番外編 IF 野猿な囚人 26-1.(セリウスルート)覚悟
リーリアの管理者があっさりルクレナに決まったので、セリウス殿下を差し置いてアルーテ王国の方達は口を出す隙を与えられなかった。ランダード王家の使いもさっさとこの話し合いを記録して報告書にまとめ、ランダード王国に戻る準備を始めていた。
リーリアは、またルクレナの部下になれたことに安心して、バーナルに連絡をしようと自分に与えられた部屋に戻ろうとしていた。
セリウスは、すぐに自室に引き上げるふりして、バーナルを探し出し、かつスカウトするように部下に指示を出していた。
そんな各自解散の様子の中、ルクレナが「野猿、大事な話があるから、私の部屋にちょっときてくれ」とリーリアに声をかけてきた。
(あ、これは、ルクレナ様から私へのお説教タイムですね。
うぅ。あんまり痛い思いをしませんように!)
リーリアは、今回の件は全面的に自分が悪いため、覚悟をしてルクレナの部屋に行った。
「さて。リーリア・メナード」
「はい……」
「ここなら、盗聴されないように、防音の魔法を張ってあるから、本当のことを話せるぞ。先程は、アルーテ王国の方々がいたので、あまり本音で話ができなくてな」
「そうだったのですね……」
大きくため息をつくルクレナに、リーリアは、自分の知らないところで、国レベルの色々な駆け引きが行われていたのかと少し思った。
「それでな、正式に私の部下になるということは、あらためて、どういうことか詳しく教える」
「はい!」
「実は、今、私は首の皮一枚で繋がっている状態だ。
きちんとお前の管理ができず、危険な目に合わせたからな……。
そして、お前への温情のために、私はまだ解雇されていない。
意味、わかるか?」
「う、はい、私の勝手な行動のせいで、本当に申し訳ございません」
「さっきも言ったが、上の指示を無視する行為は、自分ばかりか仲間の死にも繋がる。
こちらの世界は、たとえ力があっても甘くない、そういう世界だ。
だから、今回のように、力があれば好きなことができるという甘い考えは、捨てろ」
「……はい」
「あと、セリウス殿下からは、お前が気に病むから言うなと言われていたことだが、はっきり言っておく。
……今回の件で、この王宮でのお前付きの侍女、護衛は全員配属変えで、左遷に近いことになった。
彼らの管理者は全員、解雇か左遷になった。
あと、この城の警備の責任者も変わっているのは気づいたか?
無事にお前が戻った今回ですら、そんなことになった者達がいる。
まあ、彼らは、お前を管理できるレベルの仕事をしなかった責任だから、当然と言えば当然の処遇だがな」
「そ、そんな!私が悪いのに!!」
「そうだな。もちろん、お前も悪いが、一番の問題は、ここの警備レベルが、実際にお前以上の敵が簡単に抜けられるレベルだということが発覚したからだ。お前が結界に特化した魔法が得意ということを除いても、アルーテ王宮に滞在する要人がいる限り、許可なく自由に結界を行き来できるようでは、どちらにしろまずいんだ。
もし今回、アルーテ王国の警備の緩さのために、お前の身に何かあったら、この国とランダード王国との関係に影響することはわかっていたか?
お前、自分がどういう立場かわかっているか?」
「私なんか、経歴に傷がついたただの貴族の小娘でしょう?」
「それが、違うんだよ。リーリア・メナード」
(まさか、本当に自分のことをわかっていないとは……。
メナード公爵は一体、どんな教育をしたんだ!?)と、ふうとため息をつくルクレナ。
「まず、お前は軍のトップであるメナード公爵家の者で、既にランダード王国以外の防衛にも大きく関与している。
この王宮の結界の元は、お前とアーサー・メナードが作ったと聞いたぞ」
「はい。依頼された結界の術式は、よくお兄様と一緒に作りました」
「……そういえば、この王宮の結界を新しくしたそうだな。
それは、お前が好きに抜け出すためだったのか?」
「えっと。違います。
その~、一回目に城下町に行く際、ここの結界がカーテンのように簡単に通り抜けができたので、こんな軟弱な結界やガードではパメラ様達も危ないなっと思いまして、お世話になっておりますので、恩返しとして新しく強化しました」
「は?一回目だと?
じゃあ、お前が捕まったのは、結界を新しくしてからの脱走、二回目の時か?」
「そ、そうです。ごめんなさい!
