02. 昏い月、微酔を帯びて(part4)
俺は招かれた席に座ると、メニューには目も向けずに、真っ先にコーヒーを注文する。
隣の常連客らしき男性は見たところマスターよりも年下で、五十代、いやまだ五十手前かもしれない。一つ言える事は、マスター同様その男性にも、俺みたいにまだ若くて未熟な連中には無い独特の落ち着いたオーラがあった。ダンディというのか、ハンサムというのか上手く言葉が出てこないのだが、誰の人生にも恐らく、知っている教諭や教授を照合していけば確実にこんな人がいる。そんな二人の風貌を見て、俺は少し憧れを抱いた。
コーヒー。ついに俺はそれだけを注文したわけだが、そんな俺を見て、隣の男性は少し感心した様子で、
「今日のお客は分かる奴みたいですね」
と言って小さく笑い、既に手元にあったカップを持ち上げ、ゆっくりとコーヒーを啜り始めた。そんな中、マスターは相変わらず優しい笑みを浮かべていた。
「あの……どういう意味です?」
どうも気になってしまい思わず男性に尋ねてみた。
「いや、前にも君に似た、仕事帰りのスーツ姿の男の人がね……。彼は席に着いた途端、カクテルを頼んだんだよ」
まだ話を飲み込めていなかったので、「はあ」とだけ答えた。
「ここは喫茶だからね。看板にも書いてあっただろう」
俺はそういう知識が無かったもので常に相槌気味だったが、その後も話は続いた。
つまりはこの店のように喫茶店と呼ばれる場所にはアルコール類は置いていないのが当たり前らしい。恥ずかしながら俺もその時初めてカフェと喫茶、BARの区別を知った。途中からマスターも話に加わり、色々とその辺の事情を教えてくれた。曰く喫茶は大抵昼間の営業がメーンだから客が勘違いしてしまうのも一理あるのだとか。現にこの店はこんな夜遅くでも営業を続けている。そして不思議と俺を誘惑するのだ。
時折、テーブルに置かれた湯気を立てるコーヒーカップから男性の方へ視線を移してみると、さっきの女性が焦点の少し先にちらりと映った。それがどうも気になって仕方が無い。彼女は相変わらず目の前の画面と向き合っている。そうしているうちにやがて会話は落ち着き、俺からの何らかの一言が必要になったとみえた。話題も尽きたことだしいっぺん話してみるか、という気持ちがふつふつと湧いてきた。
この時の俺は、多少の紆余曲折はあったとしても、最終的にあの女性がここの常連なのかどうか、それだけでも聞き出せればいいと考えていた。