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シンデレラの義妹の兄  作者: 弱者
第一章 ただ、そこにいる俺
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7:都合の良い幸運

 村に帰ると、死体の腐敗臭が蔓延していることに気が付いた。いつも村にいるため、感覚が麻痺していたのだろう。村は死に満ちていた。


 村を歩きながらシンディは絶句している。その顔からは悲壮感が溢れていた。


「シンディの村では、腐敗病は?」

「……孤児院の子供が2人だけ。でも、無事に完治しそうだわ」

「そっか、それはよかった」

 そう言ったところで気が付いた。


 なるほど、だから、あの男の子は1人でいたのか。

 だから、あんなに怖がっていたのか。




 自宅に着き、すぐさま、俺とシンディは農具小屋に向かった。


 小屋に入ると、アリスが痙攣を起こしていた。


「お、おい! 大丈夫か、アリス!」

「アリス! 私よ、シンディよ!」

「あ、ああ……お、おえぇえぇえぇ」

「きゃあ!」

 突然、アリスが嘔吐した。介抱していたシンディの顔に吐瀉物が、かかる。


 シンディは一瞬だけ驚いた様子だったが、特に気にせず、そのまま、アリスの手を握った。


「アリス、顔を見せて。ジョンは少し離れていて」

「い、いや、そんなことより、シンディ、感染……」

「私は大丈夫だから! いいから、早く離れて!」

「あ、ああ……わかった」

 シンディの気迫に押されて、俺は慌てて2人の傍を離れた。遠巻きに2人の様子をみつめる。 


「うぅ、あっ。あぁあぁあぁ……」

 呂律が回っていない。息も荒い。かなり衰弱しているようだった。

 おそらく、シンディが目の前にいるということも認識できていないだろう。


「アリス……大丈夫、もう大丈夫よ。ジョン」

「な、なに?」

「今から私がすることを誰にも言わないでね」

「え、それって、どういう--」


 そう言いかけて、驚愕した。


 突然、シンディの手から白い光が零れた。


 シンディがアリスの頭に手を添える。2人の間に烈風が渦巻いて、青白い電流が鳴り響き、シンディからアリスへとその電流が伝導する。まるで、その空間だけ時が止まり、切り取られたかのような、幻想的な光景だった。



 魔法だ。



 この世界には魔法が存在するらしい。しかし、実際に魔法が使える人を俺は見たことがない。そのため、俺は魔法なんて信じていなかったし、この世界のほとんどの人が魔法なんて信じていない。つまり、この世界における魔法は俺の前世の世界における魔法と同じように、信じる人には存在する伝説でしかなかった。


 そんな魔法が、本当に存在していた。


「本当は、これ、誰にも見せない、私だけの秘密だったの。私には、他の人にはない特別な力があるみたい。でも、この能力のことを周りの人たちが知ったら……そう思って、隠していたの」


 シンディはその能力を使いながら話を続けた。


「幼い頃からずっと考えていたの。なんで、私は孤児院にいるんだろうって。だけど、最近、こう考えるようになったの。私は、この能力があるから孤児院にいれられているんだって」


 俺は何と言えばいいのか分からず、狼狽するのみであった。そんな俺を見て、シンディは少しだけ悲しそうに笑った。


「ごめんなさい。同情を誘うつもりはないし、悲劇の少女を気取るつもりもないの。ただ、ジョン、これだけは約束して欲しいの。このことを誰にも言わないで。私は私の現実を守りたい。私にとって、アリスは大切な妹みたいな存在なの。だから、私は助けたいの。私は、私だけの小さな幸せを守りたいのよ」


「……わかった。絶対に、誰にも言わない」

「ありがとう」




 やがて、魔法が終わった。



・・・・・



 アリスの容態は劇的に変化した。呼吸が落ち着いており、その顔は穏やかだ。

 やがて、アリスが目を覚ます。

「……ん」

「!」

「アリス!」

「お兄ちゃん……? シンディ……?」


「アリスっ」

「な、なんで、泣いてるの?」

「よかったっ。本当によかったっ」

「アリス、具合はどう? どこか痛いとこはない?」

「う、うん。少し背中が痛いけど、これぐらいは全然我慢できるし、特にない」

「よかった……これで、もう大丈夫ね」

 安心した様子でシンディはそう言った。


「私、腐敗病に罹っていたんだよね?」

「……どこまで、覚えている?」

「うーん、自分でもよく分からない。意識も途切れ途切れだし。あ、でも、お兄ちゃんがそばにいてくれたのは覚えてる。それにシンディは手を握ってくれていた。」


 どうやら、シンディの能力のことは覚えていないらしい。それでいい。


「お兄ちゃん、シンディ、2人ともありがとう!」


 俺は涙ぐんだ。同時に、シンディに対する感謝の気持ちが膨れ上がった。


「シンディ」

「なに?」 

「ありがとう」

「あら、御礼を言われるのは、まだ早いかしら」

「え?」

「ジョン、あなたの家のぶどうって、どうするの?」

「えーと……」

 俺は沈黙してしまう。そうだ、その問題が残っていた。


「もし、よかったら、だけど、あなたの家のぶどう、全部、私に売ってくれないかしら?」

「全部!」

 俺は耳を疑った。


「ええ、全部よ。私の村でも、ぶどうの栽培を始めたことは話したわよね。だけど、まだまだ、収穫できる数が少なくて、困ってたのよ」

「でも、もしも、そのことがバレたら……」

「大丈夫よ。うちのぶどうは全部、葡萄酒にして、売っているから。うちで栽培したぶどうだって言えばわからないわ」

「シンディ……」

 俺は目頭が熱くなった。


 彼女は本物の聖女様だ。本気でそう思った。


「ありがとう! 本当にありがとう! ありがとう!」

 俺は何度も御礼を言った。何度言っても言い足りなかった。


「うん。どういたしまして」

 シンディは慈愛に満ちた笑顔で笑った。


 俺は笑い、アリスも笑い、シンディも笑う。






 しかし、こんな都合のいい幸運が、いつまでも続くはずがなかった。

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