表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/64

ヒロインの去った後で

セリウスとリーリアのその後のお話です。

 隣国の王子サリューが学院を卒業し、帰国する際にアリーシアも一緒に隣国へ嫁いで行った。


 アリーシアは第2側妃とはいえ、隣国では王太子のサリューの妃である。未来の国母になれる可能性もあり待遇は悪くないはずである。

 しかし、嫁ぐ前のアリーシアの顔は幸せいっぱいという印象はなく、どこか不安の残る表情をしていた。


 その様子をみたリーリアは、前世の記憶から、もしここが乙女ゲームの世界だとしたならば、ヒロインであるアリーシアの将来の可能性を思い出した。


 はじめ、アリーシアはセリウスルートに入ろうとしていた。乙女ゲームの中でもセリウスルートは最も人気で、セリウスは誰よりも相手に甘く、将来は贅沢し放題なルートである。

  (ただし、リーリアには食べるおやつすら制限して、ちっとも贅沢できない現状である)

 しかし、この世界ではアリーシアは、おそらくセリウスの差し金で、サリュールートに強制的に入ってしまった。

 このまま隣国でアリーシアがサリューと仲睦まじく、かつ、もう1人の妃ともうまくやれれば、将来は乙女ゲームでも問題ないハッピーエンドである。

 ただ、乙女ゲームの攻略者のうち、隣国に行くことになるサリュールートも、話の続きでバッドエンドになるリスクが高いルートであった。

  実は、ヒロインがどの攻略相手も落とせずにいると、隣国王族の姫として迎えがくることになっていた。そして隣国にそのまま行かされてしまうと、ヒロインのバッドエンドとして、遠くのとある王国に政略で嫁がされる。

  問題は、その嫁ぎ先相手で、一応、王であり馬鹿ではないが、チビ・デブ・ハゲ・ゲス・オヤジで、結婚相手に夢見る少女にとっては5重苦の男であることであった。おまけに、彼は逃げたヒロインの母親の元婚約者でもあった。そのため、その王から結婚後、当然、冷遇されるというエンドである。

 そのエンドは、サリュールートの先でも復活し、サリューとの不仲や、あるいはもう1人の妃と争って、その争いに負けると、最終的にその5重苦の王に嫁ぐことになり、その場合はさらに冷遇どころではない目に遭うバッドエンドである。


 アリーシアが嫁ぐ前に、アリーシアのバッドエンド回避のために何か手助けができないかと、リーリアはアリーシアと接触を試みたが、セリウスやアーサーたちのあらゆる妨害にあった。

 けれども、一度だけ、運よく会えたアリーシアからも親の仇のように睨まれ、会話もできず拒絶されてしまい、余計なお世話であったと心が折れた。

  結局、嫁ぐ前の贈り物をしただけで終わった。


 こうして、アリーシアが隣国に渡った後も、リーリアとセリウスの仲は相変わらずであったが、リーリアには心理的変化があった。

 リーリアは、ヒロインであるアリーシアが去った後ならば、ゲーム補正のような避けられない力が働くこともないのではないかと気づいた。

 そして、現実世界として、もうセリウスが他の女性に心奪われることなく、セリウスときちんと向き合えるのではないかと、やっと思えるようになった。

 それまでは前世の乙女ゲームの記憶から、正直、どんなに努力してもセリウスの心が自分から離れる気がしてならなかったため、どこかあきらめて、公爵家をでても冒険者や魔法導師などになり、たくましく健全に生きる方法を模索していた。


 セリウスも18歳になって学院を卒業し、今は王宮で、王太子補佐の仕事と、新しく立ちあげた情報省の長官をしている。

 リーリアは、よく学院がお休みの日にセリウスから、忙しいセリウスのためにも王宮の執務室まで会いにくるように招待をうけていた。


 その日は、セリウスと更なる前向きな関係を構築しようと勢いこんでいたためか、たまたま早く王宮に着いてしまったリーリア。

 いつもはセリウスの従者や顔見知りの慣れたメイドがセリウスの執務室につながる応接室まで案内してくれるが、早めに着いてしまったせいか不在のため、勝手知った場所であることから不慣れなメイドの案内も断り、セリウスの応接室を訪れた時であった。


 一応、きちんとノックをして入室したリーリアであったが、そこで見てしまった。


 見知らぬ美女の手を握って、まるで口説くように耳元で囁く体勢のセリウスを。

 いや、美女の頬にキスしているかのようにも見える。


 あーっと。

 もしや、これは、浮気?

