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王宮4

 先王の言葉に、サディアス様は止めることなく言うに任せた。


「儂はそなたを息子だと宣言しよう。そうすれば、そなたは簒奪者ではなく、正当な王として認められる。その代わり、命を助けてくれないか?」


 馬鹿にしているのか、先王は。一度、息子ではないと言っておいて、実は息子だと宣言するなど、サディアス様を軽んじているのか。それによって、セラフィナ第一王妃を含めて、多くの人の人生が狂ったというのに。


 しかし私はぐっと言葉をこらえた。サディアス様がそれを望むのであれば、私に何も言うことはできない。息子だと宣言できるのは、先王以外に存在しないのだから。


「……そもそも母との間は白い結婚だと言っていなかったか?」

「それも撤回させよう。セラフィナの名誉も回復させる。そうすれば儂の妃、第一王妃であったと名誉が戻る」


 サディアス様は笑い始めた。こらえきれないという具合に、口元を押さえて、笑いを止めようとしていたが、それでも笑っていた。

 焦ったように、先王が問う。


「何が、問題だ?」

「あまりにおかしくておかしくて……。俺がそうしてほしいと言ったことがあったか?」

「何?」

「前の内乱のときも、今回の内乱でも。あなたの宣言を取り消したいなど求めていたか?」


 サディアス様はあきれたような目で玉座から見下ろし、ゆっくりと言った。


「そもそも、もう遅い。これが休戦の条件だとかいうのなら、一考の余地はあっただろう。しかし敗北したそなたらに、交渉の余地などない。あなたの処刑は最初から決めていた」

「父を、処刑するというのか――!?」

「だからあなたが言ったのではないか、俺を息子ではないと。言葉に責任を持て」


 サディアス様の目は、あわれみも悲しみも映していない。彼にとって、きっと、父に対しても異母弟に対しても、心の底から情を持ち合わせていないのだろう。


 しかし先王は、事情があったのだ、と焦りながら早口で訴える。


「なあ、あの婚姻無効の宣言にいまだに怒っているのか? あれは仕方なかったのだ、負けるわけにはいかなかった。側近にこれしかないと言われ、仕方なく婚姻の無効を宣言したのだ。セラフィナにも悪いと思っていた、儂だって苦悩していたのだぞ?」


「苦悩すれば、どんなことを言ってもいいというわけではないと思うがな。残念ながら、俺はそんな宣言、どうでもよかった。初めて聞いたときも、怒りなどなく、敵軍の意図を考えるくらいだった。誰が親だろうと、誰の子であろうと俺は何とも思わなかっただろう。王族の血をひいておらずとも、俺にはどうでもよかった」


 先王とイアン様が目を大きく見開く。


「では……では、なぜ、お前はそこに座っている。王族の誇りを取り戻すためでなければ、なぜ、お前は戦った」


 玉座に問いかけられた質問に、サディアス様は簡単に答えた。


「言わなかったか? 王となるためだ。俺が本当に王族の血を引いてなくとも、俺は王となるために立ち上がったことだろう。そして王を殺したことだろう」


 イアン様が叫んだ。


「王殺しの簒奪者め! 呪われろ!!」


 イアン王のように過度の憎悪を抱いている方が、まだ家族として認めていたのだろう。憎悪であっても、意識している、ということなのだから。


 サディアス様にとって、彼らを敵軍の将としか考えていない。これはこの内乱でつちかった覚悟ではなく、きっとそれより前からだ。


 思えば、王都に暮らしていた頃から、王家の血のことや、貴族へ貶められたことに対して、サディアス様が悩んでいた姿は見たことがない。怒りを抱いているところも。それは内心で怒りをこらえて表に出していないだけとも思っていたけれど、彼にとって、それは本当にどうでもよいことだったのかもしれない。だから、舞踏会のときも侮辱されても、平然と振る舞っていた。


 唯一、印象に残るのは、暗い小屋で私がつい『殿下』と言ってしまったときだ。そのときのサディアス様は、確かに怒っていた。

 …………。


 イアンの横にいた将軍が、サディアス様に訴えた。


「どうか、どうか、国王陛下の命だけは助けていただけないだろうか。国王陛下は御年十二、死ぬにはあまりに若すぎる。あなただって、子どもを殺して王位を得たくはないでしょう」

「何を言う!?」


 イアン王が驚愕の目で将軍を見る。


「ふむ……確かに」


 サディアス様の言葉に私は驚いて、無礼ながら口を挟んだ。


「サディアス様、いけません。ここで禍根を断たねば、いずれ後でイアン王はサディアス様に復讐しようとするでしょう。これまでだって、サディアス様は狙われてきたではありませんか!」

