ACT:4 エルフの森で
暗闇が、一瞬にして明るくなる。そしてまた暗くなった。
ナルヴィとクラウンは同時に飛び起き、そうっと立ち上がる。遠くの方では、何者かのうめき声が終始聞こえていた。
「……」
「……」
ナルヴィがひらひらと手を振る。そして両手の人差し指を、激しく交差させたりして動かした。クラウンもまた、人差し指で色々な動作をする。
これは声を出さずに喋る、手話に近いもので、ほとんどダークエルフしか使用しない。
ナルヴィは先程、「やれやれ、やっぱ人間が引っ掛かったのかな?」といい、クラウンは「様子を見に行くから、付いて来い」といっていたのだ。
ナルヴィはクラウンの肩の上に乗り、クラウンは音を立てずに、かつ人間にはとても追いつけないようなスピードで森を駆け抜けていった。
到着した所には、ワナに引っ掛かった人間が一人、足を抑えながらうずくまっていた。クラウンはそいつに近づいて、胸倉をひっつかんだ。
「……ひ、ひぃぃぃぃぃぃい!」
「黙れ。一つ聞く。お前ら人間は、この森のエルフをどうした?」
人間はしばらく訳不明な言葉をうわごとのように繰り返していたが、クラウンが睨むと、ようやくまともな言葉を発するようになった。
「この森は国王様の命令で広い闘技場にすることになったんだ。だから森エルフを追い出した。エルフ撃退用の銃で! お前だって、こうやってオレが不意打ち取られてなかったら今頃……ギャッ!」
クラウンは人間の腹を思いっきり殴って気絶させると、言葉を吐き捨てる。
「しばらくそこで伸びていろ。このクズが。ナルヴィ、この近辺に森エルフが隠れているはずだ。見つけてきてくれないか? できれば事情を説明して俺のところに案内してくれると助かる」
ナルヴィはクラウンの肩から離れると、一度頷いていった。
「もし殺されかけたら?」
「実力行使だ。さあ、早いうちがいい」
クラウンは気絶した人間をワナにはめたまま地面に降ろすと、スッと、暗闇の中に消えていった。
ナルヴィはクラウンと分かれた後、何気なく盛り上がっている岩に視線を移した。その岩は苔生し、ちょっとしたゼンマイが生えている。
「……と、いうわけなので、出てきてくれませんか?」
ナルヴィは、その岩に話しかけた。ちょっと近くにより、もっと大声で呼ぶ。
「森エルフの皆さん、とりあえず交渉しませんか?」
すると、森エルフと呼ばれた岩は、声を発した。
「おお、そなたは気高き北欧の神か? それともただの悪戯妖精か?」
その岩は静かに喋る。ナルヴィは少し頬を掻いた。
「今はどちらでもあります。森エルフの族長ですか?」
「おお、いかにも吾は森エルフの族長。ニーベルンである」
なんと、森に何気なく転がっている岩は、森エルフの族長だった! のではなく。岩は横にずらされ、下の穴が現れた。
「さあ気高き妖精よ、入りたまえ」
ナルヴィはまた頬を掻くと、その中にスッと入った。岩は、何事も無かったかのように穴を塞いだ。
「ようこそ、森エルフの隠れ蓑へ。そのうちお連れのダークエルフのようになってしまいそうじゃわい」
「クラウンは見た目はダークエルフですが、血と心はどのエルフよりも光っていますよ。さて、族長さん。話は聞いていたと思います。森のために立ち上がってください!」
族長は暗闇の中でも光り輝く髪と髭を撫でつけ、しばらく考えてから言った。
「立ち上がりたくとも、ここでは頭が付いてしまう。さて、入り口にいる人間を、気高き妖精の御力で、森の外まで飛ばす事は出来ないでしょうかの?」
今度は、ナルヴィが考える番だった。
「それは容易いですが。ヤドリギの種の力が欲しいです。一粒、ありますか?」
「それならいくつでも持っておる」
族長はヤドリギの種をナルヴィに手渡す。ナルヴィはそれを持って、外へ出た。岩は自動的に開けてくれるらしく、ナルヴィが出た後、閉まる。
ナルヴィは手にしたヤドリギを人間の口の中に放り込むと、飲み込ませた。そして、人間の周りに円陣を描くと、複雑な模様を描いていく。それが完成した時、その円陣は青白く輝き、人間をその光で包み込むと、消し去った。
「ふう、これでいいでしょう」
穴からひょっこり顔を出している族長は、にっこりと頷いた。
「大変結構。皆の衆、この御方たちになら、我らが力を貸してもよさそうじゃ」
族長が穴から飛び出ると、他の森エルフ達も次々と飛び出てくる。
「不意打ちなどと姑息な手を使う人間どもに、正面から立ち向かうのも悪くないな」
「しばらく森に手をつけられなかった。早く世話してやりたい。木々が泣いているようだ」
森エルフはざっと50人ほど居て、それぞれが違った服装をしているが、どれも質素なものだった。
「さて妖精殿。これからどうなさるおつもりですかな? ご存知かと思いますが、我々にはダークエルフのような戦闘能力も、ライトエルフのような魔法能力もありゃしません」
「だが、植物の気持ちを汲み取り、植物が育ちやすい環境にしてやり、時には独自の魔法で植物の成長を促すことができるのは、森エルフだけだ。そうだろう、族長様」
ナルヴィが振り向くと、真後ろにクラウンが立っていた。
「あれ、早かったね」
「ナルヴィが遅いだけだ。まあ、森エルフのみなさんの腰がなかなか上がらないのは承知の上だったから。――植物の種を、勝手ながら成長を促進させて取ってきた。これで人間に反旗を翻す事ができるだろう」
族長率いる森エルフ達は頷き、クラウンから種を預かる。
「んで、僕達はどうするのさ?」
「もちろん、剣を交える事になるね」
そう言って、クラウンは三本の剣を目の前に振りかざす。
「一本はナルヴィの分だ」
ナルヴィは受け取る事はせず、かわりに腕を組んで否定する。
「僕には持てないよ。それに仮に持てる剣だとしても、戦力になるかなぁ?」
「なるさ」
クラウンは自信たっぷりに言い返し、ナルヴィには寒気が襲ってきた。森エルフの人々は、その光景をただ楽しそうに眺めていた。