番外編 IF 野猿な囚人 28ー1.(セリウスルート)守る人
王宮に着く前、セリウスがルクレナやリーリア達に持ってきた仕事は、王都近くの施設での結界張り直しの仕事が含まれていた。またもや、リーリアが中心になって作業をすることになる。
ルクレナは、主にリーリアの護衛くらいしか仕事がないため、セリウスへ文句をいう。
ちなみに、ルクレナは、もうセリウスに敬語すら使わなくなったようである。
「ああ~、王宮に着く前に、また施設の結界か~。
野猿は、すっかり、結界専門になりつつあるな~。
王子としては、野猿と婚約破棄したあげく、こんなに野猿をこき使うなんて、申し訳なく思わないわけ?」
「……すっごく申し訳ないな。
よし!責任をとって婚約をもう一度するのはどうかな?何ならすぐ結婚しよう。
僕はいつでも大歓迎だ!」
「……これ以上、嫌われたくなければやめておけよ、馬鹿王子」
「貴様、本当に不敬だぞ!?」
「ああ、悪かった。言い過ぎたよ。
でも、今は事態が色々と動いたから、人手不足なんだろうな……」
「そうだ。本当は、リーリアには家族に会ってもらって、身も心も休ませて、ゆっくりさせてあげたいけど、色々あって人手不足なんだ。
でも、1人であのレベルの結界が直せるほどの魔法が使える人材は、他の重要な仕事に追われているから、比較的自由に動けて、余裕のあるリーリアにお願いするしかないんだ」
「……それってさあ、この国のセキュリティー、まずくないか?本当に他にいないのか?」
「うーん、チームで組めばいける人材ならいるけど、たった1人で、しかもリーリア以上に精度高くできるのは、このランダード王国でも、ほんの数人しかいない。そのうち2人は王宮に軟禁中だしね」
「軟禁中ねえ……。それって、あの野猿の義妹関係か?」
「まあね」
「それなら、野猿の兄貴アーサー・メナードと魔法省長官の息子クリス・カストーナだろう?
あの2人は今、軟禁中か~」
「知っていたのか……」
「そりゃあね。仕事柄、最新の情報は必要なんでね。
野猿の兄貴は家にも帰れないのか、気の毒に……」
「……そうだな」
そう、アーサーは、いまだに王宮に軟禁されている。
アーサーも、とっくにアリーシアの人心操作術は解かれているが、まだ本当にアリーシアの洗脳が解けていないのではないかと疑われている。
特にアーサーは、最も長くアリーシアの術を受けていたはずなのに、それでいて、精神的不安定はあっても、セリウスのような身体だけの拒絶反応すら示さず、適応していたことからも疑いはなかなか晴れなかった。
アーサーは、王宮内で事件の後始末などの仕事をこなしながらも、王宮から勝手に外部に出ないように監視をされているのであった。
ただ、アーサーの場合、アリーシアへ多少の情報漏洩をした問題はあったが、セリウスのような野猿を監獄に送るなどの他の操られていた者達が引き起こしたような惨事は少なかった。
たとえば、アーサーの婚約者スージー・マスケット伯爵令嬢は、アーサーがアリーシアの取り巻きになる頃、体調不良で母方の祖父の領地で療養しており、学院も休学していたおかげで、何の被害もなかった。
「結界修正、無事、終了しました!」
リーリアが元気よく、ルクレナやセリウスに報告する。
「さすが、リーリア!ご苦労だったね。しかも、こんなに完璧に仕事をこなして、魔力消費量も半端ないのに、まだ余裕がありそうなんて、どうしちゃったの?」
「ああ!それはバーナルのおかげかも。
バーナルの作るご飯を食べると、魔力がとても増える感じがして、自分でもレベルアップしたような気がします」
「へえ、あいつのねえ……」
ちらっとセリウスがバーナルに視線を向けると、ばびゅっと近くに飛んで来るバーナル。
「あら、なになに~?王子ったら、私のこと、見直した?」
「……リーリアの魔力回復に使っている食材はどこから手に入れている?」
「ふふふ。それは料理人しか買えない食材なのよ~」
「嘘つけ。どうせ毒物と同じ裏市場でしか売ってないものなんだろう?」
「あらん、わかっているなら、聞かないでよ。
毒殺を専門とする暗殺者にしか教えられないところよ」
「そうか。なるほどね……」
