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クラウン  作者: 空城誠
9/12

ACT:8 死の音

 この国はいつもそうだ。

 大砲の音。拳銃の音。血の飛び散る音。


 ――この国は死の音で包まれている。


 神界もそうだった。


 いつもだれかが戦場で殺されて、ヴァルハラへやってくる。女神はそれをもてなす。

 オーディンは気まぐれだ。真に強い戦士のみ加護を与えていた。


 結果、弱者はいつも死の音で包まれている。


 今の神界もそうだろうか。


 ラグナロクの音はしない。ヘル姉さんが反逆の狼煙を上げるのはまだ先だ。


 父さんが、憎しみを込めてオーディンを見るのはまだ先だろう。



 だけど、なら僕はどうなのだろうか。


 ナリは僕の心の奥底で眠りについている。オーディンが望まなければ、目覚めないだろう。


 僕が悪夢の前兆というのなら、もう“まだ先”ではないのかもしれない。


 けれど――僕が使うのも可笑しいけれど――答えは、神のみぞ知る。







 真っ暗な闇の中を、一人の青年エルフと少年妖精が街道沿いに歩いていた。


 青年エルフの名はクラウン。ダークエルフの血も混ざっているため、夜目が利く。

 少年妖精の名はナルヴィ。こちらは夜目が利かないので、クラウンの肩にしがみ付いていた。


「もう少しで抜けるぞ。朝までには町に到着するだろ」


 夜になっても火薬の臭いが立ち込めているので逃げるように歩いていたクラウンは、ふと遠くに人影があったような気がして立ち止まった。


「なに、なんか居たの?」


 ナルヴィが心配になって訊ねる。


「ああ、人影が見えた気がしたんだが……気のせいではないようだ」


 クラウンは素早く後ずさり、拳銃を構えているであろう人影の後ろに回れるよう横にずれていった。しかし、拳銃はクラウンの動きを追いかけており、なかなか素早く動く事ができない。


「シールドを張ろうか?」


「いや、この暗闇だと自分の居場所を視覚的に教える事になるだろう。それより、これから素早く動く。胸ポケットにでも入っとけ」


 ナルヴィは大人しくクラウンの胸ポケットへと潜り込む。クラウンはそれを確かめると思いっきり前へと跳躍した。


「ーーっ!」


 すると、今まで拳銃でクラウンを追っていただけの人影が、先程までクラウンが居た場所へと鉛玉を打ち込む。咄嗟にクラウンに狙いを定めるが、撃った瞬間クラウンが避けるので、クラウンには当たらず鉛玉はむなしく地面へと埋め込まれていく。


「観念しろ、何処のだれだ、お前は」


 クラウンは人影の背後に回りこみ、小刀を喉へと押し当てた。もちろん切れない程度だ。


「……これは、これは。とんだ凄腕ですねェ。私の玉を避けるなんて。あんた、エルフでしょう」


 クラウンは頷くと、人影の拳銃を取り上げた。


「誰なんだ」


「私ですか。私はアイゼンブールの鷹と呼ばれる男ですョ。ホフマンとお呼びなさい」


 ホフマンはポケットから葉巻を取り出し、マッチを擦って火をつける。その火がお互いの顔を照らし、ホフマンはクラウンの、クラウンはホフマンの顔を見ることが出来た。

 ホフマンは見た目まだ10代の男で、髪は襟足に届くくらいに切り揃えている。目じりは垂れ下がり、どこか間抜けな印象を与えた。


「ホフマンか。俺はクラウンだ。アイゼンブールというのはこの先の町のことだな? お前は用心棒なのか?」


「やれやれェ、質問の多いエルフさんですねェ。……ええ、アイゼンブールはこの先の町のことです。私はね、用心棒でもなければ傭兵でもない、ただ通り過ぎた旅人を容赦なく襲って金目のものを奪っていく悪党なのサ」


 ホフマンは勢いよく吸った葉巻の煙をクラウンに向くように仕向け、クラウンが顔をしかめると面白そうに笑った。


「あんた、その年でまだ吸った事が無いのかァ。それはなかなか遅れていますネ。これはエルフにとっちゃ毒なんでしょうか? ぜひとも試したい。毒で死んだら金目のものは盗んであげるので、一本どうですかァ?」


 そういって葉巻を差し出してくるホフマンの手を払い、クラウンは吐き捨てるように言う。


「人間にとっても毒だろうが。その煙は頭をダメにし、肺を黒く腐らせるぞ」


「あはは、もう止められないので私は手遅れですな。……さて、そろそろ放してくれません? もう命は狙いませんョ」


 クラウンがしぶしぶ手を放すと、ホフマンは服をパタパタと叩く。


「いやァ、見事にやられました。もうずいぶんこんなに負かされていませんね。あなたのソレは自己流ですかな? 私は自己流ですがね」


「俺は父から剣術を習った。付属として、体術も習っただけだ。あとは感覚で動いている」


 暗闇だと見えないが、今クラウンは心底嫌そうな顔をしているのだろうな、とナルヴィは思った。


「俺たちは町へ行きたいんだ、そろそろいいか? あんたに付き合っている暇はない」


「おや、そうでしたねェ。なら私も一緒に行きましょう。きっとあなただけで行っても入れてはくれないでしょうな。ちなみにアイゼンブールの町は灼碧魔王国の領地ですよ。知らないようでしたので教えますけど」


