番外編 IF 野猿な囚人 28-2.(セリウス外ルート)噂
バーナルから、聞いたリーリアを狙う組織は、「リアレース教会」という敵。
しかも、敵はどうやらリーリアを拘束して、強制労働させる気満々の厄介な組織である。
「そのリアレース教会のトップって奴が何者なのか、2つの可能性が考えられるな」
「え?2つですか?」
「ああ。ひとつは、我が国と隣国セリクルドと戦争を起こさせるために、いかにもセリクルド王族の容姿に変装して、お前を戦いの種にしようとしているテロリストみたいな奴だ。
我が国と隣国が戦争して利を得る国の手の者か、もしくはセリクルド王国自体の関係者の可能性もある。
アルーテ王国で、お前がオークションにかけられた時に、セリクルド王国の王太子の従者がいただろう?
案外、黒幕は、セリクルド王国の王太子なのかもな」
「サリュー殿下がですか?」
「ああ。だから、お前についての詳しい情報も持っているのだと思わないか?」
「そんな……」
「ふたつめは、年齢的にもセリクルド王国の現王ではなく、前王のご落胤で、その容姿に生まれついたという可能性だ。
つまり、本物のセリクルド王国の王族だ。
ただ、セリクルド王国からこのランダード王国に逃亡してきた場合、不遇の生活をしていて、だけど、王族だけあって、人を統べる能力があるおかげでトップになれたのかもな。
でも、そいつが何故お前を狙うかは、不明だが……。
もし、お前がアウスフォーデュ修道院の結界を消したことを知ったうえでなら、不遇な生活送らされた我が国を憎んで、国家転覆を狙ったクーデターか、やはり隣国セリクルドと戦争でも起こそうとたくらんでいる可能性がある。
それなら、お前を強制的に働かせようとする動きに辻褄が合うしな」
ルクレナの最悪の場合の予想は、国レベルでの最悪な事態を想定しており、リーリアとしては、嫌な予感こそすれど、そこまでのレベルの話ではないのでは?という気持ちであった。
「うーん、そこまでの事態とは考えられないのですが……」
「いや、最悪の場合や最大規模での被害想定はしておけ、野猿。
そうすれば、勝手な行動はとれないだろう?」
「と、取りませんよ!」
「そうだな。でも、食べ物につられんなよ?」
「つられませんって!
そもそも、どうして国家転覆狙のお話から、私が子供のようにお菓子につられる話になるんですか?
さすがにつられませんよ!」
「それなら、よし!」
不安そうなリーリアを慰めるためなのか、ルクレナが軽口を叩くが、ルイスもバーナルも表情が晴れない。
「とりあえず、奴らに対して、早急に対策するべきだな。
王妃殿下のところまで無事に戻れれば良いが、万が一、リアが捕まった際の対処も人員も確保しておかないとな」と作戦を考えるルイス。
「……王宮までのルートはあいつらに筒抜けかもよ?」と心配そうにするバーナル。
「やっぱりそうかな。最短で行きたいところだが……」
「奴らのアジトや手下の情報が不足している。バーナルからの情報でも限界があるだろうしな」
「道中でも、まめに情報収集しないと。それなら、嫌でもルートは絞られるな……」
今度は地図を出して、どうすれば無事に王宮にたどりつけるか、みんなで知恵を出し合い、協力要員の確保も含めて話し合う。
そして、バーナルからの情報には、まだ続きがあった。
「あとね、こっちの話はあくまでも噂なんだけど……」とやや言い辛そうなバーナル。
「何だ?一応、噂でも聞いておくぞ」
「野猿ちゃんの婚約者……、いえ、元婚約者のセリウス殿下がね、そのリアレース教会の調査に出た後、音信不通になったらしいって噂よ」
「ええ!セリウス様がですが!?」
思わず、ありえないという気持ちで、話を遮ってしまうリーリア。
「……どうやら、リアレース教会に捕まっているらしいって噂よ。まあ、あくまでも噂だけどね」
「いやいや、あのセリウス様ですよ!?
ありえないです!!