「いえ、いえ、違います。イアン王はまだ幼い。お一人では何一つ決められず、周囲の大人が決めてきたのです。イアン王に罪はございません」


 宰相の言葉はこの場を乗り切るためだけのものだ。イアン王はそのような、罪なき子どもではない。これまで会ってきて私は知っている。サディアス様への憎悪は、この少年王個人のものだった。


「……周囲の大人が決めてきたということは、俺に敵対して軍を出したことも、政治も、他の者の――宰相や将軍、先王や王太后の思惑によるものだというのだな?」

「サディアス様、そのようなことを言ったら、逃げ道となるではありませんか!」


 私のいきどおりを、サディアス様は、


「落ち着け、コーネリア。宰相たちが自分の責任ではないと言えば、終わる話だ」


 宰相は悲壮な決意を持つ白い顔をして、はっきりと言った。


「サディアス様の言うとおりでございます。全ての責任は、国王陛下ではなく、わたくしどもにございます」

「そうなのか? 他の者は?」


 将軍がまず、「全ての責は陛下ではなく儂にあります」と答えた。王太后は笑い続けて答えられそうになかったが、宰相が「王太后陛下もその通りだと、おっしゃっております」と言った。先王は何も言わずに黙っていたが、「いさぎよく受け入れてください」と将軍に言われると、先王も重々しく「宰相の言う通りだ」とうなずいた。


 イアン王だけが、激高している。


「お前たち……! 僕は、僕は、お前たちを殺してまで生き残りたくなどない!」

「国王陛下は混乱しているだけにございます。どうか、どうか、陛下の命をお助けくださいませ……」


 将軍と宰相の助命嘆願に、サディアス様は言った。


「そこまで言うならばわかった。イアンは生かしてやろう。ただし、そなたらは全員処刑だ」

「サディアス様!」


 その決定に非難の声を上げていたのは、私だけだった。

 少年王は呆然としている。


 このイアン王を生かしておくのは、あまりに危険だった。彼自身が何もしていないなど、あり得ない。イアン王こそ、誰よりもサディアス様に憎しみを抱いている。


 将軍は顔を上げ、サディアス様に問いかける。


「最後に、お聞かせ願いたい。北側から奇襲をしかけた軍は、どこの兵ですか? この速さで王宮を掌握するとは、かなり腕のある騎士たちだった。しかし、そちらの軍に、あの時点で加わっていない援軍にそのように腕のある者たち、覚えがない」


 将軍の言葉にサディアス様は、正直に答えた。


「ステリー騎士団だ」

「なん……!? 騎士団は全滅したはずでは!?」


 傍らに立つ兵の一人が、兜を取った。そこに現れたのは、ステリー騎士団のダレル団長だ。


「将軍とはお会いしたことはありましたね? このとおり、ぴんぴんしています」


 将軍は驚愕に大きく口を開けていた。


「彼らを俺が処刑した、という話はこちらにも伝わっていたかな? 俺の剣は、突き刺した部分の回復ができる。時間はかかるがな。俺自ら彼らを突き刺し、血まみれにして死んだふりをさせていたのだ」

「あのときは本当に死ぬかと思いました。刺された痛みは変わらないですからね」

「そして、彼らを置いて軍を王都の西側に進めているうちに、回復した騎士団はひそかに王都の北へ回り、山から攻め入った、というわけだ」

「王宮に攻め入って、王宮を守る兵たちも驚いていましたよ。ステリー騎士団が全滅した話は広まっていたんでしょうね。死人が蘇った、って青ざめて混乱してましたから」


 将軍はがくりと顔をうつむかせ、もう何も言わなかった。

 サディアス様の剣の能力を知っていても、味方を刺すなど思っていなかったのかもしれない。できたと知っていても、まさかそのようなことをするかと考えなかったのだろう。


「それでは、処刑の準備を頼む。準備ができたら呼びに来るように。……ああ、逃げ出さないように、それだけは十分注意しておけ。イアンが暮らすための『塔』も準備しておくように」


 サディアス様は兵にそう命じると、玉座から立ち上がり、玉座の間を出て行った。


 私はサディアス様を追いかけた。サディアス様は勝手知ったる王宮を、迷いもせず歩いていく。


「サディアス様!」


 イアン王を生かしておいてはいけない。彼は傀儡などではない。自分の意思で、国王として決定していた。

 自分の意思で、サディアス様を憎み、監視をさせてきたのだ。


 呼び止めて、何としてでも、翻させなければならない。


「コーネリア、やめるんだ」


 そんな私の肩をつかんで止めたのは、ダレル団長だった。

 こっちにこい、と柱の影に私を連れてくる。


「離してください。サディアス様は知らないだけなのです。イアン王も処刑させなければ」

「やめろ。サディアス様を困らせるだけだぞ。これでも厳しい処罰をなされた方だろう」

「厳しい?」


 ダレルはうなずく。


「お前が王都へ向かった後だったか……他の貴族たちから、サディアス様に、宰相や将軍たちへの助命嘆願がなされたのだ」

「……なぜ」


 戦中に敵の将に情けをかけるよう頼むなど、何を考えて。


「戦力や兵の質など、貴族もそれぞれの陣営の情報を得ている。戦う前とはいえ、サディアス様が勝利して、王位につくことは間違いないという結論に達したのだろう。サディアス様自身もわかっていたのだろう、降伏勧告を先王側に送った。……まあ、使者は先王側に殺されて無視されたが」