一回目が誰にも気づかれずに楽勝で戻って来られたので、二回目も大丈夫だと思いました」
リーリアが、土下座する勢いで謝る。
その姿をしばらく呆然と見ていたルクレナは、疲れたように部屋の椅子に座り込んで、大きなため息をつき、片手で額をおさえる。
「お前、あの新しくする前の結界も抜けられたのか?何の痕跡も残さずに?」
「あ、あれは……。実は、主に私が作成担当した結界だったおかげもあり、仕組みを隅々まで知っていたのです」
「新しくした後は、どうして気づかれずに抜けられた?結界に穴を作るとか、何か細工したのか?」
「……更新後の結界に穴はありません。
ちょっとやそっとの侵入者は許されないようになっているから、安全性は大丈夫です。
ただ、管理者を設定して、有事の際に、警報に触れずに自由に管理者は行き来できるようにしてあります。しかも、管理者が交代した場合は、独自の方式に自動で変えられるように設定されていて、前任者が使用できないようになっています。
……私が簡単に抜けられたのは、その設定を応用して、自分用に履歴も残さない特別な秘密の管理者設定を作りました。だから、誰にも気づかれずに抜けられました。でも、この王宮、いえランダード王国にも、それができるのは今のところ、私の魔力に反応するので、私だけです。
たとえ結界に特化した魔法導師でも、もし私と同じことをしようとしても、警報が鳴る罠をたくさんちりばめましたので、悟られずには結界を通れません」
「……アルーテ王国の者でもないお前だけが抜けられる結界を、王宮に密かに作るなんて、とんでもなくまずいことしているの、わかっているか?」
「……はい。すみません」
「すみませんですまないぞ。
とりあえず、それはアルーテ王国側にばれずに、すぐに解除できるか?」
「はい。ばれずにすぐできます」
「じゃあ、話が終わったらすぐやれ。
アルーテ王国側にばれずにやるんだ。そうしないと、国際問題になる」
「はい」
しばらく頭をかかえて考えていたルクレナは、リーリアに自分の立場をわからせるよりも先に、問題にならないように口裏を合わせることにした。
「……いいか?これから、お前が何故、誘拐されるに至ったかの経緯の報告書を、詳細に私が作ることになっている。これはランダード王国だけでなく、アルーテ王国にも同じものを提出することになっている。
だから、その結界の件では、『結界の更新後、お前がこの王宮を探検していたら、偶然、結界の綻びを見つけてしまい、警備に知らせる前に試してみたら外にでれたから、出てみた。そして、魔が差して、城下町に遊びに行った』と報告することにする。一回目の脱走の件は内緒にしておくように。
今から、お前が抜けた原因の綻びを直すと言って結界の修正をしにいく。
その秘密の管理者設定は、履歴を残さず密かに解除しろ。
代わりに、フェイクの綻びを直したという履歴を残せ」
「わかりました」
「あと、お前が侍女達にわからないように、魔法の身代わりまで置いていたせいで、計画的脱走と思われているから、あれは、侍女に心配させずに、王宮探検を自由にしたかったからとしておけ」
「はい。もし今後、聞かれてもそう答えます」
その後も、ルクレナは、リーリアがここに戻って来れたまでのストーリーを上手に作り、両国に不利にならないように修正し、矛盾点を洗い出し、詳細な口裏合わせをした。
「じゃあ、経緯については、そうするということで。
言っておくが、レイスリーア王妃様には真実を報告するから、お前も帰国後は覚悟しておけよ」
「うぅ、王妃様には、そうですよね。
はい、覚悟します」
「……では、リーリア・メナード、お前の立場についての話に戻すぞ」
「はい」
「お前は防衛において、世界的に重要人物ということが今回の件から、多くの者にも明らかになった。
次に、まだあの第2王子の想い人だという自覚はあるか?」
「いいえ、もう違うと思いますよ?
セリウス様の態度は、以前とは大きく違います。
おそらく、赤の他人ではないが、今は知り合いより近い、幼馴染くらいの仲だと思います」
「はぁ、腐れ王子も哀れに……。
それは、お前の勘違いだ。お前はまだ王子にひどく執着されている。
たぶん、押しても駄目なら引いてみろ作戦でもしているんじゃないか?