正直、あのセリウス様に勝てる人間はランダード王国広しといえど、王妃様ぐらいですよ?」
「うーん、そうよね~。
だから、ちょっとこの情報は信憑性にかけるただの噂レベルの話かと思っていたのだけど……」
「しかし、我らは王妃殿下から急ぎ戻るように指示されているな」とルイスも心配そうにする。
「ああ。だから、王妃様は、ルイスにこそ、至急、戻ってこいと言いたいのかもな。
もしセリウス殿下が捕まっているのなら、影武者のルイスを一刻も早く必要だからな」
「……そういうことねえ」
もしその噂が本当ならば、先程のルクレナの最悪の場合の想定に近い事態につながりそうなものであった。
王族、しかも優秀な第2王子セリウスが誘拐された噂には、裏にクーデターなどの企みが潜んでいる可能性もある。
セリウスを知る者なら、セリウス自体が脅威で、そう安々と誘拐などされるようなたまではないことは確かである。
しかし、かつて、アリーシアによりセリウスは人心操作術で一時的に操られたことがあるという事実と、アリーシアと同じ桃色の髪と水色の瞳を持つ者がリアレース教会のトップということが、セリウスをまた操って大人しくさせて、誘拐したのではないかとリーリア達に思わせた。
その噂が噂でない可能性も考え、すぐにルクレナ達は、できる限りの対策をたてて、無駄のない行程で王宮を目指す計画をたてた。
翌日から、ルクレナ達4人は、馬を潰すほどの勢いで、最短コースを選び、早急に王宮を目指した。
バーナルの言う通り、ルートは相手に筒抜けのようで、すぐに敵は現れた。
道中の邪魔はもちろん、案の定、次の宿泊予定の街に入るやいなや、リアレース教会の手の者と思われる手下達がちょっかいをかけてきたが、ルクレナ達の対策により、撃退して進んでいった。
幸いなことに、ルクレナやバーナルは、裏社会での実力が知られているおかげで、高レベルの暗殺者達はあの二人が組んでいるなら手を出さない方が良いと考えてくれたので、リアレース教会の依頼でルクレナ達にちょっかいをかけてくる輩は、いずれも中程度レベル以下の奴らばかりで、リーリアのでる幕はない位であった。
けれども、リアレース教会はただの新興宗教団体ではなかった。
リーリア達は、やっと王都まであと少しという距離にある街に着いた。
その街には、古くからある大きな鐘が街の中心にあり、時間を知らせてくれる仕組みになっていった。
街は平和そうで、多くの人々が行きかい、商店街は活気づいており、一応、リーリア達は周囲を警戒していたが、そんなに不審な人物もおらず、今日はゆっくり宿に泊まれそうかと見込んでいた。
ところが……。
ゴーン、ゴーン、ゴーーン
街の中心にある鐘が鳴った時であった。
それまで普通に商売などしたり、立ち話などをしていたりした街の住民達の様子がおかしくなった。
一切に「うー」「あー」などと唸りながら、リーリア達を集中的に襲い掛かって来た。
それは、襲ってきた住民達が、正気を失っているのが明らかにわかる様子であった。
「な、なんなんだ、こいつら!?」
「正気じゃないぞ!」
「やだー!殺ってもいいかしら?」
「ま、待って!殺しちゃ、駄目!駄目だよバーナル!!」
もちろん、正気のままの住民もいたが、自分の同僚、友人、家族などが突然、正気を失ってリーリア達を襲うのを呆然としていたり、必死に止めようとする者もいたが振り払われ、ほとんど止められなかった。
さながら、リーリア達の周辺は、一時的にゾンビに襲われる生者のごとく、正気を失い狂暴化した住民達に襲われた。
殺すだけなら、そんなゾンビもどきの住民達などすぐに排除できるルクレナ達であったが、元は罪のない住民達であるため、殺さずに怪我もなるべく最小限にしようとすると、かえってルクレナ達には大きな負担であった。
鐘は鳴り続けていた。
「こいつら、もう怪我はあきらめてもらって、ここは力技でとにかく逃げるぞ!」
「それには、数が多すぎる!
我々がひきつけるから、リア達、二人は街の外へ!
