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番外編 IF 野猿な囚人 13.王妃

 王妃レイスリーアの登場に、さすがのアリーシアも動揺する。

 アリーシアは、もともとルシェールには会おうと思って来たため、事前にルシェール対策の準備はしていたが、王妃対策はしていなかった。


 一体、王妃からどんな話をされるのかしら?

 やはり、セリウス様の体調不良について、私達のせいと責めるため?


 いきなり現れた王妃の意図がまだ読めないアリーシアは、王妃を警戒する。

 アリーシアの取り巻き達も、王妃から何を言われるかと動揺している。


「はじめまして、アリーシアさん」とにこやかに挨拶してくる王妃に、警戒心を持って挨拶を返すアリーシア。

「……あの、王妃殿下。

 恐れながら、大事なお話とは何でしょうか?」と、挨拶早々、アリーシアから直球で王妃に用件を尋ねた。

「そうね、まず、アリーシアさんのお父様のお話からしましょうか」と微笑みにやや陰りを見せながら王妃はアリーシアのことを見つめた。

「え?私の父ですか?

 メナード公爵のことで?」と思ってもいない話題に戸惑うアリーシア。

「いえ、今の養父ではなく、あなたの実の父親、フランツ・リドラーのことよ。

 あなたはフランツの娘でしょう?」

「え、あの、はい。

 確かに、亡くなった父の名はフランツです」

「あなたの父親であるフランツは、元は私専属の護衛騎士の1人で、身分は高くなかったけど、私の命を何度も救ったことがあり、とても有能だったから、騎士団長のメナード公爵が一目おく位、将来を期待されていたのよ。

 そんなお父様のことはご存知かしら?」


 透き通るような瞳でアリーシアの内側をも見透かすようにアリーシアを見る王妃。


「い、いえ、父が騎士をしていたと聞いておりましたが、そこまでは存じませんでした」

「……そう。あなたにとってのお父様はどのような方でしたか?」

「え、その……。

 父は、とても強かったのですが、母の要望にはよく応えられず、ちょっと頼りないところもありました。

 でも、とても優しい人でした」と正直に答えるアリーシア。

「そうでしょうね。

 フランツは身内にはとても優しい人だったわ。

 あの日、私がフランツに、他国へ来てまで騒ぎを起こすあの王女の護衛代理に向かわせたリしなければ、彼は今でも私の護衛騎士か、いえ、今頃、王妃付きの護衛騎士長になっていたかも知れないわ」と後悔するような王妃の発言に、ちょっと苛つくアリーシアであった。

「あの日とは、両親が駆け落ちした日ですか?」

「ええ、そうよ。

 あなたの母親はね、我が国の国王が好きで、陛下がまだ独身の頃から、無理を言って婚約者になろうとしていたのよ。

 しかも、陛下の婚約者である私に何人もの暗殺者を送ってきてね。

 まあ、優秀な護衛がいたから、傷一つつけられることもなく、大事には至らなかったし、まだ私も王族ではなかったから、あえて国際問題にもしなかったのよ。

 陛下と私が結婚して、やっと諦めたかと思っていたら、彼女はまた再び我が国にやってきたわ。

 その頃は、既に私と陛下の間には子供が2人もいるにもかかわらず、今度は側妃にしてくれって、わざわざ側妃制度のない我が国に来て騒いだのよ。

 我が国には何のメリットもなく、むしろデメリットしかないのに……。

 一国の王女のやることとは思われないほど、ひどい行為だわ。

 おまけに、自分もすでに別の国の王と婚約していたのにね」

「……母は、幸せになりたくて、そして意に沿わない結婚を避けようと、健気にも抵抗していたのですよ。

 そして、父と出会えて、幸せになるために駆け落ちしたのです」

「王女としての責任も義務も果たさずに?

 それを健気だなんて、さすが彼女の娘ね、そんな風に思えるなんて……。

 それとも、母親から、さも正当なことのように言い聞かされたのかしら」と冷たく微笑む王妃。

「……!」むっとするアリーシアであったが、図星のため、何も言い返せずに耐える。

「それに、駆け落ちの件も、おかしな話でね」と首を傾げる王妃。

「以前から、私に喧嘩を吹っかけてくるあの王女とフランツとは、面識があったけど、彼は彼女のやる王女どころか、人間としてのひどい行いをよく知っていたから、間違っても恋に落ちることはないはずなのよ。

 しかも、フランツには結婚を半年後に控えた、相思相愛の若くて可愛い素敵な婚約者までいたからね。

 王女なのになかなか貰い手がなくて、もう適齢期を過ぎて、我が儘で非常識な女性とわざわざ駆け落ちするなんて、誰がどう考えてもありえないことなのよ。

 あの日、あの王女の連れてきた護衛騎士が、ストレスで血を吐いて体調を崩したせいで、しょうがなく我が国から護衛騎士を貸したのだけど、彼女が何か仕掛けてくるとわかっていたから、用心して手練れのフランツを送りだしたの。

