番外編 IF 野猿な囚人 3.新人の洗礼
アウスフォーデュ修道院にて、一晩を明かしたリーリアは、早朝に近い時間帯に看守に起こされ、点呼をさせられた。
この修道院では早朝から、主に施設の掃除や野菜畑の水やりなどの作業をやらされることになっている。
早朝の作業後は、朝食の時間として囚人用の食堂で食事をとれるが、時間も短く、すぐに次の作業にまた行かないといけなかった。
そのため、リーリアも他の囚人の真似をして、朝食として出された硬いパンとスープの粗末な食事を流し込むようにすばやく食べて、自分の与えられた作業に向かった。
作業には自給自足用の野菜や果物の栽培や、修道院の収入源である細かい雑貨の製作、洗濯、掃除などたくさんあり、それぞれ週替わりのローテンションでやらされることになっていた。
また、日によっては自由時間も与えられ、自室で休めたり、図書室などもあるため、本を読んだり、軽い運動ができたりもする場所もあった。
ただし、自室も含めて看守のシスターが見張るところでのみであるが……。
そして、ここでは昼食を出されず、エネルギー量は高いが、皮がベトベトする果物を1個渡され、それを昼食代わりにさせられた。
リーリアは、果物の皮を剥いて食べたが、皮もわずかな甘みがあり、乾燥させてドライフルーツみたいにして、飢えた時にでもかじろうと考えて、ベトベトするにもかかわらず、捨てずに服のポケットに入れておいた。
その日は1日中、慣れない作業で疲れ切ったリーリアであったが、夕食の時間は比較的、余裕を持って取れたおかげで、ほっとしながら囚人用の食堂で夕食を食べた。
もちろん、夕食も内容は粗末だが、おかずもあり、朝食よりもまともな食事である。
食堂でリーリアが1人でゆっくり夕食を食べている時であった。
「こんばんは。
あなたが噂の新人ね?
私はミランダよ、よろしくね」と綺麗な銀髪の同い年くらいの少女に話しかけられた。
この修道院は、作業中も私語厳禁のため、人と話せるのは、この食事の時間帯か、自由時間である夜の点呼前の時間帯だけである。
「あ、こんばんは。
昨日から入所しましたリーリア・メナードです。
よろしくお願いいたします」とリーリアも自己紹介をした。
「まあ、本物のメナード公爵令嬢のリーリア様なのね!?」
「……もしかして以前、お会いしたことがありますか?」
「そうね。実は1年前まで、私はあなたと同じ学校で、隣のクラスの生徒だったのよ。
廊下とかで、あなたとすれ違ったこととかあるわ。
あなたは有名人だから知っていたの」
「あ、あなたも元貴族令嬢なのですか?
どうしてここに?」
「そうよ、元伯爵令嬢だったわ。
ここにいる理由は婚活していた男性関係で失敗して、罠にはめられてね……。
あなたこそ、なぜここに?
婚約者のセリウス殿下は子供の頃から片時もあなたを離さないくらい、あなたに夢中だったでしょう? もしかしてセリウス殿下に逆らった罰とか?」
「まあ、その、私は義妹の罠(?)にはめられてしまいまして……。
冤罪なのですが、そのせいでここに連れてこられました。
セリウス様にも婚約破棄されまして……」
「ねえ、義妹って?
