1:前世
「くそっ!」
俺は小さく呟いた。
高ぶる感情を抑えることができず、思わず、電車内の扉を蹴ってしまった。鈍い痛みが自身の足に伝わる。同時に、無機質な金属音が周囲に響き渡り、他の乗客たちは、何事かと言わんばかりに、怪訝な表情を浮かべながら俺を見る。しかし、今の俺には、周囲から向けられる視線を気にするだけの余裕はなかった。
今日は小学校の同窓会であった。
久しぶりに再会した同級生たちは、皆すっかり大人になっていた。正社員として働いていたり、結婚していたり、子供を育てる親になっていたり……。皆少しずつではあるが、自分の人生を歩んでいた。
それに比べて俺は……。
俺は過去を振り返る。
つまらない人生だ。
幼い頃から、どこにでもいるような、内気で何の取り柄もない凡人だった。高校卒業後は、まだ働きたくないという想いから、親の金で、適当に選んだ専門学校に通い、無意味な時間を過ごした。そして、卒業後は定職に就くこともなく、フリーターとして生きてきた。
最近は親からも邪険に扱われており、家の居心地が悪い。1人暮らしを始めようとも考えてみたが、そのための貯金もなく、稼ごうという気概も湧いてこない。
絵に描いたような底辺人生だ。
自分だけ、子供のまま、成長していないように思えてきて、虚しくなる。
「くそっ」
もう一度、呟く。
すでに周囲から向けられる好奇の視線は消え失せており、電車内にはいつも通りの沈黙が漂っていた。
・・・・・
自宅の最寄駅に着いた。電車を降りて、そのまま、最寄りのコンビニに向かい、酒と煙草を買った。
中身は子供のままのくせに、嗜好だけは大人か。煙草を咥えながら、そんなことを考えて、思わず、自嘲してしまう。
缶ビールを開けて、飲む。
今頃、二次会に参加している同級生たちは、どこで、誰と、どんな酒を飲んでいるのだろうか。そんなことを考える自分が惨めに思えてきた。
「あーあ、人生やり直せないかなぁ。それか、死んで違う世界にでもいけないかなぁ」
もちろん、それが叶わぬ願いであることは分かっている。しかし、それでも、願わずにはいられない。
「2度目があるのなら、今度は頑張るのになぁ」
もう一度、人生をやり直せたら、努力するのに。
後悔しないように、毎日を全力で生き、報われた人生を歩むため、日々を懸命に生きるのに。
「あーあ、誰か俺のこと。殺してくれないかなぁ」
・・・・・
自宅に帰る道中。
ついつい飲みすぎてしまい、思うように歩けない。頭が上手く回らず、意識がおぼつかない。
まあ、いいや。
この辺はもう家の近所なんだから、なんとか帰れるだろう。
聞き慣れたアナウンスの音が鳴り響く、踏切を渡ろうとする。
--不意に視界の外から強烈な光が見えて、聞き慣れぬ電車のクラクションが鳴り響いた。
「!」
酔っていたのに、その瞬間だけは頭が正常に機能した。
轢かれる!
唐突に感じた明確な死への恐怖から動悸が激しくなり、自身の鼓動が高鳴る。掌が汗ばみ、身体全体が硬直してしまい、動けなくなる。
死にたくない!
つい先ほどまで願っていたはずなのに、込み上げてくる恐怖から逃げる様にして、俺は叫んだ。
「うわぁあああぁああああっあああっ!」
そして、俺は、死んだ。