おい、ルクレナ、あの鐘を止めないと終わらないのでは?」
「ああ、そうか。じゃあ、ルイスと私が包囲網を突破したら、あの鐘を止めるから、バーナル達は街の外まで逃げてろ!」
「わかったわ!」
「ひゃっ!」
ルクレナとルイスが、正気を失った住民達をおさえているうちに、バーナルはリーリアを小脇に抱え、長めの鞭やしびれ薬を塗った針を飛ばしながら、襲ってくる住民達を寄せ付けないようにして、街の外まで走って逃げた。
街の外まで来ると、鐘で操られたと思われる住民達はほとんどおらず、やっと一息つけるバーナル。
「ふぅー、何とか逃げ切れたわね」
「バーナル!大丈夫!?怪我してない?」
「ええ、大丈夫……っぐ」
「バーナル!?」
つい油断してしまったバーナルに、死角から針が放たれて刺さったようである。
倒れるバーナルに、すぐにリーリアが防御の結界を展開して、バーナルにこれ以上の攻撃をされないようにする。
「くっそ、油断したわ」
「バーナル!これ毒針?これの解毒剤ある?」
「待って、野猿ちゃん。
これはただのしびれ薬よ。
でも、この針は……」
リーリアがすぐにバーナルの手当てをしようとしたところに、バーナルを攻撃したと思われる人物が現れた。
その人物は、バーナルは体がしびれて動かないが、まだ口は動くので話はできる状態なのを嬉しそうに見つめる。
「……久しぶりだね、バーナル」
「あんたは……」
「よかった、このしびれ薬は効いたね。
その子が今のご主人様?」
「フェス、あんた、どういうつもり!?」
「フェス」と呼ばれるこの人物は、まだ年若い青年であるが、暗い瞳をしており、どうやらバーナルと同業者の知り合いのようである。
「バーナル、知り合いなの?」
「ええ。私の弟分みたいな子だったのだけど……。
気をつけて、野猿ちゃん。
あの子、私より手練れの暗殺者よ」
「ひえ、バーナルより手練れなの!?」
それを聞いて気を良くしたのか、フェスはバーナルにうっすら微笑む。
「自分より手練れなんて、僕のこと認めてくれているんだ……。
でも、『弟分みたいな子』か。僕は相棒のつもりだったんだけどな。
まあ、確かに僕はバーナルから色んな技術を習って、その針はバーナル直伝なんだ。
上手くなったでしょう?」
「……あんた、リアレース教会に雇われたの?」
「うん、そう。そこの『アレースの魔女』を生け捕りするように依頼されたよ」
「あんたほどの手練れがしゃしゃり出てくる程の話じゃないでしょう?」
「うーん。前に受けてた依頼が早く片付いたんで、暇になったから受けたんだ。
しかも、バーナルが関わっているって噂を聞いて、会えるかと思ったんだ。
他の奴らより出遅れてたけど、無事に会えたから、よかった!」
「……フェス、お願いよ。この子に危害を加えないで!」
「……でも、受けた依頼はこなさないとね?」
そう言って、フェスは、リーリアの敷いた結界を破ろうとした。
それを防ぎ、前以上に強固な厚さに結界を張り直すリーリア。
結界を破っては張りの攻防をしばらく続けたが、リーリアに比べてフェスの魔力量には限りがあるため、このままでは負けるなと悟ったフェスは交渉に入る。
「ねえ、バーナルの具合、悪そうだね?
今、バーナルの動きを止めているしびれ薬は、毒耐性の高いバーナルでも効くように改良してあるんだ。
だから、すぐに解毒剤を飲まないと、普通の人だったら下手すると心臓まで止まっちゃう危険がある薬なんだ。
その解毒剤はここにあるけど……」
「!」
「これを渡すから、一回、結界を解いて。
急いでバーナルに飲ませないと。
僕もバーナルは、殺したくないんだ」と真剣な顔で言うフェス。
フェスの「バーナルは殺したくない」という気持ちは本気であることが、リーリアでもわかった。
でも、解毒剤を口実に結界を解けば、フェスは絶対にリーリアに攻撃してくるつもりだと思われた。
どうすればいいか、迷うリーリアであったが、バーナルのしびれ薬による症状が本当に悪化してきた。
「だ、だめ、よ……。あいつの、いうこと、きいちゃ……」
苦しそうにするバーナルに、それでもとぎれとぎれの言葉で止められ、さらにリーリアは迷う。
遠くでまだ街の鐘が鳴っているのも聞こえて、ルクレナ達ともまだ合流はできなさそうである。
「わかったわ。結界を一瞬だけ消すから、解毒剤を渡して……」
「うん、いいよ」
「だめ……、わな、だ……」
バーナルが必死で止めるのを聞かず、リーリアは、結界を一度消して、解毒剤を受け取ることを決意する。
リーリアは、自分を守る結界を一瞬、消して、すばやくフェスから解毒剤の瓶を受け取ると、次の瞬間に結界を張り直した。
カン、カカン
リーリアが、その次の瞬間に張り直した結界は、フェスが放った毒針を弾いた。
「ちっ、さすが『アレースの魔女』て言われるだけあるね。
僕の針が間に合わないとは、流石だな。
無詠唱でその速さで結界を張るなんてな……」
残念そうに舌打ちするフェスに構わず、リーリアはすぐにバーナルに解毒剤を飲ませようとする。
「バーナル!解毒剤よ、飲んで!!」
「ちが……、あけちゃ、だ、め……」
リーリアが解毒剤の瓶の蓋を開けて、バーナルの口元に持って行くわずか数秒で、液体だった中身が揮発した。
「なにこれ!?騙したのね!?」
「うん、そうだよ。
そのお薬は、空気に触れるとすぐに気体になっちゃうんだけど、よく効くんだ」
「こ、これ……」
「ふふ、それは解毒剤ではなく、眠り薬だよ。しかも、超強力の!
