただよった。
「この島を管理している『マスター』から、遭難者のかたを帰国までご案内するように命じられております。どうぞこちらへ」
アヤメさんが森へ向かい、わたしたちもついていく。
「よかった~。いきなり簡単に帰れそうだね?」
わたしは安心してため息をついたけど、正人はこわばった笑顔で小声を出す。
「いくらなんでも都合がよすぎる気もするけど……」
言われてみると、日本人ぽい名前で日本語ペラペラで南国住まいの金髪白人さんていったい……
「この島ぜんぶが誰かの別荘なのかな? でもぼくとしては、なにが待っていようとアヤメさんについていきたいのが正直な気持ちだよ」
その気持ちは心だけにしまっておいて。あとアヤメさんの体をジロジロ見るのもやめなさい。
アヤメさんは森の行く手をふさぐ枝を素手でぶち割り、倒れている木を蹴りとばして進んだ。
すずしげな笑顔とのギャップがひどい。
「正人……あれって島に秘伝の武術とか?」
わけのわからない怪力におどろいて、とりあえずてきとうに言ってみた。
正人も大きく口を開けていたけど、なんとか笑顔。
「たぶん美人に不可能はないんだよ」
すごくてきとうなことを口走るくらいにとまどっているらしい。
少し距離をとってついていくと、石畳の道に出る。
遺跡にも見える古さで、幅だけなら自動車もすれちがえそうだけど、あちこち草がのびほうだいで、倒れた木も多くて歩きにくそうだった。
道ばたに、小屋くらいに大きな卵型の石がある。
アヤメさんが指した中央には空洞があって、さらさらと水が流れていた。
「この形の石から出ている水は飲んでも安全です。森には食用にできる植物も豊富にあります」
それなら飢え死にはしなくて済みそう。というかもう、そんなにかからないで帰れそうだけど……でも正人はむずかしい顔で首をかしげていた。
怪しいといえば怪しいけど、都合の悪いことが増えるよりはいいよ。
水はそんなに冷たくなかったけど、のどがかわいていたのでありがたい。
むしろ頭からかぶって、海水でがびがびの髪を洗うにはちょうどいい温度だった。
「この島には数名の案内人のほかには『マスター』しかおりません。年に何人かは遭難したかたも上陸なさいますが、みなさま無事に帰国されております」
「そういえば正人……くんのほかにも、男の子がいたみたいですけど?」
目が覚めた時に声をかけてくれた、方言しゃべりの子はもどって来なかった。
砂浜には森の方向も書きおきしておいたけど、追ってきてくれるかな?
「かしこまりました。三人目のかたですか……一度に複数のかたがいらっしゃる状況は珍しいですが、わたくしども案内人は、ある程度の余裕をもって配備されておりますので、心配はないと思われます」
アヤメさんが笑顔でそう言った直後、遠くから女の子の悲鳴が聞こえた。
「友恵ちゃんのほかにも女子がいたんだ……?」
正人はとまどうけど、アヤメさんは静かな笑顔のまま、しばらく無言だった。
「四人目のかたがいらっしゃるようですね。友恵さんと正人さんを安全な場所へご案内してから、わたくしが様子を見てまいります」
「わたしもアヤメさんといっしょに行ってもいいですか? 急がないとまずいかもしれないし……」
転んだくらいならいいけど、毒ヘビとかなら大変だ。
この島には助けてくれる人も少ないみたいだし。
「正人さんはどのようにお考えでしょうか?」
「やっぱり気になります。邪魔にならないなら、つれて行ってください」
アヤメさんはにこりと笑う。
ずっとほほえんでいるけど、もう少しわかりやすい笑顔。
「かしこまりました。では急ぎますので、少々失礼いたします」
アヤメさんはわたしと正人を両脇に抱え、森の道を飛ぶように駆けだす。
倒れている木々をすりぬけ跳びこえ、わたしと正人をふりまわしながら、息もみださないでほほえんでいる。
人間……ですか?
道の先に、メガネをかけた丸っこい女の子が見えた。
こちらを見ておどろいている……金髪美人が子供ふたりを抱えて飛び出してきたのだから、そりゃそうだ。
わたしは抱えられたまま手をふった。
「同じ船で遭難した子? この人はアヤメさんといって……えーと……ガイドさんなの!」
メガネの子は歩き続けていたのか、汗だくで息をきらしていた。
小さくうなずくけど、びくびくと森の奥を気にしている。
ぼんやりした赤いもやが近づいていた。
「……なにあれ?」
聞いてみたけど、メガネの子も小さく首をふる。
もやは暗い場所では淡く光って、さらに濃い赤色に見える。
ギザギザした人みたいな形で、顔のまんなかに握りこぶしくらいの強く光る部分があった。
「マスターは『悪霊』という意味の『ファントム』と呼んでいます。接近されると危険ですので、なるべく早い避難をおすすめします」
アヤメさんの口調と笑顔は変わらない。
赤いオバケは大人の男性くらいに背が高くて、耳、肩、指のギザギザは特に長くて、せかせか動く姿は鬼や悪魔みたいに見える。
声までとがった感じで聞き取りにくい。
「ギズァボゥアッ、グルンボゥア! ブルグゥグィヴィッ!」
意味はともかく、怒っているらしい感じはした。