 あははは、セリウス様に限って、まさかね。


 ……いやいや、間違いなく、まさかの う・わ・き 現場だ~!


 そんな現場を見てしまったリーリアはとりあえず……。


「お、お邪魔しましたー!!ひゃー!」と言って、脱兎のごとく、その場から逃げだした。

「なっ、リーリア!? 待てっ!待つんだ、リーリアァー!!」とセリウスが後ろから叫んだが、もうリーリアには聞こえていなかった。


(私としたことが、嫁いだヒロインの心配をしている場合ではなかった)と逃げながら反省するリーリア。


 そうだった、今までもセリウスは異常にモテていた。

 ただ、前世の記憶のせいで、セリウスがアリーシア以外の女性に興味を示すとリーリアにはどうしても思えなかった。

 しかし、セリウスはよく考えたら、性格に多少の難はあるものの、国一番の美貌の貴公子で仕事もでき、現国王、次期国王ともに信頼も高く、よっぽど王妃になりたい女性以外には、ほぼ最高点の結婚相手である。

 そのため、リーリアによく見せる愛しげな眼差しは、この国の多くの女性が切望するものであることに今さらながら気づいた。


 ふと立ち止まり、考えるリーリア。


 もし、先ほどの美女にもセリウスがその眼差しをむけたならば?


 そう考えただけで、胸にずきずきとする痛みと辛さがこみあげてきた。

 そして、3日間は絶食したような激しい空腹感に襲われた。


 リーリアは、そのまま急いで王宮をでると、王宮から街に行く馬車に飛び乗り、街でよく行くお菓子屋「キャロルの店」に向かった。その店で、手持ちのお金で買えるだけのお菓子を大人買いして、学院寮の自室に籠った。


 リーリアが部屋に籠って1時間もしないうちに、セリウスが部屋の前に現れた。

  一応、女子寮のため男子禁制にもかかわらず、無理して乗り込んできたセリウスはいつもの冷静さを欠いていた。


「リーリア!ここにいるのはわかっているよ。ここを開けて!」と焦ったようにセリウスが訴えるが、それをまるっと無視するリーリア。


 大好きなお店の大好きなお菓子を好きなだけ食べて、わずかな至福の時を過ごしながら、リーリアなりに心の整理をつけようとしていた。

 本当にこの扉の向こうの人と別れなければいけないのか。

 泣いて縋れば取り戻せるのか。

 頭の中で色々とシミュレーションをするが、なかなか感情が追い付かず、胸が痛み、空腹が増すばかりであった。

 とりあえず、今はセリウスと直接話すには、リーリアも冷静かつ最善の対応ができないことだけはわかっていた。

 なまじ、セリウスとの更なる前向きな関係を築こうと朝に決心したばかりだったせいもあり、ダメージが大きかったのである。


「いいかげんに開けなさい、リーリア!」と、とうとう切れだすセリウスにリーリアも観念して返事だけはした。

「セ、セリウス様、今日はとても体調がすぐれないので、このまま1人にしてくださいませ。

 お話は後日に……」

「そんな言い訳はいいから、ここを開けて!」と聞かないセリウス。

「どうか後日に!」

「いまだ!」

「後日に!」

「いますぐだ!」

「いやです!」

「扉を壊すぞ!」

「ダメです!」

「それならすぐここを開けろ!」

「開けません!」

「そう。なら、扉の側から離れていろ」といったセリウスに、まさかと思ったリーリアであったが、本能的に扉からさっと離れた次の瞬間。


 バキッ!ドゴッ!ガコッ


 寮の頑丈なはずの部屋の扉が、いとも簡単に外れてしまった。


 扉を外して入ってきたセリウスは、驚き固まるリーリアを見つけると、特に怪我もない様子にほっとしたような顔をして、リーリアをきつく抱きしめてきた。


 ぎゅーーーーーーむ。


「げぇ、げほっ、く、くるしぃー!」とカエルがつぶれるような声がでてしまったリーリアは、きつく拘束するセリウスの腕をベチベチとできる限りの力で叩いた。


やっと落ち着いたのかセリウスも腕の力をゆるめたが、抱きしめた腕はそのままでリーリアの顔をみつめた。


「……ねえ、リーリア。僕が待ってと言ったのに、どうして待ってくれなかったの?

