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シンデレラの義妹の兄  作者: 弱者
第三章 今、そこにいる俺
25/28

24:20年後(上)

 あれから、20年後。



 前世の頃から、ずっと、考えていたことがある。


 俺は、何のために、この世界に生まれてきたのだろうか?


 俺は、何のために、誰のために、生きているのだろうか?


 今まで、俺は、その答えを見付けられずにいた。



 遠い昔、すでに過去となった己の前世を振り返る。


 つまらない人生だった。


 文句を言うばかりで努力もせず、現状を変えようと自ら行動することもなく、周囲に流されるまま日々を適当に生きる……そんな人生だった。しかし、もはや今となってはどうでもいいことだが、そんな人生も悪くはなかった。


 考えて、考えて、考え抜いた末に、考えることをやめた。

 だって、その方が(らく)だから。


 思考を停止させて、ただ、なんとなく、人生を生きた。

 だって、その方が楽だから。


 まるで生温い湯水に浸かるかのような容易い心地よさを感じさせる……そんな最底辺の人生だった。




 そして、俺はそんな人生を今世でも生きている。


 結局、俺には努力をしたり、行動を起こしたり、しようとする勇気がなく、何をするわけでもなく、常に受け身の姿勢のまま、自分自身を諦めたまま、今世を生きてきた。



 だけど、あのとき。


 アリスが、多くの人々から糾弾されたとき。

 アリスに、自分の犯した罪の裁きが下されたとき。


 俺の中で、何かが弾けた。

 俺の中で、ふたつの感情が生じた。



 そのうちの、ひとつは、どこまでも哀れで生々しい感情だった。



 今ならいうことができる。


 俺は、何のために、誰のために、生きているのだろうか?


 それは、まぎれもなく、アリスのためだ。




 ――もっとも、本当の意味では、自分自身のためなのだが。



・・・・・



 今、俺とマリアはとある地方の村の片隅で小さな料理店を営んでいる。村に住む人々や、村に訪れる旅人や商人を相手にした店だ。


 学校の創立記念日に起きた一連の騒動の後、俺たちは仕事を辞めて、学校を去った。


 あんなことがあったんだ。あのまま働き続けるには俺もマリアも目立ちすぎた。居心地が悪く、何よりも肩身が狭い。俺たちはアリスと同じように、追い出されるようにして、学校を去った。



 それから、俺たちは王国中を転々として、様々な仕事をしながら、働きながら、生きてきた。あるときは農園で農作業の仕事に従事したり、また、あるときは炭鉱や鉱山で石炭や金属を採掘する鉱業の仕事に従事したりすることもあった。


 それは、本当に辛くて厳しい生き様であった。


 そんな俺とマリアのことを心配して、シンディとウィリアム王子が俺たちに仕事の紹介・斡旋をしてくれたこともあった。


 本当にありがたいことだ。

 2人には何度感謝してもし足りない。


 だけど、俺とマリアは散々話し合い、悩み抜いた末に、丁重に断った。


 シンディにも、王子にも、これ以上は迷惑をかけたくはないし、関わり合うべきではない。もう、幾度となく助けてもらっている。それに2人とは生きる世界が違いすぎる。そう思ったから。




 シンディとはその後も手紙のやり取りのみではあったが繋がりを保ち続けた。


 シンディはアリスや俺とマリアが学校を去ってからも、在学し続けて、数年後、見事、学校を卒業した。卒業後は王立大学に進学して、さらなる勉学に励んでいたようだ。王子との将来を見据えて、帝王学や政治学、周辺諸国との情勢や王国の内情等も必死に勉強していたらしい。



 ふと、思う。


 もしかしたら、シンディの体内に宿る特別な能力――魔法についても解明される日がくるのかもしれない。もっとも、相変わらず、シンディは自身の能力を使う気はないようだが。



 そして、数年前。

 シンディはついに己の本懐を遂げた。


 王子は国王陛下が崩御なされた後、次代の国王として即位なさられた。

 シンディは王子の即位後、次代の国母として王妃となられた。


 おそらく、2人が結ばれるまでの道程は本当に辛く、苦しく、困難や苦難といった数多くの壁や試練の連続であったのだろうと、個人的に俺は思っている。


 しかし、その度に2人はお互いを信じて、努力を続けて、乗り越え続けてきたのだろう。だからこそ、本来結ばれるはずだった2人の赤い糸は、一度は途切れはしたものの、再び紡ぐこととなり、今の2人がいるのだ。



 シンディは自分の本当の父親や、当初は自分を女中として買ったが後に家族として受け入れてくれた両親とも、何らかの悶着やいざこざはあったようだが、今では良好な関係を築いているようだ。



