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シンデレラの義妹の兄  作者: 弱者
第二章 それでも俺は生きている
16/28

15:どうにかするしかない

 マリアの母親が死んだ。


 死因は腐敗病であった。


 俺にとって、命の恩人でもある人が亡くなったというのに、涙は出てこなかった。もしかしたら、人が死ぬということに対して、感覚が麻痺してきているのかもしれない。事実、ベッドの上に横たわるマリアの母親の遺体を見ても、悲しいという感情は湧いてこなかった。


 ただ、罪悪感だけは感じた。


 俺は死神なのかもしれない。そう思った。

 



 最近、また、王国中で腐敗病が流行し始めており、王都でも多くの人々が腐敗病で命を落している。今の王都には死が溢れており、人々に暗い影を落としていた。


 今尚、腐敗病に対する明確な対策・治療方法は確立されていない。しかし、ひとつだけ、腐敗病に対する特効薬として、ある薬が世間で高い注目を浴びていた。その薬は、どんな病魔にも効く万能の薬であり、服用し続ければ、永遠の命さえ手に入る不老不死の秘薬といわれており、王族や貴族といった上流階級の人々は自分たちの財力や権力を駆使して、躍起になって、その薬を探しているようだ。


 その薬は、以前、俺が盗賊の男から貰った薬のことである。


 正直、俺とマリアは、その薬の効力を信じていなかった。

 しかし、腐敗病に罹り、病魔に苦しむマリアの母親の様子を見て、藁にも縋るような思いで、()()()()、その薬を飲ませた。


 俺は、そんなマリアの横で、最低且つ身勝手な自問自答をしてしまった。



 本当に、マリアの母親に飲ませていいのか?

 今なら、この薬は高く売れる。金持ちは破格の値段でも買うぞ。

 せっかくの金のなる木を売らないのか? 


 そんな邪な欲望が、俺の心を揺さぶった。


 --人の命には代えられない。


 それは、俺にとって、断腸の思いだった。同時に思った。


 父さんは金のなる木を売るとき、どんな気持ちだったのだろうか。


 その答えは永遠に不明のままだ。




 しかし、やはり、薬は効かなかった。

 結局、万能薬など、存在しなかったのである。


 マリアの母親は薬を飲んだ次の日に亡くなった。


 「お母ちゃんっ! お母ちゃんっ!」」 


 マリアは自身の母親の遺体に寄り添い、泣き喚いている。

 いつもは気丈に振る舞っているマリアだが、今は、ただの、か弱い女性だった。


「なんで、皆、逝っちゃうのよ!」

「マリア……」

「あたしだけ、置いていかないでよ!」

「…………」


 マリアの母親は、今際の際、譫言のように人の名前を呟いていた。俺とマリアの名前を呟く傍らで、別の、2人の人の名前を呟いていた。


 最初は誰のことだか、わからなかったが、今なら、わかる。


 マリアの弟と父親の名前だ。



 昔、マリアと話したことがある。


「ジョン」

「なに?」

「なんとなくだけど、あんたって、あたしの死んだ弟に似ているわね」

「マリアって、弟がいたんだ?」

「ええ。腐敗病に罹って、死んじゃったけどね」

「…………」

「ちょっと、黙り込まないでよ。もう、昔の話だし、私自身、弟の死は受け入れたことなんだから」

「ご、ごめん……」

「そういえば、あんたの右目も、腐敗病のせいで、なくなったんでしょ?」

「ああ。4年前にな」

「王国中で腐敗病が大流行したときのことね。私の弟とお父ちゃんも、そのときに、死んじゃった。あの時は、私もお母ちゃんも、毎日、毎日、泣いてたなぁ」



 そこまで思い出して、ようやく理解した。

 

 俺の右目を見て、腐敗病で亡くなった家族のことを思い出した。俺に今は亡き家族の面影を重ねていた。だから、俺を助けてくれたんだ。



 泣き続けるマリアの後ろで、俺は、ただ、立ちすくむばかりであった。



・・・・・



 マリアの母親の遺体は、すぐに共同墓地に埋葬した。この世界で普遍的に行われている死者を追悼するための葬儀は行っていない。死者を弔うための個別の墓も用意していない。その理由は単純明快。金銭的な余裕がなかったからだ。



 急遽、休業中となっている店内の中で、俺とマリアは途方に暮れていた。


「…………」

「…………」


 互いに無言のまま、俯き合い、自分たちの今後の生き方について思案する。しかし、俺とマリアに選択の余地はなく、答えは、すでに出ていたのだが、その答えを口に出すことができない。俺たちは、ただ、無駄に時間を浪費するばかりであった。


 やがて、マリアが口火を切った。


「店、畳むしかないわね」

「……俺とマリアで店を継ぐことはできないかな?」

「無理ね」

 マリアは即答した。

「やってみなくちゃ、わからないじゃないか」

「絶対に無理よ」

 マリアは断言した。

「……そうだよな」

「この店は、お母ちゃんがつくる料理の味があったから、なんとかやってこれたのよ。私もジョンも、お母ちゃんの味を再現することはできないわ」

「…………」

 俺は大きな溜息を吐いた。


 もっと、マリアの母親から意欲的に料理を学んでおけばよかった。もっと、熱心に、仕事に取り組んでおけばよかった。そう強く実感した。どうやら、今世においても、「過去への後悔」は付き物のようだ。


「それに、腐敗病のせいで客足が遠のいているのも事実よ。店に閑古鳥が鳴いている以上、このまま、店を開いても、いずれは路頭に迷うだけだわ。だったら、今のうちに店を畳んだ方がいいわ」

「でも、店を畳んで、どうやって生きていく? なにか当てはあるのか?」

「ないわよ」

 マリアは、また、即答した。


「でも、生きていくだけなら、なんとかなるわよ」

「…………」


 俺は何も言えなかった。正論だったから。


 マリアの目を見る。

 

 人生を達観したかのような、物事を俯瞰しているかのような、そんな目だった。




 俺を甘やかしてくれる、守ってくれる親は、もう、いない。


 どうにかするしかない。


 俺の心の中で、そんな言葉が強く渦巻いていた。

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