番外編 IF 野猿な囚人 7.能力
ミランダは凄い。
リーリアはミランダと友達になってから、ミランダの凄さを実感する。
一見、月の女神のような可憐な容姿をしていて、もし自分が男だったらすぐにでも結婚を申し込みたいくらい美しいうえに、聡明で明朗な性格をしていて、とても有能である。
リーリアは、魔力を封じる腕輪の使用説明書が欲しく、それが保管されていると思われる場所を探索してくれるようにミランダにお願いしていた。
すると、数日後……。
夕食後のいつもの自由時間にリーリアの部屋でミランダと二人で、ひそひそと脱獄の打つ合わせをしようとした時であった。
「はい、リーリア」とリーリアはミランダから紙を渡された。
「うん?これは……」とその紙をみて、リーリアは驚愕した。
「ふふふ」と綺麗に微笑むミランダ。
「な、何で?何でこれが!?」
「凄いでしょう?それは原本ではなく写しなんだけどね。
ちょうどタイミング良く見つけられたのよ」
何とミランダは、リーリアの魔力を封じる腕輪の使用説明書の写しを持ってきたのであった。
「す、凄すぎる!!どうやったの?」
「ふふふ。まあ、実は私の魔法能力の一つを使ったのよね。
数枚くらいの紙なら瞬時に別の紙に写し取れるの。
この前、新人の看守が入って来たでしょう?
新人の彼女のためにあなたの腕輪の使用説明書について先輩看守が教えている場面にたまたま居合わせてね。それでちょっと写せる機会があったのよ。
だから、本当に運が良かったわ!」とさらっと言うミランダ。
本当はその新人の看守に教えるとの情報を入手したミランダは、この数日、その新人看守にできる限り近づき、写すための用紙と共に、その説明書が新人の前にでてきて、ミランダが写せるようにずっと隙を狙っていたのであった。
確かに移す作業までできたのは、運が良かったが、タイミングを計る努力もしていたミランダ。
そんなミランダに、リーリアは「おぉ!そんな能力があるなんて、凄い!ミランダはやっぱり女神なのね!!」と感嘆の声がでた。
そして、早速、リーリアは、その説明書をじっくり読みこんだ。
それこそ暗記できるレベルまで読みこんだ。
「どう?これでその腕輪は外れそう?」とミランダは、リーリアが読み終えてしばらく考え込んだ様子なので、話しかけてみた。
「うーん。それが思っていたよりやっかいだけど……」とリーリアがミランダに相談しようとした時であった。
「へー、思ったよりやっかいって何が?」とリーリアの部屋に、アウスフォーデュ修道院の囚人達のボスであるルクレナが入ってきた。
「まあ、ルクレナ様!」
「……ルクレナ様!?」と驚いた二人は、さりげなく説明書をルクレナから隠した。
「やあ、子猫ちゃんと野猿!最近、二人してやけに仲が良いけど、何をしているのかな?」
「リーリアが最近、ホームシックなので慰めていただけですわ」とさらりとかわすミランダ。
「へー、野猿がホームシックね……」といいながら、含みのある微笑みを浮かべるルクレナ。
「ルクレナ様が、わざわざこちらにいらしたのは何か御用ですか?」と聞くリーリア。
「最近、二人が私に構ってくれないから、癒しが足りなくてね~」といたずらっ子のような顔になったルクレナは、リーリアのほっぺをぴょ~んと伸ばしたり、ムニムニとこねたりしだした。
「いひゃい、いひゃい、りゅくれなしゃま~!はーなーしぃてー!!」と文句を言うリーリアは、(くっ、こういうところがセリウス様っぽくていや~)と思うのであった。
一方、ルクレナが何か怒っていると気づいたミランダ。
「ルクレナ様?何かございましたか?」
「……ミランダは、ここから出たくないのかな?」
「え?は?もちろん、出たいですよ!」
「じゃあ、ここ最近、何で看守に目をつけられるような行動をしていた?」
「え?何のこと……」
「とぼけても無駄だ。今日は特に、あの新人の看守につきまとっていただろう?」
