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クラウン  作者: 空城誠
2/12

ACT:1 霧の平野

東側の平野に雨を降らせたクラウンとナルヴィが、平野のゆがみを正すべく西側の平野に行く。

 太陽がまだ東側に傾いていて、丁度クラウンの背に日が当たる。

 空は相変わらずのいい天気で、雲ひとつ無かった。――西を除いては。

 西の空だけはいつも白い雲に覆われていて、時折黒雲まで見える。雨が大量に降っているだろうということは、想像できた。

「クラウン、今度は西に進むんだ」

 ナルヴィが、クラウンの背後から話しかける。

「ああ。早くこの問題を解決しないと、平野の東側の動植物は干からびて死んでしまう。砂漠にだってなりかねない」

「それを、クラウンが救うの? なんでさ」

 クラウンは小さく溜息をついた。

「ナルヴィ、ここの地域では、風は西から東へと流れるって聞かなかったのか?」

「聞いたよ。それがどうしたのさ」

 ナルヴィは一気にクラウンを追い越し、クラウンと向き合うようにして飛んでいる。

「つまりだな。風が流れる方向へ、雲も流れる。だから西に雲があれば、だんだん東へと雲は流れていくんだ。なのにこの平野の雲は違う。風は東に向かって吹いているのに、だ」

 ナルヴィは、ぽん、と手を打った。

「あ、そういうことか」

 クラウンは頷くと、後ろを振り返った。太陽の光が眩しい。

「半年前は、緑豊かだったんだろうな」

 平野には細かな雑草は生えていたが、ちゃんとした木はもう数えるほどしかなくなっていた。

 殆どの木は、水分不足で枯れてしまったらしい。さらにここら一帯にいた動物や鳥も、西へと移ってしまったそうだ。

 クラウンは体を前に向けると、左右を細かく確認しながら、進んだ。

「何でまた急にキョロキョロしだしたのさ?」

 ナルヴィがたずねる。

「ん。急にあたりに動物の気配が増えたから……」

 クラウンを真似て、ナルヴィも左右を見る。

「僕には全然わかんないや」

「それはそうだろう。エルフは五感が発達しているからな」

「そういうものなの?」

「ああ、そういうものなのだ」

 丈の長い雑草が増え、何で移動するにも歩きにくい地帯に入ったのにもかかわらず、クラウンは気にも留めず歩いていた。もちろんナルヴィは飛んでいるから気にならない。

「クラウンは、あの雲をどうやって東に流すつもりなのさ?」

 ナルヴィが質問しても、クラウンは

「後でわかるよ」

 といって答えなかった。


 お昼ごろ。クラウンとナルヴィは、完全に平野の西に着いた。

「うわ、雲だらけ」

「太陽の光が完全に遮断されてるな。と、いうことは……」

「は?」

 ナルヴィが続きを催促する。

「ダークエルフかヴァンパイアか、人間の黒魔術師の仕業だな」

 クラウンが、最期の可能性の最初の四文字を、強調して言った。

「なんで、人間の黒魔術師なの?」

「こういうことを考えるのは、人間の黒魔術師以外にいないからだ」

 苦虫をかみつぶしたかのように、クラウンの表情がこわばる。

「だが、今回は人間の黒魔術師ではないようだ。人間の魔術特有のにおいがしない」

「と、いうことは、ダークエルフかヴァンパイアだね」

「そういうことだ」


 しばらく歩いて、時間は正午近く、はたと、クラウンが立ち止まった。

「どうしたの、クラウン?」

 ナルヴィが問いかけると、クラウンは人差し指を立てて唇に当てた。

 数秒後、クラウンは上を見上げる。そしてサッと脇に退いた。

 クラウンがさっきまで立っていたところには、焼け焦げが出来ている。

「ちっ」

 クラウンはナルヴィを庇いつつ、後退していった。

「ねぇ、どうしたって言うのさ」

 ナルヴィは出来る限りの小声で、クラウンに問う。

 しかしクラウンは答えずに、生い茂っている木の後ろに隠れた。

「ダークエルフかもしれない。ナルヴィ、出来るだけ地面すれすれを飛びながら、俺を援護することは出来るか?」

 クラウンはあたりに気を配りながら、ナルヴィに話しかける。

「もちろん。クラウンに防御の魔法をかける」

 クラウンとナルヴィはお互いに頷きあい、木の後ろを飛び出した。

 攻撃は再開された。クラウンが通った草むらや地面には、次々と焼け焦げが出来てゆく。クラウンは平野を駆け抜けながらも、相手に向かって魔法を唱える口は休めない。

「唸れ――我怒りを運べ――其は流れる風神の調――」

 一方ナルヴィは、地面すれすれを飛びながら、敵の位置を把握しようと目を凝らす。

(ん……?)