 しかも、あんなに早く王宮から出ていくとは読めなかったよ。

 君を探させるのが大変だった……」とため息をつくセリウス。

「あ、あのですね。セリウス様、離して……」

「おまけに、公爵家に戻ったかと思えば、街に寄った上で寮の部屋に籠るとはね。

 相変わらずちょっと予想外だね。全くもう」と言ってセリウスは今度は、大きくため息をついた。


 その様子にむっとしたリーリアはセリウスの腕から逃れようと暴れた。


「はなしてください!今は、……今はまだ冷静にお話しできません」

「リーリア、応接室で見たことで怒っているのでしょう?」

「え?そのことで怒ってはいませんが……」

「じゃあ、何で逃げたの?」

「だって、セリウス様が応接室で見知らぬ美女の手を握って頬に……」

「ぶふっ、見知らぬ美女って……」と突然、吹きだすセリウス。


 そのセリウスの態度にかなり腹を立てたリーリアはとうとう


「もうセリウス様なんて、知らない!いいから、もう離れて!!」と叫ぶ。

「そ、その美女とやらに今回は嫉妬してくれたの?リーリア?」とまだおかしそうにしているセリウス。

「……いえ」

「え?だって、その美女に嫉妬したから、逃げたんでしょ?」

「えっと、その、逃げたのはお邪魔をしてはいけないと思って……」

「……お邪魔ってリーリア。

 ねえ、こんな時でも、君は僕が浮気したって怒らないのかい?

 それを受け入れようとして、また自ら婚約解消してくれるとでも言うつもりかい?」と悲しそうにするセリウス。


  何で浮気したセリウス様の方が悲しそうなの!?

  浮気されて悲しいのは、むしろ泣きたいのは、私の方なのに!!


 ついに感情が爆発したリーリアは涙が溢れてきた。

 でも、今は泣きたくない!

 それなのにダメだ。感情がコントロールできない。


 リーリアはセリウスの腕の中でうつむき、顔を見えないようにしながら、腕に精一杯の力を入れて、何とかセリウスから離れようとした。

 ついでに、うつむいて丁度あたる胸部に頭突きもゴンゴンくらわせた。

 だが、セリウスが離すものかとそれ以上に強く抱きしめてきた。


「ああ、リーリア、泣いているね!ごめん!今回は僕が悪かったよ」と腕の中のリーリアのうつむいた顔を片手であげて、その泣いている目尻にちゅっちゅっとキスをしだした。

 それをとても嫌がるリーリアと揉みあうように2人が攻防しているところであった。


「あのー、セリウス様?きちんとリーリア様に事情はご説明なさったのですか?」とリーリアの後ろから聞き慣れたセリウスの従者の声が聞こえた。


 思わずその声でリーリアが振り返ると、そこにはさきほどの浮気相手の美女がいた。


 ……あれ?美女が??


 確かに目の前には美女がいるのに、その声はいつもの地味な顏のはずの従者マルセルであった。


 どういうこと?まさか……。


「リーリア、本当にごめんね。

 僕がふざけて戯れていたのは、この女装したマルセルなんだ。

 あまりに驚くほどの変貌だったため、色々といじってみたら、マルセルが全力で嫌がるもんで、つい嫌がらせでね……。

 あと、先に言っておくけど僕に男色の気は一切ないからね。

 でも、誤解させて本当に悪かったよ。

 誤解を解くためにわざわざマルセルもこのまま連れてきたんだよ。

 まあ、僕の制止を聞いてくれたらすぐに解ける誤解だったけどね~」というセリウスの言葉も途中から聞き流すくらいにリーリアは驚いた。


「実は、今度の任務に女性を連れて行かないといけなくなってね。

 でも、うちの情報省の女性職員にやらせるわけにもいかない任務だから、男性職員に女装させたらどうかって案がでてね。

 ためしにマルセルに女装させてみたら、思いのほかうまく化けてね~」と可笑しそうに話すセリウス。


 驚きすぎたリーリアは、涙が引っ込み、口をパクパクさせてしまった。


 何?その劇的変貌は?化粧でそこまで変われるもの?すごいな!!