ここ1年以内の情報にはうといのよ。
確かメナード公爵家には養女はいなかったと思うけど?」
「ええっと、17年前に駆け落ちした隣国の王女の噂はご存じですか?」
「ええ、もちろん。
うちの国の騎士と駆け落ちした王族としての責任もわかっていない無責任で愚かな姫君ね。
有名な悪い噂話よね」
「その姫君の駆け落ち相手が父の部下で、もうその騎士も姫君も亡くなったのですが、二人には娘が1人おりまして、その方をメナード公爵家は養女としてむかえまして……」
「なるほど。
つまり、部下の不始末の責任をとって、メナード公爵がその娘を引き取ったと。
そして、あなたの義妹になったその女が、あなたに罪をきせてここに送り、セリウス殿下を奪ったということね」
「まあ、そんなところですね」
「あなたもひどい目にあったわね……。
その女は親子ともども最低ね」そう言って、ため息をつくミランダ。
「もしあなたが関わりたくないような犯罪者だったらどうしようかと思ったけど、そうじゃなくて良かったわ。
ねえ、よかったら、これからはここでお互い協力しませんか?」
「ええ!是非よろしくお願いいたします!!」
「よかった。
じゃあ、この後、この修道院の囚人達をまとめているボスと呼ばれる人物がいるから、早速、その方へ紹介するわ。
ボスの名前はルクレナ様と言って、彼女に気に入られれば、ここでも随分、過ごしやすくなるはずよ。
私、ここに入ってから、とても苦労したけど、今は一応、ルクレナ様にはひいきにされている身なのよ」
「そうなのですね!ボスに気に入られるなんて、凄いですね!!」
「……あなたなら、ルクレナ様も気に入ってくれるかも知れないわ。
食べ終わったなら、行きましょう。
もういいかしら?」とミランダに言われ、あと残り少しの夕食を「ちょっとお待ちを!」と言ってかっこむリーリア。
「……あなた、公爵令嬢にしてはたくましいわね」
「え?だって、食事をしっかり取らないと生き残れないですよね?」
「そうね。ここは特にそういうところだけど……。
入所1日目にご飯を素早く完食する公爵令嬢はあまりいないわよ。
そういえば、ここに連れて来られた時にも気絶しなかったと聞いたけど、本当なのね?」
「ええ。実はドレスにお菓子をたくさん隠していて、それで食いつないできました!」
「さ、さすがね。
まあ、私も、連れて来られる途中の食事のひどさにフラフラだったけど、たまたま持っていたキャンディーのおかげで失神はしなかったわね。
しかも『キャロルの店』のキャンディーだから、美味しくて、精神的ダメージも癒されてね。
何とか正気でここまでたどり着けたわ」と言うミランダ。
「まあ、あの王都で人気の『キャロルの店』ですか!?
私も大好きなお店です!!
ドレスに隠していたお菓子の中には『キャロルの店』のフルーツゼリーもあって、確かに体力的ダメージだけではなく、精神的ダメージも癒されてましたね!」
「まあ、そうなのね!
お互い良い非常食を持っていてよかったわね~」
「そうですね!!」と思わぬところで、気が合うリーリアとミランダ。
こうして、リーリアはミランダに色々と聞かされながら、ボスのところまで案内してもらった。
「失礼いたします、ルクレナ様!ミランダです。
噂の新人、リーリア・メナードを連れてきました」とミランダが部屋の扉の前で声をかけると、「どうぞ~」と言われ、ボスの部屋に入る二人。
連れてきてもらったボスの部屋は、他の部屋よりも広くて清潔であった。
何といってもトイレが目隠しのシーツで囲われていて、ちょっと羨ましかった。
「ご機嫌よう、メナード公爵令嬢。
私がここでボスと呼ばれているルクレナだ。
お初にお目にかかる」とベッドに寝っ転がったまま、こちらに視線を向けて話しかけてきた人物がいた。
(ふーん。この人がここのボスか……)
ボスと呼ばれる人物は相当な美人であった。
夜の闇のような漆黒の髪と、隻眼で、左目に眼帯をしていたが、その右目は、鋭い切れ長の瞳をしており、宝石のように美しい碧色をしていた。
おまけに、(この人なら、あのムキムキシスター達とも渡り合えそう)とリーリアが思われる程、豹のようにしなやかな長身と綺麗な筋肉がついているのがわかるスタイルをしていた。
「初めまして。
リーリア・メナードです。
よろしくお願いいたします。」
「……へえ、この子が噂の公爵令嬢?
ミランダ並みに可愛いな。それで?」
「はい?」と何を聞かれているかわからず、思わず聞き返してしまったリーリア。後ろからミランダに「駄目よ!」とつつかれた。
「腕に自信はあるか?見た目は弱そうな印象だが……」
「??」リーリアがいきなり何のことを聞かれているかわからず、疑問符を飛ばしていると、代わりにミランダが答えてくれた。
「そうですね。
もし彼女が戦うのならば、結構、魔法が使えるという噂なので、魔力さえあれば、それなりに面白い戦いになると思われるのですが……。
戦いの間だけでもこの魔力封じの腕輪を外せないですよね?」とミランダはリーリアのつけられた腕輪を指す。
「それを外すのは無理だろう。
そうか、魔力は封じられているのか、残念。
せっかく可愛いのに、この顔が傷つくのはもったいないな……」と言って、起き上がったルクレナは、リーリアに近くに来るようによびよせ、リーリアが近づくと、いきなりリーリアのほっぺをつかみ、グニグニと楽しそうにもむルクレナ。
「ははは!本当に可愛いな。
ペットにしたいな~。
まあ、この子の新人歓迎戦で生き残れたらな……」
「?し、しぃんじんきゃんげいしぇんってなんでしゅきゃ?(新人歓迎戦って何ですか?)」とリーリアはほっぺをルクレナにもまれながら聞いてみる。
(さっきから、『腕に自信があるか』とか、『弱そう』とか言ってるし、ミランダも『もし戦うならば』とか何とか言ってたし、一体何のこと?
