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暴露 ~ 本流『闇』の補足として ~

作者: 東郷十三

自分の意識の延命をもくろみ、アルジに潜り込んだ“俺”。ふわふわと落ち着かない居心地にはだいぶ慣れたが、薄暗いここはまだ宇宙の中にいるようだ。時折葛藤しているさまを感じ、助けを求める声が直接頭の中に飛び込んでくる。そのときは、俺はだいたい冷たい対応のほうを選ばせている。自分でも嫌な奴になったなと考えることがあるが、これはこれで楽しい。

おや、また助けが必要なようだ。出かけるとしよう。

 人前で自分の思いを語り、相手に正確に伝えるのは難しいものです。表現の仕方によっては嫌味っぽくなったり、論理構成がうまくできていないと屁理屈に聞こえたりしてしまいます。自分の周りで起こるいろいろな事象。道理の通らない叱責、非難あるいは誹謗中傷。その原因を他人のせいにするのはたやすいことです。しかしそれはただ責任逃れをしているだけに過ぎないのでは?もしかして自分がいなかったら、そういう事態は起こらなかったのでは?つまり、すべては自分が招いたことではないのでしょうか。と言うのは、いささか優等生すぎますか?相手にどう思われようと信念を告げ、良かれと思った行動を積み重ねていくことが必要なのでしょう。

かと言って、私は決して積善主義者ではな…

「ちょーっと待ったぁ。その、“積善主義”ってのは何だ?」

この声は…。まったく、いつも通り唐突な登場だ。こいつはお調子者で高飛車なくせ、変に論理は通っていて的を得ている。

声のする場所は、細く急な階段を下りたところ。しかもそこは光があまり届かず、湿った黴臭い空気で満ちている。あまり話したくはない相手だが、逃げたと思われるのは嫌だ。仕方ない、また降りていくか。

下るにつれ周りは次第に暗くなり、注意していないと段を踏み外しそうだ。幸い前回昇って戻るとき段数を覚えていた。‟100,101,102…と頭の中で数えながら降りて行き、108歩目で下り終えると足の周りの床だけ白く光った。しかしあたりはうす暗いままだ。奴め、前回の己の言葉『闇があってこそ光の有難さがわかる。』を演出したようだ。程ない正面には、先ほどの声の主のシルエットが見える。足元は薄く黄色に光っているが、表情はあたりの暗さゆえに見て取れない。近づいていくと、足元の明るさも従って来る。彼に向かい口を開いた。

「つまり、善い行いは人目に触れぬところで行っていたとしても、誰かが見てて必ず報われるということだ。」

「ハァ?ナハハーとくらぁ。おめでたい奴だぜまったく。いつも誰かがお前さんの行動を見てるってか?ハハハ、いったい誰が見てるってんだ。もし24時間365日監視されてるとしたら、恐ろしくて何もできゃしねえぜ。」

両手をパンツのポケットに入れ、ややのけぞっている姿と人を見下した言い方はいつもと同じ。頭にくるが、言い返せないのが悔しい。

「しかもだ、その行為を“善”となぜ言える?決めるのはお前さんか?“誰かさん”か?んじゃあ、その“誰か”ってのはなんなんだ?…結局その“誰か”を作り出しているのは、他ならぬお前さんじゃないのか?ジョーダンキツイゼ、まったく!それじゃまるで、自分の彫った女神を見ながらマスターベーションしている彫刻家だ。」

ここまで言われて黙っているのは男がすたる。

「いくらなんでもそれは…」

「おーっと、待ちな。俺の話はまだ続いているんだぜ。話し手に対しては、敬意を払って聞くもんじゃないのか?」

こちらに対して仰々しく両手を広げると、顎をしゃくってお辞儀を促した。お前に頭を下げろ、と?いいかげんにしろと思ったが、これから先のこいつの論理展開が気になる。人に頭を下げるのは仕事で慣れているとは言え、ヘドが出そうだ。何度も『こいつは上客なんだ』と自分に言い聞かせ、やっとの思いで頭を下げた。

「へへん。そうこなくっちゃ。で、まさかお前さん、その“誰か”の存在は唯一無二のもので、万人の心の中にあるものだ、なぁんて人に説いてやぁしねえだろうなぁ?それこそ全くの茶番だぜ。この偽善者がぁ。おっと、“偽”はいらなかったか?今のところはまだ。」

やはり前回のあの相手との話は聞いていたようだ。しかし私は含みを持って行動してはいない。腹芸ができるほど器用ものではないのだ。

「人は常に楽をしようとする。でもそっちに行ってしまったらダメなんだ。自分のやりたい事をしていてはいては社会が成り立たない。欲望は抑えなきゃいけないんだよ。」

「いいこちゃんだねぇ。だから悩みを抱えて行き詰ってしまうんだろう?」

いやいや、こんどは厄介な奴が出てきた。この野郎は口も悪いがとにかくガラが悪い。品がないというか、時におぞましくさえ思える。足元は鈍いマゼンタに変わった。

「なぜ自分に正直に生きようとしないんだよぉ?素直に感情を表しなよ、なぁ?口に出すことが怖いんだろうが、そもそも人間の取る行動の原点は自己実現という欲望だろぉ。んならそのことを口に出して何が悪い!嫌なら嫌、好きなら好き、欲しいなら欲しいと、あぁ?」

