2-1
校舎に、終業をしらせる鐘の音が響く。
長い一日から開放された生徒達の弾んだ声が所かしこから聞こえてくる。
「おーい、蒼嗣!今日これからみんなで駅前に新しく出来たショッピングモールに行って、その後カラオケにも行くんだけど、お前も行かね?」
廊下側の窓から身を乗り出し、笑顔の眩しい快活そうな少年が、すぐ近くにある席で黙々と帰宅の準備をすすめている少年へ訊ねる。
「……悪いな洸太。俺は今日もちょっとな……」
蒼嗣と呼ばれた少年は、訊ねた少年___洸太とは逆に、誠実そうな落ち着きのある雰囲気をもっている。
今も、断わりをいれることへの罪悪感からか、その表情には申し訳なさが滲み出ている。
「そっか………お前も大変だな」
断られて残念そうではあるが、その顔には仕方ないなというような、納得の色も浮かんでいる。
「いつもいつも誘ってくれるのにごめんな」
「いやいや、俺が誘いたくて誘っているだけだから!お前は気にすんな!なっ!?てか、むしろ大変なら俺らにも頼れよ。力になれることがあったら、遠慮なく言ってくれていいからな」
「……ありがとう。じゃぁ、もし何かあったらヘルプを出させてもらうよ」
哀愁漂う雰囲気に慌ててフォローにはしり、冗談交じりの本音を言えば、その様が可笑しかったのか、蒼嗣は軽く笑顔を浮かべて礼を言う。
「それじゃぁ俺はもうちょい他の奴にも声をかけてみるかね」
あいつが来るなら色々釣れそうだから、必要ないかもだけど……。
そう言って窓際の席で数人の男子生徒に話しかけられている生徒へと視線を向ける。
「すごいよな、あいつ。三日前に転校してきたばっかりなのに、もう学校に溶け込んでるし」
「あぁ、彼な。確かにすごいよな。初日にあんな爆弾投下してたのに」
「そう、それだよ。お前からも聞いたけど、学校中に広まってるぜ、その時の話。それなのに生徒教師問わずあいつに好意的って、大分すごいのな」
「まぁ、確かに。……でも三日間教室を共にした感じだと、それも理解出来るかなって感じだな」
そう呟きながら、窓際の席の一団を見やる。
最初は男子生徒数人に囲まれていただけだったのが、いつの間にか少数の女子生徒も混じり始め、今では教室の中に大きな集団が出来上がっている。
「そうなのか?俺は話したことないからよく分からんけど」
「……そうだな、わかりやすく言うと、ちょうど今のような感じだったよ」
あんな感じ、と視線で窓際の一団を指す。
「あの容姿だからな、爆弾投下までは男どもに嫌われそうな雰囲気だったんだけど、あの発言でむしろ好意的というか同情的になってな。性格も気さくで、それでいて会話が巧みだから、男子限定でクラスメイト問わずかなりの人数とお友達になったらしい、初日で」
「まじか、それはすごいな」
「あんな発言したくらいだし。女子生徒のことは全く無視かと思いきや、下心なく真面目な理由でなら控えめにだけど会話もするみたいだな。……そのことに調子のってあからさまに彼に気があります的な女子生徒が話しかけた時はがん無視どころか絶対零度の眼差しで撃退してたけど。それで余計に男子生徒からの株があがり、一部の善良な女子生徒数人とお友達になってたな、二日目で」
「まじか、やばいな」
「噂通りに頭も相当良いみたいだけどそれをひけらかすようなことはしないし、授業態度も真面目で、教師への対応も丁寧。……ここまできて教師陣の覚えがめでたくないわけがないのはわかるな」
「おう、もうすでにすごいが、それ以上があるのか」
「ある。あるんだよこれが。今日の四時限目、数Ⅱの桂だったんだが、桂が彼のことを褒めたんだよ」
「なん、だと……あの桂がか?生徒いびりと難解な数学問題を解くことだけが唯一の楽しみだというような、百人に聞いたら百人が性悪だと答えるようなあの鬘の桂がか?」
「さらっと流れるようにディスるのなお前、そんなに桂が嫌いか。あと、本人も気にしてるらしいから鬘はやめてやれ。あれ、一応地毛なんだから」
「だって、あの桂だぞ!?一体転校生くんの何をどう褒めたわけ?」
「数学だよ。余った時間でいつものように、どう考えても高校生の範囲じゃない問題を、答えれないなんて嘆かわしいって言って自分で解き始めるのがお決まりの、いつものあれで彼を指名したんだよ」
「…………答えられちゃったんだ?」
「見事に大正解しちゃってたね、俺らには何言ってんだか全く理解不能だったけど」
「……はぁー、まじかー、すごいな。もうすごいとしか言えないわ」
「ほんとにな……ってやばっ、ごめん俺もう帰るな」
ふと時計を見れば、会話をし始めた時から十五分ほど経過していた。
慌てて立ち上がり扉へと向かう。
「悪い、引き止めちまったな」
「いや、大丈夫だ。じゃぁまた明日な」
「あぁ、気を付けて帰れよー。妹ちゃんにもよろしくな」
軽く手を振り、その場をあとにする。
部活へ向かう生徒や、友人と談笑しながら帰路へ向かう生徒達の群れに紛れながら、少し早足で玄関を目指す。