リーリアの魔力をこれだけ回復するなら、軍事利用もできるかと一瞬考えたセリウスであったが、バーナルの言う通り、その食材を手に入れるには、労力も大変なことをよく知っていた。
「まあ、もう私が奴を雇うのも、軍に引き入れるのもないな。それ以上に被害が大きそうだ……」
「そうだな。確かにバーナルは使えるが、それ以上にリスクが高いのは間違いないな……」と激しく同意するルクレナ。
「奴も役立ってくれるのは、リーリアがいる間だけだろう」
「そうだろうな……」
バーナルは腕利きであったが、厄介さがそれ以上にあるせいで、長期で雇いづらい難しい暗殺者であった。
リーリアがバーナルと出会い、魔力増幅し、レベルアップできたことは、本当に幸運であった。
そんなリーリア達が王都に進み、皆で一緒にランダード王国の王都に、やっと無事にたどり着いた。
王宮内には、バーナルや他のルクレナの部下達は入れないため、バーナルたちは王都の宿に待機している間に、セリウス、リーリア、ルクレナの3人だけが王宮に行くことになった。
そして、王宮の入口近くで、待っている人物に、3人は一瞬、眉を寄せた。
「セリウス~!待っていたよ~!!」
セリウスを認識して飛んで来た人物は、セリウスの兄で王太子でもあるルシェール殿下であった。
「セリウス、道中、問題なかった?とりあえず、無事?」
「兄上……。私は大丈夫ですから、ご自分のお仕事にお戻りください。
報告には後程、伺いますから」
ルシェールはアリーシア事件以降、さらなる心配からブラコンをこじらせ、セリウスに過保護になっている。
ふと、一緒にいるリーリアに気づくルシェール。
「おお、野猿も無事か?そっちにいるのは、母上の部下のルクレナ殿だな。
二人ともアルーテ王国では大活躍だったそうだな。
部下からの報告と、パメラから手紙でも教えてもらったぞ」
そう言って、リーリア達を褒めるルシェールに驚くリーリア。
(え?嘘?ルシェール殿下に褒められるなんて、初めてかも!?
パメラ様ったら、何を書いてくださったのだろう?
まあ、パメラ様のおかげだろうな~)
リーリアが心の中で(パメラ様、ありがとう!)と思っていると、ルシェールが意外な提案をしてきた。
「今回、アルーテ王国で頑張った野猿には、王宮に着いたら、一番に会いたいだろう相手に会わせてやろう。母上への報告はその後で大丈夫だ。ついてこい」
ルシェール自ら、王宮内を案内して、監視の厳重にされているある執務室の前にリーリア達を連れて来た。
「入るぞ!」
そこに来るまでの護衛や警備はルシェールの顔パスでスムーズに来れて、声をかけてからその部屋に入るルシェール。
そこにいたのは、軟禁中のアーサーであった。
「ルシェール殿下?またいらっしゃったのですか……」
疲れたようにため息をつくアーサーは、軟禁中もルシェールにいつも面倒な目にあわされているので、(またか……)と思った。
「なんだ、その態度は!せっかくお前の妹の野猿を連れて来たのに!!」
「え?妹?」
ぷんぷん怒るルシェールの後ろから、ひょこっとリーリアが続いて、アーサーの執務室に入る。
「お、お兄様!?」
「リーリア!本当にリーリアなのか!?」
リーリアは、ダッとアーサーに駆け寄り、抱き着く。
アーサーもそれを抱き留め、メナード公爵のようにクルクルは回さないまでも、リーリアの勢いを殺すために半周は回った。
「リーリア、無事でよかった!」
「お兄様こそ!会いたかったです。やっと正気に戻られて安心しました」
「リーリア。辛い思いをさせて、すまなかった……。
アウスフォーデュ修道院に入れられて、迎えに行くこともできず、助けてやれなくて本当にすまなかった」
「いいえ。確かにお兄様が助けに来てくれるとちょっとだけ期待はしていましたが、お兄様もお大変だったのでしょう。とりあえず、ご無事でよかったです」
お互いちょっと涙目で、久しぶりの再会を喜び合うアーサーとリーリア。
「あれ?あの兄貴って、野猿や野猿親玉に似ていないな。賢そうで、普通にいい男だな。バーナルが好きそうだ。
本当に血のつながった野猿の兄貴か?」とセリウスに思わず確認するルクレナ。
「ああ、アーサーは公爵夫人似なんだ。だから公爵似のリーリア達と違って、野生感があまりないんだ」
