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囚人

 今は内乱に向けた準備中ということで、城には数多くの人もいるし、数多くの人がサディアス様へ面会を求める。ゆっくり話す時間はかなり少ないので、話が打ち切られるのも仕方がないことだ。


 何をサディアス様は言おうとしていたのかと気になりながらも、気分を切り替えて、入ってきたハドリーを見る。


 彼はまず私たちの姿を見て、そして他に人がいないか、そして窓ガラスにカーテンがかかっているかを確認した。


 この城には、私たちと共に、王都からハドリーや他の使用人たちが付いてきてくれた。その中にはポリーもいる。彼女の監視の届かないように、この寝室はガラス製の物は置かないようにし、昼間でも常にカーテンを閉めるようにしている。


「少々、相談したいことがございまして。シリル様のことでございます」


 ああ、そういえば、と私は思い出した。薄情だと思うが、久しぶりに思い出した存在だった。


 シリルは私と共にあの暗闇の小屋でサディアス様に見つかった。私と従兄弟との戦いのさなか、剣を受ける盾にされたりしたシリルは傷を負い、見つけたとき動けない状態だったのだという。


 私のことを知ってしまったし、すぐに王都を脱出しなければならない状況でもあったし、とりあえずシリルも連れてきたのだった。……実際は、怪我で動けないシリルを無理やり連れてきた、というのが正しいが。


 そして部屋の一室で療養させていたのだが……。


「連れてきてからというもの、ヒステリックに叫んだり、暴れたりしております。身体も回復されてきているようですし、このままでは、あの軟禁状態の部屋から脱出してしまうかもしれません」


 あのシリルが暴れたり、か。よほど誘拐されたことや、私の血みどろの死闘がショックだったのだろうか。そういえば戦場にも出たことがないはずだ、殺し合う姿を見るのは初めてだったのかもしれない。


「あの方を解放するわけにはまいりませんでしょう。この際、城の地下に居を移しては、と思います」


 ハドリーの提案は、つまり地下牢に入れろ、ということだ。


 サディアス様はちらりと私を見る。シリルは私の友人だ。そのため、私のことを(おもんぱか)ってくださるというのだろう。


「サディアス様、私に遠慮は必要ございません。彼のことなら投獄でも処刑でも、お望みのままに。私のことを先王側へ吹聴されては困るのは、私もわかっております」

「ふむ。お前に男友達の慈悲を請われたら複雑な気持ちがするだろうとは思っていたが、友人だったはずのお前にそこまで言われると、少しあの男を哀れみたくなるな」


 少し困ったようにサディアス様は苦笑する。もしかしたら、私にシリルの味方になってほしかったのだろうか。


「このままではポリーに知られる可能性がある。それはまずい」

「では地下牢に」

「ああ。しかし、今まで何も説明せずに部屋に閉じ込めていて、急に牢へ行けと言われるのだから、そろそろ説明してやろう。……コーネリア、お前が説明してやってくれ」

「私でよろしいのですか?」

「ああ。ハドリーに世話を任せたが、ろくに会話もしていなかっただろう。友人と話す方が気も休まる」


 気が休まる、か。あの殺し合いを見たシリルが、果たしてそう思えるだろうか。サディアス様は誤解してらっしゃるようだ。サディアス様とステリー騎士団のように固い絆で結ばれているわけではない。

 しかし、任されたならこなすのが、従者のつとめ。


「わかりました。それではシリルと話をしましょう」



 シリルは城の片隅の部屋に閉じ込められていた。ポリーや、他にも紛れているであろう間者に見つからないようにと、倉庫の奥にある、人気の少ない場所だ。


 ハドリーに案内され、その部屋の前に立つ。ハドリーには部屋の外で待っていてもらうよう頼んだ。


 渡された鍵を使い、扉を開く。

 開いた瞬間、中にいた者が襲いかかってくる。冷静に相手の肩口に剣の柄を落とし、「ぐぁあ」と苦悶の声を上げさせた。


 予想したとおり、シリルだった。力を加減したつもりだったが、シリルは肩を押さえながら、後ずさる。


「ひ、ひぃぃ!! コーネリア!! なん、なんでっ、ここにっ!!」


 悲鳴を上げて壁際にまで下がり、顔を青ざめさせている。


「た、助けてくれ! な、なあ、僕たち、友達だろう!? なあ! お願い、お願いだから……!」


 どうやら私の殺しの現場がよほど精神的にショックだったのだろう。先程は逃げ出そうとしていたはずなのに、がたがた震えている。窓がない小さな部屋で、鬱屈していたことだろう。


「ええ、友達ですから、ここに来ました」


 なるべく優しく声をかける。学生時代にふるまっていたように、意識して。


「お話をしに来たのです。シリルの怪我はどうですか? 治りましたか?」


 従兄弟との戦闘中は、シリルの様子はろくに意識していなかったため、どれほどの怪我を負ったのかわからない。しかし足は通常通り歩けているようだし、腕も問題なさそうに見える。治療は終わったのだろう。


「な、治った……な、治してくれたことには感謝する……だから、僕を帰してくれ……」

「それはできないのです、残念ながら」

「なん、何でだよ! 僕が何をしたっていうんだ! 何も言わないから! お願い、お願いだから帰してくれ……!!」


 従兄弟たちを殺したのが私だとは、先王側に知られたくないのだ。ポリーはいまだに私を敵だとは認識していない――ということは、ポリーに情報が伝わっていないか、先王側が私を敵だと計りかねているか。


