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シンデレラの義妹の兄  作者: 弱者
第二章 それでも俺は生きている
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12:王都へ(下)

 外は大嵐だった。強い雨風が暴風雨として、吹き荒れていた。


 そんな中、俺は商品たちと共に盗賊たちに連行されたまま、馬車に乗り、街に向かっていた。


 雷が鳴り響き、荷台を引く馬が悲鳴を上げる。整備されていない旧街道を通っているため、馬が身をよじる度に、荷台が大きく揺れた。俺は馬車の中で、一心不乱に自分自身の身の安全を願っていた。


「すげぇ雨だな。前が見えねぇ。おい、まだ、着かねぇのか?」

「もうすぐそこだ。この先に川がある。その川を渡った先だ」

「お、言ってるそばから、見えてきたぜ」

「よし、橋があるだろう。そこを渡れ」

「あん? 川は見えるけどよ、橋は見えねぇよ。どこにあるんだ?」

「だから、そこに……」

 男はそう言いかけて、言葉を失った。


 俺は目の前に広がる光景を見た。河川が氾濫しており、橋が水没していた。


 盗賊たちが地団駄を踏み、激しく怒り出す。


「嘘だろ!」

「くそっ、ついてねぇな」

「おい、どうするよ?」

「ここから、一番近い橋はどこにあるんだ?」

「ない。この辺に他の橋はない。他の橋は、一番近いのでも、ここから、上流に上がったところにしかねぇし、かなり距離があるぜ」

「この橋が水没している時点で、他の橋も水没してるんじゃねえか?」

「そうかもな。ああ、くそっ、引き返すなら早く引き返そうぜ。ここじゃあ、雨に濡れて、寒い」

 盗賊たちは口々に愚痴をこぼしながら、これから、どうするかを話していた。


「畜生! 奴隷商人の奴ら、納品が遅れたから、とかなんとか言って、報酬を値切ってきやがるだろうな」


 アリスを連れて行った男が、路傍の石を蹴り上げる。その石は、空中を低く舞い、川に落ちて、そのまま、川底へと沈んでいった。それを見た男が、ふと俺のことを見る。そして、笑いながら、また、川底を見た。


 俺は、その不気味な笑みを見たとき、すこぶる嫌な予感がした。


「なぁ」

「なんだよ? どうした?」

「面白いこと、思い付いた」

「どんなことだよ?」

「お前ら、こいつ、いくらで売れると思う?」

 そう言って、俺のことを指差した。


「さぁな。知らねぇよ。まぁ、片目がねぇから、他の商品と比べたら安く買われていくんじゃねぇか?」

「そうか。やっぱり、お前もそう思うよな」

「お前、なにが言いたいんだ?」

「つまりだな。今回の商品は、全部で7人。全部売っても大した額にはならねえ。しかも、この嵐の中だ。俺たちが必死に街まで、届けに行っても、そもそも、競売が行われるかもわかんねぇ」


 なにが言いたいんだよ。俺も、そう思った。


「なら、1人ぐらい、ここで捨てていっても構わねぇよな?」

 心底、不愉快な笑みを浮かべながら、男は言った。


 ……は? こいつ、今、なんて言った?


 ……冗談だよな? 


 アリスも、自分が家族に売られたことを知ったとき、こんな気持ちだったのだろうか。そんな、今となっては、どうでもいいことを考えた。


「おいおい、そんなことして、なんになるんだよ?」

「なんもねぇよ」

 男は至極当然といったような顔をする。

「じゃあ、どうして、そんなことすんだ?」

「馬鹿野郎。その方が、面白そうだからに決まってんだろう」


 こいつ、頭がおかしい。狂ってる。そんな風に思い、恐怖した。


「ああ、なるほど……そうだよな、お前はそういうやつだよな」

「お前だって、この氾濫した川で、こいつが、どんな風に、必死に泳ぐか、見てみたいだろ?」

「まぁ、たしかに、面白そうではあるな」

「そうだろぉ」


 いや、違う。こいつら、皆、狂ってる。



 こいつら、本気でやるつもりだ。俺は恐怖に身を震わせた。



 そんな俺のことをよそに、他の男たちが、なにかを話していた。


「思い出した。あいつ、この男の妹のときも、そんなこと言ってたな」

「そんなことあったな。あのときは、たしか、股間で、右目を抉ったんだっけ?」

「そうそう。これ以上、穴が無ければ、増やせばいい、とかなんとか、わけのわからないことを言ってな」

「あのガキ、泣き叫んだ挙句、気絶してたな。目、ぐちゃぐちゃで、血ぃ止まんなかったし」

「懐かしいなぁ」

 

