02. 昏い月、微酔を帯びて(part1)
ふと思い立って空を見上げる。
薄く引き延ばしたような弱々しい雲が漂う。星々の輝きをこうも霞めているのは、あの雲だろうか、それとも、この虚ろに飾られた何処かよそよそしい繁華街の絢爛だろうか。
或いは……。まあ、どちらにせよ、だ。
神経衰弱とでも言おうか、既に抜け殻と成り果てたこの身体で、もうこれ以上、俺を置き去りにして順調に色彩をまた次へと移し始めるような事象に思考を巡らすのはよす事にしよう。自身を取り巻くささやかなこの不定形の事象に今までどれだけの時間を垂れ流しているのか、今ではもう分からなくなってしまった。世界は刻一刻と姿を変えている。あまりいい例えが思い付かない。万華鏡なんてどうだろうか。だが、それだと世界を言い表すのには物足りない気もする。
今、自分の手元にあるのは、最近は毎日、この午後十時半以降、それから暫く彷徨う足元が、やっとの事で昼間にはあった筈の自分の本来の意識と接触し、まともに帰路を認識するまでの数時間、つまりちょうど残業を終えて空っぽになったこの時間帯は、自分が持っている時間をただ無抵抗に、誰かに手放しているようであるという事実だけだ。
まるで大貧民……。切 なくなる。毎日のように手元にあったjokerは吸われていく。残念ながら、状況を打開する手札など持ち合わせていない。
もっとも、時間を浪費していると知り、無意味な物思いに耽る俺は、初恋に揺れる思春期の彼等と何も変わらず、驚くことに、このゲームの大富豪もまた、見覚えのあるこの肉体の何処かに潜んでいるという訳だ。
つまりは知っているのだ。そう、何もかも自分のせいーー。
夜の街を彩る人工の光。ネオンサインの輝きに惹かれる足元をただ他人事のように傍観している。はっと我に返って、なんとか足元を帰路に落ち着かせようと試みる。これをひたすら繰り返している。
既視感。その一言に尽きる。
夏はもうそこまで来ていた。
わざわざ描写するほどではない。いつも通りの夜空だった。
今、僅かに途切れた雲の隙間から朧げな光が差し込もうとしている。満月になりきれなかった月の光だ。緩く吹き込む風が妙に身体に染み込み、ひんやりとした冷たさで俺から生の感触を奪っていく。幽かに肩に触れる月光の透き通るような繊維は、それが生温かく、追憶に浸るに十分な質感を持っていると錯覚させる。