 それなのに彼は帰って来れず、王女と駆け落ちしたことになったわ」

「……父と母は愛し合って、結婚したと聞きました。

 確かに母は我が儘で、それに振りまわされる父でしたが、おおむね仲のいい夫婦でしたよ。

 身分差があったのは悲劇でしたが、駆け落ちしてでも幸せになりたかったのでしょう」と言い返すアリーシア。


 それを聞いて、ふふっと笑う王妃。


「何度も言うけど、あなたの父親はとても優秀だったのよ。とっても忠実でね。

 フランツは多くの毒にも耐性があるし、とても用心深くて魔力もあって戦闘経験も豊富だから、ちょっとやそっとの毒も、魔法や攻撃、催眠術もほとんど効かないはずだった。

 だから、王女の近くに行かせても、不意打ちで殺される可能性も、操られることもほぼないし、悪いことにならないだろうと考えていたの。

 万が一、あなたの言う通り愛し合って駆け落ちするにしても、彼に正気が残っていたら、誰にも何の連絡も印も残さずにいなくなることはないと言い切れた。

 でも、予想は裏切られたわ。

 それはつまり、フランツは正気をなくして、王女とともに消えたということなのよ。

 あなたなら、フランツとあの王女の間に、本当は何があったか、もうわかるでしょう?」

「こ、恋は人に正気をなくさせるとよく言われますが……」

「ここまで話を聞いて、そんな主張が通るわけがないだろう!?」と王妃の横で話を聞いていたルシェールが、さすがに呆れてアリーシアに指摘する。

「では、もう両親は亡くなっているので、二人の真実は私にはわかりません」

「そうかしら?

 今のあなたがやっていることを見れば、あの王女がフランツにも同じことをしていたのだと推測できるけど? 

 あなたが現れたことで、問題もたくさん起きたけど、わかったこともたくさんあったわ。

 あの日からずっと忘れられず、なぜ有能なフランツがあんなことになったのか疑問だらけだったけど、ようやくわかったのよ」と言って無表情になる王妃。


 王妃の発言に、顔を青褪めさせるアリーシア。


「な、何が言いたいのですか!?」

「あなたのやっている人の心を操る術は、特殊なのよね~」と言って、隣にいるルシェールに「ねえ、犬笛って知っているかしら、ルシェール?」と王妃は尋ねる。

「犬笛ですか、母上?

 あの犬にだけ聞こえる音がでて、犬を呼び寄せるやつですよね?

 それが彼女の術と何か関係が?」と不思議そうな顔で聞きかえすルシェール。

「そうよ、その犬笛と、彼女の術は同じような手法を使っているのよ。

 普通の人には聞き取れない音域のうち、たまに人の潜在下にまで響く声を出せる人間がいてね。

 洗脳や人心を集める時に使うことがあるから、王族にその才能をもつ人間が生まれることがよくあるの。

 ほら、演説の時に、大したことを話していないのに民衆を扇動させたりすることがあるでしょう?」

「つまり、彼女はその特殊な音域の声でセリウス達の心を操っていたと?」

「そうね、簡単にいうと人心操作術の要は、その特殊な声よ。

 まあ、声だけでは万能ではないみたいだから、それだけでなく、香薬や催眠術、魔力も組み合わせた複雑な術のようだけどね」と王妃はルシェールにあっさりアリーシアの奥の手をばらす。

「そ、そんな声なんてだせませんよ!

 第一、心を操るって何のことですか!?

 セリウス様達は心から私に好意を持ってくださっております!」と今さらながらな言い訳するアリーシアであったが、王妃は当然のようにスルーして話を続ける。

「あの王女にもそれができたみたいね。

 まさか、そんなことがあの王女にできると思わなかったせいで、私は有能な護衛騎士を1人失ってしまったわ。

 でも、彼女がその術を使えるようになったのは、おそらく、側妃にするように求めてきたあの時ね。

 その術を使って、陛下をおとそうとしたのでしょう。

 それを陛下の身代わりにフランツがその術にかかって、結果、あなたが生まれたということで間違ってないわよね?」


 王妃はもう表面の朗らかさを捨てて、氷のような冷たい目をしてアリーシアを見つめる。


「は?何を言っているのか本当にわからないのですがっ!?」と切れながら答えるアリーシアに、王妃の冷たい表情はますます冷えるばかりであった。

「正直、メナード公爵家のアーサーは、防御に関しては、フランツ以上の実力があると私は考えていたの。

 それなのに、第一関門のアーサーが、あっさりあなたにおとされるなんて、フランツの時のように予想外だったわ。

 あのセリウスに、リーリアをアウスフォーデュ修道院に送らせるほどの手腕は、見事だったわよ。

 その後も、我が国の有力貴族の子息たちを次々とおとしたのも凄かったわね」と愉快そうに言った後、表情を真顔に変える王妃。

「そんなこと……」

「あなたをすぐに捕まえることなんて簡単にできたわ。

 でも、あの日のフランツに何が起こったか確認したくて、あなたを泳がせていたけど、想定以上の被害が出てしまったのは、失態だったわ。

 彼女やあなたの能力を侮っていたせいね」

「何なのですか?

