番外編 IF 野猿な囚人 5.セリウスの葛藤
リーリアがアウスフォーデュ修道院にて、逃亡を企てている一方で、リーリアの去った学院は、色々な意味で荒れていた。
ランダード王国の将来を担うと思われた主な貴族子息達が、アリーシア・メナードの取り巻きになり、金魚のふんのようについて回り、毎日のように騒動を巻き起こしていた。
アリーシアの取り巻きになった彼らの婚約者の中には、リーリアが断罪されたことで次は自分かと危惧して、婚約破棄を家を通して申し込み、学院に来なくなる令嬢もでてきた。
そして、アリーシアの取り巻き筆頭であるセリウスといえば……。
「セリウス殿下!?大丈夫ですか?」とセリウスの護衛兵が心配する。
「ぐっ、うう、ぐほっ」
セリウスは連日、体調不良が続き、吐き続けていた。
(おかしい!?
僕は今、アリーシアという愛する女性が側にいるのに、何故こんなに気分が悪い?
何故、こんなに胸が痛み、こんなに吐き気までしているのだ!?
まるで意に沿わないことをされ続けているようだ……)
セリウスの潜在意識の中で、何かが叫んでいるのに、それをまるで目や耳を塞がれているような状態が続き、胸の痛みだけがチリチリと広がっていた。
「セリウス様、いかがされました?
何かお食べになったものが悪かったのかしら?」と吐き終えて戻って来たセリウスを心配するアリーシア。
「ああ、アリーシア。心配かけてすまないね」と言って、セリウスはアリーシアを見た。
アリーシアは隣国の王族の血を引くだけあって、とても美しい容姿をしていた。
桃色がかったウェーブの髪に、晴れた空のような水色の瞳をしており、隣国の王族に多い特徴をしていた。
そして、何とも言えない甘い匂いがアリーシアからして、一緒にいるととても幸福感に包まれる。
(アリーシアは美しい。この美しい女性を将来は僕の妻にできるのだ。
何を不満に思う?
それに、前の野猿な婚約者と違って、とても聡明だ。しかも、隣国とはいえ王族で、政略的にもむしろランダート王国にとっては有利な相手のはずじゃないか!)
そう考えつつ、セリウスは、今日もアリーシアの気を引こうと、「キャロルの店」のとっときの品を贈った。
「まあ、ありがとうございます、セリウス様」と言って美しく微笑んでくれるアリーシアであったが、セリウスはあることに気づいた。
アリーシアの目が笑っていないことに……。
そして、贈り物をした時のアリーシアは、宝飾品を贈った時の反応の方が「キャロルの店」のお菓子を持ってきたよりも、本当に嬉しそうだということも思い出した。
(そうだよな。これだけ美しかったら、太る可能性のあるお菓子よりも、さらに美しさを際立たせる宝飾品の方が、アリーシアにふさわしいよな)と反省するセリウス。
しかし、その事実もセリウスを何故か寂しい気持ちにさせるのであった。
ふと、子供の頃のことを思い出すセリウス。
(子供の頃、最も好きな色は緑色だった。
緑の……
そうだ、あの子の美しい緑の瞳がとても綺麗で好きだったんだ……。
お菓子をあげると、嬉しそうな顔するのがすごく可愛くて、あの緑の瞳がキラキラと宝石のように輝いて綺麗だった。
「キャロルの店」のお菓子をあげるとその喜ぶ確率が上がるんだよな。
でも、アリーシアは全然、キャロルのお店のお菓子を喜んでくれなくて、寂しいな。
ああ、あの時の輝く緑の瞳がまたみたいな……。
あれ?でも、アリーシアの瞳は水色だ。駄目だな。
あの子じゃないと、あの瞳が見れないや。
あれ?あの子?
ああ、そうだ。
愛しいアリーシアを貶めたあの野猿だ。
何で、あの頃はあの野猿の瞳なんか見たくなったのだろう?
そういえば、あの緑の瞳が怒って、燃えるように輝いた時もあったな。
確かあれは、木に登って降りてこないあの子に苛立って、降りて来させようと色々と仕掛けを作ったら、凄く怒って、木の上から僕に向かって飛び降りて来たんだった。
あの時の僕はまだ子供だったから、あの子を両手で受け止めたかったのに、受け止めきれずに、顔や胸にぶつかった上に、気絶してしまったんだった。
それがみっともなくて、しばらくあの子に会いに行けなかった。
でも、その時のあの子の瞳がひどく美しかったのを今でも覚えている。
自分のみっともなさが恥ずかしくて、あの子に会いに行けなかったけど、心配してくれたあの子が、初めて僕に会いに来てくれたんだったな。
そして、初めて、あの子が僕の部屋に!
あの子はとってもしょんぼりして、僕の部屋までわざわざ来て、謝ってくれたな。
あんなにしょんぼりした様子のあの子も初めてで、あれはあれで、凄く可愛くて良かった。
僕の力不足を、自分のせいと思っていたから、より一層、愛しさが増したのを覚えている。
あのまま、帰らせずにどうやってあの子を部屋に留めようか、悩んだな~。
こっそり犬用の首輪をだして、隙をみて拘束しようかと思ったが……。
あとは、キャロルの店のお菓子を山ほど買ってこさせたり、珍しい果物を山積みにしたりして、何とかいてもらおうと苦労したな~。
あの子も機嫌が良くなって、そのまま部屋にずっといてくれるという約束を取り付ける寸前に、いつものようにアーサーに奪われたのだった。
くそっ!アーサーめ!!
僕の愛しい子をいつも連れて行ってしまうのだから!!
……あれ?
何であんなに愛していたあの子のことを忘れていたんだ?
そして、この胸の痛みは……)
セリウスがリーリアとの思い出をきっかけに、正気を取り戻しかけたその時であった。
「あらあら。セリウス様ったら、また……」と言って、アリーシアがセリウスの変化にすぐ気づいてしまった。
そして、セリウスの耳元で囁くアリーシア。
もしその囁き声が誰かに聞こえても、その内容を聞き取れる人間はほとんどいない言葉を囁いていた。
またもや、アリーシアの手に堕ちるセリウス。
(いや、そうだった。
この胸の痛む場所は、昔、野猿にみぞうち攻撃をくらったところじゃないか!!
あの野猿に子供の頃やられた傷はとっくに治ったはずだ。
それなのに、いまだに胸に残るこの痛みは何なのだろう?
再発?
何故、今になって?
これを追求しない限り、この痛みから解放されないことはわかっている。
そうだ、兄上に相談しよう!
賢明な兄上ならこの原因がわかっているかも。
何故、こんなにも何かが足りないと感じているのか……。
兄上は確か今はアルーテ王国に婚約者に会いに行っているのだった。
早く……
早く、帰ってきて兄上!
そして、僕にこの苦しみの原因を教えて!!)
今、セリウスは、何とかこの胸の苦しみから逃れられる方法を探し、普段はうざったいと思っているルシェールにまで助けを請うほど、弱っていた。
すっかり弱り、葛藤しているセリウスの様子に、アリーシアは、内心でちっと舌打ちをして、セリウスが正気に戻るまでの期間が短くなっていることから、もう次の段階が必要かと考えて、セリウスのことを氷のように冷たく見つめるのであった。




