魔女の心
魔女の館。私の家がそう呼ばれ始めたのはいつのことだろうか?
最初こそ親切で人を助けていたが、なんだかそれがバカらしくなってきたのはいつからだろうか? 助けようとしても、“森の魔女だ”だの“退治してやる”だのそんなのばっかりだ。
いったい、自分が何をしたというのだろうか?
だから、親切にしたところでそういうことを言われるのなら噂通りの魔女のごとく振舞えばいい。この深い森に迷い込んだものの希望などたたき切ればそれで満足だということなのだろう。
いつしか私はそう言った考えのもとに行動していた。
森の迷い混んだ人に対して無害な少女を演じ、誘い込んで、じっくりといたぶった後に森の外に帰す。
たまに森の入り口に帰したはずなのにまた、森へと戻ってしまいそのまま行方不明になる人もいるらしく、そのせいで魔女のうわさには更なる尾ひれがついてしまった。
私としては相手が死んだりすることがないように細心の注意を払っているのだが、当然相手にはそれは伝わらない。相手からすれば、ただ単純に殺されかけたという記憶しか残らない。
しかし、実際問題この森はこの家が建っている入口付近こそ穏やかだが少し奥に迷い込めば最後、かなり強力な魔物が襲いかかってくる。
そう考えると、この家で少し痛い目を見る程度だったらかなりましだろう。それでこの森に二度と足を踏み入れまいと考えてくれるのなら何よりだ。
私としてはそう考えているのだが、どうも周りの人はそうは考えてくれないらしい。
ここを治める領主を始めとした上層の人間たちはこの森の危険性を知っているが、下層の人間……一般の農夫や商人はこの森の危険性など“魔女がいる”程度の認識しかない。
今までに何度か衛兵がこの家を訪ねてきたが、理由を話せば難しい顔をしながらも納得してくれる。しかし、この森に迷い込んだ人……もしくは魔女退治だなどと言ってきた人間など聞く耳を持つわけなく、殺そうと本気で攻撃してくるか、はたまた森の外に強制送還されて魔女に襲われたと村で触れ回るかのいずれかだ。
後者は半分狙っているからいいのだが、前者はかなり厄介だ。
こちらとしては殺す気など毛頭ないし、かといって手加減をして殺されるのもなんだか嫌だ。いや、別に自分がそうされるほどのことをしている自覚がないわけではないのだが、こちらはいたいけな(?)少女であり、相手は大体屈強な男だ。少しでも手を抜けば、すぐに命を落とすだろう。
それに魔女だなんて言われている以上、自分の遺体がまともに扱われる保障などみじんもないし、ほぼ瀕死状態で生かされて連れて行かれるなどとなったら、最悪だ。それこそ、なにをされるかわからない。
下手をすればそこらの奴隷よりもひどい扱いを受けるだろう。
私はそこまで想像して身震いする。
とにかく、自分の身は自分で守るべきだ。間違ったことはしていないはずだ。
私はそんなことを考えながら出かける用意をする。
主に今日の分の食料を確保するために……魔女のうわさが広がってからは余計になのだが、元々この森は食料が豊富なので冬場を除いてよっぽどか食料に困ることはない。むしろ、ここを訪れた人にかなりの量の食料を振舞えるほどの余裕はある。
裏を返せば、それほどに豊かな森だからこそたくさんの魔物が引き寄せられているともいえるかもしれない。
もちろん、食料を取っている間に魔物に襲われる可能性もあるのでちゃんと武器は持っていく。
まったくもって、不便なところに住んでしまったものだ。まぁこの生活は悪くないのでそこまで文句を言うつもりはないが……
さっさと身支度を済ませて家を出ようとしたが、森の中で行き倒れに会った時の為に離れの準備もちゃんとしておこうと考えて家のすぐそばに建てられている小屋に向かう。
この離れは割と襲ってくる人が多いので自分の身を守るために結構な時間をかけて作ったものだ。
別に自分が普段から住んでいる家に招き入れてもいいのだが、何かの拍子に自分が蓄えている貴重な薬草がなくなったりしたらかなり困る。
ほとんどのモノはすぐにこのあたりで採れるのだが、棚にしまわれている薬草のうち一部はこの森の奥地でしか取れなかったり、そもそもこの森にないものもある。
貴重な薬草とそれから作る薬品を失わないためにもちゃんと客をもてなす場所を分けるというのは大切だ。
ついでに睡眠効果のある薬草のストックも確認しておく。
こればかりはないと困ることの方が多い。
私が見て少しでも危害を加える可能性があると思ったときはこれで眠ってもらう。ついでに少しだけ薬の実験に協力してもらったりすることもあるが、大体は少しだけいたぶってから森の入り口に放り出す。
こちらの勝手な都合だと言われればそれまでも知れないが、それが一番安全だ。
ただ、時々この薬草は幻覚作用が出てしまうことがあるらしく、もしかしたら一部の人が森の中に戻ってきてしまうのはそのせいなのかもしれない。
しかし、私にはそんなことは関係ない。少なくとも、この森に中に入ってきたのは彼らの意志であるし、ましてや魔女狩りだなどと息巻いていれば、多少のことは覚悟の上だろう。
まぁもっとも、読心能力など持っていないので相手の本当の心の内など知ることはできないのだが……
私はそんなことを考えながら戸締りを済ませて、今度こそ家を出る。
さて、今日もまた森の中にかわいそうな犠牲者はいるのだろうか?
私はにんまりとした笑みを浮かべながら深い森の中へと入って行った。