 しかし、今の俺に男たちの話している内容に気が付くだけの余裕はなかった。



「よし。じゃあ、ぶち込んじまおう。おい、お前らも、手伝え」

「へいへい」

「わかったよ」


 男たちが俺に近付く。俺は猿轡をしたまま、必死に、哀願する。


(や、やめてください。お願いします!)


「いいや、やめねぇ。なぜなら、面白そうだからだ」

 俺が必死の形相で拒み、身体を震わせていると、男は察した様子で言ってきた。

「まぁ、諦めろ。死にはしねぇよ。たぶん」

(お願いします! なんでもしますから!)

「わるい。なにを言ってるのか、ぜんぜん、わかんねぇ」


 男たちは俺の反応を見て、楽しんでいる。俺が騒げば騒ぐほど、男たちの思う壺だ。しかし、それでも、俺は叫び続けるしかなかった。それしか、できなかった。


(や、やめてください! お願いします!)


「じゃあな。次があったら、また、会おうな」


 そして、川に向かって、蹴り落された。


 もちろん、俺の手足は、荒縄で拘束されたままだ。


 死ぬ! 本当に死ぬ! 死んじまう!


 前世の最期で経験した恐怖とよくに似た恐怖を感じながら、俺は川に落ちた。


 俺は死にたくないという思いから、必死で川底から、地上に這い上がろうとする。しかし、川は俺が想像していたよりも遥かに深く、水温も冷たかった。何度も、何度も、地上に顔を出しては、また、川底に沈んでいく。そんなことを無我夢中で行っているうちに、身に着けていた服が水分を含み、身体が重くなっていくのがわかった。


 男たちは地上から、俺の間抜けな様子をみて、嘲笑っているようだ。他の商品たちは、俺のことをみて、少しだけ、笑っていた。自分よりも可哀想な奴がいる。皆、一様に、そんな目をしていた。


 何度目か、水中から地上に顔を出したとき、猿轡代わりの痛んだ布切れが口から外れた。


「た、助けてっ、お願いっ、助けてっ」


 しかし、誰も助けてはくれなかった。


 体力がなくなり、水への抵抗する力も弱まっていく。少しずつ、川の流れに任せるまま、下流へと流されていく。やがて、盗賊たちと商品たちが、見えなくなっていく。それと、同時に、俺は、水中に沈んでいった。


 息継ぎができないため、苦しく、意識が遠ざかっていく。


 死ぬ。


 俺は、ここで死ぬのか……?


 死んだら、また、次の人生が始まるのかな……?


 もし、また、人生をやり直すことができたら、今度は、優しい世界だといいな。



 そんなことを思いながら、俺は、意識を失った。



 意識を失う直前、自身の手足を拘束していた荒縄が切れたよう気がした。

 


・・・・・



「ちょっと、あんた。こんなとこで寝てたら、追剥に合うわよ」

「…………」

「あら? もう、死んでるの?」

「…………」

「……よし」

「……うっ!」

 突然、腹部に激しい痛みを感じて、俺は呻き声を上げた。


「なんだ、生きているじゃないのよ。ちゃんと返事をしなさいな」

 また、腹部に痛みを感じる。どうやら、腹を蹴られたらしい。


「こ、ここは……?」

 俺は状況を理解できないまま、目の前にいる女に聞いた。

 女の年齢は俺と同じくらいだろうか? ずいぶんと男勝りで気が強そうな女だ。

「王都の川沿い。あんた、どこから来たのよ? というか、どうやって来たの? まさか、川に流されてきたの?」

「んっ……」


 混濁する意識のまま、俺は立ち上がろうとする。しかし、身体中が気怠く、立ち上がることができなかった。そして、やがて、また、意識が遠ざかっていく。


「え、ちょ、ちょっと、また気を失わないでよ……って、もう、遅いか」

「…………」

「ん? あれ、こいつ……」


 女の感嘆した様子のため息が聞こえた。


 そして、俺は、また、意識を失った。 

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