 従兄弟殺しの証人となるシリルを解放できない。もし解放して、先王側に捕まれば、この様子だと命乞いのために何でも話すだろう。


「申し訳ありませんが。この内乱の成功のためです。あなたにはこの城に留まっていただきます」

「内乱……馬鹿じゃないのか。何でそんなことする必要があるんだ」

「馬鹿、ですって?」


 シリルは落ちくぼんだ目で私をにらみつける。


「ああそうだ。馬鹿らしい! なんで、コーネリアも、侯爵も、人を殺すことをためらわないんだ! 他に方法はあっただろう!? 国王陛下の下で侯爵と侯爵夫人をやってれば良かったじゃないか!」

「本来王座にいるべき人に、それを耐えろと?」

「何かに耐えて生きるなんて、誰でもやることじゃないか。二人がそれに満足していれば、人は誰も死なないんじゃないのか? 今からでも遅くない。内乱なんてやめるんだ。たくさんの人が死ぬ戦争なんて、あまりにむごたらしく、残酷だ」


 これが学生時代であれば、もしくはただの世間話であれば、私はこくりとうなずいていただろう。

 今のシリルには猫をかぶる必要はない。私は彼に対して初めて、正直に自分の考えを口にする。


「戦争ってそんなに悪いことですか?」

「……は? 何を言っているんだ? 大量に人が死ぬのに、良いわけがないじゃないか!」

「良いものではない、とは私も思います。けれど、戦争で死ぬのも、暗殺されて死ぬのも、殺し合いで死ぬのも、同じ死じゃありませんか?」

「は? 何言っているんだ?」

「たとえばこの内乱がなかったとしても、私が人を殺し、人に殺されそうになるのは変わりがない。戦争で殺されそうになり、殺そうとするのも変わりがない。戦争で殺さなければ、暗殺して殺すだけのことですよ。だから私にとって、あまり変わらない。サディアス様の危険度は違いますが、殺し殺されそうになるという点では同じだと考えています」


 だから、と私は続ける。


「私にとって、そんなことはどうでもいいんです。私はこれからも人を殺します。それが戦場であるのか、陰謀の裏の暗殺なのか、場所と状況が違うだけなのです。そこには一長一短があるだけのこと。だからシリルのように、戦場を悪だとかそういう観点で考えたことがなかったもので、悪いことなのか、と聞いてみたくなったのです」


 シリルは口をあんぐりと開け、私を凝視している。


「コーネリア……君は、人を殺してはいけないと、教えられたことはないのか?」

「平時において、表だって(おこな)ってはいけないとはわかっていますよ。だからこそ、殺すときは、人に誰が殺ったかわからないように、苦心してきたのですから」


 シリルは重苦しく首を横に振る。


「人を殺すことは、いけないことだ。人がしてはいけないことだ。君は罪を犯している。これ以上罪を犯す前に、国王陛下の前に罪の許しを願うべきだ」


 何を言っているのだろう。この状況で国王の前に出るなど、正気でやることじゃない。


「罪の重さを君は理解していない。悔い改め、君は人殺しなどやめなくちゃいけない」


 そして? サディアス様の敵を殺さずに、私に何をしろと? 役立たずになれと?

 私はサディアス様が死ぬことになってから悔やむなど、したくはない。


 私はゆっくりと首を横に振った。何と言われようと、それはうなずけない。

 私は話題を変えた。


「シリル、あなたの怪我も良くなってきたようですし、地下へ移動してもらいます」

「地下……? 外に出してくれるんじゃないのか……?」

「外に出てどうするつもりです?」

「もちろん、このことは話さない! 王都で静かに暮らすから……」

「それはやめた方がよろしいでしょう。殺されますよ」


 え、とシリルは口元をひきつらせる。


「万一私たちが何もしなくても、先王派は殺すでしょう。あなたがサディアス様と同行していることは把握しているはずです。あなたが姿を消したのと、サディアス様がこの内乱のために王都を脱出したのは同時ですから。元々先王派のあなたの家族は、シリルを裏切り者として、『見つけ次第、真っ先に殺してくれ』と頼んでいると聞いています」


 ……まあ、本当にシリルが帰ったとしたら、先王派は殺す前に情報を聞き出すだけ聞き出して、すぐには殺さないだろう。しかしこんなことはシリルに話す必要はない。そうさせるつもりは毛頭ないのだから。


「シリル、それともサディアス様の軍の一員として戦いますか? それも先王派の軍があなたを真っ先に殺すよう命じられていたら、他の兵よりも危険でしょうけど。……まあ先王派であったあなたを軍の一員にすることは反対が多くて難しいでしょうが」

「…………」


 元々、サディアス様派ではない彼に、戦力として期待していない。裏切られた時のダメージの方が大きい。

 シリルには道はない。巻き込んでしまい、申し訳ないような気持ちはなくはないが、彼は諦めるしかない。


「地下で暮らすのが良いと思います。サディアス様が勝利したときは解放されますし、逆に先王派が勝利すればあなたを見つけて境遇に同情しながら解放してくれるでしょう」


 私は後ろにある扉を見て、部屋の外にいるはずのハドリーを呼ぶ。


「あなたは人殺しも、戦場も嫌だと言う。それならこれが最善だと思います」


 そしてハドリーに、彼を地下へ連れて行くよう頼んだ。

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