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シンデレラの義妹の兄  作者: 弱者
第一章 ただ、そこにいる俺
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2:現実

 こういうのを、異世界転生というのだろうか?


 死は新しい人生の始まりであった。


 俺は、今、前世とは違う世界で2度目の人生を生きている。物心が付いた頃、そのことに気が付いた。ある時、唐突に、前世の記憶を思い出したのだ。


 俺は狂喜した。


 もう一度、人生をやり直すことができる。

 

 前世では、うだつの上がらない日々の連続だった。流されるまま、適当に生きる日々。家族からは見放され、信頼できる友達もできず、結婚もできないまま、1人で生きていた。


 そんな人生を変えることができるのだ。


 しかも、今の俺には前世の記憶がある。人が生きるうえで、大なり小なり必ず経験する「大人になってからの後悔」を知っている。



 今世では全力で生きよう。そう固く、胸に誓った。



・・・・・



 しかし、この世界で生きていく中で、現実は甘くないということを痛感させられた。


 この世界は俺がいた前世の世界とはあまりに違う。

 まず、文明の発達が遅れている。せいぜい、中世のヨーロッパ程度だ。生活水準も低く、多くの人が劣悪な環境で、貧困にあえぎながら生きている。

 そして何よりも、生きる権利が保障されていない。王族や貴族といった国の極一部の上級階級の人々が富を独占し、大多数の下級階層の人々を使役する。


 今世において、俺もそんな下級階層の1人だ。


 俺の家はぶどうの栽培を生業としている。

 それも、労働力を雇う余裕もなければ、家族総出で必死に働かなければ生きていけない、生活に困窮する貧乏な農奴だ。朝から晩まで必死に働いても生活していくだけで精いっぱい。

 また、政府が制定した税金が俺たちの生活を苦しめる。必死に栽培したぶどうのほとんどは、税の対象として、国に納めなくてはならない。俺たちの手元に残るぶどうはほとんどなく、そのぶどうも品質が悪く、痛んだものしか残らない。


 そのことに不満を感じて、国に反対しようとも思った。


 しかし、なにもできなかった。反対すれば、国家に仇なす不届き者として処罰されるだろう。


 頭を垂れて、黙って働く。それしか、俺にはできなかった。



・・・・・



 ぶどうを街まで納めに行く道中、他の農村の同年代の子供たちに絡まれた。


「おい、お前! なんで、この街道を通ってるんだ!」

「!」

 俺は驚き、立ち止まり、そして萎縮した。


「こ、このぶどうを街まで納めないといけないんです」

 そうしないと、罪に捕らわれる。俺は台車に乗ったぶどうをみつめた。


「そんなの俺たちの知ったことかよ!」

「お前んとこの村のやつらは、皆、旧街道を通れって言ってんだ! 街道が汚れるじゃねえか!」

「俺たちが腐敗病にかかったら、どうすんだ!」


 子供たちが一斉に石を投げてくる。


 子供たちが無作法に投げた石のひとつが、俺の頭に直撃した。瞬間的な激しい激痛とそれに続く鈍い痛みに悶絶しながら、俺は頭を上げて、子供たちをみる。


 自身の視界、右半分が赤く染まった。


 俺は子供たちを睨みつけて--すぐに頭を下げた。


「お願いします。ここを通らせてください。旧街道じゃあ、間に合わないんです」

「ふざけんな! 俺たちが腐敗病になったらどうすんだ!」

「早くどっか行けっ!」

「もう一回、石を投げんぞっ!」

「お願いします。どうか、どうか、ここを通らせてください」


 俺は地面に跪き、懇願する。


 立ち向かうのが怖いのだ。

 前世と今世を通じて喧嘩なんかしたことがない。ましてや、相手は本気で石を投げるてくるようなやつらだ。相手が怪我をしてしまったら、死んでしまったら、なんてことを考えるやつらじゃない。


 悔しいと思っても、立ち向かう勇気がないのだ。


「おらっ! 早く――――痛っ!?」

「!」


 突然、1人の男の子に石がぶつかり、倒れた。驚き、振り返ると、そこには1人の小さな女の子が立っていた。


「お兄ちゃんをいじめるな!」

「アリス……!」

 

 俺の実の妹であるアリスだった。


「て、てめぇ! よくもやったな!」

「今日という今日は許さねぇ!」

「絶対に殺してやる!」

「望むところよ! 返り討ちにしてやるんだから!」


 アリスは果敢に飛び込んだ。3体1。しかも男の子が3人に対して、女の子が1人だ。


 普通なら勝てない。けれども、アリスは決して屈しなかった。


 殴る蹴るの応酬。自分たちの身体が汚れようが、傷付こうが、お構いなし。

 男の子たちがアリスのことを気遣う様子がなければ、アリスも男の子たちのことを気遣う様子もない。


 アリスは地面に落ちていた手頃な大きさの石を拾い、本気で男の子たちの頭に振り下ろした。


 やがて、勝負は決した。


「ち、ちくしょう、覚えてろよ! 次、見つけたら、絶対に殺してやるからな!」

「……………」

「お、おい、大丈夫か!? 行くぞ!」


 男の子たちは走り去っていった。

 

「あ、ありがとな、アリス……」

「お兄ちゃん、大丈夫?」

「あ、ああ、なんとか」

「もうっ。お兄ちゃんは気が弱すぎるのよ。もっと強気でいかなきゃ」

「わ、分かってるよ……」


 いじめられていた兄が妹に助けられる。自分の臆病さが情けなくて、涙が出そうになった。


「ところでアリスはどうしてここに? 母さんの手伝いをするんじゃなかったのか?」

「面倒臭くて、抜け出してきちゃった。それに町にいるシンディに会いたくて」

「……そっか」


 それ以上、余計な詮索はしないでおこう。

 きっと、俺のことを、弱い兄のことを、心配して来てくれたんだろう。


 アリスは小さく笑う。その笑みは、先程まで喧嘩していたとは思えない、穏やかな笑みだった。




 甘かった。都合のいい妄想でしかなかった。

 昔に、前世に戻りたい。生きる権利が保証されていた、あの世界に戻りたい。努力すれば未来を変えられるかもしれない、あの世界に戻りたい。この世界で生きるようになって、何度もそう思った。


 俺は甘えていたんだ。できることもしないで、自分の感じる不満を社会に押し付けて。


 つくづく痛感する。1度目をがんばれなかったやつが2度目をがんばれるわけがない。




 努力してこなかったやつが生まれ変わったとしても努力できるはずがない。そんな当たり前のことすら俺は分かっていなかった。同時に、前世の自分がどんなに恵まれていたのか、今更になって、気が付いた。

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