だから、もし、今回、お前が再起不能な位、壊されていたり、死んでいたら、アルーテ王国はどうなっていたと思う?」
「……ランダード王国との仲が険悪に?」
「そうだ。その場合、良くてパメラ王女と第1王子の婚約解消だな」
「え?何故、そうなります?
絶対、そんなことはありえません」
「あの二人は愛し合っているが、婚姻を結ぶ一番の理由は、お互い、国の利益のためだ。
他にも色々と理由はあるが、もしお前の奪還に失敗していたら、我が国としては、お前も預けられない国と国交を持つより、もっと軍事的に有利な国と組む方が利益になると判断されることになるから、婚姻は解消されるだろう」
「あのルシェール殿下がありえない!」
「いや、ありうるんだ。
あとは、悪くて、お前はまだ第2王子の想い人だから、お前を失った復讐に王子がこの国を滅ぼしたかも知れないぞ?それだけ、お前は王子に執着されているからな」
「そんなことはないですよ!
それに、この国の王妃様は、ランダード王国の王妃様のお従姉様でありますし、セリウス様にとっても親戚ですよ?簡単に滅ぼすなんて……」
「じゃあ、親戚ということで、この国を乗っ取るのは簡単かもな」
「そんな……」(でも、昔のセリウス様ならやりそう?)とちょっと思うリーリアであった。
「最悪な事態は、アルーテ王国とランダード王国との不仲や混乱に乗じて、セリクルド王国あたりが攻めてきて、両国が滅びることかな。
案外、それを狙ってお前の義妹とやらは、お前と王子を別れさせて、ランダード王国に混乱を生じさせたのかもな?」
「!!」
リーリアは、少し思い当たることがあった。
当初、アリーシアが、リーリアも前世で覚えている乙女ゲームのことを知っていると思っていた。
けれども、アリーシアには、前世の記憶はなさそうだった。
ただ、アリーシアは、あの人心操作術を全員に使わずに、どうすれば自分に彼らが落ちるかをよく知っており、それで落とされた貴族子息達もいた。それは、ゲームを知らないとわからないようなレベルの内容もあった。
だから、アリーシアの後ろには、リーリアの前世の記憶と共通する記憶を持つ者がいると、今でもアリーシアの手口から、リーリアは疑っている。
それが、国を乗っ取ろうとするセリクルド王国の手の者なのかも知れないと思われた。
「ルクレナ様、私、ランダード王国に帰ったら、アリーシアの件で王妃様も交えてお話したいことが……」
「わかった。今回の件の後始末が終わったら、すぐ帰国するから、その時に話せ。
……我々はランダード王国に戻ったら、やることが山積みだな」
「そうですね……」
「まあ、それでだな。話を戻すぞ。
お前は、こちらの世界で、噂の的だ。
何故かわかるか?」
「魔力が多くて利用価値があるから?」
「そうだ。今回、競売の方に来ていた奴らの中に、お前を『アレースの魔女』と呼ぶ輩がいた」
「あ、お父様がおっしゃっていた……」
「そう。お前を教祖にして、この世界を発展させようとしている宗教団体だが、要は、お前を利用して強力な力を得て、楽して潤おうとしている腐ったテロリスト集団だ。
奴らにお前が奪われていたら、多くの罪のない人達の血が流れる危険性があった」
リーリア自身も、その集団と関わることは怖かった。
子供の頃から狙われていて、実際に関わったことはないが、捕まったらどんな目に合わせられるかは教えられていた。
「……お前が大人しくあの腐れ王子と結婚するなら、お前はランダード王家庇護下の最高レベルで守られる存在だが、私の部下ならそうはいかない。
今回のような件も、王子ならお前が城下町に行く前に察知して手を打つだろうから、こんな大事にならず、叱られて終わるだけだぞ。いや、そもそも、あの王子ならお前に魔力封じ位をしてから離れるかな?
どうする?今からでも王子の庇護下に入る選択も、まだできるぞ?」
「セ、セリウス様の元にですか……」
「お前はどうも自分の立場がよくわかっていない上に、私もお前の能力を甘く見ていた。そこまで魔法を使いこなすとは、お前の管理者には、私だけでは力不足だと実感したよ。
今なら、私が不在の間は、囚人のように、お前の魔力を封じるべきだったと考えている。
今回のようなお前の軽い気持ちのあやまちが、多くの人間を不幸・不遇にして、悪くて死に至らしめる結果になる。最悪、国レベルの災害が引き起こされる可能性もある。
だから、今後、一切、今回のようなことは絶対に許さないが、それでも、私の部下になる覚悟はあるか?」
「ルクレナ様。大げさですよ!