 ホフマンはクックッと笑い、クラウン達を案内するという名目で先頭を歩く。


「ほら、あの遠くに見えている明かりが町です。今は女王陛下がいらしているはずですが」


 女王陛下、とホフマンが口に出した時、クラウンは背筋に痺れが走るのを感じた。まさか魔法の国の女王だろうが、こんな形で会うことになるとは。


「女王陛下はきっと僕らのことを聞いている筈だね。上手く会わなければいいけど」


 ナルヴィのその願いも空しく、町を入ってすぐのベンチに、女王陛下は座っていた。


「これはこれは女王陛下。では、私はこれで、エルフ殿」


 ホフマンはそそくさとどこかへ行ってしまう。クラウンとナルヴィは居心地が悪そうに視線を泳がせた。そんな二人に気付いてか、女王――もとい銀はベンチをペシペシと叩く。


「どうぞ、座れば? 今は過保護眼鏡も居ないし」




 クラウンはまず銀へ挨拶をし、隣へ座るのは遠慮すると言うと、銀は強引にクラウンを座らせて、満足そうな顔をした。


「よし。あなたは“あの”クラウンと、ナルヴィ神だよね? 噂は毎日のように耳にするけど、半分は嘘でしょう。それほど、うちの城では話題になってるんだよね」


 クラウンは庶民的でしかも見たことのない素材で作られた銀の服をまじまじと見つめていた。なので、ナルヴィが小突くまでは銀が自分へ質問を投げかけている事なんて耳に入っていなかった。


「あ、すみません。ええと、どちらの味方…でしたっけ?」


「うん、そう。会う機会があったらぜひとも聞いてみたかったんだよ。で、どっち?」


「人間以外のすべてです。人間の規模縮小になにか手はないかと、各地を旅しているわけです」


 クラウンは自分の答えに満足そうな溜息を漏らしたが、銀は逆に不服そうな溜息を漏らした。


「嘘ね」


「……は?」


 クラウンは相手が女王だという事も忘れて、頓狂な声を上げた。


「嘘でしょ? 本当は、あなたはどちらの味方でもなく、ただ弱者の味方であり、また弱者の味方をする際種族に関係なく助ける。 ――でしょ?」


 ナルヴィはさっとクラウンの背中に隠れ、なににも隠れられないクラウンはバツが悪そうに――クラウンにしては珍しい行為だが――身を竦めた。


「図星かな? 細かい理由は判らないけどね。行動を聞いてなんとなくそうじゃないかなーって」


 少し笑う女王の洞察力というか、物事を深く読む力というか、そういうものに驚き、クラウンは感嘆した。


「その通りですよ、女王陛下。 だいたいそんな所です。ですから、あてもなく旅をしているのですよ」


 

 クラウンの背中で、一人縮こまっていたナルヴィは僅かに首を横に振った。




 違う。





 クラウンは、そんな理由で旅をしている訳ではない。





 しかし、それを声に出すことはできない。

 そのことは、今女王に知られれば騒ぎになるだろうし、理由を問いただされるだろう。


 そんな事態は避けたいし、よけいに面倒になってしまう。




 いつか、クラウンがナルヴィにこう言った。いつだったかは忘れたが、この旅が始まる前なのは確かだ。



「俺は色んな奴を見てきた。色んな状態も見てきた。が、お前みたいなやつは初めてだな」



 そう言って、クラウンは笑ったのだ。ナルヴィがまだ神界を追放される前だったか。たまたま下界に降りたら、そこにクラウンが居たのだ。


 オーディンが無意識なのか、追放する際にクラウンの傍に落としたのは幸いだった。クラウンはナルヴィの事情を受け入れてくれたし、より深く知っていた。


 クラウンはこう見えてもずいぶん長生きしてるらしい。色々な伝承は伝説を知っていた。その中にナルヴィの名前があることも、その神が世界に何をもたらすのかも。

 ナルヴィが知らなかったことも、クラウンが教えてくれた。

 そして、二人で旅することにしたのだ。



 ラグナロクを止めよう。



 実際に無理かもしれないが、無理じゃないかもしれない。そう言って、クラウンは神界を追放された挙句に兄まで失ったナルヴィを慰めた。そして、手を引いて――実際は体ごと引っつかんで――旅をしてくれているのだ。死人を増やさない事で世界の荒廃を遅らせ、ヘルに船を作らせないために、かつ、この大地を一つの国か、まとまりに直すために。



 そんなことを女王に話す訳にはいかない。





「そうなの。ま、今はそういうことにしといてあげるから、ねっ」


 そんな事を言って、女王陛下は居なくなった。遠くから紫の髪の青年が呼んでいたからだろうか。


「もう、二度と会いたくないな」


 クラウンはそう呟いた。ナルヴィは勢いよく縦に頷いて肯定した。

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