 目を凝らそうとすればするほど、辺りは段々と霧に包まれていく。

(霧が出てきた。まあ、エルフには気にならない程度だろうけど。人間は確実に迷うね)

 ナルヴィはそっと、クラウンに近づいたり遠ざかったりを繰り返した。

 敵の位置がクラウンから見えているかどうか、確認するためである。

(僕からじゃ見えない。クラウンに任せるしかないね)

 ナルヴィはクラウンとの一定の距離を保ちつつ、防御の魔法を持続させるため、神経を集中させた。

 「――ファイアストーム!」

 クラウンは、人差し指と中指二本を、敵がいるであろう霧の彼方を指差した。

 ファイアストームの魔法は、渦を巻いて上に登る風が焔を巻き上げ、巨大化して敵に襲い掛かるというものだ。上空にいる敵にはたまらない攻撃となる。

 しばらく空気が焼ける匂いが、霧の涼しげな匂いと混ざる。匂いが治まると、クラウンの周りに、黒く焦げた服の残骸が降ってきた。

「どうやら、直撃だったようだな」

 クラウンはその場に停止し、上から敵が降ってくるのを待った。


 ナルヴィと合流したクラウンは、敵が落ちてくるのを今か今かと待ち構えた。

 しばらくして落ちてきたのは、浅黒い肌をしたダークエルフであった。

「お前は、地上に住むダークエルフか」

 ダークエルフには主に二種類いる。地上に住む種類と地下に住む種類だ。このダークエルフは日に当たって肌が浅黒くなった、地上のダークエルフとなる。

「う。貴様はエルフか」

 コクリ、とクラウンは頷いた。

「だろうな。そっちは妖精だろう。我の邪魔立てをするな」

 ナルヴィは小さく、鼻で笑った。クラウンに負けたようなやつが、偉そうな口を利く。

「天候を操作できるのは、エルフか黒魔術師かヴァンパイアだ。しかし自然を愛でる森エルフとライトエルフにこのようなことを考えるやつは居ない。残りはダークエルフとなる。黒魔術師……得に人間の臭いはしなかったから除外する。ヴァンパイアならまず俺に攻撃してこないだろう。エルフとヴァンパイアは友好関係にあるはずだからな」

 一気に喋り終えたクラウンは、ダークエルフの方を睨む。

「何故このようなことを?」

 ダークエルフはクラウンから視線を逸らしたが、クラウンが睨み続けるので耐え切れなくなり、口を開いた。

「春が嫌いだからだ。花の臭さは鼻がもげそうなくらいだ。だから雨雲を集め、春が過ぎるまで梅雨にさせたんだ」

「梅雨に? なら、夏はどうなる? 花は夏にも咲くぞ」

「夏は別の地方に移れるからいい。だが春に行ってもそこはただ住みにくいだけだからな。ここに居るしかない」

 クラウンは頷くと、手を空に向かって一振りした。すると雲が段々東へと流れていく。

「おい。貴様何をする!」

 クラウンは澄ました顔で、

「なに、自然に戻すのさ。お前にはあと一週間我慢してもらわなければな。それとももう、お前が夏の間に行くという場所へ行った方が身のためかもしれない。今年の夏は早いから、今から行ってもいいだろう」

 と、言った。

 ナルヴィはダークエルフの目の前まで飛び上がると、言った。

「クラウンの髪に似ているようなにてないような」

 ダークエルフの銀色の髪を指差す。

 クラウンはナルヴィをつかまえて肩に乗せる。

「な、何するのさ」

「邪魔だ」

 クラウンはダークエルフを放すと、サッと立ち上がった。

「さあ、旅の再開だ」

「後で質問に答えてね、クラウン」

 ナルヴィがクラウンの目の前を飛ぶと、クラウンは、

「どうしようかな」

 と言ってまたナルヴィを捕まえた。

「うわ、なにすんのさ!」

「俺から逃げ切れたら、教えてあげるよ」

 にやり、と笑ったクラウンを見て、ナルヴィは頬を膨らませた。

「そんなの無理に決まってるじゃん。いいよ、自分で考える」

「そうだな。ナルヴィは少し自分の脳も使ったほうがいい」

 そんな楽しいやりとりを、クラウンとナルヴィがしているのを後ろから見て、ダークエルフは舌を打った。

「次会ったら切り刻んでやる」

 その呟きが聞こえたのか、クラウンは振り返り、

「なら、西を目指すといい」

 と笑い、ダークエルフは地面に唾を吐きすてた。

 雲は東の平野に広がり、雨を降らせ、西の平野には日が当たり、動植物は久々の陽を存分に浴びた。

 クラウンとナルヴィは平野に出来た雑木林に腰かけ、少しばかりの昼食をとると、更に西へと向かう。


霧に包まれていた西の平野も、陽に当たりすぎていた東の平野にも、久しぶりにある意味での平和が訪れたのである。


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