番外編 IF 野猿な囚人 6.一歩
アウスフォーデュ修道院でリーリアは日々の課せられた労働を行っている。
ボスのルクレナ様に気に入られたからといって、労働を免除されるわけではないが、他の囚人からの新人いじめやちょっかいなどがなくなり、リーリアをやんちゃなペットのように扱う囚人が増えて、作業しやすいことは多かった。
看守のシスター達も相変わらず、他の囚人に対する態度と変わらずリーリアにも厳しい態度である。
ただ、先日のルシェール殿下とのやりとりを知っている看守だけは、リーリアのことを時々、同情的な目でみることがあったが……。
ここに来てからリーリアにとって良いことといえば、ミランダと友達になったことである。
そのおかげで、ミランダが差し入れでもらったお菓子を分けてもらえて、ミランダだけはリーリアをちゃんと友達扱いしてくれるため、リーリアはミランダのことを天使かなっと思うこともあり、ミランダともらうお菓子を心の支えに過ごしていた。
そんなリーリアが、最近、考えてばかりいるのは父親のメナード公爵のことであった。
あの殺してもなかなか死にそうにない父親が重症を負ったということが、心配なだけでなく、実は父親が家族を守るために虚言で敵を惑わそうとしているのではないかとも疑っていた。
その事実を確認するためにも、アルーテ王国へ行きたかった。
アルーテ王国の王女であるパメラは味方と考え、リーリアは常に周囲を見回し、脱獄してアルーテ王国まで逃げるための情報収集をしている。
リーリアは魔力や魔法の技術には少々自信がある。
リーリアが脱獄するにあたり、一番の問題は、魔法制御の腕輪の存在であり、この魔力を吸収するタイプの腕輪を外さない限り、逃亡は難しいと思われた。
(この腕輪さえ外せれば、アルーテ王国まで逃げられるのに!)
この修道院に来る道中のように体が拘束されていると難しいが、拘束されずに魔法さえ使えたら、この修道院レベルのセキュリティなら、すぐにでも逃げられるリーリア。
一応、修道院周囲に結界があるが、リーリアには、見ただけで、その層の数、タイプ、どれくらいの魔力でどれくらいの時間で破れるか、すぐわかった。
もしかしたら、それ以外にも、トラップがあるかも知れないが、よっぽど高度な罠でなければ、ほとんどの罠を対応できる実力がある。
リーリアは子供の頃から、セリウスと遊びたくなくて逃げようとすると、執拗に追ってくるセリウスが、権力をかざして魔法の使える部下にリーリアを捕まえるための罠を仕掛けさせてきた。
おかげで、リーリアは、その年齢には見あわないほどの多くの罠を戦士並みに体験していた。
魔法導師の試験では、予想できない高度な罠から逃れるという実施試験があり、審査の教官も驚くほど、リーリアは好成績を修めたくらいである。
(あれ?そういえば、私の人生って常にセリウス様の思い出がまとわりついているような……。
でも、セリウス様は……)と考えて、リーリアは久しぶりにセリウスについて思い出してみた。
ある日、リーリアは、父親から自分の婚約者がこの国の第2王子セリウスに決まったと告げられた。
アーサーはセリウスと顔見知りのせいか、リーリアにやや同情して微妙な顔をしていたが、両親はとても喜んでいた。
しかし、リーリアにとっては、その婚約者は迷惑以外の何者でもなかった。
まだその頃は、リーリアに前世の記憶もセリウスとの面識もなかったが、会う前にそのセリウスが王位継承第2位な上にブラコンで、一筋縄ではいかないやっかいな存在だということを既に兄のアーサーから聞いて知っていた。
(もっと身分が低くてもいいから、重責もなく、のびのびと暮らさせてくれる相手が良かったのに!)
第2王子の婚約者ということは、結婚後は王族に連なり、下手をするとセリウスに王位が継承される可能性も高く、セリウスが王になると決まれば、リーリアは本格的に王妃教育を受けることになる。野猿のような自由が好きなリーリアにとって、一国の王妃になるなんて、とんでもないことであった。
しかし、リーリアの気持ちに関係なく、王妃に必要で、基本的なことは仮の婚約が決まった時点で、リーリアの教育内容に組み込まれてきて、リーリアは大幅に減った自由時間などに非常に不満を持っていた。
(王子の婚約者なんていやだな。面倒で!!
……よし、逃げよう!)