もしかして私、誰かと戦わないといけないの?)と疑問に思うリーリア。
「んー?ミランダからまだ聞いていないか?
ここに入った新人は、ここの囚人の1人と戦ってもらうことになっているんだ。
それで、ここがどんなところか、身をもって知ってもらう洗礼というか、通過儀礼みたいなものだ。
ここの囚人達ばかりか看守達まで、その勝敗で賭けをしていてね。
勝てば問題ないし、負けてもとりあえず死ななければ、ちょっとペナルティーがあるくらいだから、大丈夫だよ」と簡単に言うボスことルクレナ。
(要は囚人同士で戦うということ?
野蛮でくだらないな~。
新人いびりも大概にして欲しいな。
けど、魔法の使えない今の私が勝てるのかな?
怪我せずに済むのかな?)
思わず、ミランダにすがるように視線を送るリーリア。
それに対して目をそらし、言い辛そうにするミランダ。
「……新人の洗礼というか、その新人の力量を試すようなものなのよ。
その人物がどれくらい危険かをはかるためもあって、看守公認の喧嘩みたいなものでね。
制限時間はたったの15分だから、対戦相手にもよるけど、そんなに心配せずに終われることもあるわ。
私の時はかすり傷程度で済んだもの。
後で戦う場所の下見に連れて行ってあげるからね。
ああ、でも確か今回の対戦相手って……」とミランダが曇った表情になる。
「そうだな、この子猫ちゃんは運が悪いな~。
今回はあのアグワリーが対戦相手だ」とルクレナまで残念そうに言う。
「何者ですか?」とやっとルクレナからほっぺを奪還して、普通にしゃべれるようになったリーリア。
「うーん、元女傭兵でね。
わりと強い、体力自慢な囚人だよ~。
彼女の体の幅は子猫ちゃんの2~3倍はありそうだね」とルクレナに言われ、リーリアはとてもやっかいな対戦相手ということがよくわかった。
「相手を変更していただくこととかは……?」
「できないな。
これは看守側がローテンションで決めていて、いくら私でも難しい。
アグワリーに私から手加減するように注意するくらいならできるがな……」と肩をすくめるルクレナ。
(うーん、ボスでも無理か~。
とりあえず、そのルールと場所の下見をして、どうすればいいかの対策を練るか……)と考えるリーリア。
「そういえば、その新人歓迎戦っていつあるのですか?」
「ああ、今晩だよ」とさらっというルクレナ。
「へ?」
「だから、これからだって。
あと1~2時間後くらい。
だから、早めに場所の下見に行くといい。
私も後で戦いを見にいくよ。
頑張ってね」と軽く言って、またベッドに寝っ転がるルクレナ。
(ええ~!?こ、今晩ですか?まずいまずい……)と焦るリーリア。
それを聞いてすぐに、ルクレナの部屋を後にしたリーリアは、その新人歓迎戦の場所へミランダに連れて行ってもらった。
戦う場所は、まるで鳥籠のようなアーチ状の鉄の棒に囲まれた檻の中で、円形状の小さな闘技場であった。
一度、その中に入ったのならば、この場所から逃れるには、檻の入り口の扉から出るか、その鉄の棒のアーチになっている上部が一部吹き抜けのため、その上部から抜け出す位しかなさそうであった。
ちなみにその鉄の棒のてっぺんまでの高さは10m以上あった。
対戦相手とまともにやり合わない方法を考えるリーリア。
思わず服を握りしめていて、ふと昼にとっておいた果物の皮を持っていることに気づいた。
(これだ!この作戦で行こう!!)