 そもそも、なぜ私が捕まえられないといけないのですか!?」と王妃の発言に怒りを感じるアリーシア。

「……どうやらあなたは、顔はフランツ似だけど、愚かな中身や迷惑なところは彼女に本当、そっくりね。

 ああ、でも、あの賢いフランツの血をひいているせいか、彼女よりも狡猾かしら?」

「はあ?いい加減にして!」と身分の上の相手なのに、つい侮辱されて不敬も忘れて、顔を怒りで歪めるアリーシアであった。

「あなたの最終目的はこの国の王妃になることのようね。 

 それは彼女の悲願?それともあなた自身の野望?

 もし愚かな母親の代わりに願いを叶え、復讐をしようとしているならば、彼女以上に愚かね。

 しかも、それで自分の人生を潰すなんて、愚か極まりないことだわ。

 髪色や瞳の色などこそ、あの王女と同じだけど、せっかくフランツに似て美形に生まれて魔力もあって、幸せになれる選択もできたのに、亡くなった彼女の呪縛にまだかかったままでいるの?」と冷静に尋ねる王妃に、アリーシアはとうとう冷静でなくなった。

「人のこともよく知らずに、何を勝手なことを!

 何が呪縛よ!!

 私の意思に決まっているでしょう!?

 さっきから、黙って聞いていれば、愚か愚かって、あなたなんかに言われたくないわ!

 このっ!……あぐっううっぐっ」と母親ばかりか自分を侮辱する王妃の言葉に激高したアリーシアが、立ち上がり、王妃に思わず攻撃をしようとしたが、すぐに声や魔力を封じられて、身柄も拘束されてしまった。

 

 もちろん、周囲にいたアリーシアの護衛を兼ねた取り巻き達は、やけに静かにしていると思ったら、皆は飲まされたお茶のせいか、身動きできずに、とっくに拘束されていた。

 拘束後、アリーシアの所持する荷物を確認すると、人心操作術に使用する香薬など証拠となるものが色々と見つかった。

 もっとも、アリーシアは王妃に攻撃を一瞬でも仕掛けようとした時点で、犯罪人として、その場で切り捨てられてもおかしくなかった。


「やれやれ、これで騒動が収束してくれると良いですね、母上」とせいせいしたように言うルシェール。

「そうね、とりあえず、これ以上の被害はださずに済みそうね」と連行されるアリーシア達を冷静に見つめる王妃。

「でも、今回、わざわざ母上自ら、あの女狐にお話するほどのことでしたか?

 父上から『愛する母上を危険に晒したな!』と、私が叱られそうですよ!?

 危ないことはお止めになってくださいね」とルシェールは心配する。

「ふふ、心配させてごめんなさいね。

 たとえ危険でも、あの日のフランツへの償いもあって、どうしても犯罪者として捕まる前に、あの娘と直接、話がしたかったの。

 フランツは私の命の恩人で、私の読みの浅さのために、その恩人の一生を台無しにさせた反省もあってね。

 あと、命の恩人と、私を殺そうとした女との間の子は、どうするべきか、直接会わないと、私の気持ちが葛藤して決まらなかったのもあるわ。

 正直に言うと、フランツの娘としては助けたかったけど、事前に防いでいたら、あの日の真実やあの術の詳細はわからなかったから、助けるどころか、彼女の本音が聞きたくて、むしろ犯行を促してしまったたわ……」

「そうですか……。

 まあ、私としては、私のパメラを暗殺しようと企んだ時点で、あの女狐を絶対に許す気はなかったですけどね。

 パメラへ暗殺者を送り込んだ女狐の取り巻きの貴族は、今頃、一族全員が捕縛されているところですよ。

 ああ、あの女狐共々、一刻も早く、排除せねば!」と渋い顔で言うルシェール。

「あら、あの子だけは、まだ私の管轄下で監視するわよ?」

「え?何でですか?

 だって、アルーテ王国の王女暗殺を企んだ時点で、死刑か終身刑にするか、身柄をアルーテ王国に渡すかしないと、国際問題になりますよ?」

「そうなのよね~。

 でも、その問題以上に、あの術の研究をしてみる価値があるか、魔法省長官とまだ検討中なのよね。

 しかも、彼女の洗脳がまだ解けない取り巻きもいるかも知れないから確認が必要だし、単純に術者を消せばすぐに消える術なのか、時間差で再発するものなのか、確定できていないから、安易な死刑はむしろ危険よ。あと……」

「セリクルド王国の問題ですか?」

「ええ。おそらく、急な帰国をしたサリュー王子は、アリーシアが捕まった時点で、彼女のことを見捨てるつもりだと思うのだけど、セリクルド王がどうでるか、まだわからないわ。

 彼女は王族の血を引くだけあって、よそで、まだ利用価値があるかも知れないから、やっかいで、簡単には排除できないのよ」と美しい眉間に皺を寄せて、悩まし気な王妃。


 王妃レイスリーアは、これからもまだ続くと思われる面倒事を考えて、ルシェールと同時に深いため息をつくのであった。

次回、セリウス様がやっと登場予定です。

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