ACT:7 地中の国の昔話
この話は ACT:5 で語られたクラウンがナルヴィを説得するシーンで、はしょられたエピソード部分です。
ぜひ楽しんでもらえると、嬉しいです。
ちなみに「ダークエルフ物語」という小説の設定を少し手本としています。知っている人が居るといいのですが!
人間の国の、ある場所で――。
「僕は、その……クラウンは! クラウンは僕ななんで今こんな姿になっているのか知っているだろ!? 僕はオーディンに逆らいたくはないんだ」
クラウンは軽く相づちを打つと、ナルヴィを手の中に収めた。
「あ、ちょ何するのさ」
「ある、ある地下都市に暮らしている、その国では上流階級に値する一家が居ました――……」
クラウンは、語りだす。
クラウンは、ダークエルフの国では上流階級に値する一家の一番下の弟として、生を受けた。
クラウンは全てのエルフの特徴を身に宿していた。それは、クラウンの父が混血のエルフだったことに関係する。
ある日、クラウンがいつものように母の元へ訪れるよう言い渡され、いつ鞭が飛んでくるかとビクビクしながら、母の姿を見ないように床に膝をついた。ダークエルフの国では、魔法の力が一番強い女が、一家の大黒柱となる。そのため男等は女に逆らえず、顔さえまともに拝めなかった。
「クラウン。今日もいつものように行動しなさい。そして、私に迷惑がかからない程度に、この屋敷をうろつく事を許します」
クラウンは、抵抗できないので静かに頷いた。そして、行っていいと言い渡されると、背中を鞭で打たれるかと戦々恐々しながら、自室へと戻っていった。
(母上の言うとおりにしよう。でないと、蛇のような赤い眼で睨まれて、鞭で体中を叩かれちゃう)
少年であるクラウンにとって、母は絶対的な存在であり、恐怖の対象でもあった。それはダークエルフの男等にとっても同じなのだろうが、少なくとも、クラウンよりは自由があった。
クラウンは、他のエルフの血もその身に流しているせいで、軟禁されていたのだ。外に出ることはもってのほか、剣などの武器すらも、手に持ったことはなかった。唯一許されているのは魔法の練習のみだったが、男より女の方が魔法の才能があると思われていたこの国では、クラウンは存分に練習することができなかった。
軟禁生活が産まれた年分続いたある日、クラウンの父親が、ひょっこりと帰ってきた。名前は――クラウンははっきりと覚えていないが――ベズだと、言われていた。
ベズは帰ってくるなり息子であるクラウンを連れて、剣の練習場へと立てこもった。
薄明かりの中、クラウンは自分と同じ瞳と、髪の色をした父親と木刀を打ち合ったことを、今でも鮮明に思い出せる。
そして、クラウンが剣を握らせてもらえるくらい上達してきた頃、事件が起きた。
事の発端は、ベズの一言だった。「クラウン、お前はこの国が好きか」
クラウンはそう問われた時、はい、とも、いいえ、とも答えられなかった。練習の合間合間に、ベズはクラウンに似通った質問を何度か繰り返した。そして、クラウンの意思がしっかりとしてくるまで、辛抱強くその質問を繰り返した。
クラウンはある日、ベズの質問に”いいえ”と答えた。理由は簡単。軟禁生活なんて真っ平だから。自分は純血のダークエルフではないのだから、軟禁される筋合いはない、と。
クラウンは、ダークエルフの神である地獄の女王に反発した。もちろん、女王は怒り狂い、クラウンを罪人だと言って殺そうとした。なのでクラウンはベズに守られて、地上へと抜け出すことにした。女王を怒らせたことで、ダークエルフの国には居られなくなったからだ。
話は飛んで、地下深いダークエルフの国から離れ、あと数メートルで地上へと出られるという時、クラウンの心に臆病風が吹き込んだ。
(女王に逆らう事は最大の重罪。ダークエルフの都に住んでいたならば、潔く罪を認めて死を選べ。女王はお前がどこへ行こうと殺しに行くぞ)
クラウンは、どうせ女王に殺されるなら、住み慣れた地下で死のうと考えたのだ。そして、地上に出ることがとても怖かったせいでもある。
クラウンがそのことをベズへと打ち明けると、ベズはクラウンに微笑んだ。
「そうか、地上に出るのが怖いか。そして、女王が怖いか。だがなクラウン。もしかしたら地上はここよりいい所かもしれないし、女王は闇に属するから、明るい日や淡く光る月のもとでは行動できないかもしれない。そして、クラウンがあと数十年生きた時、地上に出ていなかったら、今地上へと出て行かなかったことをとても後悔するかもしれない。やらないで後悔するよりは、やって後悔するほうがいいだろう。それに、死ぬなんて考えるな」
クラウンはベズの言葉をかみ締めた。特に「やらないで後悔するよりは、やって後悔するほうがいいだろう」の部分を。たしかに、クラウンはもし地上へと出て行かなかったら、とても後悔するだろう――限られた可能性しかない地下へと留まるよりも、可能性が未曾有にある地上に居る方が、必ず自由に生きられるだろう――と。
結果、クラウンは勇気を振り絞って地上へと出た。ベズとはその後森エルフの集落で別れてしまったが、地上へ出てきて後悔はしていない。心の奥底では、たまに地下の女王を恐れていたとしても。女王はクラウンが地上に出てから、諦めたかのようにクラウンを襲う事もなくなった。
――それがどんな結果になったとしても、俺はやらない後悔よりもやった後悔のほうがましだと思う。少なくとも自分は行動したのだから。ナルヴィ、オーディンが怖ろしくて行動しなかった結果ここで森エルフが人間に捉えられるか、行動して森エルフを助けるか、それはナルヴィの自由だがな、きっと森エルフを助けられなかったことへの後悔より、森エルフを助けた後悔のほうが、まだましだぞ。オーディンも見逃してくれるかもしれない。いいか、ことわざでもあるけど〔後悔先に立たず〕。とりあえず行動してみろ。
ナルヴィは、クラウンの瞳を覗き込んだ。
――……クラウン。
ナルヴィが何か言おうとした時、クラウンは突然、口元に笑みを浮かべた。
「……――というわけで、ナルヴィはやってくれるね?」
ナルヴィは、しっかりと頷いた。