ACT:3 エルフの森の闇
「それって、どういうことなのさ?」
ナルヴィはクラウンに問う。クラウンは少し身を乗り出した。
「つまり、森を守護する役目を担っているエルフがいない森は、特別な理由でもない限り、まず存在しない。この森、なにかあるな」
クラウンは肉の焼き加減を確かめるために、枝を少し動かした。
「もしかしたら人間の仕業かもしれない。たしか国の首都がすぐそばにあるはずだ」
人間国――楼閣欧帝国の首都。軍事国家で、他の国をのっとろうとして日夜奮闘中の国王陛下が住んでいて、なんでも同じ人間ですら嫌っているんだとか。これじゃあ国民がいたたまれない、とクラウンは考えて首を振った。
ナルヴィは腕を組んで眉根を顰めている。
「人間は、魔法使いたちと違ってエルフの重要さをわかってないからね。魔族でさえエルフとは友好条約とか色々結んでるっていうのにさ」
「仕方ない。人間とは自らよりも奇異な存在を嫌う種族だ。われわれエルフだって、友好的でない人間とわざわざ条約なんて結びたくないさ。だから、むこうが勝手にやるんなら、こっちだって勝手にやろう、と森エルフ達は森を守ってきたのさ。じゃなかったらこの森だって今頃この前通ってきた平野と同じような事になるさ」
ナルヴィが息を呑む。クラウンはどうでもいい、というような顔をして肉の焼け具合を確かめた。
「もう食えるぞ、ナルヴィ」
すこし小さめの肉が刺さっている小枝を、クラウンはナルヴィの目の前にもっていってやる。ナルヴィは思いつめたような顔で、小枝を受け取った。
「焼肉なんて言わなきゃよかった。明日絶対胃がもたれる」
「おい、残すなよ。鹿が可哀想だ」
「僕の胃のほうが可哀想だよ……」
愚痴をこぼすナルヴィの頭をつんつんと叩き、クラウンは肉を食べる。
肉を全て食べ終わると、クラウンは調べものがあると言い、ナルヴィを残して森の奥へと消えていった。ナルヴィは肉の刺さっていた小枝を炎の中に放り込むと、火が消えない程度に薪をくべつつ、明日の胃の心配をした。
クラウンはすばやく走り、正確に割り出した森の中央へとやってきた。持っている小石に軽く人差し指と中指を当て、口の中で呪文を唱えると、石を下へと落とす。そして自らは木に飛び移り、枝を伝ってナルヴィの元へと帰った。
ナルヴィは、香りのきつい草を、口いっぱいに頬張っていた。
「何を食べているんだ、ナルヴィ?」
「うあおはうぇわうぃおううぃ(胃がもたれないように)――」
ナルヴィはそこまで言い終えて、口の中のものを飲み込む。
「薬草を食べてるのさ。クラウンもどう?」
差し出された一塊の薬草を一瞥すると、首を横に振った。ナルヴィは面白く無さそうに、鞄に薬草をしまう。
「それよりナルヴィ、これから、この空間からは一歩も出ちゃダメだぞ。人間がワナに引っ掛かるまで待機だ」
そう言って、クラウンは木の幹のそばに座り、背をもたれさせて腕を組む。
「さあ、就寝だ」
ナルヴィは、ちろちろと燃えていた火を、一吹きで吹き消した。