薄暗がりの中でも、頭を左に傾げ左足を引きずりながら歩いているのがわかる。マゼンタが、ゆっくり右に動いていく。

「あぁぁぁ、そういやあ、あんたが付き合ってたあの女、緋乃っつったな。その女、ほかの男ンところへ走ったよなぁ。その時あんたなんて言った?『僕よりふさわしいと思う人がいたなら、そちらに行くのは当然だ、応援するよ。だって君を好きだから、君の幸せを願ってる。』ケッ!なんてえザマだぁい、まったく。自分の体にまで嘘つくなんざぁ、もう男じゃあねぇなぁ。」

男じゃない?自分の体に嘘をつくとは、どういう意味だ?

「あん?全く意味が分からんって顔してんなぁ。えぇ?困った坊やだねぇ。いいかぃ、男にとって一番欲しいのは女、つまりセ...生殖行為の相手、いや…おいら男らの欲望は子孫を残す行為そのもの。少なくとも俺様はそうだぁ。」

自分の胸を叩いてさも自慢げに言ったが、その自信は一体どこから来るのか。

「知ってっだろうが、イザナギ、イザナミの神代の昔から、余りたる…」

いったん右の中指を立てかけたが、あわてて拳を握った。ちらとあたりを窺いパラパラと五指を屈伸させ、最後にやっと小指だけ立てた。

「…ものを有する男と足らざる…」

今度は左手でOKのサインを作ろうとしたが、迷った末小指以外の指を伸ばした。そして顔の前で両手をゆっくり近づけ、組み合わせた。

「…ところを有する女は結びついてきた。いや、こいつは生物が雄と雌に分かれたときからの宿命で本能だな。ならよぉ、その本能から目を背け、自分の都合のいい論理で歪め拒絶するたぁ、あんたを取り巻く自然界に対する冒涜じゃねえのかぁ?」

「違う!そういった肉体的なものが先じゃなくて、心がまずあるんだ。好きでたまらないから相手の事をもっと知りたいと思い近付き、これ以上は近づけない距離が結びつきなんだよ。」

そう聞くと、体全体を伸ばし、顎を突き出して言った。

あいつだ。足元が黄色に変わった。

「詭弁ってもんだろ、そらぁ。」

あきれた様子で、いつの間にか現れた椅子に足を組んで座った。

「あのなぁあ、どんなにかっこつけっててもな、男なんてなぁ一皮剥けばみんなおんなじさね。俺は奴さんと違ってジョーヒンな表現はできねえし、女が男に対して不信感を募らそうが知ったこっちゃねえ。いいかぁ、男っつーのは、己が一物をメスの花芯におっ立てたくてたまんねえのよ。それこそがオスってのの役割だろーが。しかもだ、困ったことに人間には発情期ってもんがねえ。だからこんなに増えちまって、住処たる地球を食いつぶそうと…ま、このことはまたの機会に話すっけどよ。つまり俺がいいたいのは、子孫繁栄の為の種蒔きこそが、雄に課せられた責任だってことさ。」

なんと即物的な。話し方も気に食わないが、表現があからさま過ぎる。“それ”しか男が考えていないなど、低俗極まりない話に反論もしたくない。半ば呆れて見つめていると、足元がマゼンタに変わった。

「話は戻るが、あんたが前回言ってた『自分の取った行動への正当な評価』たあ何だ?」

再び頭をかしげ背を丸めると、怪訝そうに訊いた。

「それは…自分の取った行動に対して、公正な目で判断した評価を第三者がしてくれると言うことだ。」

「公正な評価を受ける?ふん、それも先程あの野郎が言った彫刻家レベル。」

椅子から立ち上がり、腕組みをしたこの男は、まあ言ってみれば悪人になろうと努力しながらなりきれていない、半悪人と言うところか。足元はシアンだ。

「君が受けたい公正な、いや正当な評価とは誰あろう君が作り出したものだ。他人様にはわかるまい。しかもだ、君が良かれと思った行動が相手にも良いものだとなぜ言い切れる?」

自説に酔うような口調で、ゆっくりと左手へと場所を移した。シアンがその歩に従う。

「相手が楽になるにはどうしたらいいか考え、自分のできる範囲のベストな方法をとったまでだ。助けるという行為は、自然でよいことに違いないだろう?」

「へっ、いい行いを取ったってのかい?いい行いをしてやったんだから、当然相手は喜びあんたに感謝し、あんたは嬉しい?」

人から感謝されて嬉しくない人間などいやしまい。どこまでヒネた野郎だ。

「ヒェッヒェッ…、自分が良かれと思う、ゆえに他人も良かれと思う。誰かの言葉に似ちゃあいるが、レベルが違んじゃねえかい?存在を疑っているという行為は、つまりそうしている自分が存在していることの証だぁ。この論理は納得できたとしても、自分が良いと思うことは他人にとっても良い事に違いない、つうあんたの論理は、単なる独りよがりでおせっかいだ。違うか?」