そこで、リーリアはその第2王子に会うことを拒否することで、向こうから縁談を断るように持って行こうと決めて実行に移したが、実行してすぐにセリウス自身にあっさり捕まった。
その後は、セリウスに野猿扱いで、大いに気に入られるリーリア。
初対面でキスしてくるセリウス相手にとても抵抗があったが、婚約は早急に正式なものにされ、両親は安心していた。
リーリアは根が真面目なので、高位貴族令嬢として決められたことは最低限きちんとやるタイプである。
しかし、リーリアには苦手なこともあり、他の貴族達との社交などが苦手で、避けられる場合はできるだけ避けていた。
また、その社交以上に、婚約者のセリウスのご機嫌取りも非常に苦手であった。
兄のアーサーに相談してみたところ、相手は王子なので攻撃は駄目だが、リーリアが嫌なことは嫌と言って良く、自然体でいるように言われて、そのように対応することにした。
そして、前世の記憶が蘇り、自分の立ち位置に気づくリーリア。
(あ、まずい!もう正式に攻略対象、しかも一番やっかいな相手と婚約しているわ。
うーん、乙女ゲームの一番の悪役令嬢って困るな……。
ああ、でも、ヒロインがこのまま現れず、ゲームのようにセリウス様に執着しなければいいのか……)と考えていたリーリアであったが、ヒロインのアリーシアはゲームの通りのタイミングで現れ、義妹になった。
しかも、アリーシアが他の者よりも一番にセリウスを攻略してきたことで、リーリアはセリウスのことをあきらめると決めたのであった。
セリウスのことを、面倒臭いとよく思っていたけど、実はお菓子をたくさんくれてリーリアの機嫌を取ったり、リーリアにはとても優しくて、セリウスを実は結構、好きだったことにアリーシアに会った時に気づいてしまったリーリア。
それこそ、万が一、王妃になってしまっても頑張ろうと思うくらいには、好きだった。
(……この気持ちはゲーム補正なのかな?
だから、セリウス様をあきらめようとするとつらくて、そのつらさを忘れるためにも、魔法の上達に今まで以上にのめり込んだもの……)と思い出すリーリア。
将来の保証のために魔法導師の試験を受けたり、父親や兄に色々な魔法の使い方を教わったり、相談したりして、時には一緒に開発したりして、リーリアはセリウスをあきらめるために自分を磨くことに専念してしまった。
それがむしろ今回の敗因であった。
(あのヒロイン対策をもっと考えるべきだった!
でも、あのヒロイン、アリーシアには前世の記憶はなさそうだったのよね。
一度、ヒロインと協力体制をとろうと、私に前世の記憶があることを言ってみたのに、きょとんとした顔をされちゃった。
日本語で話しかけても通じないし、あれは決してとぼけるための演技でもなかったわ。だから、油断してしまった。
あのヒロインのチートを甘くみていたわ。
だけど、何で前世の記憶もないのに、まるであのゲームの内容を知っているかのような無駄のない行動力で攻略対象を次々と落としていったのかな?
それでよくわからなくなって、下手うって、今に至るし……。
はっ、もしかして、ヒロインに指示をだしている黒幕がいて、その人物がこのゲームの内容を知っていたとか?)とリーリアは今さらながらヒロインと前世との関連を考えた。
そして、リーリアは、セリウスのことはあきらめられても、父親や家族のことはあきらめられず心配で、まずは脱獄に邪魔な腕輪を外すことが最優先であると考えた。
リーリアは、腕輪の解除のために暇さえあれば、リーリアは、じっくり解読してみた。
その魔力封じの腕輪は、比較的、旧式であるため、容量の限界もあるが、この腕輪の魔力吸収力の限界は囚人には読めないようにマスクされており、下手な対処をすれば腕がちぎれる危険性のある乱暴なつくりの魔道具である。
しかし、着けている本人の魔力だけでなく、その腕輪の近くの魔力も封じてくれるので、上手く応用すれば、他の魔法攻撃から身を守るための魔法防御の道具としても使用できるものである。
だから、リーリアは、腕輪を外した後に、修道院の結界を破る手段として使用することにして、破壊せずに外す方法をいくつか考え続けていた。
こうして、リーリアは、修道院から課せられた作業をしながら、いくつか腕輪を外す対策を検討しているうちに、夕食の時間になるという日々であった。
ちなみに、夕食の時間からは、リーリアにとって、天使のごときミランダとお話ができる貴重な時間のため、いつもウキウキしながら囚人用食堂に向かった。
その日も、夕食の時間がきて、囚人食堂に向かったリーリアは、「ミランダ!」と先に来ていたミランダを見つけて、走り寄っていった。
