10:そして、村には誰もいなくなった
シンディの村が盗賊の強襲に合い、滅んだ。
そんな噂を聞いたとき、俺は最初に最低なことを考えてしまった。
俺はシンディの身を案じて、急ぎ、シンディの村へと向かった。村に着くと、夥しい数の死体が無残な状態で一か所に集められていた。俺は調査のために政府から派遣されていた兵から、事件の詳しい出来事を聞いて回った。ほとんどの兵はなにも話してくれなかったが、この凄惨な惨状の詳細を誰かに話したくてたまらないという下世話な兵が何人かおり、話を聞くことができた。こういうのも、人の口には戸が立てられないというのだろうか。
まず、村人の中で生き残った者は誰もいないという。しかし、村人全員の死体が発見されたわけではないようだ。おそらく、抵抗しなかった人々は身売りの商品として連れて行かれたのだろう。また、今回の盗賊の強襲は極めて鮮やかな手口であり、その手慣れた仕事ぶりから、個々が相当の実力と高い練度を誇る盗賊たちによる犯行であることが推測されているようだ。
そして、俺が最も知りたかったはずの情報、シンディについてはなにもわからなかった。幸いにも、シンディの死体は未だに発見されていない。しかし、連れ去られてから用済みになり、殺された可能性も否定できない。
昨日のシンディとの会話を思い出す。
『学校や大学に行って、勉強がしたい』
シンディが言っていた言葉だ。
そういえば、アリスがいなくなってから、一度だけ、シンディに能力のことを聞いたことがある。
「シンディは、その魔法……いや、その能力を積極的に使おうとは思わないの?」
「思わないわ」
「どうして? その能力を使えば、沢山の人が救えるかもしれないんだよ?」
「私、この能力がなんなのかわからない以上、この能力を使いたくないの」
「どういうこと?」
「私が生きているうちはいいわ。誰かが困っているとき、この能力で助けることができるから。でも、私が死んでから誰かが困っているとき、どうすればいいの? もう私は……この能力はないのよ?」
「…………」
「私はこの能力を、その場しのぎだけの救いにしたくないの。この能力によって、なぜ助かったのかという理論の解析ができない以上、この能力は使うべきではないわ」
そこまで思い出して、わかった。
だから、シンディは学校に行きたいのか。学問を追究する研究機関ならば、この能力の秘密がわかるかもしれない。でも、それは諸刃の剣だ。もし、悪意のある人に、この能力を知られたら、悪用されてしまうかもしれない。それは、シンディが最も恐れていたことのはずなのに。
シンディの暮らしていた孤児院からは数人の子供の死体が発見されたようだ。
死体はどれも男の子であった。どうやら、昔、俺に石を投げてきた男の子たちのようだ。
男の子たちは盗賊たちを相手に必死に抗ったのだろう。とある男の子の死体には、いくつもの切り傷がある。とある男の子の死体は不格好な剣を握っており、おそらく、盗賊から剣を奪い、抵抗したのだろう。とある男の子の死体は赤ん坊を抱いたまま、焼き殺されており、自分より幼く、か弱い赤ん坊を庇いながら死んだのだろう。皆、勇敢な子供たちだ。皆、俺のことを嫌悪していた子供たちだったが、それでも、その死に様を見て、俺は敬意を抱かずにはいられない。
俺は彼らの冥福を心から祈った。
村を去る際、とある兵が言っていた。
「この村では腐敗病が流行した村で栽培されたぶどうを使って、葡萄酒を造っていたという噂があったらしい。その噂が本当かどうかは知らないが、本当だったとしたら、その天罰が下ったんだろうな」
そうか、天罰が下ったんだ。天罰じゃあ、しょうがないな。
自分の村に帰る道中。
これで優良なぶどうの引き取り手がいなくなった。そんなことを考えてしまう、自分自身がたまらなく情けなかった。
さようなら、シンディ。今まで、ありがとう。
そして、ごめんなさい。
・・・・・
その日の夜中。
俺は外が騒がしいことに気が付いて、目が覚めた。父さんと母さんも、外の不自然な騒がしさに気が付いたらしく、俺よりも先に起きていた。
突然 誰かの悲鳴が聞こえてきた。
俺たちが困惑していると、家の扉が勢いよく開き、2人の男が入ってきた。
その2人はシンディの村で殺された男の子の死体が握っていた剣を持っていた。
「大人しくしろ!」
男の1人が俺たちに剣を向けて、凄みのある声で脅してくる。
「きゃあ!」
「な、なんなんですか!」
「あ、あんたらは……!」
父さんが驚愕した様子で2人を見る。つられて、俺も2人の顔を見る。
2年前にアリスを連れて行った身売りの行商人であった。しかし、2人は俺たちのことを覚えていないようだ。
「……大人3人か」
俺はいつのまにか、子供ではなく、大人として扱われる背丈になっていたらしい。
「おい、どうするよ」
「まぁ、待て……」
2人が、俺たちのことを値踏みするかのような目つきで見てくる。
「男2人を捕まえろ。女は殺していい」
「はいよ」
そう言って、1人が母さんに近づく。
「まぁ、こんな見た目じゃあ、売り物にはならないしな」
「ま、待って、お願い!」
「お、おい、待て!」
「か、母さん!」
「あばよ」
男が剣を構えて、振り下ろす。
「やめて!」
その瞬間、母さんの悲鳴が響き渡った。
母さんが斬られた、らしい。
今、目の前で、なにが起きたのだろうか。わからない。
わからないけど……もう二度と母さんの料理は食べれない。そんな気がして、なぜか、涙が出てきた。
「あーあ、何年か前のガキは馬鹿高い値段で売れたんだけどなぁ。あんなガキ、そうそういねぇよな」
地面に倒れている母さんを見下ろしながら、男が言った。
しかし、今の俺には、男の言葉の意味を理解するだけの余裕がなかった。
「あ、あ、ああ、ああああっ!」
突然、父さんが激昂した。
「あん?」
「お、おお、お前らあああああっ!」
「なんだよ、おっさん。いや、てか、面倒だ」
「!」
今度は父さんが斬られた、らしい。
父さんの血が俺の身体にかかる。生暖かくて、気持ちが悪い。
生首が地面に転がり、やがて、止まる。
父さんが地面から、俺のことを見つめた。
もう、現実逃避も限界だった。
母さんと父さんが殺された。
吐き気が込み上げてきて、俺は地面に転がる父さんの生首に自身の胃の中身を全てぶちまける。
そして、俺は言葉にならない叫び声を上げて、泣き喚いた。
男が俺を殴り付ける。俺は地面に倒れてしまい、そのまま、男に力ずくで外に連れ出される。
お前もこいつらみたいになりたいか。そう脅された瞬間、俺は僅かに残っていた抵抗の気持ちが無くなり、従順に従おうという気持ちだけが残った。
外では盗賊たちが俺の村を蹂躙していた。
人が殺され、犯され、物が奪われ、壊され、まさに、それは地獄のような光景だった。
犯罪者を輸送する護送車を連想させる大きな馬車に乗せられる。他にも何人か村人が乗っていたが、その精神状態は、皆、俺と同じようなものであった。
やがて、馬車が動き出す。
俺の村が炎に包まれていることに気が付いた。
もう2度とこの村には帰れない。そう悟った。
同時に俺は思った。
これは、逃げてばかりいる俺への天罰だ。