「なるほど!だから、洗脳されちゃったんだ~」
「そうかもな~」
アーサーとリーリアは、全く似ていない兄妹だった。洗脳の効かない野猿の、実の兄貴なのに、何で義妹の術に陥ったかと不思議に思っていたルクレナであったが、これでアリーシア事件の謎が一つ解けたのであった。
一方、嫉妬深い元婚約者セリウスは、アーサーとリーリアの再会で、仲睦まじい様子を見て、むっとしてしまった。
「……リーリアは僕と会った時は、あんなに拒絶したのに、アーサーには違うんだな」
「そりゃ、そうだろう~。自分を監獄に追い込んだ当事者と、助けてはくれなかったが、被害者になった兄貴とは、雲泥の差だろう~」とセリウスに突っ込みを入れるルクレナ。
「……お前、本当に腹立つな」
ルクレナの言う通りのため、それ以上、何も言えないセリウスであった。
そんなセリウスも気にせずに、アーサーとリーリアはお互いのことをよく話していた。
「そういえば、私の管理者(?)に正式にお兄様が決まったって、セリウス様にお聞きしましたが、私の居場所も、メナード公爵家ではなく、お兄様と同じ王宮内待機になりますか?」
「いや、その点の詳細は、まだ私も聞かされていないんだ。
ただ、リーリア……」
「はい?」
「私はリーリアの『管理者』じゃないよ、リーリア」
「え?」
「私がするのは、リーリアを守ることだよ。
リーリアは小さい頃からいまだに悪い奴らに狙われているからね。
昔のように、そういうリーリアに対して、悪意を持つ者達を排除する『守る人』になるというか、戻れると聞いているよ。
だから、私は『管理者』ではなく、君を『守る人』だよ。
今も昔もね!」
「お、お兄様……。ありがとうございます!」
「ただ、まあ、今回の件では守り切れず、助けにも行けず、力不足で頼りない『守る人』だったけどね……。
でも、これからは、力の及ぶ限り、リーリアのことは守るつもりだから、私に頼っても良いんだよ?」
「ええ。頼りにしていますわ、お兄様!」
アーサーに極上の微笑みを向けるリーリアを見て、セリウスはアーサーにひどく嫉妬する。
「へ~、ほ~、『守る人』ねえ……。
一番にアリーシアの術におとされちゃった癖に~。
そもそも、昔から守るとか言っておいて、僕とリーリアが初対面の時から、婚約者の秘密と引き換えに、リーリアを僕にあっさり渡したことを忘れたのかな~、アーサー?」
「くっ、セリウス殿下、まだその話を持ち出しますか……。
元はと言えば、あのアリーシアに関する任務につく際、あなたが『リーリアにアリーシアを一切、近づけさせない。絶対、守る』と宣言しておいて、その殿下ご自身が、リーリアをあんな監獄に送るなんて、ひどいですよね!?
計画では、スージーみたいに、リーリアも避難させる予定だったのに!」
「……それは本当にすまなかった。想定外のトラブルに巻き込まれたんだ……」
「そんな言い訳は通じませんよ。自分達のことを棚に上げて申し訳ございませんが、あなたのリーリアにした仕打ちは、父も私も、メナード公爵家として、一生忘れませんからね」
「本当に申し訳ない……。責任をとって、リーリアに償うよ、一生……」
「そう言って、リーリアに手を出させませんよ?
また婚約者になろうなんて、許しませんから。
私はあなたからもリーリアを『守る人』ですから!」
「くっ、アーサーめ!相変わらずの邪魔者だな!」
そんな風にアーサーとセリウスがリーリアに関して言い争うのを、いつも子供の頃から見ていたリーリアは、(ああ、また日常が戻ってきた感じがする。とりあえず、お兄様が歪み変わっていなくて、本当によかった……)といつものようなアーサーの言動に安心感を得ていた。
そして、セリウスには、(やはり、事件のせいもあって、セリウス様みたいな方でも、良心の呵責があるのね。冤罪とはいえ、元囚人の私なんかにセリウス様もそんな拘らず、伴侶にはパメラ様のようなふさわしい素敵な方を選んで欲しいな……)と本気で思っていた。
セリウスの本気の愛は、いまだにリーリアには通じていないようであった。
久しぶりのアーサー兄さんの登場!
あれ?セリウスルート……。セリウスのハッピーエンドがまだ見えないのはどういうことかな??
次回こそ、最終話予定です。