「リーリア!やっときたのね」
「ええ。南の畑作業はなかなか時間がかかって」
「そう。来週からは私もその作業かも」
「え、そうなの?残念!私は来週からは図書館の整理とか建物内の雑務の予定なの~」
「ああ。図書館の仕事は涼しくていいわよね」
「うん。それでミランダ、その図書館のことで聞きたいことがあるの」
「ええ、いいわよ。なにかしら?」
「うん。ちょっと……。これを食べ終わったら、私のところに来てくれる?」
「いいわよ!」
そういって二人は粗末な夕食を残さず食べるのであった。
囚人に与えられた部屋は、夕食後の時間帯には、看守が定期的に見周りにくるし、夜の点呼までには他室の囚人は自室に戻らないといけない規則はあるものの、囚人同士が部屋を行き来することが許されている。
リーリアの部屋は、リーリア1人で使っていて、部屋の中にリーリアとミランダの二人きりであったが、万が一、見周りきた看守に聞かれないように、ミランダと小声で話し合うリーリア。
「図書館にある魔道具についての資料の場所とか知っている?」
「うーん。図書館に魔道具はもちろん、魔法などについての資料はあまりないわ。囚人に余計な知識を増やさせないようにしているもの。でも……」
「でも?」
「魔道具についてだったら、農作業道具関連の資料に紛れて入っているかも。以前、一、二冊だけどたまたま見かけたことがあるわ」
「なるほど。農作業道具のところね。ありがとうミランダ!」
「ふーん」
「ん?」
「何しようとしているか、わかりやす過ぎよ、リーリア」
「ええ!?そうかな?」
そっと耳元で囁くミランダ。「脱獄しようとしているわね?」
「……うん」
「ねえ、私も仲間に入れてくれない?」
「ええ!?だって、ミランダはたぶん、近いうちにここから出れるんじゃ……」
「それがね……。
あなたの義妹のせいで学院が荒れて、前はセリウス様が後見についてくださっていたのだけど今はそれどころではなくて、なかなか調査が進まず難しいみたいなの。
まあ、もともと王族が絡んで嵌められたから、その調査だけでも危険性も高くて、私の冤罪を晴らすのは実はかなり難しいのだけどね」
「そうなの……」
「うん。これ以上、調査してくださるディオン様やお父様を危険に曝すのは嫌だなと思っていて、自分で何とかできないか考えているけど、私にできることは限られているからね。
でも、リーリア。私は魔法がちょっと使えることは知っている?」
「知らなかった!でも、ああ、そっか。ミランダは貴族な上に、魔法制御されていないしね」
「ええ。もっとも魔力がリーリアと違って大したことないから、大掛かりな魔法は使えないけど、情報探索の魔法とか得意で使えるから、必要な情報集めに協力できるわよ。
たとえば、看守室にあるその腕輪の使用説明書のありかとかね……」
「本当に!?そ、そんなことができるんだ?」
「まあ、探索できる範囲は限られているし、魔法が使えるとばれると、リーリアみたいに制御されるからこっそりとしか使えないけどね」
「そうなんだ……。
ねえ、ミランダ。この腕輪さえ外せれば、ここから逃げるのは簡単だよ。
逃げ場所もある程度、あたりをつけているの。
でも、この腕輪が思ってた以上にやっかいでね。
だから、まずはこの腕輪の解除方法に関する情報を集めたいの」
「わかったわ。ばれないように協力するわ」
「うん!ミランダってやっぱり凄いのね!」とリーリアはミランダのことを天使どころか女神かもっと思い始めていた。
「……むしろ、その腕輪さえ外せれば、逃げるのが簡単とか言うリーリアの方が凄いわ」
「そうなの?」
「ええ。リーリアったら、自分の凄さがわからないのね」
「うーん。鍛えられたからかな?」(あのセリウス様のせいで!)と胸のちりっとした痛みと共に思い出すリーリア。
「さすがメナード公爵家ね!」
「ははは。でも、さすがの我が家も、大分まずい状況だよ。
当主が重症を負って、息子は催眠で操られ、娘は修道院という名の女性用監獄にいて、首謀者が義理の娘って、散々たる現状よ~」
「た、確かに……」
「でも、私達で協力すれば!」
「うん!」
「「きっとうまくいくわ!」」
リーリアとミランダは二人でしっかり手を握り合い、これからの脱獄のための協力体制について詳しく話を詰めることにした。
また、ミランダはこのアウスフォーデュ修道院内のことに関しても、リーリアの知らない情報を沢山持っているため、リーリアの情報量は飛躍的に増えていった。
修道院内の情報通のミランダという脱獄仲間ができて、リーリアは、脱獄への一歩を進めることができたのであった。