毒耐性のある野猿にもよく効くかな?
……って、ああ、もう眠ったか」
リーリアとバーナルは、結界の中で、揮発した薬を思いっ切り吸い込んでおり、瞬く間に二人して深い眠りについてしまった。
「それじゃあ、依頼はきちんとこなそうかな」
フェスは、意識を失っても張られたままのリーリアの結界を慎重に破り、リーリアを担ぐと、街の外で待機していたリアレース教会の配下の馬車まで歩いて行って、馬車の中にリーリアを放り込んだ。
「はい、これがご依頼の『アレースの魔女』です。
噂通りに魔法が堪能で、捕まえるのが僕でも厄介でしたよ。
とりあえず、あと数時間は眠っていると思うので、今のうちに拘束しておいた方がいいですよ。
それでは、よろしく」
「ご苦労だった。報酬だ」
「はい、確かに」
フェスは、あっさりリーリアを渡し、生け捕るための報酬をきちんと受け取り、バーナルが倒れているところに戻ろうとする。
「おい、あの暗殺料理人の方は、始末しておけよ」
「……それは依頼外の内容ですが?」
「ついでに、殺っておけ!
追っかけてこられたら厄介だからな」
「僕は依頼以外のことは引き受けませんよ。
今回の報酬額では、サービスするつもりもないです。
正式なご依頼なら、それなりの報酬をいただきますが?」
「ちっ、ケチケチすんな!
あの暗殺料理人を消すチャンスだぞ?
名をあげたくないのか!?」
「僕、あの人より強いって、あの人自身にも認められているので、別に……」
「は?何だと!?お前みたいな若造が偉そうに!」
「ああ、僕のこと、ご存知ないのですね。
僕は、『肉捌き狩人』ってよく呼ばれていまして……」
「ええ!?お、お前が!?あの!?」
「ええ。何なら、腕前をお見せしましょうか?お前の肉で……」
「ひぃい!!やめてくれ、悪かった!」
リアレース教会の配下の者は、フェスのちょっと本気の殺気で怯え、逃げるように馬車を走らせ、リーリアを連れ去った。
「……まったく、あんな奴らの依頼なんか、受けるんじゃなかった。
バーナルは、面倒なご主人様をよく持つよな。
さて、まずはバーナルに気つけと解毒剤を飲ませて、今度はお姫様奪還の仲間にしてもらおう。
……怒るかな、バーナル?
でも、お姫様を取り戻したくて、きっと仲間にはしてくれるかな」
そう独り言をつぶやいて、いそいそと嬉しそうにバーナルの元に戻るフェスであった。
街の鐘の音は、今はもう鳴り止んでいた。
リーリアがまたドナドナされました。番外編IFでは何回目かな?
次回、黒幕の正体が明らかに!?
新しい登場人物
フェス:バーナルの知り合いで手練れの暗殺者。本当は毒よりも剣で肉を捌く方が得意。魔法も一通りの武器も使いこなす高スペック暗殺者で、もし暗殺者にならなかったら、森の狩人か、お肉屋さんになりたかった青年。