「そ、それは……」
「……大方、この野猿のためだろうがね」と言って、さらに強くリーリアのほっぺをぴよっと引っ張った後、「ぐぅ、ぶにゅっ」とリーリアの声がでるまで両手で挟みリーリアの顔を潰してみるルクレナ。
「ルクレナ様、看守から何かお聞きになったのですか?」と心配して聞くミランダ。
「……まあね。しかも、ミランダが嬉々として頻繁に野猿のところへ来ていたのもまずかったね。
これから、二人の接触は禁止だ。
二人とも看守から目をつけられ、当分の間、監視が厳しくなるみたいだ。
だから、しばらくは、大人しくしていること。いいね?」とルクレナからきつく言われて二人は驚き、そしてしょんぼりするのであった。
「ほら、ミランダはすぐに自分のところに戻りな。
当分の間、ここに来たら駄目だし、他の奴のところにも行くな。
これは命令だ」とルクレナに、リーリアの部屋を追い出されるミランダ。
「……ごめんね。リーリア」と悲し気に言って、去るミランダ。やはり、説明書入手のために頑張りすぎたかと反省するミランダであった。
ミランダが去った後、ルクレナはリーリアのほっぺをやっと放してくれた。
「……野猿は、余計なことをしてくれたな」
「え?あ、ミランダが看守に目をつけられて危険なんですか?」
「まあ、目をつけられただけで、まだ危険というほどのことではないが、さっき隠した紙を見せな」
「え?何のことでしょう?」ととぼけるリーリアであったが、さりげなく隠したつもりの紙をあっさりルクレナに奪われた。
「……ふーん、なるほど。これをミランダが野猿のために奪取したのか。
ちっ、余計なことを。
その腕についている魔力封じを外して、どうしたいわけ?
脱獄したいのか?」
「え?いや、そういうわけでは……。
いざという時に外せる方法が知りたく。
この腕輪は下手な扱いをすると腕がちぎれるという物騒なしろものですから、怖いので対策をしたくて……」
「ふん、そんな言い訳は不要だ。
野猿の考えていることなんて、単純でわかりやす過ぎるな」と忌々し気に言うと、ルクレナは、せっかくミランダが取ってきてくれた魔力封印の腕輪の説明書の写しを瞬時に火の魔法で燃やし、灰も残らない位に跡形もなく消え去った。
「ああっ!何てことを!!」と衝撃を受けるリーリア。
「当然だろう。
これが残っているとミランダの罪がどんなに重くなるか、わかっているのか?」
「……う、そうですよね。
しかも、看守達に疑われていたのなら、確かに証拠になってしまう……。
やっぱり危なかったのですね」
「そうだ。たぶん今夜にでも二人の部屋を看守達にあらためさせる予定だそうだ。
最近、ミランダと頻繁に接触していたのはホームシックのためだと言っておけ。
とりあえず、何も知らないと言い張れ、看守相手の言動には気をつけろ」
「はい。ありがとうございます」
「あと、これはミランダには秘密だが、お前には話しておかないと予想外に行動されてやばそうなので言っておこうと思う」
「え?何のお話ですか?」
「いいか?一応、ミランダには秘密なのだが、守れるか?」
「はい!」
「私はね、実はミランダの護衛でここに入ったのだ」
「え?ええ!?ミランダの護衛ってどういうことですか?
ルクレナ様は、ミランダの家の方だったのですか?」
「いや、ミランダの家の者ではないが、ミランダの父親であるローエリガー伯爵の依頼でね。
私はもとから裏の世界で生きている人間だが、ミランダの父親には情報関係の仕事で知り合って、彼には恩があってね。
その恩を返すためにここにいて、ミランダを守っているのさ」
「ほえー、そうだったのですね。
あ、そういえば、先程、ルクレナ様は火の魔法とかあっさりお使いでしたが、魔法も自由自在に使えて、実はルクレナ様が誰よりも強いのって、元々の強さだけでなく、魔法も使っていますか?