そう、リーリアはただの公爵令嬢ではなかった。
前世の記憶があり、お転婆で野猿と間違われるくらいの俊敏さを備えていた。
自分の今の力量と状況を踏まえて、何とか死なない方法を考えるリーリアであった。
そして、あっという間に戦いの時間になってしまい、対戦相手と会ったリーリア。
鼻息荒く、リーリアを見下す対戦相手は、アグワリーという名の巨漢な女性で、腕も戦士と思われる看守のシスター達に負けないくらい、ムキムキであった。
(あ、駄目だ。この人に一発殴られただけで意識飛ぶな。
まともに戦っちゃいけないな……)と考え、作戦を開始するリーリア。
始める前にリーリアは靴を脱ぎ裸足になり、手には昼に食べた果物のベトベトした皮の汁をこっそり塗り、構えた。
「始めっ!」と審判役の囚人が合図すると共に、すぐに相手がリーリアへ掴みかかってきた。
周囲の囚人達は、リーリアが数秒でノックダウンすると予想され、負けるのは当然で、何秒で動かなくなるかに賭けていた。
リーリアが勝つ方に賭けたのは、リーリアの落ち着いた様子から何か策があるのかと思った大穴狙いのミランダと、リーリア自身の二人だけであった。
(要は、この15分以内に逃げ切ればいいのでしょう?楽勝だわ)
そう考えたリーリアは、掴みかかってきた相手を俊敏に避けると、一番近いところにある鉄の棒に向かって走り、闘技場を囲う鉄の棒をスルスルと登りだした。
相手が慌ててリーリアを捕らえようとするが、その手が届く前にリーリアはたった数秒で5m以上の高さに到達した。
相手も負けじとリーリアのように登ろうとするが、巨漢の上、鉄の棒がつるつると滑り、リーリアの高さまでたどり着けなかった。
リーリアは先ほどの手に塗った果物の皮に含まれるベトベトした粘着物質や裸足の足のおかげで登れたのであった。
リーリアは、そこから落ちないように、腕と脚をからませ、リーリアのことを野次ったり、つまんないだろうと喚いたりする外の囚人達を見下ろしながら時間が過ぎるのを待っていた。
ところが、つまらない展開に周囲の囚人達がリーリアに向かって外野から物を投げつけ出した。
意外とコントロールの良い囚人達もいて、余裕で5m以上の高さに到達する物もあり、リーリアはぶつかった拍子に落ちることを恐れ、更に鉄棒の上方へ登りだした。
上部限界まで鉄の棒を登ったところで、さすがにそこまで物を投げられる囚人はおらず、安心してぶら下がろうとした時であった。
「駄目よ!檻のてっぺん近くには逃亡防止の結界の魔法がかけられているから、あぶないわ!」とつい叫ぶミランダ。
(そういうことはもっと早く教えて!)
そのミランダの叫び声が聞こえたリーリアは、危うくてっぺん近くの鉄棒部分に触り、その結界の魔法にはじかれるところであったが、とっさに防ぐことができた。
リーリアが防ぐのに使ったのは、リーリアの魔力を封じている腕輪型の魔道具であった。
その腕輪は旧式のため、着けているリーリアの魔力だけでなく、その近くの魔力も封じる副作用もあった。
結界の魔法のせいで、バチバチッという音が響き、小さな火花が散ったが、その腕輪がうまく作動して結界の魔法に使用される魔力を吸収してくれたおかげで、リーリアは運よくはじかれることはなかった。
そして、リーリアはすぐに高さとしても投げられた物にも当たらず、結界にもさわらないところに移動でき、留まることができた。
そうこうしているうちに、制限時間の15分がたってしまったと周囲の囚人達が騒ぎだした。
審判をしている囚人も時間終了の合図を両者に送った。
しかし、リーリアは降りてこなかった。
「なんだ?あの子猫ちゃんは降りられなくなったのか?」
「だっせー!いい加減、降りて来いよ!!」
「つまんないことしやがって!!お前、馬鹿だろう!?」と周囲の囚人達が罵り、嘲笑っているところであった。
なぜリーリアは終了の合図を送られてもすぐに降りないのか?