 いや、問題はそこじゃない。

 つまり、今回の件は浮気でも何でもないってこと?


 そのことに気づいたリーリアはとてつもなく恥ずかしくなり、顔が赤くなった。

 その顔を真っ赤にしたリーリアを見たセリウスは、ついその可愛さのために我慢がきかず、抱きしめたリーリアの唇に割と深くキスをしてしまった。


「んぐっ」と息が一瞬つまるリーリア。

「はぁ、リーリア、君はとても可愛いね!

 僕はね本当に君だけを愛しているよ。

 だから、こういうことをするのも君にだけだよ」と唇を離したセリウスは蕩けるような笑みを浮かべる。


 後ろにいた従者のマルセルは、見なかったことにしようと背中を向けて明後日の方向をみてくれていたが、人前で堂々とキスされたことで、リーリアは先ほどとは違った胸いっぱいな空腹感に苛まされた。

 そして、さっさとセリウスの腕から抜けたリーリアは、食べかけの大量のお菓子のあるテーブルに戻り、再び無言でお菓子を食べ始めるのであった。


「リーリア。街に寄ったのはこの大量のお菓子を買うためだったんだね。キャロルの店でこんなに買っちゃったのか……」

「……」無言でケーキをムシャムシャと食べ続けるリーリア。

「リーリア。とっくに1日の許容量を超えているね……」

「……」やはり無言でボリ、ボリ、バリッとクッキーをむさぼるリーリア。

「ふーん。リーリア、君は野猿から野豚に進化したいのかな?いや、これは退化か」

「いつもながら、ひどいですわ、セリウス様!

 もうセリウス様の言うとおりのお菓子制限は一切しません。ふんっ!!」と我慢できず、ついにそっぽを向いて、リーリアは大いに拗ねた。

「くくくっ。ごめんね、僕が悪かったよ、リーリア。

 このお菓子は好きにお食べ。

 何なら、君を傷つけたお詫びに追加のお菓子もたくさん買ってあげるよ。

 でも、体を壊さないように加減はしてね」


今までにないくらい優しいセリウスの言葉に、リーリアは(そんな素直に詫びてお菓子OKにするセリウス様なんて、おかしい!)とつい疑いの目でみてしまう。


「……何かご要求が?」とリーリアが疑いながらセリウスに聞くと、セリウスは今までにないくらい真剣な顔で言ってきた。

「ねえ、リーリア。

 これからは、もし僕が疑わしかったら、もう逃げたり、自己完結したりせずにすぐに僕に直接、確認してくれるって約束して?

 そうしないと、これから先もこういうすれ違いが起きるかも知れない。

 僕としては心底、君を愛していることを信じて欲しいのだけれど、悪い条件が重なって、信じられない場面があるかも知れない。

 あと、君と僕の立場上、アリーシアのように仲を裂こうと騙してくる輩も少なくない。

 それでも、君が僕から直接、僕の気持ちを聞くまでは、他人のいうことを信じないで欲しいし、騙されたり、誤解したりしないでいて欲しいんだ。

 だから、お願いだ。今後は直接、僕にきちんと確認するって約束してくれ」と切なさも交えた表情で訴えるセリウス。


 それは、もし本当にセリウス様の気持ちが他の女性に移ったならば、本人の口から直接、宣告されないといけないってことですよね。なんて残酷な……。


 嫁ぐ前のアリーシアの表情をみて、何とかしてあげたいと思ったのは、今の自分と同じ不安を持っているようにみえたからかも知れない。


 でも、確かに逃げても、不安はむしろ増すばかりで、最終的に良くない結果を生むことにもなるだろう。

 それなら、たとえ傷ついてもそれに立ち向かう方が、得るものが多いのではないかとも思えた。


「……わかりました、セリウス様。お約束いたします」とリーリアは決意した。

「ありがとう!リーリア」とセリウスは穏やかに微笑んだ。


 こうして、セリウスとリーリアはアリーシアの去った後に、さらにふたりの絆を深めていき、このランダード王国で、王太子夫婦と同様に仲のいい夫婦として、幸せを築いていくのであった。

恋愛話が書きたくて、つい。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