火属性の魔法以外も使えたりしますか?」
「その通りだよ。
火属性の魔法も得意だが、それ以外も便利な能力が備わっているぞ。
もっとも、看守側には私が魔法を使えるとは思われていないから、野猿のような制御をされていないがな」
「もしかして、ルクレナ様の取り巻きの方々って、元々の部下でいらっしゃいます?」
「ああ。私1人ではうまく動けない場合もあるから、部下達も使っている。
私はミランダが入所する2~3日前にここにわざと入所して、部下達と共に、ここの囚人どもを束ねた。
そして、ミランダがこの修道院で無事に生きていけるように環境を整えたり、ミランダが新人の洗礼を受ける際も怪我させないように手配したりしていた。
ミランダは冤罪だから、それが晴れて出所したら、すぐに私もここから部下達と脱獄する予定だ。
もしくは、ミランダに暗殺とかの危険があった場合、ミランダを暗殺者から守り、万が一の事態では連れて脱獄する可能性もある。
実は、野猿が入所する前に、既に真犯人から送られてきた暗殺者達を部下達と共に始末している」
「ひぇ、そうだったのですね」
「ああ。ミランダをすぐに私が脱獄させて保護するのが手っ取り早いのに、ミランダの父親は娘を罪人のままにしたくないと冤罪を晴らすべく活動をしているから、いまだに待ちの状態なんだ。
だから、ミランダの罪が晴れる前に、もしくはミランダの父親の指示もなく、勝手な行動されると困るのは、野猿でもわかるな?」
「……はい、そうですね。
そういうことなら、私もミランダをできれば罪人のままにしたくないし、守りたいです」
「そうか、それなら野猿も仲間に入れてやろう。
ミランダの冤罪が晴れるまでの我慢だ。
ミランダが出所したら、すぐに一緒に脱獄させてやるから、待てるな?
もし、お前が先に脱獄すると、今のところ確保している脱獄ルートを変えて、やり方を変更しないといけないから面倒だ」
「あ、でも、私も早くここをでないと私の父や、家族の命が危ないかも知れないのです。
だから私だけでも先に脱獄したいのですが、駄目ですか?」
「駄目だ。お前が脱獄すると、その後きっと結界の構造が変えられて複雑になるから、こちらが脱獄するのにやっかいだからな」
「でも、私が外にいたら、ルクレナ様達が脱獄する際は、たとえ複雑になっていても結界もトラップも全部私が破れますから、その確保ルートもいらないかも知れませんよ?」
「は?何だと!?野猿は結界破りの能力があるのか?」
「ええ、まあ。
実は、数年前から父親の関係で、この国の防衛関係で使われている結界やトラップは、兄や私の案で作られたものがほとんどなので、破るのも簡単です。
この制御がなければ……」と魔力封じの腕輪を見せるリーリア。
「本当か!?ああ、でも、そういえば、野猿はメナード公爵家の娘だったな。
……そうか。
この国の結界やトラップが数年前、突然、レベルが高くなったのはメナード公爵の功績とは聞いていたが、お前らのせいだったのか。
それなら本当なんだな……」とため息をつくルクレナ。
「はい。本当です。ですから、いかがでしょうか?」
「……家族のことが心配なのはわかるが、とりあえず、脱獄は保留にしろ。
こちらもお前の使い道を含めて考えるから、返事を待っていろ。
あと、ミランダの父親と連絡を取るから、その時にお前の父親や家族の情報も得るようにしよう。
その情報を得てから動いた方がお前にとっても良いと思う。
だから、待てるな?」
「……その情報が早めにいただけるのなら、お待ちいたします。特に父の情報を……」
「ああ、もう、わかったよ。
優先的にお前の父親の情報を得ると約束するから、待て!
絶対に待てよ。いいな?」
「はい。それならお待ちいたします」
「うん。それでいい。
じゃあ、ミランダを巻き込まずに、大人しくしていろよ」とくぎを刺して、ルクレナがリーリアの部屋を出て行った。
1人残されたリーリアは、ルクレナから聞いた話を整理した。
ルクレナがミランダを特別扱いしていると思っていたが、そんな事情があるとはと驚くリーリア。
また、ルクレナに燃やされてしまったが、腕輪の説明書の内容は、既にほぼ暗記していたので、その内容を忘れないように繰り返し頭の中で読み返すようにしてみた。
ルクレナの返事待ちだが、まだルクレナ自身を信用しきれないため、不安にかられるリーリアは、脱獄の準備を、看守だけでなくルクレナにもばれない範囲で、継続するのであった。