突然現れたマゼンタ野郎が私に向かって突き出した指は、興奮のためか震えている。

「そ、そんなことはない。正しいか正しくないかは、考えなくてもわかること。社会通念、いや、一般常識の中で判断されるのだから。」

「常識から判断?じゃあ常識って何だ? あくまで特定の環境における、複数の“個”の公約数だろ。そんなもなぁ、時と場所によって変わるんじゃないのかぁ?」

足元がシアンに変わっている。

「おっと、付け加えさせてもらおう。よく聞きたまえ。先ほどあの野郎は『考えるという行為自体が、自分が存在していることの証である』、と言った。確かに存在してなきゃ考えることはできまい。しかし、自分が存在していると確認したのは誰でもない君自身だ。果たして。第三者は君の存在を認めているのだろうか…理解できるかね?」

さも勝ち誇ったように話す口ぶりはまさに悪人のようだが、残念ながら声が上ずっている。誰かの受け売りか?所詮この男は小物だ。

「だから自分が正しい、正しくないと判断したところで、そのことに意味があるのかどうか。」

振り向きざまにそう言った途端、シアンが消えた。と同時に男の姿が次第に薄くなり、やがて背景に融け込んでいった。

静かになって改めてあたりを見回すと、あたり一面うす暗い空間。まるで夕暮れの砂漠に取り残された蟻のよう。いや、果たして自分は地の上に立っているのか、それとも広大な空間の上に漂っているのかすら確証が持てない。それを判断できるものは、何もない。ならば自分の価値観はどうだ?確固たる基準を持っているのか?この世に絶対的な価値観があると本気で思っているのは、自分のおこがましさなのではないか?

「まさかな、貴様とここで哲学的な話をするとは思いもしなかった。」

背後から聞こえたこの声の主こそ、先日の相手。闇夜のカラスよろしく、足首までの黒のロングコートに黒のパンツ。甲を横切るように細い金のベルトがかかった黒いエナメルの靴。ご丁寧に黒のレザーグローブまではめている。気配の無さは、この人間に生まれついてのものだろう。足元には色がない。いや、黒だ。三人の集合体というわけか。

「貴様と話すと楽しい。楽しすぎて、私を作っているいろいろなキャラが顔を出したがる。」

私の横を通り過ぎざま、後ろ手に組んだ右手をほどいて肩のあたりで指をそろえて開いた。

「一つ質問させてくれんか。先日貴様のことを“建前君”と呼ぼうかと言った。ならば、私、いや我々はなんだね?名付けてくれんか。本音、本心、真実、核心、あるいは本性、候補はいろいろあろう。どうだね、旧名良心君?」

悪人のるつぼのようなこの人間に、呼び名などつけられない。ひとまとめに“悪の本心”と言ってしまいたいのだが、『ならば貴様は“善”か?』と問い返されると答えられない。本音と言ってしまえば、主は悪の権化となってしまう。かと言って核心と呼ぶほど、私は人間を分析できてはいない。

「答えられんだろうな。出した答えに反論を受けてオロオロする姿は見せたくない。プライドの高い貴様はいつまでも黙ったままだろう。」

静かに、だがこちらの心を見透かしたかのように一言一言押さえるように語る。

「社会の中で生きている以上、特に企業の中で働き、客から仕事をもらおうとする場合は、カラスは白い、少なくとも黒ではない等と言わなければならない場面に遭遇する。そのようなときに、いやカラスの色は墨や闇と同じ色“黒”ですと答えたとしたら、それは正解ではあっても相手の望む答えではない。その結果、顧客のメンツを潰し心証を害し仕事を失う。臨機応変、ウソも方便、その場をうまくまとめることで好評価を得れば仕事をもらうことができる。かといって、相手の言いなりになってばかりでいいのか。自分の主張、自分の要求を相手に呑ませるためには、本音と建て前、迎合と拒絶をうまく使い分け交渉せねばならないのではないか。」


さて今回の話、常々思っている事を、色々なドラマ、アニメ、小説を参考にしつつ組み立ててみました。勿論人間みんな同じ考えのはずは無いのですが、現代社会の中でまとっていなければならない戦闘服を脱いでいくと、結局は同じ姿に成るのではないでしょうか。霊長類から長い時を経て進化してきた人類の歴史の中、理性という制御棒で押さえ込んできたものは一旦コントロールを失うととんでもない事になりそうです。いじめ、体罰、DVなどは、暴走し始めた本能のなせる業なのかもしれず、身近である点からいうと原発よりタチが悪いものでしょう。

さて、開けてしまった、私の心の中にあった木箱。果たして、宝箱だったのかパンドラの箱だったのか。そして、出てきたものが何なのか。判断は、皆様にお任せします。

                                            了


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