それに、正直、セレウス様の元にいた方が、その影響は大きいと思われます」
「大げさねえ……。まだわかっていないのか」
すっと目を細めるルクレナ。
「どう言えば、お前は自分の立場を本当に理解するんだろうな……。
やはり、野猿は元の飼い主に返すべきか? たぶん、王子ならお前に閑職を与えて、子育てなどを理由に安全な所で軟禁するだろう。そうなれば、その檻を守るために、王子が必死で国を守るだろうから、間違いなく国には平和がもたらされることになる。
王子の元に行った方が幸せかも知れないぞ?
私の部下としてやっていくには、お前が自分の正確な価値と立場を理解しない限り難しいと思う」
「……セリウス様に軟禁されるのは、嫌です」
「そうか?きっと子供もできて、女としては幸せな人生が待っていそうだぞ。
もしお前がテロリスト共やセリクルド王国に捕まったら、犠牲者も多数でて、その生活と比べ物にならない程のバッドエンドだろうな」
「バッドエンド……」
(既に、自分はバッドエンドのその先にいるはず。
頑張ってここまで来たのに……。
それなのに、これ以上のバッドエンドが待っている?)
「バッドエンドにはさせません。
私は、自力で絶対、幸せになると決心しました」
「じゃあ、そうならないためには、どうするべきか、長い目で考えろ。
今まで長々と説明したが、要は、お前は難しい立場の存在なんだよ。
あの王子の味方をする訳ではないが、王子を選べば、今回のことを、結果が良ければ全て良しと言ってくれて、許されるくらいに甘いぞ。
今までのように、お前らしく甘い考えで生きるなら、あちらを選ぶべきだ」
「私らしく……」
「そう。それとも、厳しい環境でリスクの多い中、私に従うか?」
「リスク?」
「ああ、そうだ。……こう言えばわかるか?
野猿のように自由に生きるにしても、野猿は食べ物の豊富なアレース地方でしか長生きできないことを知っているか?
アレース地方以外のところは、野猿にとって食べ物事情も厳しく、外敵も多い。これが私の部下になる方だ。そして、セリウス殿下の庇護下がアレース地方にあたる。あちらにいけば、アレース地方という生活エリアは狭まるだけで、野猿的な自由に近いかも知れないぞ?」
「……それでも、私はルクレナ様の部下でいたいです!」
「私の部下なら、必要によっては命のやり取りもするが、できるか?」
「どうしても必要なら!でも、なるべくは……」
「そうか……」
はーっと大きく息を吐きだし、髪をかき上げるルクレナは、何故、自分はこんな野猿を切り捨てられないか、密かに自問自答していた。
「私の仕事は、簡単に言うと何でも屋に近いところがあり、主人というか、トップはレイスリーア王妃様だ。
まあ、セリウス殿下の庇護下の次に、お前の行き先としては相応しい場所かも知れないな。
ただ、将来は、レイスリーア王妃様が引退したら、後継はパメラ王女ではなく、セリウス殿下になるだろう。特に、今のセリウス殿下ならその可能性も高い。
そうなれば、お前は将来、奴にセクハラやパワハラされまくるぞ?それでも、大丈夫か?」
「うっ、それは嫌ですが、大丈夫です。とりあえず、今のところ、レイスリーア王妃様の元なら安心です」
「そうか、大丈夫か。なら、もっと詳しいことは後日改めて。
さあ、警備のところにいくぞ!さっきの手筈通りにな?」
「はい!」
(あ~あ、野猿の躾けにはまだまだ手間と時間がかかりそうだな~。
それでも、まだ切り捨てられずに、できれば野猿を飼いたいと思う自分がいるから、不思議だな。
可愛いから、情がわいたか……。
まあ、今回の件で、野猿に特化した対策切り札を使っても良いという王妃様の許可がでたから、何とかなるか?)
ルクレナは、そう考えながら、リーリアの頭にぽんっと手をおき、柔らかい茶色の髪をくしゃくしゃにかき撫でる。
「あ~、野猿の飼育って本当に難しいな。な?」
「う~、すみません~」としょんぼりするリーリアに、「ははは!」と豪快に笑うルクレナであった。
次回は、バーナル再登場でコメディになるはず!?