11:王都へ(上)
盗賊たちの襲撃に合い、俺の村は滅んだ。
今、俺は盗賊たちに連れ去られて、馬車の中にいる。父さんと母さんは殺されてしまい、俺は天涯孤独の身となってしまった。これから、どこに連れて行かれるかはわからないが、ろくなところではないだろう。俺は今の自身の状況を受け入れることができず、絶望してしまい、泣くばかりであった。
しかし、それでも俺は生きている。
やがて、涙も枯れ果ててしまい、俺は無表情のまま、同じ商品である人々の悲観する泣き声と、そんな商品たちを監視している盗賊たちの会話を聞いていた。今、商品である俺たちは手と足を荒縄で拘束されており、口には猿轡として痛んだ布切れを噛ませられていて、逃げ出すことも、助けを呼ぶことも、できない。
「てめぇ、なに、人の顔じろじろと見てんだよ」
突然、俺たちの監視しながら仲間と雑談していた盗賊の1人に胸倉を掴まれる。
(す、すいません、ごめんなさい)
俺は慌てて謝罪しようとするが、猿轡のせいで上手く喋ることができない。
「やめとけよ。そいつは商品だ。余計な傷を付けたら、売値が下がっちまう」
「黙ってろ。俺はこいつみたいな、死んだ魚のような目をした奴が嫌いなんだ!」
(すいません、すいません、許してください)
男が俺のことを殴ろうとする。
空に浮かぶ雲の隙間から月の光が差し込み、俺の顔が月明かりで照らされた。その瞬間、男が俺の顔を見て、俺が右目を欠損していることに気が付いた。
「おい、こいつ、右目がねぇじゃねぇか」
「ほんとだ。おい、お前、なんで、右目がねぇんだ?」
(ふ、腐敗病で腐り落ちました)
「って、話せるわけねぇか。まあ、いいや。どうでもいいし」
改めて、男が俺の顔を殴る。胸倉を掴まれているため、馬車の床に倒れはしないが、殴られて、痛いことには変わらない。
「だから、やめろって」
「ていうかよ、どうすんだよ、こいつ。絶対、誰も気持ち悪がって、買わねぇぞ。たぶん」
「絶対で、たぶんって、どっちだよ」
「まあ、大丈夫だろう。最近、腐敗病の流行や凶作が続いていて、どこもかしこも人手不足だ。炭鉱や農園みたいな過酷な労働現場は特にな。そういったところに買われていく奴に紛れ込んで、こいつも買われていくさ」
そう言ってから、その男は笑いながら、一言付け加えた。
「まぁ、買われた先で長持ちするかはわからんがな。それは、俺たちには関係のないことだ」
その冗談は盗賊たちにとって面白かったのだろう。他の男たちが大笑いしていた。
父さん、母さん……アリス……。
男に胸倉を掴まれたまま、俺は今は亡き家族のことを思い出していた。
同時に、つい昨日、考えていたことを思い出す。
俺は、一生、この村で、国のために働き、死ぬのだろうか。
あのときは、そのことを考えると、憂鬱だった。
しかし、今はそんな一生が、どこか遠く、素晴らしい人生に思えた。
・・・・・
馬車は夜通し走り抜けて、やがて、どこかの廃村に辿り着いた。
商品である俺たちは馬車から降ろされて、そのまま、廃屋に閉じ込められる。ひとりひとりが個別に、廃屋の柱に鎖で繋げられる。
そこに俺の父さんと母さんを殺し、そして、アリスを連れて行った男がやってきた。
「えーと、今回は全部で7人か。かなり少ないが仕方ねぇな」
そう言って、男は俺たちを見下ろしながら、説明してきた。
「いいか、商品ども。お前らは明日、街の奴隷市場で競売に賭けられる。せいぜい、いい買い手に選ばれることを今から願ってな」
そ、そうだ。こいつなら、アリスの居場所を知っているかもしれない!
