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二十年めのプロポーズ

 私には幼なじみがいる。

 とは言っても別に仲良くはない。小さな頃はともかく、今はろくに言葉も交わさない。ごく普通に“顔見知り”だ。

 ……その、はずだったのに。






「約束どうり、嫁に貰いに来たぞ」


 私と顔を合わせるなり、そいつはそう言った。

 まさしく、唖然とするしかない。


 ――私、三笠かなえはつい先日まで東京で一人暮らしをしていた。

 大学を出てから七年。中小企業の会社でOLをして、ずっとそうして生きていくものだと思っていた。

 それが、とあるゴタゴタのせいで駄目になり、失業した私は母親の強い勧めもあって自宅に帰ってきた。

 それが三日ほど前のこと。

 そして、今日いきなり我が家にやってきた幼なじみが爆弾発言をしたのがつい今しがたのこと。


 ……こいつ、何を寝呆けているのやら。


 私は約十一年ぶりに会う幼なじみ――三宅拓也を呆れた目で見たのだった。




     *****


「――で? いったいどういうことなのよ。三宅さん」


 私は「なに、あなた達いつから」とうるさい母親を押し退け、三宅拓也を連れて近くのカフェにやってきていた。理由は当然、あの発言の真意を問うためだ。


「堅苦しいな。拓也でいい」


 さらりとそんなことを言う男を私は鼻で笑う。


「冗談じゃないわよ、三宅さん」

「たーくんでもいいぞ。かなちゃん」

「やめてよね! 今幾つだと思ってんのよ!」


 私が目を吊り上げて睨むと、三宅は両手を上げた。

 む、降参?

 いや、違う。右手の指が二本、左手は小指が一本だけたっている。


「二十九歳。今年――」


 私は無言でテーブルに置かれたてぬぐいを投げた。軽く受け止められるのが悔しい。


「あんただって、同じでしょうが!」

「同い年だからな。――あ、ホットコーヒーひとつ。かなちゃんは?」

「やめてよ! ……アイスカフェオレ」

「なら、――かなえ」


 いきなり呼び捨てにされてドキッとしてしまった。それを隠すために、私はまた三宅を睨む。


「よしてよ。三笠でいい」

「つれないな。昔はスリーズだったのに」


 スリーズとは、子供時代の私達の呼び名だ。三笠と三宅、二人とも三がつくからで……いや、心底どうでもいい。


「話をそらさないでよ。さっきの。……どういうつもりなの」


 三宅は答えるかわりに眼鏡を取った。きちんと折り畳んで胸ポケットにしまうと、私を真っ直ぐに見る。

 意外と端正な顔をしてるな……って、いやいや、なに馬鹿なことを考えているんだ、私は。


「実は」


 三宅が重々しく話しだす。私は慌てて背筋を伸ばした。


「う、うん」

「昨夜、お前が帰ってきたことをおふくろから聞いた」

「うん」

「それで求婚しないとな、と思った」

「いや、全然わかんないから。なんで突然求婚になるのよ。間がまるっと抜けてるでしょ? 間が」

「……うむ」


 三宅は渋い顔をして、ウェイターが持ってきたホットコーヒーを手に取る。なんなの、こいつ。

 単に話したくないのか、それとも単なる話下手なのか。

 労るようなウェイターの視線と冷たいアイスカフェオレが私を癒す――って、おい。ウェイター、話聞いてたな。


「……昔、約束したことを覚えているか?」

「約束?」


 ウェイターを睨むのをやめて私は首を傾げた。そういえば、約束がどうとか言っていたな。


「覚えていないか。あれは、俺達が小学生二年か、三年くらいの頃だ。経過はわからないが、野良犬に追われていた俺を庇って、お前が手を噛まれた」

「もしかして、それで……」

「ああ。傷物にした責任をとれ、と詰られて嫁にすることを約束した」

「逆だった!」


 なに言ってんの、子供時代の私! そして犬が苦手なのはそのせいか!


「まあ、子供の話だし、俺も話半分に考えてたがな」

「半分じゃなくて全部、まるまる戯言でいいわよ……」


 なんだか考えていたよりもずっとしょうもない話で、私はテーブルに突っ伏す。あああ、地面に穴掘って埋まりたい。

 そんな私の頭を、誰かが撫でる。……誰か、って言っても一人しかいないけど。


「……まあ、聞け。俺だって、そんな口約束で嫁に来いとは言わん。ただ、お前……見合いするんだろ?」

「……おばさんから聞いたの?」

「ああ。……東京で、嫌なことがあったんだろ?」


 気遣う声と、頭を撫でる手が優しくて声が詰まる。


 嫌なことは、あった。


「……うん。友達が恋人と私の仲を疑って。会社にまで来られて。……退職をすすめられた」


 仕方なかった。友人は結婚まで考えていたのに、相手はそうじゃなくて。不安でノイローゼになってしまった友人は、私の会社で自殺未遂まで起こしたのだ。

 あのまま残るのは、難しかった。

 私は、ただでさえ数年前に痛い失恋をして彼氏もいなかったというのに。


「で、まあ……思ったわけだ」

「……なにを」


 撫でる手が心地よくて、テーブルに伏せたまま尋ねる。三宅は妙に焦った口調で言った。


「いや、そのな。……俺が先だと、思ったんだよ。お前のことを貰うのは、俺だってな。……自分でも意外だったんだが。俺の中では嫁はお前で決定していたらしい」

「……………」


 ちょ。なんだそれ。

 じわじわと、頬が熱くなる。え、そんな勝手に。えええ?


「……で、まあ。早いとこ名乗りを上げるか、と思って、だな。うん、まあ。そういう事だ」


 どういうことよ。

 ……なんて、口に出せる筈もなく。


 私は真っ赤だろう顔を隠すためにひたすらテーブルに突っ伏し。

 三宅……さん、は、私の頭をいつまでも撫で続けて。


 まあ。

 不器用ものの二人が新しい関係を築くのも、悪くないかもしれない。


 そんなことを、思った。

 お読みいただき、ありがとうございます。

 ちなみに、二人は別にくっついたわけじゃありません。

 あくまでも、関係を築くきっかけ的なお話です。

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