 先王派は、平民からの人気はあったが、その政策は貴族の顰蹙を買っていた。前回は先王側についた貴族でも、今回はサディアス様側についた貴族も多い。


「結末が見えたなら、その後の心配をしたのだろう。宰相や将軍も貴族だ。わかるだろう? 貴族というものが複雑な血縁関係で繋がっていることは。それは逆も同じだ。先王派にはサディアス様と近しい血を持つ貴族もいた。彼らは前の内乱の際、サディアス様の命を助けるよう先王に願った。……そして、サディアス様は命までは取られなかった」


 前回の内乱と同じ事だと言いたいのか。

 それは、今とは状況が違う。前の内乱の際は、サディアス様派は完全な敗北はしていない。拮抗した状況だった。だから、条件を設けて和睦したのだ。


「今までのこの国の内乱での戦後の処罰を見ると、他国に比べて寛大な処置が多かった。だからサディアス様の決定は厳しいと思われることだろう。これで更に、成人もしていないイアン王も処刑すれば、ステリー騎士団を処刑したと噂が広められたときよりもはるかに、サディアス様から離れる者が出る。……もう、戦争は終わった。国王陛下の統治には寛容も必要だろう」


 貴族の歓心を買うために、許してやるというのか。


「……それで、サディアス様の命が狙われては、元も子もありません」


「サディアス様は愚かではない。お前の懸念は十分にわかっている。だから自由にはさせるようなことはしないだろう。サディアス様が、イアン王に暮らさせる『塔』というのは、かつて王家の罪人を捕らえ幽閉していたものだ。あそこから外に出ることは許されず、兵からは見張られ、終生、塔の中で暮らすしかない」


 ……そういう状態であれば、何もできないだろう。けれど。


「殺した方が早いではありませんか」

「コーネリア。殺すだけが全てじゃない」


 …………。何を言っているのだろう。

 殺すことが全ての私に、何を言っているのだろう。


「戦争は終わったのだ。敵を殺す、それだけで済んだ時代は終わる」


 ……敵を殺さずして、どうするというのだろう。


「殺す前に拷問する、情報を聞き出す、ということならわかりますが」

「そうではない。殺すことありきで考えるのではない。お前は王妃となるんだぞ」


 殺すことありきで考えてきた私に、そんなことを言う。

 頭が混乱する。ダレルは何を言っているのか、頭が追いつかない。


「……私に、どうしろというのですか」


「俺はお前の素性など、聞くつもりはない。ただ、お前はサディアス様を守り、手を汚してきたのは知っている。……けれど、王妃にそんなものは求められていない。手を汚すことに慣れきった王妃など、国王になるサディアス様の足かせにしかならない。ステリー騎士団を処刑したと誤解されているサディアス様のために、お前に求められているのは、優しさや慈しみにあふれた、人に愛される王妃となることだ。それこそ人のために助命嘆願をするような者だ」


 私に、変われ、と言っているのだろうか。

 今までとは違う考え方をしろと、私に言っている。


 だけど、その考え方は。

 ……とても受け入れられない。


 私には殺すことが全てだった。それが多くの人に受け入れられないことは知っている。けれど、私にはそれしかなかった。それこそが、私だった。


 ……寛大な奥方を演じることはできる。許しを与えることもできる。人が死ぬのが怖い、と嘘をつくこともできる。処刑なんて可哀想、と言うこともできる。殺すなんて可哀想だから許してあげてください、と訴えることもできる。


 けれどそれは私ではない。

 それはもはや、私ではない。そんな私にはなれない。演じることしかできない。


「コーネリア。サディアス様のことを考えろ。時と場合によって、人は変わっていかなければならない。戦争が終わった今、求められる者にならなければいけない。お前がこの王宮で、身体を張って、演じ、騙し続けたように」


 ……私であることを捨て、演じ続けろと言っているのか。サディアス様のために……。


 ダレル団長の言葉にうなずくことはできなかった。


 けれどこの後、私は思い知った。

 ダレルの言うとおり、人殺しとしての私はもう、求められていないことに……。






 こうして、戦争は終わりを迎えた。

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