なぜならば、リーリアにはわかっていることが二つあったからである。
ひとつは、審判をはじめとする周囲の囚人達の示す戦い時間終了の合図は嘘であること。
本当の時間終了まで、まだあと3分以上あることを、リーリアは自分の頭の中でカウントしていたのでわかっていた。
おそらく、ここの囚人達は周囲と協力して、逃げ切りそうな新人を嘘の時間終了の合図でだまし、終わったと勘違いして闘技場に戻って来たところを叩きのめすつもりだろうということが察せられた。
昔からよくあるだまし打ちの方法である。
リーリアは幼い頃、元婚約者のセリウスと時間制限のある木登り対戦をした時に、これをやられたことがあったため、自分自身で時間はカウントする癖がついていた。
もうひとつは、このままでは、無戦によるリーリアとの引き分けの戦いを許さず、再戦をさせる可能性があること。
両者とも無傷では、周囲も納得せずに再戦を求められることは予想された。
もし再戦を求められたら、リーリア自身もこの対戦相手には正面から戦ったら数秒で倒されると思われた。それを防ぐため、リーリアは一発逆転の方法を考えた。
対戦相手に落下の勢いを生かして、飛び蹴りをかえまそうと。
対戦相手は、リーリアの下でウロウロと喚きながら、時にはびくともしない鉄の棒を叩いて脅してきていたが、その対戦相手の動きを、リーリアはしっかり見定め、その動きの予想をして、避けられる範囲も計算した。
そして、終わり30秒になった時、俊敏に飛び降りるのに丁度良い数mの高さまで降りてきたところで、リーリアはいっきに落下した。
もちろん、対戦相手の顔面に向かって飛んだ。
対戦相手もいきなり自分に向かって落ちてくるリーリアをとっさに避けようと動いたが、その避ける範囲も計算していたリーリアは、きちんと軌道修正して相手の顔面を蹴ることができ、そのおかげで、落ちる衝撃をやわらげられた。
また、対戦相手の顔面を蹴って相手を倒したが、まだ失神していなかったため、そのまま、すかさず相手のみぞおちに向かってリーリアの全体重をかけて、肘鉄をかました。
これも、昔、木に登ったリーリアを、セリウスが落とそうとしてきたので、下で待ち構えていたセリウスに向かってやった攻撃で、セリウスへ顔面蹴りした後、みぞうちに見事に肘鉄がクリティカルヒットして意識を失わせたことがあった。
この時、リーリアは兄のアーサーと両親にひどく怒られ、しばらく外に出してもらえなかった上に、セリウスの部屋までお見舞いに行かされた苦い思い出があった。
「ぐっ、ぐふ……」とうめいて、対戦相手は意識を失ってくれた。
そして、ちょうどぴったりと、戦い終了の時間となった。
もちろん、リーリアの勝利であった。
一瞬、シーンとなった後、状況を把握した周囲の囚人達はわぁっと沸いた!
みんな最後にやったリーリアの容赦のない戦いぶりに賞賛をおくった。
「すげー!あのチビ猫、巨漢のアグワリーの奴をおとしちまった!」
「いやー!最後の最後でなかなか面白かったぞ!!」
「やったー!賭けは私の大勝ちだわ!!」と大喜びのミランダ。
「へえ、可愛い顔してやるじゃん、あの子猫ちゃん」と戦いを冷静に観ていたボスのルクレナやその取り巻きの幹部達もリーリアに感心した。
「ええ。大切に育てられた元公爵令嬢のはずですがね。お転婆というか、さすが、騎士団を統べるメナード公爵家出身というか……」
「いや、何というか、あの俊敏な動き。子猫というより、何か別な生き物を思い出すな~」
「本当ですね。あの動きと茶色の残像……。あっ!!」
「あぁ、わかった!」
「「「野猿だ!!」」」
満場一致で、リーリアへの認識が「野猿」に決定した瞬間であった。
「いいね!あの子。昔、アレース地方の野猿を飼いたかったんだよね~」とボスのルクレナはすっかりリーリアを気に入ってしまった。
こうして、リーリアはここでも「野猿」の二つ名をつけられ、すっかりボスのお気に入りのペットのように扱われるようになった。
そして、スムーズにここのボスの庇護下に入ったおかげで、思った以上にアウスフォーデュ修道院で過ごしやすくなるリーリア。
ただし……。
(やだ!ここのボス、セリウス様と何だか同じ臭いがする!?)と別な新しい悩みも生じるのであった。