今更、そのことに気が付き、俺は猿轡をしたまま、必死に喋った。
すると、男は俺のことを訝しむ様子で見てきた。
「なんだ? なに言ってるのか、わかんねぇよ」
「!」
信じられないことに男が俺の猿轡を外してくれた。
「あ、ありがとうございます……あ、あの、アリスは……アリスはどこに売られていったんですか!」
「アリス? 誰だ、そいつ?」
「お、俺の妹です。2年前に、あ、あなたたちが連れて行った……」
男が頭を捻る。
やがて、俺の顔を見て、なにかを思い出した様子で言った。
「思い出した! お前、あのときのガキの家族か」
「そ、そうです」
「お前、大きくなったな。久しぶりじゃねぇか。全く気が付かなかったぜ。あ、じゃあ、今日、俺が殺した2人はお前の両親だったのか。わるいな。もう昔のことだったし、殺したときも辺りが暗いせいで、ぜんぜん気が付かなかったわ」
男は明るく、軽薄な口調で、俺との再開を喜んでいた。
俺は男のおどけた反応が、とてつもなく癇に障り、不愉快に感じた。
「お、教えてください! アリスはいったいどこに!」
「そう大声を上げんなよ。どんなに叫んでも、助けはこねえぞ」
猿轡を外したのも、もう騒がれても問題がないと判断してのことだったのだろう。この男は以外と頭が良いのかもしれない。そんなことを思った。
「ああ、お前の妹な。覚えているぜ。お前の妹は上玉だったからな。たしか、王都の奴隷商人が高く買い取っていったぞ。そこから先は知らねぇけど、どこかの金持ちか変態が買ったんじゃねぇか?」
「そ、そんな……」
アリスは王都にいる。それだけはわかったが、わかったのは、本当にそれだけだった。あとは何もわからない。依然として、アリスの行方はわからないままだ。
「聞きたいことはそれだけか? 俺とお前の仲だ。なんでも聞いていいぜ」
「……昨日、シンディの村を襲ったのは、あなたたちでしょう?」
内心の怒りを必死に我慢しながら、俺は聞いた。
しかし、男は予想外の反応をした。
「あん? なんの話だ?」
「……昨日、俺の友達が住む村が盗賊の強襲に合って滅びました。そこで殺された男の子の手には、あなたが持つ剣と全く同じ剣を持っていました。それって、つまりはそういうことでしょう?」
俺は男が腰に携える剣をみた。
対して、男は怪訝な顔つきをして、言った。
「知らねぇよ。俺たちは1回仕事をしたら、その周辺じゃあ、しばらく仕事をしねぇ。政府の兵隊どもに捕まる危険性があるからな」
「ああ、そういえば、確かに昨日、お前んとこの村の近くで村がひとつ滅んだらしいな。そんな噂をどっかで聞いたぜ」
他の盗賊の男がそう言った。
「それに、この剣は元々、王国軍の兵隊の標準装備として大量につくられたものが、軍から払い下げられて、市場に流れてきた物だ。こんな剣、適当な鍛冶屋に行けば、二束三文で、それこそ、お前の売値より安く買えるぞ」
「そ、それじゃあ、誰が、シンディの村を……?」
「だから、知らねえよ。誰かの恨みでも買ってた奴が、いたんじゃねぇか?」
俺は混乱した。
シンディの村を襲ったのは、こいつらじゃない?
じゃあ、誰が、シンディの村を襲ったんだ?
いや、そもそも、こいつらの言うことを馬鹿正直に信じていいのか?
俺は男の顔を見る。
その顔は嘘を付いているようには見えなかった。
そのとき、あることに気が付いた。俺の村はこいつらに焼き払われたが、シンディの村は、焼き払われてはいなかった。もし、俺の村とシンディの村を襲ったのが、こいつらだったなら、同じ手口になるはずだ。
「わかったか? わかったなら、俺はそろそろ行くぜ。お前はここで明日を楽しみにしているんだな」
そう言って、男は笑い、廃屋を出て行こうとする。
ふいに男が立ち止まって、振り返り、商品である俺たちを一望する。
「大声を上げるのも、逃げ出そうとするのも、お前らの自由だ。好きにしな。だけど、もし俺たちがそのことに気が付いたら、そのときは俺たちがお前たちをどうするのかも俺たちの自由だ。そこんところをよーく考えてから行動するんだな」
その顔は本気だった。
「じゃあな」
そう言って、男は出て行った。
廃屋には未だに泣き喚く商品たちと、それを監視する数人の男たちがいた。
外では雨が降り始めている。明日は嵐になる。そんな気がした。