ACT:11 蒼い孤立
この作品……クラウンは、時系列がバラバラです。
尚且つ、同作者作品「オレは大魔法使いっっ!」とリンクしております。
より深くこの作品を理解していただくにあたり、「オレは大魔法使いっっ!」を読むことを推奨するものであります。
よく晴れ渡ったある日。水平線を眺めながら、銀髪の青年は海岸沿いを歩いていた。潮風は心地よく、青年の頬を撫でる。
初めて間近で見る“海”というものに魅了されつつ、この間の戦争でできたとされる各諸島を目で追う。その島々はただの岩場になっており、生命と言えるほどの生命は、蟹くらいだろうと思われる。その他は、もともと海底にあったからなのかフジツボや海草が干からびてカサカサになってものが、所狭しと乗っかっている。
青年――クラウンは、ほぅ、と一つ溜息をついた。
数週間前、クラウンが森エルフの集落を旅立って山頂で休憩を取っている際、いきなり遠くに見えていた海が光りだした。クラウンがそれを興味深げに眺めていると、水柱が所々に現れ、それが治まった時、小さな灰色の点々…小さな島や、岩の突起が現れたのである。
それよりも何年も前から、人間と魔族のいざこざは続いていたものの、ここまで大掛かりな魔法を使う事はなかった。クラウンは当初の予定は変更して、間近で島を見るべく、下山して海岸沿いまでやってきたのだ。
海底にある暗礁を島として浮上させるくらいの魔力を持つのは、魔族か魔法使いか…。
そんなことを考えていた時、ふと、背後から誰かがやってくる気配がしたので、クラウンは咄嗟に振り返り、僅かに身構えた。
「驚かせてしまったかな……? 私は、君の敵ではないよ」
そう話しかけてきたのは、藍色の髪を肩口で切り揃えている、優美な雰囲気を纏った青年だった。
「君も、この島を見に来たのかい? エルフ君」
クラウンは緊張を解き、青年がしているように島のほうを見た。
「ああ、そうだ。 ――俺はクラウンという。あなたは?」
しかし、青年はクラウンの問いに答えず、クラウンと肩を並べた。
「この島はね…私の妹が、必死になって国を守ろうとした結晶なんだ」
クラウンは、暫く言葉の意味がわからなかった。意味を考えているクラウンをよそに、青年は勝手に語り始める。
「私より二歳年下の妹だったんだが…それが、とってもいい子でね。ある国と王と協力して、この島を作ったんだ。もうこれ以上その国が攻められないように」
その言葉で、クラウンは灼碧魔王国の亡くなった女王の話をしているのだと、理解した。
「その作業は魔力を極限まで消費してね。一応私も魔力を提供していたんだが、やはりそれでも妹の魔力は枯渇して…しすぎで、自分の命を削ってしまった。もともと短い命だと、君には言われるだろうけど…。 島が完成して、それを一目みて微笑んだのを最後に、妹は息を引き取ったよ。 私は妹の後を継ぐことになったけれど…儀式が始まるまでの間、どうにか馬を走らせて、妹の遺作を見に来たって分けさ」
青年はそこまで語ると、服が汚れるのもお構いなしに砂地の上に座り、膝を抱えた。
「次期王となるのですね…。 迷っているのですか? 王になることを」
クラウンにしては珍しい敬語を使って、青年に尋ねる。
「ふふ、どうなんだろうね…。妹のように、上手く治める自信はないよ。両親が死んで、妹はたった13歳で魔王となった。13歳なりに必死になって、国をいい方向へと治めたんだ。僕はその当時の妹の年齢の二倍近くの歳なのに、妹のような覚悟なんてない」
青年は自嘲気味に微笑むと、長く細く、息を吐いた。
「なんて、君に話してどうなるんだろうね…。見ず知らずのエルフにこんな事を話してしまうなんて、結構まいってるんだな…」
「妹さんの…いや、シルウィル女王陛下の死が、きっと堪えているのですよ。国民もそうです。しかもあなたは、“実の妹を亡くした”という哀しみも上乗せされている…」
青年はクラウンを見上げると、軽く同意を示す。そして半ば助けを求めるようにクラウンを見つめた。
「エルフの観点から見て、私はやはり王には向いていないのだろうか?」
「いえ。 王になるものは、国民のことを考えられないといけない。一般的にそういわれますよね。けれど、それ以前に自分の感情を理解でき、また自分を理解できなければならない。貴方は十分、自分を理解できていると思いますよ」
青年は、そう言うクラウンを不思議そうに眺めた。
「なぜ?」
「それはですね。自分では向いていないと言いながらも、俺に語っていない所で妹に継ぐいい王になって、自分に全てを任せてくれた妹に恥じない自分になりたいと、思っているからですよ。だから、あなたは次期王になるのを拒まないでいた。けど、急に不安になったんです」
まるで心の中を見透かしたようなクラウンの物言いに、青年は一瞬肩を震わせた。
「まったく・・・その通りだよ。君は読心術でも心得ているのかね?」
「いえ。この厳しい自然界の中で生きていくには、細かな観察も必要だというだけです」
青年は暫く無言で海を眺めていたが、急に立ち上がるとクラウンに握手を求めてきた。
「君…いや、クラウンのお陰でサッパリしたよ。ありがとう」
クラウンは手を握り返してやり、そっと放す。
「いや、いいんです。灼碧魔王国には、エルフはとてもお世話になったらしいので」
クラウンがそう言うと、青年はそれでもいいかな、などと言って、自分で笑った。
「では、そろそろ私は行くよ。妹が残した思いを無駄にはできないからね」
クラウンは何も言わずにただ頷くと、若き王の背中を見つめた。
「あ、そうだ。まだ私の名前を言っていなかったね」
もう振り返ることもないだろうと思っていたクラウンに、青年は喋りかけた。
「コルティスだ。では、また会えるのを楽しみにしているよ」
誰も居なくなった砂浜では、波が音を立てて二人の足音を消す。
この国にはこんな伝承がある。
女王は魂を変えず。 何度も何度も女王として君臨す。
生まれる親の魂は違えども。
女王は魂を変えず。 又兄も魂を変えず。
女王が生まれる前には、必ず兄も生まれる。
何度も何度も、兄は女王の兄として生まれる。
女王の魂が輪廻を果たし神と昇格する時。
兄の魂は憎しみに穢れ、地獄の王となるだろう。
兄の魂は女王の魂のゆりかご。
赤ん坊がゆりかごから自力で降りたとき。
それは世界の再生を意味する。
その伝承がこの世界にどんな意味をもたらすのか、現時点ではクラウンは気がついていなかった…。