 シンディは王子と御成婚なさられた際、国民に向かって、こう言っていた。


「貴族も国民も、富める者も貧しき者も、皆一丸となって、美しい国を育んでいきましょう。私たちの理想を決して汚させてはなりません。あの頃、貧しき者として生きていた際に感じていた空気は、私に大きな勇気を与えました。私は大切な人たちを守るため、既存の体制やこの国の古い構造に抵抗します。しかし、反乱だけでは意味がありません。新しいものをつくりあげなくてはならない。そんな私の理想に共感して、今も尚、私を信じてくれている彼だからこそ、私は、私たちの国で一番高い地位・職務に就く彼に惹かれて、彼を愛して、彼と生涯を共に生きていくことを誓い、国母となる覚悟を決めました」


 そんなシンディのことを多くの国民は庶民育ちの王妃として、受け入れており、今ではシンディは国民から絶大な人気を誇り、好かれている。同時に、庶民としての人生を生きてきたシンディが王妃になられたという事実は国民にとって驚愕すべき大いなる成功談であり、新たなる時代の到来を予期する革命とまで言われた。




 俺とマリアがシンディと王子の厚意を断り、あくまで自分たちの力で生きていくことを決意した日の夜、俺とマリアは互いの夢を語り合った。


 俺は、アリスが罪を償い終えて、自由の身となったとき、アリスにとっての帰る家が欲しい。

 マリアは今は亡き家族との思い出の中に残る料理の味をもう一度思い出したい。


 2人で小さな店を開くという共通の夢を持った瞬間であった。

 それから俺は愚直なまでにがむしゃらに働くようになった。


 方々(ほうぼう)の料理店を回り、必死に頭を下げて、働かせてもらえないかと懇願した。何件もの店を渡り歩きながら、働き、自身の料理の腕を磨いた。かつて、母さんの作ってくれた料理の味を、マリアの母がつくってくれた料理の味を思い出して、再現できるように全力を尽くした。また、苦手だった他人との交流にも率先して行い、()()()()()()()()()()()()をするようになった。


 それもこれも全ては妹――アリスのためである。


 俺はただの自己満足でしかない思いを胸に抱いて、今日までを馬鹿のひとつ覚えで生きてきたのだ。




 そして、ついに、その日が訪れようとしていた。


 アリスの釈放の知らせが届いた。

 シンディが手紙でそのことを伝えてくれた。


 そればかりではなく、手紙の中には王都までの旅の路銀が含まれていた。


 またしてもシンディに助けられてしまい、俺は何度目かもわからない感謝の念をシンディに寄せる。同時に未だに自分が助けられてばかりであることを恥じた。




 そして、俺はアリスを迎えに行くため、王都に向かった。


 マリアは店で1人留守番をしてくれている。


 当初の俺の考えではマリアと2人でアリスの迎えに行く予定だったが、マリアはその誘いを断ったのだ。


 そのときに話したことを思い出す。


「私は遠慮しておくわ。私は留守番してるから、ジョン、あんた一人で迎えに行ってあげなさいよ」

「いいのか……本当に?」

「別にいいわよ。まぁ正直、私はそこまでして、アリスに会いたいってわけでもないし。それに店を空けておくわけにもいかないでしょう?」

「わかった……」

「まぁ、今までずっと忙しかったんだし、いい機会だから、王都までの1人旅をゆっくり満喫して、楽しんできなさいよ」


 そう言って、マリアは俺に手紙の中に入っていた2人分の路銀を全て手渡してくれた。


 その金で、今までずっと1人だったアリスになにかしてあげて。


 そんな風に言ってくれたような気がする。


 俺は路銀を受け取り、マリアに感謝した。


「……マリア、ありがとう。いつも、本当に、ありがとうな」

「別に、お礼を言われるほどのことでもないじゃないっ」

「それでも、ありがとう」

「どういたしましてっ」


 あのときの、顔を朱色に染め上げながらも満面の笑み浮かべていたマリアの顔が忘れられない。



 そして、つくづく、痛感する。


 俺にはマリアが必要なのだと。


 俺にはマリアしかいないのだと。


 俺はマリアが欲しいのだと。



 結局、俺はアリスを迎えに行くために1人で王都に向かった。


 王都に訪れた際、大通りを抜けた先に広がる中央の大広場に出ると、そこには数多くの露天商や行商人による(のみ)(いち)が形成されており、多くの店が軒を連なる巨大な市場が眼前に広がっていた。


 多くの人々が行き交い、誰もが希望と活気に満ちた表情をしていた。


 そんな人混みの中を歩いていると、どこからか見知らぬ人々の話し声が聞こえた。


 どうやら新しい舞台公演の告知・宣伝のようだ。


 俺はさして興味もなかったので、そのまま話を聞かずに素通りする。


 話し声が徐々に遠ざかり、やがて聞こえなくなった。



 それは王子とシンディの恋路を題材にした舞台演劇であった。国王と王妃の生涯を綴った感動の浪漫大作劇と銘打つその演劇舞台の内容は、不当な身分と地位に身をやつしているヒロインと、そんな主人公と出会い、惹かれる王子の身分違いの恋とそれを乗り越える2人の感動的な愛の実話だという。


 その題名は「シンデレラ」であった。


 もっとも、それは話を聞いていなかった俺には知る由もないことであり、俺は最後まで、そのことに気付くことはなかった。



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